↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/21

PSY-012《ストーカーの正体》

 翌日の昼。


 スマホが鳴った。


「はい」


『高木か』


「その声は佐久間さん」


『署に来られるか』


「…………」


『なんだ、その間は』


「いや」


 警察署。


 この言葉に、どうしてもいい思い出がない。


「また捕まるんです?」


『捕まえねえよ!』


「良かった」


『お前、警察署に来るたび逮捕されると思ってるのか』


「最初がそうだったんで」


『……いいから来い。昨日の男について分かったことがある』


 昨日の男。


 愛莉をつけ回していた、自称ストーカー。


 俺の腹にナイフを突き立てて。


 そのナイフの方が折れた男だ。


 そして最後。


 水野が、奴の腕にあった刺青を見つけていた。


「分かりました」


『一人で来いよ』


「誰を連れてくると思ってるんです?」


『お前の場合、何が起きるか分からん』


「酷くない?」


『事実だ』


 電話が切れた。


「…………」


 最近。


 佐久間さんが遠慮なくなってきた気がする。


◆


「黒鴉会?」


 警察署の一室。


 俺の前には佐久間と水野。


 テーブルには昨日の男の写真と、何枚かの資料が置かれている。


「ああ」


 佐久間が頷いた。


「こくあかい、と読む」


「ヤクザですか?」


「近いが、少し違う」


「何が違うんです?」


 水野が資料をめくった。


「昔ながらの、組長がいて、若頭がいて、組員がいて……っていう一枚岩の組織じゃないんです」


「じゃあ何?」


「いくつもの小さなグループが、ゆるく繋がってるんです」


「ゆるく?」


「スカウトする奴。金を集める奴。薬物を扱う奴。暴力を担当する奴。詐欺をやる奴。必要な時だけ集まる実行役」


「……犯罪の総合商社?」


「会社に謝れ」


 佐久間に即座に突っ込まれた。


「じゃあ何て言えばいいんです?」


「犯罪者のネットワークだと思え」


「なるほど」


「しかも厄介なのは」


 佐久間が資料を指で叩いた。


「末端の連中は、自分たちの上に誰がいるのかすら知らないことがある」


「仲間なのに?」


「仲間意識は強い。だが、仲良し集団って意味じゃない」


「?」


「黒鴉会の人間に手を出した奴は、黒鴉会全体の敵だ。そういう意識だ」


「…………」


「一人を捕まえても、別の連中が出てくる」


「面倒くさ」


「だから警察も苦労してる」


 俺は写真を見る。


 昨日。


 愛莉を怖がらせていた男。


「で」


 俺は聞いた。


「こいつも、その黒鴉会?」


「ああ。少なくとも黒鴉会につながる末端だ」


「何やってたんです?」


 そこで。


 二人の空気が変わった。


 さっきまでの軽いやり取りが消える。


「高木」


「はい」


「妹さんの件だ」


 俺の背筋が伸びた。


「……はい」


「昨日の男は、ただ愛莉さんに惚れて付きまとってたわけじゃない」


「ストーカーじゃない?」


「行動だけ見ればストーカーだ。だが目的が違う」


 水野が静かに続けた。


「若い女性を探して、声をかける。付きまとう。生活圏や家族関係を調べる」


「…………」


「それから、騙したり、脅したりして、自分たちの側へ引き込む」


「引き込んで、何するんです?」


 二人が黙った。


「佐久間さん」


「聞かない方がいい」


「愛莉が狙われてたんですよ」


「…………」


「教えてください」


 数秒。


 佐久間が口を開いた。


「売春だ」


「…………」


「金を稼がせる。逃げようとすれば暴力。場合によっては薬物を使って、逃げにくくする」


「…………」


「まだ全部裏が取れたわけじゃない。ただ、過去にも似た被害がある可能性が高い」


 俺は写真を見たまま動かなかった。


 昨日。


 愛莉は怖がっていた。


 あの男は。


 妹を好きで見ていたわけじゃない。


 品定めしていた。


 連れていけるか。


 金になるか。


 そういう目で。


「……そうですか」


「高木」


「はい」


「行くなよ」


「どこに?」


「黒鴉会を探しに」


「まだ何も言ってないじゃないですか」


「顔に出てる」


「俺、そんな分かりやすい?」


 水野が即座に頷いた。


「かなり」


「…………」


 俺は椅子にもたれようとして。


 やめた。


 壊したら嫌だから。


「でも」


「なんだ」


「また愛莉に近づいたら?」


「俺たちに連絡しろ」


「間に合わなかったら?」


「高木」


「はい」


 佐久間の声が低くなった。


「お前が強いのは分かってる」


「はい」


「拘置施設の件も見た。銀行強盗も聞いた。昨日の男だって、お前からすればどうとでもできたんだろ」


「まあ」


「だから言ってる」


 佐久間が俺を真っ直ぐ見る。


「好き勝手にやるな」


「…………」


「お前が悪党じゃないことは、もう分かってる」


「はい」


「なら、悪党と同じやり方をするな」


 俺は黙った。


 腹が立っている。


 かなり。


 だが。


 佐久間さんの言っていることも分かる。


「……分かりました」


「本当だな?」


「はい」


 佐久間が少しだけ肩の力を抜いた。


「それなら――」


「向こうから来た場合は?」


「…………」


「…………」


「……正当防衛の範囲にしろ」


「了解です!!!!!」


「なんで急に元気になるんだ!」


 水野が横を向いて笑っていた。


◆


 警察署を出た。


「黒鴉会、か」


 口に出してみる。


 昨日まで知らなかった名前。


 だが。


 愛莉を狙った男の後ろには、そいつらがいる。


 佐久間さんには動くなと言われた。


「なら動かない」


 俺は素直だ。


 わざわざ黒鴉会を探し回るつもりもない。


 警察に任せる。


 それでいい。


「向こうから来ない限り」


 その時の俺は。


 本当にそう思っていた。


◆


 その日の夜。


「はい。ということで今日もやっていきます」


『待ってました』


『今日もFPS?』


『今日は何キルするんだ』


「普通にやりますよ」


『普通とは』


『サイボーグ基準の普通』


「人間です」


『その腕で言われても』


「…………」


 コメント欄を見ながらゲームを起動する。


 平和だ。


 実に平和。


 これでいい。


 俺は敵を撃つ。


 パンッ!


 ヘッドショット。


『うっま』


『今の見えた?』


『反応速度おかしい』


「今日は調子いいですね」


『毎回言ってる』


「気のせいです」


 パンッ!


 またヘッドショット。


 配信開始から一時間。


 何事もない。


 警察から電話もない。


 銀行強盗もいない。


 プリズンブレイクもない。


 素晴らしい。


「今日は事件起きませんね」


『自分から言うな』


『フラグ立てるな』


『やめろ』


「大丈夫ですよ」


 ――ピンポーン。


「…………」


『草』


『来た』


『早すぎる』


『言った瞬間で草』


「宅配です」


『絶対違う』


「宅配です」


 俺はそう信じる。


「ちょっと待っててください」


 マイクをミュート。


 玄関へ。


 インターホンを見る。


 男。


 知らない顔。


 一人。


「はい」


『高木航さんのお宅ですか』


「そうですけど」


『少し、お話があります』


「誰です?」


『昨日の件について』


「…………」


 嫌な予感。


 最近こいつの的中率が高すぎる。


「警察?」


『違います』


「じゃあ結構です」


『待ってください』


「何です?」


『黒鴉会、と言えば分かりますか』


「…………」


 俺は天井を見る。


「佐久間さん」


 小さく呟いた。


「向こうから来ました。とてもスピーディーです」


◆


 配信は一度中断した。


 外へ出る。


 インターホンに映っていた男。


 その後ろ。


 少し離れたところに車が一台。


 周囲にも人影。


「一人じゃないじゃん」


「念のためですよ」


「何の念です?」


 男が薄く笑った。


「昨日、うちの人間を警察に渡したそうですね」


「妹にナイフ出したんで」


「少し話を聞こうとしただけですよ」


「ナイフで?」


「…………」


「かなり物騒な聞き方しますね」


 笑顔が消えた。


「妹さん」


 俺の目が止まる。


「可愛いですね」


「…………」


「目立つでしょう?」


「何が言いたいんです?」


「こちらも商売なんですよ」


「商売?」


「分かるでしょう」


「分かりたくないですね」


 後ろから別の男が近づいてくる。


「兄ちゃん」


「はい」


「余計なことしない方がいいぞ」


「余計なこと?」


「警察に喋るとか」


「もう喋りましたけど」


「…………」


「あ」


 まずかったか?


「お前」


「はい」


「舐めてんのか?」


「舐めてません」


 本当に。


「俺たちが誰か分かってんのか?」


「黒鴉会」


「分かってんじゃねえか」


「今日聞きました」


 数人が顔を見合わせた。


「なら話は早い」


 最初の男が俺との距離を詰める。


「昨日のことは忘れろ」


「無理です」


「妹にも余計なこと言わせるな」


「それも無理です」


「警察とも関わるな」


「佐久間さんたち普通に来るんで無理です」


「…………」


「無理ばっかりですね」


「お前な……」


 男が俺の胸を指で押した。


「自分の立場、分かってんのか?」


「分かってますよ」


「なら――」


「一つだけ」


「なんだ」


「妹に」


 俺は男を見る。


「もう近づかないでください」


「…………」


「それだけです」


 男が笑った。


「嫌だと言ったら?」


「困ります」


「困る?」


「はい」


「どうするんだ?」


「警察呼びます」


「…………」


「何笑ってるんです?」


「お前」


 男が声を上げて笑う。


「この人数が見えてねえのか?」


 俺は周囲を確認した。


 一。


 二。


 三。


 車の後ろ。


 さらに二人。


「六人ですね」


「ビビったか?」


「いや」


「じゃあ何だ」


「佐久間さんに説明するの面倒だなって」


「……やれ」


◆


 一人目が殴りかかってきた。


 避ける。


「お?」


 二発目。


 避ける。


 三発目。


 避ける。


「動くな!」


「殴るじゃないですか」


「当たり前だ!」


「じゃあ動きますよ!」


 二人目。


 背後から飛びかかってくる。


 俺は少し横へ。


「うわっ!」


 一人目と二人目がぶつかった。


「…………」


「…………」


「大丈夫です?」


「てめえ!」


 今度は三人。


「面倒だな……」


 一人の腕を掴む。


 力は入れない。


 軽く押す。


 ドンッ!


「ぐぇ!」


 地面へ。


 二人目。


 腹へ手を当てる。


「何――」


 押す。


 ドンッ!


「ごふっ!」


 三人目。


「来るな!」


 金属バット。


「…………」


「死ね!」


 振り下ろされた。


 俺は腕で受けた。


 ガァン!


 曲がった。


 バットが。


「…………」


「…………」


 俺は曲がった金属バットを見る。


「これ俺のせい?」


「化け物……」


「失礼な」


 男が後ずさる。


「なんなんだよ、お前!」


「高木です」


「名前聞いてねえ!」


「最近そればっかりだな」


◆


 二分後。


「…………」


 六人。


 全員、地面に座っていた。


 倒れているわけではない。


「動かないでください」


 俺がそう言ったから座っている。


 一人が腰を浮かせた。


「立つとまた押しますよ」


 座った。


「素直でよろしい」


「…………」


 俺はスマホを取り出した。


「もしもし」


『高木?』


「はい」


『どうした』


「黒鴉会来ました」


 沈黙。


『……どこに』


「家の前」


『何人』


「六人」


『お前は!?』


「無傷です」


『向こうは!?』


 六人を見る。


「座ってます」


『…………』


「全員生きてます」


『それを先に言え!』


「一人、バット曲がりましたけど」


『バットが?』


「勝手に」


『お前が受けたんだろ!』


「はい」


『そこから動くな!』


「分かりました」


 電話が切れた。


「怒られた」


 一人が、恐る恐る俺を見る。


「お前……何者なんだよ」


「だから高木ですって」


「そういう意味じゃねえ……」


 少し考える。


「YouTuberです」


「…………」


「サイボーグチャンネルっていう」


「…………」


「知らない?」


「知らねえよ……」


「結構登録者いるんだけどな」


◆


 しばらくして。


 パトカーが来た。


 そして。


「高木ぃ!」


「来た」


 佐久間。


 その後ろに水野。


「何してんだお前!」


「何もしてないです!」


「六人転がってるだろ!」


「座ってます!」


「そういう問題じゃねえ!」


 水野が六人を確認する。


「先輩」


「なんだ!」


「全員ほぼ無傷です」


「…………」


「高木さん、本当に加減したみたいですね」


「成長したでしょ?」


「褒めるな水野!」


 佐久間が頭を抱える。


「だから行くなって言っただろ!」


「行ってないです」


「は?」


「向こうから来ました」


「…………」


「正当防衛の範囲にしろって」


「……言った」


「守りました」


「…………」


「何です?」


「何も言えねえのが腹立つ」


 水野が横で笑っていた。


◆


 六人は連行された。


 車も調べられることになった。


 その途中。


 水野が一人の男の腕を見る。


「……やっぱり」


「何?」


 俺も見る。


 黒い鳥。


 翼を広げた鴉の刺青。


「黒鴉会?」


「はい」


 佐久間の顔が険しくなる。


「全員つながってるな」


「これで終わりです?」


 俺が聞く。


「終わらん」


「まだいる?」


「ああ」


「何人?」


「分からん」


「…………」


「高木」


「はい」


「黒鴉会は、一つの組織に全員集まってるわけじゃない」


「今日聞きました」


「なら分かるだろ」


「この六人捕まえても」


「黒鴉会全体から見れば、大した損害じゃない」


「…………」


 面倒くさい。


 本当に。


 佐久間が連行されていく男たちを見る。


「一羽落としたくらいじゃ」


「はい」


「群れは消えない」


「……鴉だけに?」


「茶化すな」


「すみません」


 でも。


 少しだけ分かった。


 昨日まで。


 俺にとってこれは、愛莉を狙った一人の男の問題だった。


 今日。


 その後ろから六人出てきた。


 そして。


 その六人のさらに後ろにも。


 まだ何かがいる。


「高木」


「はい?」


「妹さんには気をつけろ」


 俺の顔から笑いが消えた。


「……はい」


 黒鴉会。


 その名前が。


 俺の平穏な現代生活に、本格的に入り込んできた最初の日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。