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PSY-009《ラーメンくらい奢らせてください》

 銀行口座が復活した。


 正確には、色々な手続きを経て、ようやく再び使えるようになった。


 そして。


「……入ってる」


 俺はパソコンの画面を見つめていた。


 YouTubeからの収益。


 サイボーグチャンネルを始めてから、初めて受け取った金だった。


「マジでゲームして金入ってきた……」


 不思議な感覚だ。


 少し前まで会社員だった。


 その後トラックに轢かれて死んだ。


 異世界へ行った。


 サイボーグになった。


 魔王を倒した。


 日本へ帰ってきた。


 YouTuberになった。


 逮捕された。


 プリズンブレイクに巻き込まれた。


 銀行強盗も倒した。


 そして今。


 YouTubeから金が振り込まれている。


「……人生って分からんな」


 最近よくそう思う。


 画面に表示された金額を眺めているうちに、ふと思った。


「そうだ」


 銀行口座の件。


 警察側から色々と事情を説明してくれたのは、佐久間と水野だ。


 もちろん二人だけの力で何とかなったわけではない。


 それでも。


 世話になったことには違いない。


「何か礼するか」


 高い物を渡すのは違う気がする。


 そもそも警察官に変な贈り物をして、また面倒なことになったら嫌だ。


「飯くらいでいいか」


 焼肉。


 寿司。


 居酒屋。


「……ラーメンでいいな」


 安い。


 うまい。


 気楽。


 決定。


 俺はスマホを取り出した。


◆


『嫌だ』


「早い!」


 電話の向こうで、佐久間が即答した。


「まだ店すら言ってないですよ!」


『捜査対象者から飯を奢られる警察官がどこにいる』


「ラーメンですよ?」


『値段の問題じゃない』


「銀行口座の件でお世話になったお礼ですって」


『仕事だ』


「プリズンブレイクの時も」


『お前が勝手に助けた』


「勝手にって!」


 俺はベッドに座りながら頭を抱えた。


「じゃあ水野さんに代わってください」


『なんでだ』


「水野さんなら来そうだから」


『お前、あいつを何だと思ってる』


 電話の向こうから声がした。


『ラーメンですか? 行きます』


「ほら!」


『水野!』


『え? ダメなんですか?』


『ダメに決まってるだろ!』


『でも高木さんのお礼ですよね?』


『だからだ!』


 しばらく向こうで言い争いが続いた。


 俺は黙って聞いていた。


 数十秒後。


『……高木』


「はい」


『奢りはなしだ』


「ええー」


『各自で払う』


「それじゃお礼にならないじゃないですか」


『だったら行かん』


「…………」


 強い。


 この人、魔王より融通が利かない。


「分かりました」


『本当か?』


「とりあえず一緒に食べてください」


『……それなら』


「じゃあ今日の夜」


『急だな!』


「暇なんで」


『俺たちは暇じゃない!』


 結局。


 来ることになった。


◆


 夜。


 俺たちは駅前のラーメン屋にいた。


 俺。


 佐久間。


 水野。


 三人並んでカウンター席。


「なんか変な感じですね」


 水野が言った。


「何がです?」


「高木さんと普通に飯食ってるのが」


「俺だって普通に飯くらい食べますよ」


「最初に会った時、死人でしたからね」


「生きてます」


「書類上は色々大変でしたけど」


「そこはもう触れないでください」


 佐久間はメニューを見ながらため息をついた。


「俺は何をしてるんだ」


「ラーメン食いに来たんですよ」


「分かってる」


「じゃあ問題ないじゃないですか」


「問題しかない気がする」


 店員が来る。


「ご注文どうぞ」


「醤油ラーメン」


 佐久間。


「味噌ラーメン大盛り」


 水野。


「チャーシューメン、麺大盛り、チャーシュー増し、煮卵、餃子、それと炒飯」


 二人が俺を見る。


「何です?」


 水野が俺の身体を見る。


「そんなに食べるんですか?」


「食べますよ」


「どこに入るんです?」


「知らないです」


「…………」


「俺に聞かないでください」


 佐久間が呆れた顔をする。


「お前、自分の身体のこと知らなさすぎだろ」


「説明書ないんで」


「その台詞何回目だ」


「本当にないんだから仕方ないじゃないですか」


 水野が興味津々で俺を見る。


「食べた物って、どうなるんです?」


「普通に消化されてるんじゃないですか?」


「じゃあ胃はある?」


「たぶん」


「腸は?」


「たぶん」


「心臓は?」


「……たぶん?」


「全部たぶんじゃないですか」


「俺だって中身見たことないんですよ!」


 佐久間が水を飲みながら言う。


「病院行け」


「嫌ですよ」


「なんでだ」


「検査された瞬間、大騒ぎになるでしょ」


「もう十分大騒ぎになってる」


「これ以上は嫌です」


 確かに。


 レントゲンなんか撮った日には、


『なんですかこれ』


 になる。


 俺自身が一番聞きたい。


◆


 しばらくしてラーメンが来た。


「いただきます」


 三人で食べ始める。


「うま」


 久しぶりに食べるラーメン。


 異世界には当然なかった。


 牢屋でも出なかった。


 日本に帰ってきて良かったと思える瞬間だ。


「高木さん」


「はい?」


「熱くないんです?」


 水野が聞く。


「熱いですよ」


「舌は人間なんですね」


「多分」


「また多分」


「確認する方法あります?」


「ないですね」


 俺は麺を啜る。


「普通にうまいからいいんですよ」


 佐久間は黙々と食べている。


 俺は横を見る。


「佐久間さん」


「なんだ」


「うまいです?」


「普通だ」


「絶対うまい時の顔してますよ」


「黙って食え」


 水野が笑った。


「先輩、ここの店好きですよ」


「余計なこと言うな」


「へえ」


「高木、ニヤニヤするな」


「してませんよ」


「してる」


 なんだか。


 妙な感じだった。


 数日前まで。


 この二人は俺を逮捕した刑事だった。


 いや。


 今でも刑事なのだが。


 俺は容疑者で。


 二人は俺を調べる側で。


 それなのに三人並んでラーメンを食べている。


「…………」


「どうしました?」


 水野が聞いた。


「いや」


 俺はチャーシューを食べた。


「こういうのも悪くないなって」


「急にどうしたんです?」


「何でもないです」


 佐久間が横から言う。


「変なこと考えるなよ」


「俺どういう扱いなんですか」


「事件を呼ぶ男」


「呼んでないです!」


「拘置施設でプリズンブレイク」


「俺のせいじゃない」


「銀行行ったら銀行強盗」


「俺のせいじゃない!」


「次はラーメン屋で何が起きるんだろうな」


「やめてくださいよ!」


 俺は周囲を見た。


 普通の客。


 普通の店員。


 普通のラーメン屋。


「何も起こりませんよ」


「そうだといいがな」


 佐久間がラーメンを啜った。


◆


 食べ終わった。


「ごちそうさまでした」


 俺は満足だった。


 久しぶりにまともな外食。


 しかも誰にも撃たれなかった。


 素晴らしい。


「じゃあ会計しますか」


 三人でレジへ行く。


「三名様で――」


 店員が金額を言う。


「俺が払います」


 財布を出す。


 佐久間が俺の腕を掴んだ。


「待て」


「何です?」


「各自で払うと言っただろ」


「でも今日は俺がお礼で誘ったんですよ」


「ダメだ」


「ラーメンですよ?」


「ダメだ」


「千円くらいですよ?」


「値段じゃない」


「頑固だな!」


「お前に言われたくない!」


 水野が財布を出す。


「じゃあ僕の分だけ――」


「水野!」


「はい」


「お前も自分で払え」


「ですよね」


 俺は悩んだ。


 どうしても奢りたい。


 でも。


 佐久間は絶対に受け取らない。


「…………」


 仕方ない。


 三人それぞれ支払った。


 店を出る。


「全然お礼になってない」


「気持ちだけ受け取っとく」


 佐久間が言った。


「珍しく優しい」


「今から署に戻るか?」


「すみませんでした」


 水野が笑った。


「でも高木さん」


「はい」


「誘ってくれてありがとうございます」


「水野さん……!」


「普通にラーメン食べたかったんで」


「そっち!?」


◆


 駅前を三人で歩く。


 夜の街。


 会社帰りの人。


 学生。


 酔っ払い。


 いつもの日本。


 俺が異世界に行く前と、何も変わっていないように見える。


 その時。


「どけぇぇぇ!」


 後ろから声。


「ん?」


 振り向く。


 一人の男が走ってきた。


 手には女性物のバッグ。


 その後ろから女性が叫んでいる。


「誰か! その人、ひったくりです!」


「…………」


 佐久間。


 水野。


 俺。


 三人とも止まった。


 佐久間が俺を見る。


「…………」


「…………」


 俺も佐久間を見る。


「何です?」


「やっぱり起きたな」


「俺のせいじゃないって!」


 水野が男を追おうとする。


「待て!」


「はい!」


 俺は一歩出た。


「高木!」


「大丈夫です」


 地面を蹴る。


 ――ほんの少しだけ。


 次の瞬間。


「うわっ!?」


 逃げていた男の前に俺は立っていた。


「…………」


「…………」


 男が止まる。


 後ろを見る。


 さっきまで俺がいた場所を見る。


 また俺を見る。


「なんで!?」


「速いんで」


「どけ!」


「バッグ返してください」


「うるせえ!」


 男が俺を突き飛ばそうとした。


「危ないですよ」


 俺は男の腕を軽く掴んだ。


「離せ!」


「暴れないでください」


「離せぇ!」


「…………」


 俺は佐久間を見る。


 遠くから走ってくる。


「この人、どうすれば?」


「そのまま押さえとけ!」


「はい」


 男が暴れる。


 俺は腕を掴んだまま。


 全く動かない。


「なんだこいつ!?」


「高木です」


「名前聞いてねえよ!」


「またそれか」


◆


 数分後。


 ひったくり犯は警察に引き渡された。


 バッグも無事に女性へ返った。


「ありがとうございます!」


「いえ」


 女性が何度も頭を下げる。


 俺は佐久間を見る。


「今回は何も壊してないですよ」


「誰も聞いてない」


「褒めてください」


「当たり前だ」


「厳しいなあ」


 水野が笑う。


「先輩」


「なんだ」


「僕たち今日、ラーメン食べに来ただけですよね」


「……そうだな」


「なのに犯人一人増えましたね」


「…………」


 佐久間が俺を見る。


「何です?」


「高木」


「はい」


「今後、お前と飯食う時は非番の日やめよう」


「なんで!?」


「仕事になる」


「俺のせいじゃない!」


「実際、今仕事になった」


「たまたまです!」


「拘置施設も?」


「たまたま!」


「銀行強盗も?」


「たまたま!」


「今日も?」


「たまたま!」


 水野が首を傾げる。


「三回続いたら、もうたまたまじゃない気もしますけど」


「水野さんまで!?」


 二人が笑った。


「…………」


 俺はため息をついた。


 口座のお礼にラーメンを食べただけなのに。


 結局。


 今日も事件に巻き込まれた。


「次は絶対何も起きない店にしましょう」


 佐久間が言う。


「そんな店あるなら教えてくれ」


「俺も知りたいですよ!」


 夜の街に、俺の声が響いた。

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