PSY-011《妹がストーカーに狙われている》
家族と再会してから、数日が経った。
俺の生活は――。
「ヘッドショット」
パンッ!
『うっま!』
『今の見えた!?』
『反応速度どうなってんだよ』
『人間じゃねえ』
「人間です」
コメント欄へ向かって答える。
『その腕で言われても』
「…………」
もっともだった。
サイボーグチャンネルの配信も順調。
登録者は増え続けている。
銀行口座も復活した。
警察にも今のところ呼び出されていない。
そして何より。
今日はまだ事件に巻き込まれていない。
「平和だ……」
『フラグ』
『それ言ったらダメなやつ』
『この人の場合マジで何か起きそう』
「起きません」
断言した。
「今日はゲームして、飯食って、寝ます」
その時。
スマホが震えた。
「…………」
『ほら』
『草』
『フラグ回収早すぎ』
「まだ何も起きてないから!」
スマホを見る。
愛莉。
「妹だ」
『妹!?』
『妹いるの?』
『初耳』
「あ」
余計なことを言った。
「今の忘れてください」
『無理』
『妹について詳しく』
『サイボーグの妹もサイボーグ?』
「違います!」
もういい。
「ちょっと電話出るんで、休憩します」
マイクをミュート。
電話に出る。
「もしもし?」
『……お兄ちゃん』
「ん?」
声がおかしい。
いつもの愛莉ではない。
「どうした?」
『今、暇?』
「配信中だけど」
『そっか……』
「何かあった?」
沈黙。
「愛莉?」
『…………最近ね』
「うん」
『誰かにつけられてる気がする』
「…………」
俺は椅子から立ち上がった。
◆
「いつから?」
『一週間くらい前』
「なんで早く言わないんだよ」
『気のせいかなって思ってたから』
「どんな奴?」
『男』
「それ以外は?」
『三十代くらいかな。帽子かぶってて……』
愛莉が特徴を説明する。
駅。
コンビニ。
帰り道。
何度も同じ男を見ているらしい。
「今日も?」
『いる』
俺の声が止まった。
「今どこ?」
『駅の近く』
「人が多いところから動くな」
『え?』
「そこにいろ」
『お兄ちゃん?』
「すぐ行く」
電話を切る。
配信画面へ戻る。
「すみません」
『どうした?』
『なんかあった?』
「ちょっと用事できたんで、今日は終わります」
『また事件?』
「違います」
『絶対事件だ』
「違いますって!」
配信終了。
上着を掴む。
玄関を出る。
「…………」
全力はダメ。
目立つ。
分かっている。
分かっているけど。
「妹が狙われてるなら別だろ」
俺は走った。
◆
「お兄ちゃん!」
愛莉を見つけた。
駅前。
人通りの多い場所。
愛莉がこちらへ駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「うん」
「男は?」
「さっきまで向こうに……」
愛莉が指差す。
見る。
人。
人。
人。
たくさんいる。
「どれ?」
「いなくなったかも」
「…………」
俺の視界が自動的に周囲を捉える。
顔。
服装。
歩行速度。
視線。
異世界では敵の位置を探すくらいにしか使っていなかった機能だ。
というか。
俺自身、何ができるのか未だによく分かっていない。
「帽子って何色?」
「黒」
「上着?」
「グレー」
「鞄は?」
「黒っぽいショルダー」
「…………」
いた。
道路の反対側。
こちらを見ている男。
愛莉を見る。
俺を見る。
すぐに視線を逸らした。
「……あいつ?」
小声で聞く。
愛莉がちらっと確認する。
顔色が変わった。
「そう」
「分かった」
「どうするの?」
「とりあえず帰ろう」
「え?」
「家まで送る」
俺は何事もなかったように歩き出した。
愛莉が隣へ来る。
「捕まえないの?」
「まだ何もしてないだろ」
「でも」
「本当にストーカーか確認する」
俺は後ろを見ない。
必要ない。
視界の端。
店のガラス。
車の窓。
反射だけで十分だった。
男は。
ついてきている。
「…………」
やっぱりか。
◆
「お兄ちゃん」
「ん?」
「さっきから後ろ見てないけど分かるの?」
「分かる」
「何それ」
「特殊能力!」
「便利すぎない?」
「俺も最近そう思う」
歩く。
曲がる。
また曲がる。
男も曲がる。
「確定だな」
「やっぱり?」
「うん」
愛莉の顔が曇った。
「怖かった?」
「……ちょっと」
「そりゃそうだよな」
「でも」
「ん?」
「今日、早く帰りたかったんだよね」
「なんで?」
「ライブあるから」
「ライブ?」
「YouTube」
「…………」
「私が好きな配信者」
嫌な予感。
「誰?」
「サイボーグチャンネル」
「…………」
俺は歩きながら固まった。
「お兄ちゃん?」
「……好きなの?」
「めっちゃ好き」
「…………」
「FPSが異常に上手いの」
「へえ」
「しかもなんか喋り方が面白いんだよね」
「へえ……」
「今日も配信してたのに、急に終わっちゃった」
「そうなんだ」
「何か用事できたんだって」
「へええ……」
「さっきから『へえ』しか言ってないけど」
「気のせい」
妹。
俺のチャンネルの大ファンだった。
しかも。
気づいてない。
「…………」
言うべきか?
いや。
今じゃない。
ストーカーにつけられながら、
『実は俺、そのYouTuberなんだ』
とかやる場面ではない。
「今度一緒に見ようよ」
「俺と?」
「うん」
「…………」
地獄だな。
◆
人気の少ない道へ差しかかった。
「愛莉」
「何?」
「俺の前歩いて」
「え?」
「いいから」
愛莉を前へ。
俺は少し速度を落とす。
足音。
近づいてくる。
男が距離を詰めてきた。
「愛莉ちゃん」
声。
愛莉が振り向く。
「……っ」
男だった。
さっきの。
「待ってよ」
男が笑っている。
「最近、ずっと避けてるよね?」
「誰ですか」
「覚えてない?」
「知りません」
「何度も会ってるじゃん」
いや。
それは会ってるとは言わない。
つけ回していると言う。
「愛莉」
「うん」
「下がってて」
俺が前へ出る。
男が俺を見る。
「誰?」
「兄です」
「……兄?」
「はい」
男が俺を上から下まで見る。
「兄なんていたっけ?」
「います」
「聞いてないけど」
「誰から?」
「…………」
「誰から聞くんです?」
男の顔が歪んだ。
「関係ないだろ」
「そうですね」
「じゃあどけよ」
「嫌です」
「は?」
「妹に用があるなら俺の前で話してください」
「邪魔すんなよ」
「邪魔します」
「…………」
男が睨んでくる。
俺も見る。
「何?」
「いや」
「怖くねえの?」
「何が?」
「俺が」
「…………」
俺は少し考えた。
「全然」
「……舐めてんのか!」
「舐めてないです」
本当に怖くないだけだ。
魔王より弱そうだし。
「愛莉ちゃん」
男が俺の横から声をかける。
「こいつ本当に兄?」
「そうです」
「でも兄って死んだって――」
俺の視線が止まった。
「…………」
愛莉も止まる。
男が口を閉じた。
「なんで知ってるんです?」
「……」
「俺が死んだこと」
「ニュースとか」
「俺、ニュースになるような人間じゃなかったですよ」
「…………」
おかしい。
ただのストーカーにしては。
俺のことまで調べている。
「お兄ちゃん」
「下がってて」
男が一歩後退した。
「もういい」
「帰るんですか?」
「お前には関係ねえ!」
男が愛莉の方へ手を伸ばした。
「愛莉ちゃん、行こう」
手首を掴もうとする。
俺がその腕を掴んだ。
「触らないでください」
「離せ!」
「嫌です」
「痛え!」
「まだ全然力入れてません」
「嘘つけ!」
本当だ。
かなり弱く握っている。
「離せ!」
男が空いた手をポケットへ。
刃物。
「あ」
ナイフを出した。
「死ね!」
俺の腹へ突き刺す。
カキン。
「…………」
刃先が折れた。
「…………」
「…………」
男。
愛莉。
俺。
三人で折れたナイフを見る。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「刺されたよ?」
「うん」
「大丈夫なの?」
「大丈夫」
「…………」
男が震え始めた。
「な、なんだよお前……」
「兄です」
「そうじゃねえよ!」
またこれか。
男が逃げようとする。
「待ってください」
「離せ!」
「警察呼ぶんで」
「ふざけんな!」
「いや、ストーカーしてナイフ出してる人を帰す方が無理でしょ」
「離せぇ!」
暴れる。
「危ないですよ」
「離せ!」
「分かりました」
手を離した。
「うおっ!?」
勢い余って男が尻餅をついた。
「あ」
「お前ぇぇ!」
立ち上がって殴りかかってくる。
俺は拳を受け止めた。
パシッ。
「…………」
男が動かない。
「離せ……!」
「警察来るまで大人しくしてください」
「離せ!」
「ダメです」
「くそっ!」
俺は愛莉を見る。
「電話お願い」
「う、うん」
「佐久間さんに」
「誰?」
「刑事」
「お兄ちゃん、刑事と連絡先交換してるの?」
「色々あったんだよ」
「お兄ちゃんの『色々』便利すぎない?」
俺もそう思う。
◆
「またお前か」
到着した佐久間の第一声だった。
「今回は俺じゃないです!」
「毎回それ言ってるな」
「本当に今回は俺じゃない!」
水野が隣で愛莉を見る。
「妹さんですか?」
「はい」
「初めまして、水野です」
「高木愛莉です」
「いつもお兄さんには――」
「やめて!」
俺は止めた。
「何です?」
「余計なこと言わないでください」
「牢屋とか?」
「特にそれ!」
愛莉の目が細くなる。
「牢屋?」
「後で説明する」
「お兄ちゃん?」
「後で!」
佐久間がストーカー男のところへ行く。
折れたナイフ。
愛莉の証言。
俺の証言。
周囲の防犯カメラ。
「……まあ、今回は分かりやすいな」
「でしょう?」
「お前が何も壊してないのも珍しい」
「ナイフは勝手に折れました」
「お前に刺したからだろ」
「それ俺のせい?」
水野が笑う。
「高木さんの身体が硬いのが悪いということで」
「そんな罪ある!?」
男は連行されることになった。
愛莉も事情を聞かれた。
しばらくして。
「今日はもう帰っていい」
佐久間が言った。
「良かった」
「高木」
「はい」
「しばらく妹さん一人にするな」
俺の顔から笑いが消えた。
「……やっぱり?」
「ああ」
「単なるストーカーじゃない可能性ある?」
佐久間が少し黙る。
「まだ分からん」
「…………」
「分かったら連絡する」
「お願いします」
水野が連行されていく男を見る。
その表情が、少しだけ変わった。
「先輩」
「なんだ」
「この男……」
「どうした」
水野は男の腕に一瞬だけ見えたものを見ていた。
服の袖の下。
小さな刺青。
「…………」
「水野?」
「いえ」
水野は視線を戻した。
「署で確認します」
◆
帰り道。
愛莉は俺の隣を歩いていた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
「兄だからな」
「…………」
「何?」
「なんかちょっとカッコよかった」
「ちょっと?」
「調子乗るからそれ以上言わない」
「ひどい」
愛莉が少し笑った。
「でも」
「うん?」
「本当にあんな身体になったんだね」
「まあな」
「銃とかも平気なの?」
「平気だった」
「すご」
「撃たれたくはないけど」
「そりゃそうでしょ」
しばらく歩く。
愛莉がスマホを見る。
「あ」
「どうした?」
「サイボーグチャンネル、今日の配信アーカイブ残ってる!」
「…………」
「帰ったら見よ」
「今から?」
「うん」
「今日は疲れたんじゃないの?」
「推しは別」
「…………」
兄より推し。
その推し。
俺。
「お兄ちゃんも見る?」
「遠慮しとく」
「面白いのに」
「知ってる」
「え?」
「……なんでもない」
危なかった。
愛莉はまだ。
自分が大ファンだと言っているサイボーグチャンネルの中の人が、隣を歩いている兄だとは気づいていない。
俺は。
その事実がいつバレるのか。
ストーカーより少しだけ怖かった。




