PSY-010《ただいま》
ラーメンを食べた翌日。
俺は朝から、自宅の玄関で立ち尽くしていた。
「…………」
靴を履く。
脱ぐ。
また履く。
「いや、何やってんだ俺」
今日、行こうとしているのは警察署でも銀行でもない。
もっと普通の場所だ。
実家。
両親と妹がいる、俺が昔住んでいた家。
なのに。
銀行強盗三人を相手にした時より緊張している。
「そりゃそうか……」
俺は一度死んだ。
トラックに轢かれて。
警察いわく、肉片になるくらい盛大に死んだ。
当然、家族にも死亡の連絡は行っている。
葬儀だって、もう済んでいる。
そんな俺が突然、
『ただいま』
と帰ってくる。
「ホラーだな」
完全に。
佐久間たちからも、
『家族への説明は慎重にしろ』
と言われている。
当たり前だ。
死人がいきなり玄関から入ってきたら、普通は悲鳴を上げる。
「……行くか」
考えていても仕方がない。
俺は実家へ向かった。
◆
久しぶりに見る家。
「変わってないな……」
門。
庭。
玄関。
全部、俺の記憶にあるままだ。
当たり前といえば当たり前だ。
俺が死んでから、まだそんなに時間は経っていない。
異世界にいたのも四日だけだ。
それなのに。
妙に懐かしく感じる。
「…………」
インターホンへ指を伸ばす。
止める。
「いや待て」
この銀色の指。
いきなり画面に映ったら、それだけで怖くないか?
「…………」
袖を少し伸ばす。
意味はない。
指先は完全に見えている。
「もういいや」
押した。
ピンポーン。
数秒。
『はい』
母さんの声。
胸の奥が妙な感じになった。
「…………」
『どちら様ですか?』
「あー……」
なんて言えばいい。
『死んだ息子です』
ダメだ。
絶対ダメだ。
「俺」
『……え?』
「その……航」
沈黙。
『…………』
「…………」
長い。
「母さん?」
インターホンが切れた。
「あれ?」
数秒後。
玄関の向こうから激しい足音。
ガチャッ!
扉が開いた。
「…………」
母さんが立っていた。
「…………」
「…………」
俺を見る。
顔を見る。
手を見る。
もう一度、顔を見る。
「……航?」
「うん」
母さんの顔が歪んだ。
「航……?」
「ただいま」
次の瞬間。
抱きつかれた。
「航っ!」
「うわっ!」
泣いている。
声を上げて。
俺の胸に顔を押しつけて。
「生きてたの……!? 本当に……!?」
「うん」
「航……!」
俺は少し困った。
抱き返したい。
でも。
今の俺の腕。
硬い。
ものすごく硬い。
「母さん」
「何……?」
「ちょっとだけ離れて」
「嫌よ!」
「いや、その……」
俺は恐る恐る腕を回す。
本当に。
本当に軽く。
「今の俺、かなり硬いから」
「…………」
母さんが俺の胸を触った。
コン。
「…………」
もう一度。
コンコン。
「…………」
「ほぼ金属です」
「どういうことなの!?」
「その説明が長いんだよなあ……」
◆
「あなた!」
リビングから父さんが飛んできた。
「なんだ騒がしい――」
止まった。
俺を見る。
「…………」
「久しぶり」
「…………航?」
「うん」
父さんは何も言わなかった。
ただ、俺のところまで来る。
じっと顔を見る。
「本当に……航なのか?」
「そうだよ」
「…………」
父さんが俺の肩を掴んだ。
強く。
「お前……」
「うん」
「死んだって……」
「一回死んだ」
「一回!?」
「あ」
言い方間違えた。
母さんが泣きながら俺の腕を叩いた。
カン。
「痛っ!」
母さんが手を押さえた。
「だから硬いって!」
「なんなのよ、その身体!」
「色々あって」
「色々でこうなる人はいないわよ!」
最近よく言われる。
◆
そして。
「何騒いでるの?」
階段から声。
俺は振り向いた。
妹。
高木愛莉。
昔から可愛かった。
いや。
兄の贔屓目ではない。
普通にアイドルより可愛いと思う。
そんな愛莉が階段を降りてきて。
俺を見た。
「…………」
「よ」
「…………」
「久しぶり」
「…………」
固まっている。
「愛莉?」
「…………誰?」
「兄」
「…………」
「お兄ちゃんです」
「嘘」
即答された。
「いや本当に」
「だって」
愛莉の顔から血の気が引いた。
「お兄ちゃん、死んだじゃん」
「うん」
「うんじゃない!」
「そうなんだけど」
「葬式もしたんだよ!?」
「それは……ごめん」
「なんで謝るの!?」
「なんとなく」
愛莉は俺へ近づいてくる。
恐る恐る。
目の前まで来た。
「本当に……?」
「本当に」
「じゃあ」
愛莉が俺を指差す。
「私が小学生の時に隠してたゲーム、どこにあった?」
「ベッドの下」
「…………」
「その後、母さんに見つかって怒られた」
「なんで知ってるの!?」
「俺が先に見つけたから」
「…………」
「あと、お前が初めて徹夜したゲーム――」
「言わなくていい!」
「本人だろ?」
「…………」
愛莉の目に涙が浮かんだ。
「お兄ちゃん……?」
「うん」
「……バカ」
「え?」
「バカ!」
飛びついてきた。
「うおっ!」
勢いがすごい。
だが。
俺はびくともしない。
むしろ。
「痛っ!」
愛莉が額を押さえた。
「だから硬いんだって!」
「何その身体!」
「色々あって」
「だから色々で済ませるな!」
家族全員同じ反応だった。
◆
しばらくして。
俺たちはリビングに集まっていた。
父さん。
母さん。
愛莉。
俺。
家族四人。
こうして揃うのは。
なんだか随分久しぶりな気がした。
「それで」
父さんが言う。
「説明してくれるんだろうな」
「どこから?」
「全部だ」
「全部か……」
困った。
警察には、
『謎の組織に改造された』
で通している。
いや。
通ってはいない。
全く信じられていない。
でも供述としてはそれで押し通している。
家族にはどうする。
異世界転生。
神様。
サイボーグ。
魔王。
「…………」
「航?」
母さんが心配そうに見る。
「事故のあと」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「ちょっと、普通じゃないことがありまして」
「もう見れば分かる」
父さんが俺の銀色の腕を見る。
「ですよね」
「何があったの?」
愛莉が聞く。
「うーん……」
言える範囲で。
「事故のあと、生き延びるために身体を機械化することになった」
完全な嘘ではない。
だいぶ省略しているが。
「誰が?」
「…………」
神様。
とは言えない。
「その辺はちょっと」
「何それ」
「色々あるんだよ」
「怪しい」
「警察にも同じこと言われた」
「警察!?」
しまった。
母さんが目を見開く。
「警察って何!?」
「いや、ちょっと捕まって」
「捕まった!?」
「もう釈放されたから!」
「何したの!?」
「何もしてない!」
「何もしてなくて警察に捕まる!?」
「そう!捕まる!」
「どういう人生送ってるの!?」
説明がどんどん難しくなっていく。
「待って待って」
俺は両手を上げた。
「順番に説明するから」
そして。
俺は話した。
死亡した自分が帰ってきたせいで、本人だと認めてもらえなかったこと。
警察から成りすましを疑われたこと。
処分保留で釈放されていること。
銀行口座まで止まっていたこと。
もちろん。
プリズンブレイクで何十人も倒した話とか。
銀行強盗を倒した話とか。
余計な部分はできるだけ省いた。
「……というわけ」
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも黙っている。
「何?」
愛莉が言った。
「お兄ちゃん」
「うん」
「死んでからの方が人生濃くない?」
「俺もそう思う」
◆
その後は。
普通の家族の時間になった。
母さんが飯を作ってくれた。
「食べられるの?」
「食べられるよ」
「本当に?」
「最近ラーメンも食べた」
「身体機械なのに?」
「そこは俺もよく分からない」
愛莉が横から覗き込む。
「味覚ある?」
「ある」
「お腹減る?」
「減る」
「トイレ行く?」
「その質問、水野さんにもされた」
「誰?」
「刑事」
「なんで刑事とそんな話してるの?」
「色々あったんだよ」
母さんの料理を食べる。
「……うま」
懐かしい味。
なんとなく。
少しだけ胸が温かくなった。
機械なのに。
「お兄ちゃん」
「ん?」
愛莉が俺を見ている。
「これからどうするの?」
「どうするって?」
「仕事」
「ああ」
そういえば。
家族にはまだ言っていなかった。
「YouTubeやってる」
「え?」
愛莉の目が少し輝いた。
さすがゲーマー。
「ゲーム実況?」
「まあ、そんな感じ」
「へえ!」
「最近始めた」
「チャンネル名は?」
「…………」
危ない。
何となく。
今言うのは恥ずかしい。
サイボーグチャンネルだし……。
「まだいいだろ」
「なんで?」
「始めたばっかだから」
「教えてよ」
「そのうち」
「ケチ」
助かった。
なぜか分からないが。
猛烈に助かった気がする。
◆
時計を見る。
「…………」
あ。
「やば」
「どうしたの?」
母さんが聞く。
「時間!」
「何の?」
「今日ライブやるって告知してた!」
愛莉が反応する。
「ライブ?」
「あ」
しまった。
「いや、こっちの話」
「YouTube?」
「まあ」
「何時から?」
「もうすぐ!」
スマホを見る。
配信開始まで三十分。
「無理だろ!」
ここから自宅まで。
普通に行ったら間に合うか怪しい。
「ごめん! 帰る!」
「え、もう?」
母さんが寂しそうな顔をする。
「また来るから!」
「本当に?」
「今度は死なないで来る!」
「縁起でもないこと言わないで!」
「ごめん!」
靴を履く。
父さんが玄関まで来る。
「航」
「ん?」
「また来い」
「うん」
「今度はゆっくりな」
「分かった」
愛莉も後ろから顔を出す。
「チャンネル教えてよ!」
「また今度!」
「絶対だからね!」
「はいはい!」
俺は外へ出た。
そして。
少し離れてから。
走った。
全力ではない。
全力で走ると色々問題になる。
それでも。
普通の人間よりは遥かに速い。
「間に合えぇぇぇ!」
◆
その頃。
高木家。
愛莉は自分の部屋に戻っていた。
「はぁ……」
ベッドへ座る。
死んだと思っていた兄が帰ってきた。
しかも。
身体の大半が機械になって。
「何なの、あれ……」
まだ頭が追いつかない。
嬉しい。
もちろん嬉しい。
でも。
それ以上に意味が分からない。
「…………」
パソコンを起動する。
こんな時はゲームでもしよう。
そう思って画面を見る。
通知が一件。
『サイボーグチャンネル』
「あ」
愛莉の表情が変わった。
「今日ライブだった!」
完全に忘れていた。
最近、愛莉が一番ハマっているYouTubeチャンネル。
異常なFPS技術。
正体不明。
本物なのか分からない機械の腕。
そして妙に力の抜けた実況。
愛莉は投稿された動画を全部見ていた。
「危なっ! 間に合った!」
ヘッドホンを装着。
配信ページを開く。
待機画面。
『まもなく配信開始』
「よし!」
愛莉は飲み物を用意して椅子へ座った。
数分後。
画面が切り替わる。
配信開始。
『どうも、サイボーグチャンネルです』
「きた!」
愛莉は嬉しそうに画面へ身を乗り出した。
その配信者が。
ついさっきまで同じ家で夕飯を食べていた実の兄だとは。
まだ。
まったく気づいていなかった。




