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PSY-004《あなた、肉片になってたんですが》

 ――ピンポーン。


 インターホンの画面には、スーツ姿の男が二人。


 宅配便ではない。


 営業にしては、妙に固い雰囲気だ。


「はい」


『突然すみません。警察の者です』


「警察?」


 嫌な予感しかしない。


『こちら、高木さんのお宅で間違いないでしょうか』


「はい。高木ですけど」


『…………』


「?」


 なぜ黙る。


 画面の向こうで、二人の男が顔を見合わせた。


『……高木さん、ご本人ですか?』


「そうですけど」


 また沈黙。


『少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか』


「はあ……」


 断る理由もない。


 というか警察相手に変なことをして、余計に怪しまれる方が面倒だ。


 俺は玄関へ向かい、ドアを開けた。


「どうぞ」


「…………」


「…………」


 二人とも、俺の顔をじっと見ている。


「なんですか?」


「いえ……」


 年上の方の警察官が、手元の資料を見る。


 俺を見る。


 もう一度資料を見る。


「高木さん」


「はい」


「フルネームを確認しても?」


 答える。


「生年月日は?」


 答える。


「以前のお勤め先は?」


 答える。


「ご両親のお名前は?」


 答える。


 質問が続く。


 どれも俺なら当然知っていることばかりだ。


 十問ほど答えたところで、警察官は困ったように眉間を押さえた。


「……全部一致してますね」


「そりゃ本人ですから」


「そうなんですよねえ……」


 なんだ、その言い方は。


「何かあったんですか?」


「高木さん」


「はい」


「数日前、交通事故に遭われていますよね?」


 心臓があるのかどうか分からない胸の奥が、なんとなくドキッとした。


「……はい」


「トラックとの事故です」


「はい」


「覚えていますか?」


「まあ……」


 覚えている。


 というか、人生最後の記憶だ。


 目の前いっぱいに迫ってくるトラック。


 衝撃。


 そして神様。


「その事故なんですが」


 警察官が、非常に言いにくそうな顔をした。


「高木さんは、その場で死亡が確認されています」


「…………」


 知ってる。


 死んだから異世界に行った。


「身元も確認済みです」


「…………」


 なるほど。


 そこまでちゃんと処理されていたのか。


「ですので」


 警察官が俺を見る。


「高木さんが、ここにいるはずがないんです」


「…………」


「…………」


 まずい。


 これは非常にまずい。


 どう説明する。


 異世界へ転生しました。


 魔王を倒しました。


 神様に日本へ戻してもらいました。


 身体はサイボーグのままでした。


 信じるか?


 俺なら信じない。


「……実はですね」


「はい」


 俺は考えた。


 そして。


 一秒で思いついた。


「事故のあと、とある組織に回収されまして」


「組織?」


「はい」


「どこの?」


「それは……ちょっと言えないんですが」


 警察官二人の目が、一気に怪しくなる。


 しまった。


 言い方を間違えた。


「そこで治療を受けたんです」


「治療?」


「というか、改造手術ですね」


「改造」


「はい」


 もう後には引けない。


「最新技術で身体の大半を機械化して、一命を取り留めたというか」


「…………」


「…………」


 沈黙。


 長い。


 年上の警察官が、資料をもう一度確認する。


 そして。


「高木さん」


「はい」


「あなた、肉片になってたんですが」


「…………」


 思ったより直接的だった。


「かなり細かく」


「二回言わなくていいです」


「現場の状況からして、生存は不可能です」


「そこを最先端技術で」


「頭部もかなり損傷していました」


「脳とかをこう……」


「脳もです」


「…………」


「…………」


「再生医療?」


「疑問形で返さないでください」


 ダメだ。


 謎の組織、弱い。


 設定を練る時間が足りなかった。


「その組織の名前は?」


「秘密です」


「所在地は?」


「秘密です」


「担当した医師は?」


「秘密です」


「治療を受けた病院は?」


「秘密です」


「費用は?」


「知りません」


「手術日は?」


「たぶん事故の日です」


「たぶん?」


「寝てたので」


「死亡してたんですよね?」


「……まあ」


 若い方の警察官が小声で言った。


「先輩」


「なんだ」


「これ、かなり怪しくないですか」


「聞こえてます」


「あ、すみません」


 怪しいのは自分でも分かっている。


 だが本当のことを言ったら、もっと怪しい。


 年上の警察官が息を吐く。


「高木さん、と名乗っているあなた」


「その呼び方やめてもらえます?」


「現時点で、あなたを高木さん本人だと確認できません」


「本人ですって」


「ですが高木さんは死亡しています」


「だから俺が高木なんです」


「では、事故で亡くなった高木さんは?」


「俺です」


「では、あなたは?」


「俺です」


「…………」


「…………」


 若い警察官が視線を逸らした。


 笑うな。


「つまり」


 年上の警察官が整理する。


「死亡した高木さんを名乗る人物が」


「俺です」


「高木さんの自宅に入り」


「俺の家です」


「高木さんの所有物を使用し」


「俺の物です」


「高木さん名義のスマートフォンやパソコンを操作している」


「俺のだから!」


「しかし高木さんは死亡しています」


「話がループしてる!」


 どうしてこうなった。


 魔王相手の方が話が早かった。


「とにかく」


 警察官の表情が少し厳しくなる。


「身元の詐称、虚偽の説明、住居への侵入など、複数の疑いがあります」


「侵入って。自分の家に帰ってきただけなんですけど」


「それを証明できません」


「記憶全部ありますよ!」


「記憶だけで本人確認はできません」


「じゃあ指紋!」


 言ってから気づいた。


 俺は自分の右手を見る。


 銀色。


 指先。


 つるつる。


「…………」


 警察官も見る。


「指紋、あります?」


「ないですね」


「ですよね」


「DNA!」


「採取できます?」


「…………」


 俺は自分の腕を見る。


 機械。


 胸。


 機械。


 どこまで生身が残っているのか、俺自身も知らない。


「……たぶん?」


「また疑問形ですね」


 詰んだ。


 完全に詰んだ。


「高木さん……と名乗っている方」


「その呼び方腹立つなあ」


「署まで同行していただきます」


「任意ですか?」


「状況によっては、こちらで身柄を確保します」


 逃げる。


 一瞬、その選択肢が頭に浮かんだ。


 この二人を振り切るだけなら簡単だ。


 たぶん二秒もかからない。


 走ればパトカーより速い。


 捕まっても手錠くらいなら壊せる。


 壁だって殴れば穴が開くだろう。


 だが。


「……逃げたら、罪増えます?」


「増えます」


「ですよね」


 即答された。


 やめよう。


 これ以上ややこしくしたくない。


「分かりました。行きます」


「ありがとうございます」


 警察官が手錠を取り出した。


「念のため、こちらを」


「え、手錠するんですか?」


「お願いします」


「抵抗しませんよ」


「念のためです」


「まあいいですけど」


 両手を前に出す。


 ガチャン。


 冷たい金属が手首を固定した。


 いや。


 俺の手首の方が金属なんだが。


「では、こちらへ」


「はい」


 俺は立ち上がった。


 バキン。


「…………」


「…………」


 床に何か落ちた。


 手錠だった。


 正確には、元・手錠だった物だ。


「すみません」


「今、何をしました?」


「立ちました」


「それだけですか?」


「それだけです」


 警察官が壊れた手錠を拾う。


「……壊れてますね」


「見れば分かります」


「力を入れました?」


「入れてないです」


「手錠って、普通立っただけでは壊れないんですよ」


「俺に言われても」


 二人が顔を見合わせる。


「もう一個あります」


 若い警察官が、新しい手錠を取り出した。


「今度は絶対に力を入れないでください」


「分かりました」


 ガチャン。


 今度は慎重に。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


「段差あります」


「あ、はい」


 玄関の段差を降りる。


 少しだけ身体のバランスを取ろうと両腕を動かした。


 バキッ。


「…………」


「…………」


「今のは本当に何もしてないです」


「二個目です」


「俺もびっくりしてます」


「手錠を二個壊す人、初めて見ました」


「俺も手錠かけられるの初めてなんで」


 また沈黙。


 結局、壊れた手錠を両手にぶら下げたまま、俺はパトカーへ乗せられた。


     ◇


 警察署。


「こちらへ座ってください」


「はい」


 椅子に座る。


 さっきより明らかに頑丈そうな拘束具が用意された。


「なんかゴツくなってません?」


「あなたのせいです」


「俺のせいなのかな……」


「今度こそ、絶対に動かさないでください」


「はい」


 ガチャン。


 さすがに今度は頑丈そうだ。


 俺も両手を膝の上に置いて、じっとする。


 一分。


 二分。


 三分。


 痒い。


「…………」


 鼻が痒い。


 猛烈に痒い。


 サイボーグになっても鼻は痒くなるらしい。


「すみません」


「はい?」


「鼻掻いていいです?」


「ゆっくりなら」


「分かりました」


 慎重に。


 本当に慎重に。


 両手を少し上げる。


 ベキッ。


「…………」


「…………」


 三個目が死んだ。


「すみません」


「もういいです」


「え?」


「もう手錠、やめましょう」


「最初から逃げないって言ってるんですけど」


「そうですね……」


 警察官が疲れた顔をしていた。


 なぜか俺が申し訳なくなってきた。


     ◇


 その後。


 名前。


 住所。


 職歴。


 家族構成。


 事故当日の行動。


 何度も同じ質問をされた。


 俺は全部正直に答えた。


 異世界の部分以外。


「ですから、改造手術を」


「どこの組織です?」


「秘密です」


「やっぱりそこは秘密なんですね」


「はい」


 我ながら無理がある。


 だが今さら、


「すみません。実は神様にサイボーグにされました」


 とは言えない。


 そして数時間後。


「今日はここに入っていただきます」


「……ここ?」


 目の前には鉄格子。


 留置場。


 人生で初めて見る。


「中へ」


「はい」


 俺は素直に入った。


 ガチャン。


 扉が閉まる。


 鍵がかかる。


「…………」


 鉄格子を見る。


 試しに軽く触ろうとして。


 やめた。


 今日すでに手錠を三個壊している。


 これまで壊したら、さすがにまずい。


 俺は両手を膝の上に置き、床に座った。


 逃げようと思えば逃げられる。


 この鉄格子だって、たぶん簡単に曲げられる。


 壁も壊せる。


 警察官が何人来ても、おそらく負けない。


 でも。


 逃げたら罪が増える。


 暴れたらもっと増える。


 だから。


 大人しくしているしかない。


「…………」


 数日前まで。


 俺は異世界にいた。


 魔王を倒した。


 日本へ帰ってきた。


 YouTuberになった。


 動画がバズった。


 そして今。


 牢屋にいる。


「……人生って分からんな」


 俺は鉄格子に触れないよう、両手をしっかり膝の上に置いた。

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