PSY-008《死人は口座を使えません》
釈放されてから、数日。
ようやく俺の生活にも平穏が戻り――。
「…………」
戻っていなかった。
俺はパソコンの前で、ある画面を見つめていた。
サイボーグチャンネル。
登録者数は、俺が牢屋に入る前とは比べものにならないほど増えている。
動画の再生数も伸び続けていた。
「いやあ……すごいな」
ゲームをして。
動画を投稿して。
それで金が入ってくる。
異世界から帰ってきた時には、
『ユーチューバーでもやるか』
くらいの軽い気持ちだった。
まさか本当に仕事になりそうだとは思わなかった。
「そういえば、収益ってどうやって受け取るんだ?」
画面を操作する。
収益の受取先。
銀行口座。
「ああ、口座ね」
もちろん持っている。
社会人だったんだから当然だ。
俺は自分の銀行口座を入力しようとして――。
「…………」
手が止まった。
嫌な予感がする。
非常に嫌な予感だ。
俺はスマホを取り出し、銀行のアプリを開いた。
「…………」
ログインできない。
「パスワード違ったか?」
もう一度。
ダメ。
さらにもう一度。
ダメ。
「…………」
銀行へ電話した。
何度か案内を経て、ようやく担当者につながる。
『高木航様のお口座でよろしいでしょうか』
「はい」
『少々お待ちください』
「はい」
しばらく待つ。
『お待たせいたしました』
「はい」
『大変申し上げにくいのですが――』
来た。
この言い方。
最近よく聞く。
『高木航様は、死亡のお届けが確認されております』
「やっぱり!」
『はい?』
「いや、なんでもないです」
そうだった。
忘れていた。
俺は一回死んでいる。
しかもただ死んだだけではない。
トラックに轢かれて、警察から、
『あなた、肉片になってたんですが』
とまで言われるくらい、しっかり死んでいる。
「でも俺、高木航本人なんですよ」
『……はい?』
「生きてます」
『…………』
「今、電話してます」
『少々お待ちいただけますでしょうか』
「はい」
保留音。
一分。
二分。
三分。
長い。
やがて別の人に代わった。
『お電話代わりました』
「はい」
『確認いたしましたが、高木航様につきましては、死亡の事実を前提としたお手続きが進められております』
「だから、その高木航が俺なんです」
『…………』
「今、生きてます」
『……ご本人様であることを確認できる書類はございますでしょうか』
「本人確認書類?」
『はい』
運転免許証。
マイナンバーカード。
保険証。
いろいろある。
あるにはある。
だが。
「死亡扱いになってますよね?」
『はい』
「その本人確認書類、使えます?」
『……確認が必要になります』
「ですよね」
俺は天井を見た。
魔王とは会話が成立した。
銀行とは成立しない。
◆
翌日。
俺は直接、銀行へやってきた。
電話では埒が明かない。
本人が行けばどうにかなる。
そう思った。
甘かった。
「高木航様は死亡されております」
窓口の女性が申し訳なさそうに言った。
「はい」
「ですので、こちらのお口座については通常のお取引を再開することができません」
「でも」
俺は自分を指差した。
「高木航です」
「……はい」
「生きてます」
「……はい」
「ここにいます」
「それは確認できます」
「じゃあ!」
「ただし、高木航様であることは確認できません」
「なんで!?」
周囲の客がこちらを見る。
「あ、すみません」
声を落とす。
「顔も同じですよ?」
「お顔だけでは、ご本人様であるという確認は……」
「生年月日言えます」
「それだけでは……」
「住所も」
「同様です」
「昔の暗証番号も」
「それをここで言わないでください」
「そうですね」
危ないところだった。
「指紋とかは?」
言ってから、自分の手を見る。
銀色。
「…………」
そっと下ろした。
窓口の女性も俺の手を見ている。
「その……お手は?」
「義手みたいなものです」
「両方ともですか?」
「はい」
「…………」
「色々ありまして」
最近こればかりだ。
「じゃあ、どうすればいいです?」
「まず、死亡扱いになっている高木航様について、行政上の手続きなどが整理されたうえで――」
「行政」
「その後、改めて本人確認を――」
「行政……」
「当行だけでは判断できませんので」
「…………」
強い。
銀行、強い。
魔王より強い。
「YouTubeの収益が入らないんですけど」
「申し訳ございません」
「登録者二十万人超えてるんですよ」
「登録者数は本人確認には使用できません」
「ですよね」
知ってた。
◆
俺は待合スペースの椅子に座った。
「どうするかな……」
このままでは収益が受け取れない。
新しく口座を作る?
本人確認が必要。
無理。
別の金融機関?
同じ。
「死人って、思ったより不便だな」
死んだ時は気づかなかった。
当たり前だ。
死んでいたから。
スマホを見る。
佐久間に相談するか?
いや。
あの人は警察官だ。
銀行口座を何とかしてくれと言われても困るだろう。
「……でも、他に相談できる人いないんだよな」
水野でもいいか。
※水野も警察です。
そう思っていた時だった。
自動ドアが開いた。
男が三人入ってきた。
帽子。
マスク。
大きなバッグ。
「…………」
分かりやすすぎる。
一人が叫んだ。
「全員、動くな!」
「…………」
拳銃を出した。
銀行強盗だった。
「マジか」
俺は呟いた。
客たちが悲鳴を上げる。
「床に伏せろ!」
言われるまま、俺も伏せた。
素直に。
俺は今、警察から処分保留で釈放されている身だ。
余計なことはしたくない。
本当にしたくない。
(関わらない)
決めた。
(絶対に関わらない)
銀行強盗は銀行と警察の仕事。
俺の仕事ではない。
俺はYouTuberだ。
「金を詰めろ!」
一人が窓口へ向かう。
もう一人は客を見張る。
最後の一人が入口付近に立つ。
俺は床に伏せながら考えた。
(早く終わらないかな)
俺。
銀行強盗。
同じ場所にいる。
嫌な予感しかしない。
「おい!」
犯人の一人が、年配の男性を蹴った。
「早く伏せろ!」
「や、やめてください……」
「うるせえ!」
「…………」
見ない。
俺は見ない。
今の俺は一般客。
普通の一般客。
サイボーグだけど。
「おい、そこの女!」
今度は窓口の女性に銃を向けた。
「早くしろ!」
「す、すみません……!」
「撃たれてえのか!」
「…………」
俺は顔を上げた。
ダメだ。
これ以上は。
立ち上がる。
「おい!」
犯人が俺を見る。
「伏せてろ!」
「すみません」
「なんだ!」
「その辺で帰ってもらえません?」
「……は?」
「俺、銀行と大事な話してたんですよ」
犯人が固まった。
窓口の女性も俺を見ている。
「俺いま、口座使えなくて困ってるんで」
「知るか!」
「ですよね」
銃口が俺に向く。
「伏せろ!」
「いや、でも人に危害加えるのは――」
パンッ!
撃たれた。
額。
カンッ!
潰れた弾丸が床に落ちる。
コロン。
「…………」
「…………」
銀行内が静まり返った。
俺は額を触る。
「痛くはないな」
犯人を見る。
「だから撃つのやめてもらえます?」
「な……」
男の顔が引きつる。
「なんだ、お前!」
「高木です」
「名前聞いてねえ!」
最近これ多いな。
「撃て!」
別の犯人も銃を向けた。
パンッ!
パンッ!
カン。
キン。
弾が落ちる。
「…………」
「…………」
「無駄だと思いますよ」
「化け物!」
「失礼な」
仕方ない。
俺は歩いた。
「来るな!」
「拳銃、危ないんで」
「来るな!」
犯人が撃つ。
俺はそのまま近づく。
「来るなって言ってるだろ!」
「聞こえてます」
「じゃあ止まれよ!」
「止まったら撃つじゃないですか」
「撃っても効いてねえだろ!」
「それはそう」
確かに。
俺は犯人の前まで行く。
拳銃をつまむ。
「離せ!」
「これ没収します」
取った。
「返せ!」
「ダメです」
男が殴りかかってきた。
俺の頬に拳が当たる。
ゴッ。
「いってぇぇぇ!!」
男が手を押さえた。
「大丈夫です?」
「お前が言うな!」
「ですよね」
俺は男の肩を掴んだ。
「少し寝ててください」
「は?」
軽く押す。
ドンッ!
男が床を滑っていった。
「あ」
少し強かった。
でも生きている。
「よし」
「何がよしだ!」
残り二人。
一人がバッグを放り出して逃げようとする。
「待ってください」
「来るな!」
「出口そっちですけど」
「分かってる!」
「俺もそっち帰る予定なんで」
「知るか!」
走る。
俺も一歩。
男の前へ回る。
「なっ!?」
「危ないですよ」
「なんで先にいるんだよ!」
「速いんで」
「意味分かんねえ!」
男がナイフを出した。
「これならどうだ!」
突いてくる。
胸。
カキン。
刃が折れた。
「…………」
「…………」
俺は折れたナイフを見る。
「これ、俺が弁償するんですか?」
「知らねえよ!」
「ですよね」
男を押す。
ドンッ。
二人目終了。
最後の一人。
「…………」
「…………」
俺を見る。
仲間を見る。
銃を見る。
また俺を見る。
床に拳銃を置いた。
「降参します」
「賢いですね」
◆
十分後。
警察が来た。
銀行の入口から、何人もの警察官が入ってくる。
「全員その場から――」
一番前にいた男が止まった。
俺も止まった。
「…………」
「…………」
佐久間だった。
その後ろ。
水野。
「あ」
水野が俺を見た。
「高木さん」
「どうも」
佐久間が銀行内を見る。
倒れている強盗二人。
床に座っている一人。
潰れた弾丸。
折れたナイフ。
俺。
長い沈黙。
「高木」
「はい」
「お前」
「はい」
「釈放されてから何日だ?」
「昨日?」
「なんで銀行強盗三人が倒れてる」
「俺も聞きたいです」
「お前がやったんだろ!」
「向こうから来たんですよ!」
「何で毎回事件がお前のところに来るんだ!」
「知らないですよ!」
水野が倒れた犯人を見る。
「先輩」
「なんだ」
「全員生きてます」
「それは良かった」
「高木さん、ちゃんと加減したんですね」
「俺も成長してます」
「そこで成長を感じるな!」
佐久間に怒られた。
「いや、本当に俺は普通に銀行に来ただけなんです」
「何しに?」
「口座」
「口座?」
「使えないんですよ」
「どうして」
「俺、死んでるんで」
「…………」
「あ」
佐久間が額を押さえた。
「そうだった」
「忘れないでくださいよ!」
「お前が普通に生活してるから忘れるんだよ!」
水野が笑っている。
「笑い事じゃないですよ!」
「すみません。でも高木さん、銀行強盗より本人確認で困ってるんですね」
「銀行強盗は殴れば終わりますから」
「銀行は?」
「殴ったら捕まるでしょうが!」
「そこはちゃんと分かってるんですね」
「当たり前です!」
◆
事情聴取。
また。
もう慣れた。
「強盗が発砲」
「はい」
「お前に命中」
「はい」
「無傷」
「はい」
「その後、二人を制圧」
「はい」
「一人は自主的に降伏」
「はい」
佐久間が書類を書く。
「……お前の報告書だけ、毎回内容がおかしいんだよ」
「俺のせいじゃないです」
「今回は本当にそうなのが腹立つな」
水野が言った。
「防犯カメラもありますし、完全に正当防衛ですね」
「ですよね!」
「あと人命救助」
「ですよね!」
「器物損壊は?」
「俺、今回は何も壊してないですよ!」
俺は周囲を見る。
机。
椅子。
壁。
全部無事。
「銃は?」
「取り上げただけです!」
「ナイフ」
「勝手に折れました!」
「高木さんに刺したからですけどね」
「それ俺のせい?」
「今回はいい」
佐久間がため息をついた。
「とりあえず帰っていい」
「やった」
「ただし」
「はい」
「何かあったらすぐ連絡しろ」
「事件が起きる前に?」
「できるならな!」
◆
その日の夜。
俺は家に戻った。
「結局、口座どうするんだ……」
銀行強盗は倒した。
だが。
俺の銀行口座は復活していない。
「銀行強盗には勝ったのに、銀行には勝てなかった」
なんだこれ。
◆
――数日後。
スマホが鳴った。
佐久間だった。
「はい」
『高木か』
「高木です」
『今いいか』
「珍しいですね。今回は家に来ないんですか?」
『電話で済む話だ』
「最初からそうしてください」
『切るぞ』
「すみません」
佐久間がため息をついた。
『例の口座の件だ』
「え?」
『色々と確認が取れた』
「マジですか!」
『警察側から事故の経緯や現在の捜査状況について必要な照会には応じた。それと、お前について行政側でも手続きが進んだ』
「ということは?」
『銀行側でも、改めて本人確認の手続きを進められるそうだ』
「やった!」
『まだ全部終わったわけじゃない』
「でも口座使えるようになる?」
『手続きが済めばな』
「警察すげえ!」
『警察が口座を復活させたみたいに言うな!』
「でも佐久間さんたちのおかげでしょ?」
『……俺たちは事情を説明しただけだ』
「ありがとうございます」
電話の向こうが少し静かになった。
『……まあ』
「はい」
『今度から事件起こすなよ』
「俺、起こしてないです!」
『巻き込まれるな』
「それ俺に言われても!」
電話が切れた。
「…………」
まあいい。
そして、その後。
多少の面倒な手続きはあったものの。
俺はようやく、銀行口座を再び使えるようになった。
パソコンを開く。
YouTubeの収益受取設定。
銀行口座。
入力。
登録完了。
「…………」
長かった。
異世界では。
転生して四日で魔王を倒した。
現代では。
自分の銀行口座を使えるようにするだけで一苦労。
「魔王倒すより大変だったな……」
俺は画面に表示された『登録完了』の文字を眺めながら、しみじみ呟いた。




