PSY-005《プリズンブレイク・前編》
留置場に入れられて、三日が経った。
「……暇だ」
これが今の俺の感想だった。
異世界にいたのは、たった四日。
狼や熊や盗賊を殴り飛ばして、魔王城では百匹ほどの魔物とドラゴンをまとめて片づけた。
最後には魔王まで殴り飛ばした。
日本に帰ってきてからはYouTubeを始め、動画がバズり、チート疑惑をかけられ――。
そして今。
俺は牢屋の中で正座している。
「暇すぎる」
鉄格子を見る。
触らない。
壁を見る。
触らない。
扉を見る。
当然触らない。
この三日間で学んだ。
俺は余計なものに触らない方がいい。
手錠を三個壊した男が鉄格子まで壊したら、さすがに言い訳できない。
「高木」
外から声がした。
「はい」
立ち上がる。
やってきたのは、俺を逮捕した二人の刑事だった。
年上の方が佐久間誠。
四十代くらい。
常に疲れたような顔をしている。
そして若い方が水野悠斗。
二十代。
こっちは妙に順応が早い。
三日前までは俺を見るたびに警戒していたのに、今では普通に話しかけてくる。
「調子どうです?」
水野が聞いた。
「牢屋に三日います」
「ですよね」
「それ以上の感想あります?」
「ないです」
佐久間がため息をついた。
「お前ら、漫才しに来たんじゃないぞ」
「じゃあ何です?」
「また確認だ」
「また?」
もう何回目だ。
俺は別室へ連れていかれた。
もちろん今回は手錠なし。
初日に三個壊して以来、警察も諦めたらしい。
一応、左右には警察官がついている。
でも。
俺が本気で逃げたら、多分意味はない。
だからこそ俺は逃げない。
逃げれば罪が増える。
非常に分かりやすい。
◇
「名前」
「高木です」
「フルネーム」
「高木航」
答える。
「生年月日」
答える。
「住所」
答える。
「事故の日」
答える。
「事故後、どうした?」
「謎の組織に回収されました」
「……まだそれで行くんだな」
佐久間が眉間を押さえた。
「事実ですから」
「組織名は?」
「言えません」
「所在地は?」
「分かりません」
「医師の名前は?」
「分かりません」
「手術方法は?」
「分かりません」
「何が分かる?」
「改造されたことです」
「それ以外は?」
「分かりません」
「…………」
佐久間が無言で天井を見る。
水野が資料をめくりながら言った。
「先輩」
「なんだ」
「三日前から一ミリも供述変わってません」
「知ってる」
「逆にすごくないですか?」
「感心するな」
俺としても困っている。
本当のことを言えるなら楽なのだ。
『死んで異世界へ行きました』
『神様に願いを叶えてもらったらサイボーグになりました』
『魔王を倒しました』
『神様に日本へ返してもらいました』
これを言ったところで、別の部屋に送られる気しかしない。
「高木」
「はい」
「一つ聞く」
「なんでしょう」
「本当に、自分が高木本人だと思ってるのか?」
「思ってるも何も本人です」
「だが、高木本人の遺体は確認されている」
「知ってます」
「肉片になった状態でな」
「毎回そこ強調するのやめません?」
「重要な事実だ」
「俺にとっては結構つらい事実なんですよ」
水野が口元を押さえた。
「水野」
「笑ってません」
「笑ってるだろ」
「笑ってませんって」
俺はため息をついた。
「じゃあ逆に聞きますけど」
「なんだ」
「俺が高木じゃないとして、誰なんです?」
「それを調べてる」
「三日間?」
「三日間だ」
「分かりました?」
「全く」
「でしょうね」
「お前が言うな」
警察も相当困っているらしい。
顔。
声。
記憶。
個人情報。
全部、高木本人。
だが身体だけは、どう考えても高木本人ではない。
そもそもほとんど機械だ。
指紋はない。
通常の本人確認にも使えない。
身体から採取できる生体試料も、どこまで元の俺のものなのか分からない。
身元を証明しろと言われても、俺自身に証明方法がない。
「で」
俺は聞いた。
「俺、いつまでここにいるんです?」
佐久間と水野が顔を見合わせた。
嫌な間だ。
「なんですか」
「今日、移る」
「移る?」
「ああ」
「どこに?」
「ここより大きい拘置施設だ」
「…………」
「…………」
「出世ですか?」
「違う」
「牢屋がグレードアップ?」
「違う」
「でも大きくなるんですよね?」
「施設がな」
「やっぱりグレードアップじゃないですか」
「嬉しそうに言うな!」
◆
午後。
俺は護送車に乗せられていた。
佐久間と水野も一緒だ。
「二人とも来るんですか?」
「お前の担当だからな」
「担当って何の?」
「こっちが聞きたい」
「俺、そんな特殊案件なんです?」
水野が即答した。
「十分特殊です」
「どの辺が?」
「死人が生きてる」
「はい」
「身体の大半が機械」
「はい」
「手錠三個破壊」
「事故です」
「FPS動画がバズってる」
「それ関係なくない?」
「関係ないですね」
何で言った。
護送車が走り出す。
窓の外を眺める。
久しぶりの外だ。
「……YouTubeどうなってるかな」
「気になるのそこか」
佐久間が呆れた。
「だってせっかく登録者増えてたんですよ」
「今のお前の心配はそこじゃないだろ」
「動画止まったら視聴者減るじゃないですか」
「お前、自分が拘留中なの分かってる?」
「分かってますよ」
「ならまず自分の立場を心配しろ」
「でも俺、悪いことしてないし」
「それを今調べてるんだ!」
正論だった。
俺は黙った。
十分ほど走る。
水野がふと思い出したように聞いた。
「高木さん」
「はい」
「その身体って、充電とかするんです?」
「知らないです」
「食事は?」
「普通に食べます」
「トイレは?」
「普通に行きます」
「寝るんですか?」
「寝ます」
「じゃあ、どこがサイボーグなんです?」
「ほぼ全部?」
「曖昧だなあ」
「俺にも説明書ないんですよ」
「メーカーは?」
「神――」
危ない。
「……謎の組織です」
佐久間がこっちを見た。
「今、神って言いかけなかったか?」
「言ってません」
「言ったよな?」
「気のせいです」
「水野」
「僕にも神って聞こえました」
「裏切るなよ!」
「僕、警察ですから」
そうだった。
◆
一時間ほどして、護送車が大きな施設へ入った。
高い塀。
監視カメラ。
何重にもある扉。
「おお……」
「観光じゃないぞ」
「いや、すごいなと思って」
俺は車から降りた。
周囲には職員が何人もいる。
遠くには別の被収容者らしき男たちの姿もあった。
今までいた場所とは明らかに雰囲気が違う。
「高木」
「はい」
「ここでは余計なことするなよ」
佐久間が真顔で言った。
「何もしませんよ」
「鉄格子を触るな」
「分かってます」
「扉も」
「分かってます」
「机も」
「そこまで?」
「念のためだ」
「俺、どんな扱いなんですか」
水野が横から言った。
「壊れやすい物の近くに置けない人」
「俺が危険物みたいになってるじゃん」
「大体合ってます」
失礼な。
施設内を歩く。
途中。
向こう側から、数人の男が連れられてきた。
見るからに雰囲気が悪い。
普通の犯罪者とは少し違う。
全員、妙に落ち着いている。
目つきも鋭い。
俺たちとすれ違う瞬間、その中の一人が俺を見た。
「…………」
「?」
妙に長く見てくる。
俺も見る。
「なんですか?」
男は何も言わなかった。
そのまま通り過ぎていく。
水野が小声で言った。
「今の人たち、結構ヤバい連中ですよ」
「何したんです?」
「詳しくは言えませんけど、組織犯罪関係です」
「組織?」
「はい」
「謎の?」
「いや、名前あります」
「そうですか」
俺の謎の組織とは違うらしい。
佐久間が俺を見る。
「何で残念そうなんだ」
「別に」
その後、俺は新しい房へ案内された。
扉が開く。
中へ入る。
「……広い」
前より少し広い。
「やっぱりグレードアップじゃないですか」
「だから違う」
「窓も大きい」
「喜ぶな」
扉が閉まる。
ガチャン。
鍵がかかった。
俺は中央に座った。
そしてまず。
鉄格子から距離を取った。
「偉いですね、高木さん」
水野が外から言う。
「三日で学習しました」
「普通は初日から壊さないんですけど」
「壊したくて壊したわけじゃないです」
佐久間が腕時計を見る。
「また後で話を聞く。それまで大人しくしてろ」
「はい」
「本当に」
「分かってますって」
二人が去っていく。
静かになった。
「…………」
俺は天井を見る。
また暇だ。
「YouTube見たいなあ」
スマホは当然ない。
「ゲームしたい」
パソコンもない。
仕方ない。
寝るか。
壁にもたれようとして。
やめた。
壊したら困る。
床に横になる。
「……サイボーグなのに、牢屋で寝ることになるとはな」
目を閉じる。
◆
どれくらい経っただろう。
――ドン。
「ん?」
遠くで音がした。
目を開ける。
何か重い物が落ちたような音。
少しして。
――ドォン!!
今度は明らかに違う。
爆発音。
「…………」
俺は起き上がった。
施設内に警報が響く。
『緊急事態発生! 職員は――』
放送が途中で途切れる。
「何?」
廊下の向こうから叫び声。
足音。
何人もの人間が走っている。
さらに。
ガァン!
何かが壊れた。
「…………」
嫌な予感しかしない。
鉄格子越しに廊下を見る。
数秒後。
さっき見かけた男たちが走ってきた。
しかも。
拘束されていない。
「おい!」
一人が叫んだ。
「こっちだ!」
別の房の扉が次々と開いていく。
どういう仕組みなのか知らないが、ロックが解除されているらしい。
囚人たちが廊下へ飛び出す。
「自由だ!」
「逃げろ!」
「急げ!」
「…………」
俺の房。
ピッ。
ガチャン。
扉が開いた。
「…………」
開いた。
完全に開いた。
目の前を男が走り抜けていく。
「お前も来い!」
さっきの男が俺に叫んだ。
「今なら逃げられるぞ!」
「…………」
俺は開いた扉を見る。
廊下を見る。
外へ走っていく囚人を見る。
そして。
また床に座った。
「行かねえのか!?」
「行きません」
「何でだよ!」
「脱獄したら罪増えるじゃないですか」
「…………」
「今それ減らそうとしてるんで」
男はしばらく俺を見た。
「……変な奴」
そう言って走り去っていった。
「そっちに言われたくないんだけど」
俺はため息をついた。
しかし。
次の瞬間。
遠くから銃声が響いた。
パンッ!
パンッ!
そして悲鳴。
『佐久間さん!』
聞き覚えのある声だった。
「……水野?」
俺は立ち上がった。
開きっぱなしの扉を見る。
廊下を見る。
そして頭を掻く。
「…………」
逃げる気はない。
本当にない。
でも。
「これ、見に行くだけなら脱獄じゃないよな?」
誰も答えてくれなかった。




