PSY-012《ストーカーの正体》
翌日の昼。
スマホが鳴った。
「はい」
『高木か』
「その声は佐久間さん」
『署に来られるか』
「…………」
『なんだ、その間は』
「いや」
警察署。
この言葉に、どうしてもいい思い出がない。
「また捕まるんです?」
『捕まえねえよ!』
「良かった」
『お前、警察署に来るたび逮捕されると思ってるのか』
「最初がそうだったんで」
『……いいから来い。昨日の男について分かったことがある』
昨日の男。
愛莉をつけ回していた、自称ストーカー。
俺の腹にナイフを突き立てて。
そのナイフの方が折れた男だ。
そして最後。
水野が、奴の腕にあった刺青を見つけていた。
「分かりました」
『一人で来いよ』
「誰を連れてくると思ってるんです?」
『お前の場合、何が起きるか分からん』
「酷くない?」
『事実だ』
電話が切れた。
「…………」
最近。
佐久間さんが遠慮なくなってきた気がする。
◆
「黒鴉会?」
警察署の一室。
俺の前には佐久間と水野。
テーブルには昨日の男の写真と、何枚かの資料が置かれている。
「ああ」
佐久間が頷いた。
「こくあかい、と読む」
「ヤクザですか?」
「近いが、少し違う」
「何が違うんです?」
水野が資料をめくった。
「昔ながらの、組長がいて、若頭がいて、組員がいて……っていう一枚岩の組織じゃないんです」
「じゃあ何?」
「いくつもの小さなグループが、ゆるく繋がってるんです」
「ゆるく?」
「スカウトする奴。金を集める奴。薬物を扱う奴。暴力を担当する奴。詐欺をやる奴。必要な時だけ集まる実行役」
「……犯罪の総合商社?」
「会社に謝れ」
佐久間に即座に突っ込まれた。
「じゃあ何て言えばいいんです?」
「犯罪者のネットワークだと思え」
「なるほど」
「しかも厄介なのは」
佐久間が資料を指で叩いた。
「末端の連中は、自分たちの上に誰がいるのかすら知らないことがある」
「仲間なのに?」
「仲間意識は強い。だが、仲良し集団って意味じゃない」
「?」
「黒鴉会の人間に手を出した奴は、黒鴉会全体の敵だ。そういう意識だ」
「…………」
「一人を捕まえても、別の連中が出てくる」
「面倒くさ」
「だから警察も苦労してる」
俺は写真を見る。
昨日。
愛莉を怖がらせていた男。
「で」
俺は聞いた。
「こいつも、その黒鴉会?」
「ああ。少なくとも黒鴉会につながる末端だ」
「何やってたんです?」
そこで。
二人の空気が変わった。
さっきまでの軽いやり取りが消える。
「高木」
「はい」
「妹さんの件だ」
俺の背筋が伸びた。
「……はい」
「昨日の男は、ただ愛莉さんに惚れて付きまとってたわけじゃない」
「ストーカーじゃない?」
「行動だけ見ればストーカーだ。だが目的が違う」
水野が静かに続けた。
「若い女性を探して、声をかける。付きまとう。生活圏や家族関係を調べる」
「…………」
「それから、騙したり、脅したりして、自分たちの側へ引き込む」
「引き込んで、何するんです?」
二人が黙った。
「佐久間さん」
「聞かない方がいい」
「愛莉が狙われてたんですよ」
「…………」
「教えてください」
数秒。
佐久間が口を開いた。
「売春だ」
「…………」
「金を稼がせる。逃げようとすれば暴力。場合によっては薬物を使って、逃げにくくする」
「…………」
「まだ全部裏が取れたわけじゃない。ただ、過去にも似た被害がある可能性が高い」
俺は写真を見たまま動かなかった。
昨日。
愛莉は怖がっていた。
あの男は。
妹を好きで見ていたわけじゃない。
品定めしていた。
連れていけるか。
金になるか。
そういう目で。
「……そうですか」
「高木」
「はい」
「行くなよ」
「どこに?」
「黒鴉会を探しに」
「まだ何も言ってないじゃないですか」
「顔に出てる」
「俺、そんな分かりやすい?」
水野が即座に頷いた。
「かなり」
「…………」
俺は椅子にもたれようとして。
やめた。
壊したら嫌だから。
「でも」
「なんだ」
「また愛莉に近づいたら?」
「俺たちに連絡しろ」
「間に合わなかったら?」
「高木」
「はい」
佐久間の声が低くなった。
「お前が強いのは分かってる」
「はい」
「拘置施設の件も見た。銀行強盗も聞いた。昨日の男だって、お前からすればどうとでもできたんだろ」
「まあ」
「だから言ってる」
佐久間が俺を真っ直ぐ見る。
「好き勝手にやるな」
「…………」
「お前が悪党じゃないことは、もう分かってる」
「はい」
「なら、悪党と同じやり方をするな」
俺は黙った。
腹が立っている。
かなり。
だが。
佐久間さんの言っていることも分かる。
「……分かりました」
「本当だな?」
「はい」
佐久間が少しだけ肩の力を抜いた。
「それなら――」
「向こうから来た場合は?」
「…………」
「…………」
「……正当防衛の範囲にしろ」
「了解です!!!!!」
「なんで急に元気になるんだ!」
水野が横を向いて笑っていた。
◆
警察署を出た。
「黒鴉会、か」
口に出してみる。
昨日まで知らなかった名前。
だが。
愛莉を狙った男の後ろには、そいつらがいる。
佐久間さんには動くなと言われた。
「なら動かない」
俺は素直だ。
わざわざ黒鴉会を探し回るつもりもない。
警察に任せる。
それでいい。
「向こうから来ない限り」
その時の俺は。
本当にそう思っていた。
◆
その日の夜。
「はい。ということで今日もやっていきます」
『待ってました』
『今日もFPS?』
『今日は何キルするんだ』
「普通にやりますよ」
『普通とは』
『サイボーグ基準の普通』
「人間です」
『その腕で言われても』
「…………」
コメント欄を見ながらゲームを起動する。
平和だ。
実に平和。
これでいい。
俺は敵を撃つ。
パンッ!
ヘッドショット。
『うっま』
『今の見えた?』
『反応速度おかしい』
「今日は調子いいですね」
『毎回言ってる』
「気のせいです」
パンッ!
またヘッドショット。
配信開始から一時間。
何事もない。
警察から電話もない。
銀行強盗もいない。
プリズンブレイクもない。
素晴らしい。
「今日は事件起きませんね」
『自分から言うな』
『フラグ立てるな』
『やめろ』
「大丈夫ですよ」
――ピンポーン。
「…………」
『草』
『来た』
『早すぎる』
『言った瞬間で草』
「宅配です」
『絶対違う』
「宅配です」
俺はそう信じる。
「ちょっと待っててください」
マイクをミュート。
玄関へ。
インターホンを見る。
男。
知らない顔。
一人。
「はい」
『高木航さんのお宅ですか』
「そうですけど」
『少し、お話があります』
「誰です?」
『昨日の件について』
「…………」
嫌な予感。
最近こいつの的中率が高すぎる。
「警察?」
『違います』
「じゃあ結構です」
『待ってください』
「何です?」
『黒鴉会、と言えば分かりますか』
「…………」
俺は天井を見る。
「佐久間さん」
小さく呟いた。
「向こうから来ました。とてもスピーディーです」
◆
配信は一度中断した。
外へ出る。
インターホンに映っていた男。
その後ろ。
少し離れたところに車が一台。
周囲にも人影。
「一人じゃないじゃん」
「念のためですよ」
「何の念です?」
男が薄く笑った。
「昨日、うちの人間を警察に渡したそうですね」
「妹にナイフ出したんで」
「少し話を聞こうとしただけですよ」
「ナイフで?」
「…………」
「かなり物騒な聞き方しますね」
笑顔が消えた。
「妹さん」
俺の目が止まる。
「可愛いですね」
「…………」
「目立つでしょう?」
「何が言いたいんです?」
「こちらも商売なんですよ」
「商売?」
「分かるでしょう」
「分かりたくないですね」
後ろから別の男が近づいてくる。
「兄ちゃん」
「はい」
「余計なことしない方がいいぞ」
「余計なこと?」
「警察に喋るとか」
「もう喋りましたけど」
「…………」
「あ」
まずかったか?
「お前」
「はい」
「舐めてんのか?」
「舐めてません」
本当に。
「俺たちが誰か分かってんのか?」
「黒鴉会」
「分かってんじゃねえか」
「今日聞きました」
数人が顔を見合わせた。
「なら話は早い」
最初の男が俺との距離を詰める。
「昨日のことは忘れろ」
「無理です」
「妹にも余計なこと言わせるな」
「それも無理です」
「警察とも関わるな」
「佐久間さんたち普通に来るんで無理です」
「…………」
「無理ばっかりですね」
「お前な……」
男が俺の胸を指で押した。
「自分の立場、分かってんのか?」
「分かってますよ」
「なら――」
「一つだけ」
「なんだ」
「妹に」
俺は男を見る。
「もう近づかないでください」
「…………」
「それだけです」
男が笑った。
「嫌だと言ったら?」
「困ります」
「困る?」
「はい」
「どうするんだ?」
「警察呼びます」
「…………」
「何笑ってるんです?」
「お前」
男が声を上げて笑う。
「この人数が見えてねえのか?」
俺は周囲を確認した。
一。
二。
三。
車の後ろ。
さらに二人。
「六人ですね」
「ビビったか?」
「いや」
「じゃあ何だ」
「佐久間さんに説明するの面倒だなって」
「……やれ」
◆
一人目が殴りかかってきた。
避ける。
「お?」
二発目。
避ける。
三発目。
避ける。
「動くな!」
「殴るじゃないですか」
「当たり前だ!」
「じゃあ動きますよ!」
二人目。
背後から飛びかかってくる。
俺は少し横へ。
「うわっ!」
一人目と二人目がぶつかった。
「…………」
「…………」
「大丈夫です?」
「てめえ!」
今度は三人。
「面倒だな……」
一人の腕を掴む。
力は入れない。
軽く押す。
ドンッ!
「ぐぇ!」
地面へ。
二人目。
腹へ手を当てる。
「何――」
押す。
ドンッ!
「ごふっ!」
三人目。
「来るな!」
金属バット。
「…………」
「死ね!」
振り下ろされた。
俺は腕で受けた。
ガァン!
曲がった。
バットが。
「…………」
「…………」
俺は曲がった金属バットを見る。
「これ俺のせい?」
「化け物……」
「失礼な」
男が後ずさる。
「なんなんだよ、お前!」
「高木です」
「名前聞いてねえ!」
「最近そればっかりだな」
◆
二分後。
「…………」
六人。
全員、地面に座っていた。
倒れているわけではない。
「動かないでください」
俺がそう言ったから座っている。
一人が腰を浮かせた。
「立つとまた押しますよ」
座った。
「素直でよろしい」
「…………」
俺はスマホを取り出した。
「もしもし」
『高木?』
「はい」
『どうした』
「黒鴉会来ました」
沈黙。
『……どこに』
「家の前」
『何人』
「六人」
『お前は!?』
「無傷です」
『向こうは!?』
六人を見る。
「座ってます」
『…………』
「全員生きてます」
『それを先に言え!』
「一人、バット曲がりましたけど」
『バットが?』
「勝手に」
『お前が受けたんだろ!』
「はい」
『そこから動くな!』
「分かりました」
電話が切れた。
「怒られた」
一人が、恐る恐る俺を見る。
「お前……何者なんだよ」
「だから高木ですって」
「そういう意味じゃねえ……」
少し考える。
「YouTuberです」
「…………」
「サイボーグチャンネルっていう」
「…………」
「知らない?」
「知らねえよ……」
「結構登録者いるんだけどな」
◆
しばらくして。
パトカーが来た。
そして。
「高木ぃ!」
「来た」
佐久間。
その後ろに水野。
「何してんだお前!」
「何もしてないです!」
「六人転がってるだろ!」
「座ってます!」
「そういう問題じゃねえ!」
水野が六人を確認する。
「先輩」
「なんだ!」
「全員ほぼ無傷です」
「…………」
「高木さん、本当に加減したみたいですね」
「成長したでしょ?」
「褒めるな水野!」
佐久間が頭を抱える。
「だから行くなって言っただろ!」
「行ってないです」
「は?」
「向こうから来ました」
「…………」
「正当防衛の範囲にしろって」
「……言った」
「守りました」
「…………」
「何です?」
「何も言えねえのが腹立つ」
水野が横で笑っていた。
◆
六人は連行された。
車も調べられることになった。
その途中。
水野が一人の男の腕を見る。
「……やっぱり」
「何?」
俺も見る。
黒い鳥。
翼を広げた鴉の刺青。
「黒鴉会?」
「はい」
佐久間の顔が険しくなる。
「全員つながってるな」
「これで終わりです?」
俺が聞く。
「終わらん」
「まだいる?」
「ああ」
「何人?」
「分からん」
「…………」
「高木」
「はい」
「黒鴉会は、一つの組織に全員集まってるわけじゃない」
「今日聞きました」
「なら分かるだろ」
「この六人捕まえても」
「黒鴉会全体から見れば、大した損害じゃない」
「…………」
面倒くさい。
本当に。
佐久間が連行されていく男たちを見る。
「一羽落としたくらいじゃ」
「はい」
「群れは消えない」
「……鴉だけに?」
「茶化すな」
「すみません」
でも。
少しだけ分かった。
昨日まで。
俺にとってこれは、愛莉を狙った一人の男の問題だった。
今日。
その後ろから六人出てきた。
そして。
その六人のさらに後ろにも。
まだ何かがいる。
「高木」
「はい?」
「妹さんには気をつけろ」
俺の顔から笑いが消えた。
「……はい」
黒鴉会。
その名前が。
俺の平穏な現代生活に、本格的に入り込んできた最初の日だった。




