PSY-007《釈放されたら、チャンネルが大変なことになっていた》
プリズンブレイクから、さらに数日が経った。
その間も俺は、相変わらず牢屋の中にいた。
「……暇だ」
もう何度目か分からない感想だった。
鉄格子を見る。
触らない。
壁を見る。
触らない。
扉を見る。
もちろん触らない。
ここまで来ると、もはや習慣になっていた。
サイボーグになって得たもの。
超人的な身体能力。
銃弾すら弾く身体。
人間離れした反応速度。
そして。
余計なものに触らない自制心。
「……成長したな、俺」
そんなことを考えていると。
「高木」
聞き慣れた声がした。
顔を上げる。
佐久間と水野だった。
「はい」
「出るぞ」
「どこに?」
「外だ」
「外?」
「釈放だ」
「…………」
俺はしばらく黙った。
「え?」
「聞こえなかったか?」
「いや、聞こえましたけど」
立ち上がる。
「釈放?」
「ああ」
「俺が?」
「他に誰がいる」
「マジで?」
「マジだ」
「やった!」
思わず両手を上げた。
その瞬間。
佐久間が一歩下がった。
「何もしませんよ!」
「念のためだ」
「俺もう手錠壊してないでしょ!」
「実績がある」
「三個だけです!」
「十分多い!」
水野が笑っている。
「高木さん、良かったですね」
「いやー、長かった」
「数日ですけどね」
「数日でも牢屋は長いんですよ」
「でしょうね」
佐久間が書類を一枚出した。
「ただし」
「はい」
「無罪になったわけじゃない」
「…………」
「処分保留だ」
「処分保留?」
「ああ」
「つまり?」
「捜査は続く」
「…………」
「呼び出したら来い」
「…………」
「勝手に遠くへ行くな」
「…………」
「連絡は取れるようにしておけ」
「…………」
「聞いてるか?」
「思ったより自由じゃないな」
「当たり前だ!」
◇
それでも。
外は外だった。
「うわぁ……」
施設を出た瞬間。
空が広い。
風がある。
車が走っている。
「自由……」
「大げさだな」
佐久間が横で呆れている。
「牢屋に入ってみたら分かりますよ」
「俺は入りたくない」
「おすすめしません」
「知ってる」
水野が俺の荷物を渡してくる。
財布。
スマホ。
鍵。
その他諸々。
「スマホ!」
俺はすぐに電源を入れた。
通知。
通知。
通知。
通知。
通知。
「…………」
「どうしました?」
「怖い」
画面が通知だらけだった。
メール。
SNS。
YouTube。
企業からの連絡。
知らない番号からの着信。
全部とんでもない数。
「これ、壊れてない?」
「サイボーグの人がスマホの故障心配してるの面白いですね」
「そこ関係ないだろ」
俺はまずYouTubeを開いた。
サイボーグチャンネル。
「…………」
数字を見る。
もう一度見る。
画面を閉じる。
また開く。
「…………」
「どうした?」
佐久間が聞いてくる。
「登録者……」
「何人だ」
「……二十三万人」
「は?」
水野が覗き込んできた。
「マジじゃないですか!」
「なんで!?」
数日前。
確か二万人くらいだった。
それが。
二十三万人。
「動画も……」
再生数。
一番伸びている動画。
『チート疑惑について。手元を公開します』
三百八十万再生。
「…………」
「すご」
水野が素直に感心している。
「俺、牢屋にいただけなんだけど」
「その間に伸びたんですね」
「なんで?」
「話題になったんじゃないですか」
コメント欄を開く。
『更新止まってるけど大丈夫?』
『サイボーグ、政府に回収された説』
『研究施設送りじゃね?』
『義手メーカーから怒られた?』
『普通に逮捕されてたりして』
「…………」
俺は最後のコメントを見る。
「当たってる」
「何が?」
「いや、なんでもないです」
さらにコメント。
『早く次の動画頼む』
『生存報告だけでもしてくれ』
『本当に人間なのか気になる』
『全身見せて』
『FPSやってくれ』
『サイボーグの一日やってほしい』
「なんだこれ……」
佐久間が腕を組む。
「人気者だな」
「嬉しくないわけじゃないですけど」
「じゃあいいだろ」
「牢屋にいる間に人気者になるってどういう人生なんですか」
「俺に聞くな」
その時。
スマホが鳴った。
着信。
知らない番号。
「もしもし」
『高木様でしょうか!』
「はい」
『私、動画配信関連の――』
切った。
また鳴る。
「もしもし」
『突然失礼します! ぜひ弊社のゲーミング――』
切る。
また。
『高木さんですよね!? インタビューを――』
切る。
「怖い!」
「売れっ子ですね」
「笑ってる場合じゃないですよ水野さん!」
◇
家に帰った。
久しぶりの自宅。
「ただいま……」
誰もいない。
でも。
落ち着く。
やっぱり自分の部屋はいい。
俺はまずパソコンの電源を入れた。
「よし」
起動。
YouTube。
コメント。
通知。
数字。
「……増えてる」
さっき二十三万人だった登録者。
二十四万人になっていた。
「早くない?」
俺が牢屋から家に帰る間に一万人増えてる。
怖い。
だが。
せっかく帰ってきた。
ここは一本動画を出した方がいい。
「生存報告くらいするか」
カメラを用意。
マイク。
録画ソフト。
手元カメラ。
「…………」
俺は自分の銀色の手を見る。
もう隠す意味あんまりない気もする。
いや。
全身はまだダメだ。
そこはダメ。
「よし」
録画開始。
「どうも。サイボーグチャンネルです」
数日ぶりだ。
妙に緊張する。
「えー……まず」
何から言おう。
「少しの間、動画の更新が止まってました」
事実。
「心配してくれた方、ありがとうございます」
コメント欄を見る限り、結構心配されていた。
「で」
ここからどうする。
全部言う?
逮捕。
留置場。
拘置施設。
プリズンブレイク。
武装集団。
警察官救出。
「…………」
ダメだな。
情報量が多すぎる。
「ちょっと色々ありまして」
便利な言葉だ。
「詳しくは言えないんですが」
言えるわけがない。
「数日間、外に出られない状況でした」
これも事実。
「今はもう帰ってきてます」
うん。
問題ない。
それだけで終わろう。
「ちなみに」
ふと思った。
「コメントで『逮捕されたんじゃね?』って書いてた人がいたんですけど」
一度止まる。
「…………」
どうしよう。
言うか。
まあいいか。
「正解です」
言ってしまった。
「ちょっと牢屋にいました」
…………。
「…………」
自分で言ってから思う。
何のチャンネルだ、これ。
「でも別に悪いことしたわけじゃないです」
ここ大事。
「今も捜査中ですけど」
もっとダメっぽく聞こえる。
「いや違うな」
撮り直すか?
面倒だ。
「まあ、その辺はそのうち」
雑に流した。
「ということで、今日からまた動画投稿再開します」
よし。
綺麗に締めよう。
その時。
――ピンポーン。
「…………」
止まる。
インターホン。
誰だ。
「宅配?」
録画を止めずに立ち上がる。
画面を見る。
「…………」
佐久間。
水野。
「なんで!?」
◇
玄関を開ける。
「何ですか!」
「第一声がそれか」
佐久間が立っている。
隣に水野。
「昨日釈放されたばっかりですよ!」
「今日だ」
「細かい!」
「捜査は終わってないと言っただろ」
「もう来る!?」
「確認したいことがある」
「電話じゃダメなんですか?」
「お前、電話出るか?」
「さっき知らない番号全部切りました」
「それだよ!」
佐久間が怒鳴った。
「あ」
そうだった。
「すみません」
「まったく……」
水野が俺の後ろを見る。
「あれ?」
「何です?」
「カメラ回ってません?」
「…………」
振り返る。
録画中。
赤いランプ。
「…………」
佐久間も見る。
「高木」
「はい」
「まさか」
「はい」
「今の全部撮ってたのか」
「…………」
「高木」
「事故です」
「何が事故だ!」
俺は急いで部屋へ戻る。
「止めます止めます!」
録画停止。
「危な……」
佐久間が頭を抱える。
「お前、本当に余計なことばっかりするな」
「俺何もしてないですよ!」
「警察との会話を動画に入れるな!」
「勝手に来たんじゃないですか!」
「捜査だ!」
「YouTube撮影中です!」
「知らん!」
水野が横で笑っている。
「水野さんも笑ってないで止めてください!」
「いや、これ動画にしたら伸びそうだなって」
「お前まで乗るな!」
佐久間の怒鳴り声。
俺はため息をついた。
◇
結局。
動画は編集した。
警察の顔や個人情報はもちろん消した。
でも。
音声だけは少し残した。
タイトル。
『釈放されたので動画投稿を再開します』
「……よし」
公開。
数分。
コメントが来る。
『釈放!?』
『やっぱ逮捕されてたのかよwww』
『何したんだよ』
『警察来てるの草』
『サイボーグチャンネル情報量多すぎ』
『ゲーム実況どこ行った』
『この人毎回何か起きてるな』
「…………」
最後のコメント。
「俺もそう思う」
再生数。
一万。
三万。
十万。
早い。
「もう好きにしてくれ……」
椅子にもたれる。
壊さないように。
ゆっくりと。
◆
同じ頃。
どこか。
窓のない暗い部屋。
壁一面に並ぶモニター。
その一つには。
拘置施設の監視映像が映っていた。
黒装備の男たちが次々と倒されていく。
中央にいるのは。
高木航。
「…………」
男が一人。
画面を見つめていた。
「この男か」
「はい」
背後に立つ人物が答える。
「脱走作戦を妨害した人物です」
「警察関係者ではないのか?」
「違います」
「軍人?」
「記録なし」
「では何者だ」
「現在調査中です」
映像が止まる。
銃弾を受けても、無傷で立っている場面だった。
男の目が細くなる。
「……人間ではないな」
「その可能性が高いかと」
「名前は?」
「高木航」
「高木航……」
男はゆっくりと立ち上がった。
「調べろ」
「どこまで?」
「全部だ」
モニターの中では、高木が倒れた男たちの様子を確認していた。
男は小さく笑う。
「面白いものが出てきたな」




