PSY-013《白峰組》
黒鴉会の連中が家まで押しかけてきた翌日。
「……今日は何も起きませんように」
俺は朝から、そんなことを願っていた。
ゲームをする。
動画を編集する。
飯を食う。
寝る。
それでいい。
世界を救うとか。
銀行強盗を倒すとか。
脱獄犯を止めるとか。
妹を狙う犯罪組織と揉めるとか。
そういうのはもういい。
「今日は平和に――」
ピンポーン。
「…………」
まだ午前十時だった。
俺は天井を見上げた。
「早くない?」
インターホンを見る。
知らない男。
いや。
正確には、知らない男が二人。
一人は若い。
黒いスーツ。
明らかに普通の営業マンではない。
その後ろ。
少し離れた場所に、黒い高級車が停まっている。
「…………」
俺はスマホを手に取った。
佐久間に電話しようか。
いや。
まだ何もされていない。
とりあえず話だけ聞く。
「はい」
『高木航さんのお宅で間違いありませんか』
「そうですけど」
『少々、お話を』
「黒鴉会?」
『違います』
「じゃあ誰です?」
一瞬。
男が言葉を選んだ。
『白峰組の者です』
「…………」
俺は通話ボタンから指を離した。
「また増えた」
◆
玄関は開けなかった。
「白峰組って何です?」
『こちらで説明します』
「ヤクザ?」
『……まあ』
「帰ってもらっていいですか?」
『まだ何も話してませんが』
「昨日、黒鴉会が六人来たんですよ」
『存じています』
「知ってんの!?」
『ですので伺いました』
余計に怪しい。
「ちょっと待ってください」
俺は佐久間へ電話した。
『なんだ』
「白峰組って知ってます?」
沈黙。
『……どこでその名前を聞いた』
「今、家の前にいます」
『は!?』
「二人ほど」
『お前はなんで昨日黒鴉会で、今日は白峰組なんだ!』
「俺に言われても!」
『家から出るな!』
「分かりました」
『絶対についていくなよ!』
「俺、子供ですか?」
『お前は危機感が妙なところで欠けてる!』
失礼な。
『白峰組は昔からある組織だ。黒鴉会とは別物だが、堅気でもない』
「やっぱヤクザ?」
『そうだ』
「じゃあ帰ってもらいます」
『それがいい』
電話を切る。
インターホンへ戻る。
「すみません。警察に知らないヤクザについて行くなって言われたんで」
『…………』
「帰ってください」
『……少々お待ちください』
「何を?」
黒い高級車。
後部座席のドアが開いた。
一人の男が降りてきた。
「…………」
目立つ。
かなり目立つ。
年齢は三十代後半くらい。
褐色の肌。
髪は後ろへ流しつつ、上方向へ鋭く固めている。
オールバックとツンツン頭の中間みたいな髪型。
黒いサングラス。
黒いスーツ。
きっちりと身体に合っている。
ただ。
普通のスーツとは何か違う。
立ち方に窮屈さがない。
いざとなれば、そのまま走ったり殴ったりできそうな雰囲気がある。
男は玄関前まで歩いてきた。
インターホン越しに俺を見る。
『高木航』
「はい」
『俺は白峰竜司』
「…………」
『白峰組の若頭をやってる』
「若頭が直接来るんですか?」
『お前に会ってみたかった』
「嫌な理由だなあ」
男――白峰竜司の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
『少しだけ話せねえか』
「ここで?」
『構わねえ』
「外暑いですよ」
『…………』
白峰が空を見る。
サングラスへ指をかけた。
『日ぃ苦手なんだよ』
「え?」
『眩しいのが駄目でな』
「サングラス、ファッションじゃないんだ」
『半分はな』
「半分はファッションなんだ」
『悪いか』
「いや別に」
なんか。
思っていたヤクザと違う。
「……近くの店なら」
『いいのか』
「人がいるところなら」
『賢明だな』
「警察に言われたんで」
『それも賢明だ』
普通に肯定された。
◆
近所の喫茶店。
俺と白峰は向かい合って座っていた。
白峰組の男たちは外。
「部下は入れないんです?」
「話すだけだからな」
白峰は窓から一番遠い席を選んでいた。
サングラスは外さない。
「本当に日光苦手なんですね」
「ああ」
「病気?」
「体質みてえなもんだ。光に過敏でな」
「大変ですね」
「慣れた」
店員が来る。
「コーヒー。ブラックで」
「俺、アイスコーヒー」
注文。
沈黙。
「…………」
「…………」
「で」
俺から聞いた。
「何の用です?」
「黒鴉会」
やっぱりか。
「昨日、うちに来ました」
「聞いてる」
「六人」
「それも聞いてる」
「全員警察行きました」
「それもな」
「情報早くない?」
「こっちも商売なんでな」
「何の商売?」
「細けえこと聞くな」
やっぱりヤクザだった。
白峰がテーブルの上で指を組む。
「昨日来た連中」
「はい」
「黒鴉の中じゃ末端だ」
「佐久間さんにも似たようなこと言われました」
「警察もそこまでは掴んでるか」
「一羽潰しても群れは消えないって」
「……ふっ」
白峰が小さく笑った。
「上手いこと言うじゃねえか」
「俺は鴉だけに?って言ったら怒られました」
「そりゃ怒られる」
「白峰さんまで?」
「茶化すところじゃねえからな」
正論だった。
コーヒーが運ばれてくる。
白峰はカップの位置を少しだけ直した。
取っ手を綺麗に右へ向ける。
「…………」
「何だ」
「いや」
几帳面だな。
「黒鴉会って、そんなにヤバいんです?」
「ヤバい」
即答。
白峰の声から軽さが消えた。
「お前の妹を狙った奴」
「はい」
「あいつ一人が腐ってたわけじゃねえ」
「…………」
「女を騙す。攫う。薬を使う。金にする」
俺の指が止まった。
「逆らったら?」
「殴る。脅す。家族を使う」
「…………」
「連中にとって、人間は商品か道具だ」
白峰はブラックコーヒーを一口飲んだ。
「俺たちを善人だと思うなよ」
「思ってません」
「…………」
「ヤクザですよね?」
「ああ」
「じゃあ善人ではないでしょ」
「即答するな」
「違うんです?」
「いや、合ってる」
白峰が少しだけ口元を緩める。
「だがな」
声が低くなる。
「俺たちにも、やらねえことはある」
「例えば?」
「女やガキを薬漬けにして売る」
「…………」
「そういう真似をする奴を、俺は極道とは呼ばねえ」
「じゃあ?」
白峰が短く言った。
「外道だ」
「…………」
俺は少しだけ。
この男を見る目が変わった。
怖い。
どう見ても怖い。
でも。
言っていることには筋がある。
「黒鴉会とは敵対してる?」
「仲良くする理由がねえ」
「縄張り?」
「それもある」
白峰がカップを置く。
「ただ、それだけじゃねえ」
「?」
「あいつらは境目がねえ」
「境目?」
「昔ながらの組なら、良くも悪くも顔がある。組があって、人がいて、場所がある」
「はい」
「黒鴉は違う」
白峰が人差し指を立てる。
「一羽捕まる」
二本目。
「別の一羽が動く」
三本目。
「そいつを潰しても、別の場所からまた出てくる」
「…………」
「同じ名前を使ってる奴同士でも、互いの顔を知らねえことすらある」
「面倒だな」
「そういうことだ」
「何人いるんです?」
「知らん」
「日本中?」
「それだけなら、まだマシだ」
「…………」
「海の向こうにもいるって話だ」
俺はストローから口を離した。
「世界規模?」
「噂も混じってる。全部を鵜呑みにするな」
「でも、いる可能性はある」
「ああ」
「めんどくさ……」
「同感だ」
ヤクザと意見が一致した。
◆
「で」
俺は聞いた。
「なんで、それを俺に教えるんです?」
「一つは」
白峰が俺を見る。
「妹を守りたいんだろ」
「当然」
「なら敵のことを知らねえよりはマシだ」
「…………」
「もう一つ」
「はい」
「お前に興味がある」
「嫌だなあ」
「変な意味じゃねえ」
「分かってます」
「黒鴉を六人まとめて押さえた」
「押しただけです」
「拘置施設じゃ武装した連中を一人で片づけたって話もある」
「どこから聞いたんです?」
「裏じゃ噂になってる」
「嫌な噂だ」
「銃弾が効かねえってのも?」
「服には効きます」
「……何?」
「穴開くんですよ」
「そこ気にしてんのか」
「お気に入りだったんで」
白峰は数秒黙った。
「……聞いてた通り、変な奴だな」
「誰から何聞いてるんです?」
「色々だ」
「その色々が怖い」
「安心しろ」
「何を?」
「今のところ、お前と敵対する気はねえ」
「今のところ?」
「言葉尻拾うな」
白峰が少しだけ身を乗り出す。
「ただし高木」
「はい」
「妹から目ぇ離すな」
空気が変わった。
「……まだ来ます?」
「可能性はある」
「昨日六人捕まったのに?」
「だから言ってんだ」
「一羽落ちても」
「群れは消えねえ」
「…………」
俺は黙った。
「黒鴉にとっちゃ、お前はもう邪魔な存在だ」
「俺から何もしてないのに」
「向こうはそう思わねえ」
「理不尽だな」
「裏の世界なんざそんなもんだ」
「俺、裏の世界に入りたくないんですけど」
「もう片足入ってる」
「誰のせいで?」
「黒鴉だろ」
「そうだった」
◆
白峰が立ち上がった。
「話はそれだけだ」
「え?」
「何だ」
「俺、てっきり白峰組に入れとか言われるのかと」
「言わねえよ」
「良かった」
「そんな露骨に安心するな」
「だってYouTubeあるんで」
「そこかよ」
白峰が内ポケットから名刺を出す。
テーブルへ置いた。
『白峰組 若頭 白峰竜司』
電話番号。
「黒鴉のことで何かあったら連絡しろ」
「警察じゃなくて?」
「警察にも連絡しろ」
「両方?」
「ああ」
「仲悪くない?」
「悪い」
「ですよね」
「だが」
白峰は少しだけ振り返る。
「警察が知ってることと、俺たちが知ってることは違う」
「なるほど」
「使える方を使え」
「ヤクザ本人が言うんだ」
「お前も使えるもんは何でも使え」
「じゃあ困ったら白峰さん使います」
「……言い方考えろ」
◆
店を出る。
外は快晴。
白峰は眉を寄せた。
「眩し……」
「大丈夫です?」
「ああ」
サングラスを少し直す。
黒い車へ向かう。
俺は気になっていたことを聞いた。
「白峰さん」
「何だ」
「そのスーツ」
「あ?」
「動きやすそうですね」
一瞬。
白峰が俺を見る。
「分かるのか」
「なんとなく」
「特注だ」
「やっぱり」
「見た目は崩したくねえ。だが動けねえ服も嫌いなんでな」
「戦うんです?」
「必要なら」
「強い?」
白峰の口元が、少しだけ上がった。
「試すか?」
「遠慮します」
「即答かよ」
「服破れたら嫌なんで」
「お前、本当にそこ気にするな」
白峰が車へ乗る。
ドアが閉まる前。
「高木」
「はい?」
「一個聞いていいか」
「どうぞ」
「お前、本当に堅気か?」
「YouTuberです」
「…………」
「何です?」
「職業の話じゃねえ」
ドアが閉まった。
黒い車が走り去っていく。
「…………」
俺は手元の名刺を見る。
警察。
佐久間。
水野。
ヤクザ。
白峰。
黒鴉会。
YouTube。
「…………」
どうしてこうなった。
◆
その日の夕方。
佐久間へ電話した。
『高木か』
「白峰竜司に会いました」
『お前ぇぇぇぇ!!』
「人がいる店で!」
『会うなって言っただろ!』
「でも結構いい人でしたよ」
『ヤクザ相手にその感想やめろ!』
「黒鴉会のこと教えてくれました」
『何を』
説明した。
複数のグループ。
末端同士すら全体を知らないこと。
海外にも存在する可能性。
愛莉がまだ狙われる可能性。
しばらく。
佐久間は黙っていた。
『……水野』
電話の向こう。
『はい』
『高木の担当、代わるか?』
『嫌です』
「聞こえてますよ!」
『俺だって嫌だ!』
「二人とも酷くない!?」
水野の声。
『でも先輩』
『なんだ』
『昨日は黒鴉会』
『ああ』
『今日は白峰組』
『ああ』
『明日は何ですかね』
「縁起でもないこと言わないでください!」
『高木さんなら宇宙人くらい来そうですよね』
「来るわけないでしょ!」
『……そういうこと言うと、本当に来るぞ』
佐久間が言った。
「いやいや」
俺は笑った。
「さすがに宇宙人はないですって」
この時の俺は。
本気でそう思っていた。




