PSY-006《プリズンブレイク・後編》
施設内は、とんでもないことになっていた。
警報。
怒鳴り声。
走り回る職員。
開放された房。
割れた窓。
破壊された扉。
「すごいな……」
感心している場合じゃない。
廊下の角を曲がる。
「動くな!」
突然、男に怒鳴られた。
「はい?」
目の前にいたのは、さっき俺に「逃げろ」と声をかけてきた囚人だった。
その手には、どこから奪ったのか拳銃が握られている。
「お前、なんで戻ってきた!」
「戻ってきたというか、まだ出てないんですけど」
「は?」
「俺、脱獄してませんから」
「何言ってんだ、お前」
「その銃、危ないですよ」
「黙れ!」
銃口が俺に向いた。
「一緒に来い!」
「嫌です」
「撃つぞ!」
「それも嫌です」
「じゃあ来い!」
「もっと嫌です」
「面倒くせえな!」
男が苛立った。
俺も同じ気持ちだった。
「いや、俺いま罪減らそうとしてるんですよ」
「知るか!」
「こっちは結構切実なんですけど」
「手ぇ上げろ!」
「分かりました」
俺は両手を上げた。
男が近づいてくる。
「そのまま動くな」
「はい」
「よし」
男が俺の背後に回った。
どうやら人質にでもするつもりらしい。
だが。
「おい、お前」
「はい?」
「なんだその腕」
「義手みたいなものです」
「みたいな?」
「細かい説明は長くなるんで」
「…………」
男が俺の右腕を掴んだ。
「硬っ!」
「機械なんで」
「本当に義手なのか!?」
「だから、みたいなものです」
「お前なんなんだよ!」
「高木です」
「名前聞いてねえ!」
今日はみんなよく怒鳴る。
その時だった。
「高木!」
聞き慣れた声。
振り向く。
廊下の向こう。
佐久間がいた。
その後ろに水野。
二人とも無事だった。
「あ、生きてた」
「第一声がそれか!」
「さっき水野さん叫んでたんで」
「俺は大丈夫です!」
水野が答えた。
良かった。
だが。
佐久間と水野の前には、別の男が二人。
拳銃を持っている。
さらに奥には、床に倒れている職員が数人いた。
どうやら、状況はあまり良くない。
「高木! 動くな!」
「さっきから動いてません」
「そいつらは危険だ!」
「見れば分かります」
俺の背後の男が、俺の首元に銃を突きつけた。
「刑事! 銃を捨てろ!」
「…………」
佐久間の顔が険しくなる。
水野も動けない。
「高木さん……」
「はい」
「大丈夫です?」
「多分」
「多分!?」
「銃で撃たれたことないんで」
「そこ!?」
背後の男が怒鳴った。
「黙れ!」
「すみません」
俺は黙った。
数秒。
静寂。
そして。
佐久間がゆっくりと銃を床へ置いた。
「これでいいだろ」
「蹴れ!」
佐久間が銃を蹴る。
床を滑っていく。
「水野、お前もだ!」
「……はい」
水野も従った。
男たちが笑う。
「よし」
どうやら完全に主導権を握ったと思っているらしい。
俺は考えた。
このままだと。
佐久間と水野が危ない。
他の職員も危ない。
俺が人質になっているせいで、二人が動けない。
つまり。
「……これ、俺のせい?」
「今さらですか!?」
水野が叫んだ。
「ですよね」
仕方ない。
俺は小さくため息をついた。
「すみません」
背後の男が言う。
「何がだ?」
「ちょっと動きます」
「動くなって――」
俺は振り向いた。
銃口が胸に触れる。
男の指が引き金にかかった。
パンッ!
発砲。
胸に衝撃。
「高木!」
佐久間が叫んだ。
「…………」
俺は自分の胸を見る。
服に穴が開いていた。
「うわ」
弾丸は。
金属の胸板に潰れて、床へ落ちた。
カラン。
全員が黙った。
「…………」
「…………」
「…………」
俺は服の穴を指で広げて確認した。
「お気に入りだったのに」
「いやそこじゃないだろ!」
佐久間のツッコミが飛んできた。
「え?」
背後にいた男が固まっている。
「お、お前……」
「だから機械なんですって」
「化け物……」
「失礼な」
俺は男の拳銃を指でつまんだ。
「返せ!」
「危ないんで」
少し力を入れる。
ぐにゃ。
「…………」
拳銃が曲がった。
「あ」
やりすぎた。
「器物損壊……」
俺は佐久間を見る。
「これ罪増えます?」
「今それ気にしてる場合か!」
「でも大事じゃないですか」
「正当防衛の範囲でやれ!」
「分かりました」
正当防衛。
便利な言葉を覚えた。
男が殴りかかってくる。
「死ね!」
「はい」
いや、死なないけど。
俺は軽く腹を押した。
ほんの少し。
人間相手なので、本当に少しだ。
ドンッ!
「ぐぼっ!」
男が数メートル飛んだ。
壁へ激突。
ズルズルと崩れ落ちる。
「…………」
「…………」
「…………」
俺は佐久間を見る。
「今の正当防衛?」
「……多分」
「多分ですか」
「加減しろ!」
「しましたよ!」
異世界ならもっと飛んでいる。
◆
「こいつを殺せ!」
残った男たちが一斉に動いた。
「いや待ってください」
俺は両手を前に出す。
「話し合いとか――」
パンッ!
弾丸。
首。
カンッ!
跳ね返った。
「…………」
「…………」
「話し合う気ないですね」
仕方ない。
一人目。
腕を掴む。
「うわっ!」
そっと床へ置く。
いや。
置いたつもりだった。
ドンッ!
「がっ!」
「あ、ごめんなさい」
二人目。
蹴ってくる。
俺は足首を掴む。
「離せ!」
「暴れないでください」
少し引く。
男が回転しながら床へ転がった。
「ぐぇっ!」
「…………」
佐久間を見る。
「これも大丈夫?」
「いちいち確認するな!」
「後で罪増えたら嫌なんで!」
三人目。
拳銃。
俺は銃身を握る。
ぐにゃ。
「また壊した!」
「もう壊すな!」
「撃たれるんですよ!」
「取り上げろ!」
「最初に言ってくださいよ!」
拳銃を取り上げる。
男が殴る。
俺の顔に拳が当たる。
ゴッ。
「…………」
男が手を押さえた。
「痛ぇぇぇぇぇ!!」
「大丈夫です?」
「お前が言うな!」
「すみません」
俺は男の肩をポンと叩いた。
「落ち着いて」
ドンッ!
男が床に沈んだ。
「…………」
「…………」
「肩叩いただけなんですけど」
「お前はもう誰にも触るな!」
佐久間が叫んだ。
「無理言わないでください!」
◆
数分後。
廊下には、脱獄犯が転がっていた。
全員生きている。
多分。
俺は一人ずつ呼吸を確認した。
「生きてます」
佐久間が深いため息をついた。
「当たり前だ。殺すなよ」
「加減してますって」
「これで?」
「異世界基準なら相当」
「異世界?」
「…………」
「今、異世界って言ったよな?」
「言ってません」
「言っただろ」
「聞き間違いです」
水野が手を挙げた。
「僕にも聞こえました」
「だから裏切るなって!」
「僕、警察ですから」
「またそれ!」
その時。
遠くで爆発音。
ドォン!
三人とも振り向く。
「まだいるのか」
佐久間の表情が変わる。
無線を取る。
「こちら佐久間! 状況を――」
ノイズ。
応答なし。
「通信も潰されてる」
水野が言った。
「先輩。これ、ただの脱獄じゃないですよね」
「ああ」
佐久間が倒れている男たちを見る。
「外部から手引きされている」
「やっぱり?」
俺が聞く。
「施設のセキュリティを同時に潰して、複数の房を解放してる。内部協力者だけじゃ難しい」
「へえ」
「へえ、じゃない」
「いや、すごいなと思って」
「感心するな」
その時。
倒れていた男の一人が笑った。
「……遅い」
「?」
佐久間が男を見る。
「何がだ」
「もう迎えは来てる」
「迎え?」
男が血の混じった唾を吐いた。
「俺たちは出る」
ニヤリ。
「組織が、俺たちを回収する」
「組織」
俺は反応した。
佐久間がすぐ俺を見る。
「お前の謎の組織じゃないぞ」
「まだ何も言ってないです」
「顔に出てる」
失礼な。
外から。
ドォォォン!!
今までで一番大きな爆発。
建物全体が揺れた。
「うわ」
天井から埃が落ちる。
俺は上を見る。
「これ壊したの俺じゃないですよ」
「誰も疑ってねえ!」
「一応言っておこうかなって」
水野が窓の向こうを見る。
「先輩!」
「どうした!」
「あれ……!」
俺たちも見る。
施設の外。
煙の向こうから、黒い車両が数台入ってきていた。
普通の車ではない。
装甲車みたいな外見。
そこから黒い装備の男たちが降りてくる。
「……警察?」
俺が聞く。
佐久間が首を振る。
「違う」
黒い男たちが武器を構える。
「じゃあ誰です?」
「分からん」
「謎の組織?」
「嬉しそうに言うな!」
いや。
だって。
俺が適当に作った設定と、ちょっと似てきた。
黒い装備。
正体不明。
犯罪者の奪還。
「……本当にいるんだ」
「何が」
「謎の組織」
「お前の設定と一緒にするな!」
◆
その後も施設内では戦闘が続いた。
職員側は必死に抵抗している。
だが相手の装備が妙にいい。
動きも統率されている。
「高木さん」
水野が俺を見る。
「はい」
「一つお願いしていいです?」
「何です?」
「できれば」
水野が外の黒い集団を見る。
「あれ、何とかできます?」
「…………」
俺は佐久間を見る。
「警察として、それ頼んでいいんですか?」
「俺も今それ考えてる」
「俺、一応まだ容疑者ですよ」
「知ってる」
「拘留されてますよね?」
「知ってる」
「脱獄犯止めろって?」
「…………」
「…………」
佐久間が頭を抱えた。
「なんなんだ、この状況」
「俺に言われても」
外で一人の職員が倒された。
別の男が銃を向ける。
俺はそれを見る。
「…………」
まあ。
仕方ない。
「佐久間さん」
「なんだ」
「ちょっと外出ます」
「逃げるなよ」
「逃げませんって」
「本当に?」
「罪増えるんで」
「……もう好きにしろ」
「許可もらいました」
「そういう意味じゃない!」
俺は走った。
◆
数秒後。
黒装備の男たちの前に出る。
「止まれ!」
「はい」
俺は止まった。
「誰だ!」
「高木です」
「所属を聞いている!」
「無職です」
「…………」
「YouTuber始めました」
「ふざけてるのか!」
「真面目です」
男が銃を向ける。
「伏せろ!」
「嫌です」
「伏せろ!」
「服汚れるんで」
「撃て!」
一斉射撃。
ダダダダダダダッ!
「高木さん!」
遠くで水野の声。
弾丸が全身に当たる。
カン。
キン。
カン。
弾丸が次々と潰れて落ちていく。
「…………」
射撃が止まった。
煙が晴れる。
俺は服を見る。
「…………」
穴だらけ。
「また服が……」
男たちが固まっている。
「なんだ、こいつ……」
「だから」
俺は一歩前へ出る。
「サイボーグです」
次の瞬間。
男たちが一斉に襲いかかってきた。
◆
十分後。
「終わりました」
「早っ!」
水野が叫んだ。
施設の中庭。
黒装備の男たちが、綺麗に並んで倒れている。
全員生きている。
今度はちゃんと確認した。
「何したんだ」
佐久間が呆然としている。
「殴りました」
「全員?」
「はい」
「これだけの人数を?」
「はい」
「十分で?」
「時間かけすぎました?」
「そういう話じゃない!」
その時。
倒れていた一人が、俺の足元で呟いた。
「……あり得ない」
「何がです?」
「お前……何者だ」
「高木です」
「そうじゃない……」
男が俺を見る。
恐怖。
「人間じゃない……」
「…………」
俺は少し考えた。
「戸籍上は多分人間です」
「そこ!?いや戸籍的には死んでますよ!肉片!」
水野がツッコんだ。
◆
数時間後。
騒動は収束した。
脱獄犯のほとんどは再び確保。
外部から侵入した連中も逮捕された。
職員には負傷者が多数出た。
だが。
死者は出なかった。
「……奇跡ですね」
水野が言った。
俺たちは施設内の一室にいた。
佐久間が報告書らしきものを書いている。
ものすごく嫌そうな顔で。
「どう書けばいいんだ、これ」
「普通に書けば?」
「『正体不明の容疑者、高木航が脱獄犯及び武装集団を単独で制圧』?」
「事実ですね」
「書きたくねえ……」
「なんでです?」
「上司に説明する俺の身にもなれ!」
確かに。
「しかもお前」
「はい」
「房の扉、開いてたんだよな?」
「開いてました」
「逃げられた」
「余裕で」
「なのに逃げなかった」
「罪増えるんで」
「…………」
佐久間がペンを置いた。
「本当に、それだけか?」
「はい?」
「逃げなかった理由だ」
「あとYouTube再開したいんで」
「そっちじゃない」
少し考える。
「まあ……」
俺は言った。
「悪いことしてないのに逃げたら、本当に悪いやつになるじゃないですか」
「…………」
「それ嫌なんで」
佐久間は何も言わなかった。
水野も黙っている。
「何です?」
「いや」
佐久間が再びペンを取る。
「何でもない」
「そうですか」
数秒。
水野が小さく笑った。
「やっぱり高木さん、変な人ですね」
「褒めてます?」
「半分くらい」
「残り半分は?」
「本当に変な人」
「褒めてないじゃん」
俺は椅子にもたれた。
また壊したら嫌なので、ゆっくりと。
その時。
佐久間が言った。
「高木」
「はい」
「今回の件」
「はい」
「お前がどうなるかは、俺にはまだ分からん」
「ですよね」
「だが」
佐久間は、ほんの少しだけ笑った。
「少なくとも」
「?」
「お前が悪党じゃないってことだけは、分かった」
「…………」
俺は少しだけ驚いた。
そして。
「最初から言ってるじゃないですか」
「だからお前は一言多いんだよ!」
怒られた。
その日の夜。
俺は再び房へ戻された。
今回は扉もロックされている。
「…………」
鉄格子を見る。
触らない。
壁を見る。
触らない。
床に座る。
「結局、牢屋には戻るんだな」
プリズンブレイクを止めた。
警察官も助けた。
謎の武装集団まで倒した。
それでも。
俺はまだ容疑者だった。
「……世の中、厳しいな」
俺は両手を膝の上に置いた。
少なくとも。
今日は何も壊していない。
……銃以外は。




