↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/18

PSY-013《白峰組》

 黒鴉会の連中が家まで押しかけてきた翌日。


「……今日は何も起きませんように」


 俺は朝から、そんなことを願っていた。


 ゲームをする。


 動画を編集する。


 飯を食う。


 寝る。


 それでいい。


 世界を救うとか。


 銀行強盗を倒すとか。


 脱獄犯を止めるとか。


 妹を狙う犯罪組織と揉めるとか。


 そういうのはもういい。


「今日は平和に――」


 ピンポーン。


「…………」


 まだ午前十時だった。


 俺は天井を見上げた。


「早くない?」


 インターホンを見る。


 知らない男。


 いや。


 正確には、知らない男が二人。


 一人は若い。


 黒いスーツ。


 明らかに普通の営業マンではない。


 その後ろ。


 少し離れた場所に、黒い高級車が停まっている。


「…………」


 俺はスマホを手に取った。


 佐久間に電話しようか。


 いや。


 まだ何もされていない。


 とりあえず話だけ聞く。


「はい」


『高木航さんのお宅で間違いありませんか』


「そうですけど」


『少々、お話を』


「黒鴉会?」


『違います』


「じゃあ誰です?」


 一瞬。


 男が言葉を選んだ。


『白峰組の者です』


「…………」


 俺は通話ボタンから指を離した。


「また増えた」


◆


 玄関は開けなかった。


「白峰組って何です?」


『こちらで説明します』


「ヤクザ?」


『……まあ』


「帰ってもらっていいですか?」


『まだ何も話してませんが』


「昨日、黒鴉会が六人来たんですよ」


『存じています』


「知ってんの!?」


『ですので伺いました』


 余計に怪しい。


「ちょっと待ってください」


 俺は佐久間へ電話した。


『なんだ』


「白峰組って知ってます?」


 沈黙。


『……どこでその名前を聞いた』


「今、家の前にいます」


『は!?』


「二人ほど」


『お前はなんで昨日黒鴉会で、今日は白峰組なんだ!』


「俺に言われても!」


『家から出るな!』


「分かりました」


『絶対についていくなよ!』


「俺、子供ですか?」


『お前は危機感が妙なところで欠けてる!』


 失礼な。


『白峰組は昔からある組織だ。黒鴉会とは別物だが、堅気でもない』


「やっぱヤクザ?」


『そうだ』


「じゃあ帰ってもらいます」


『それがいい』


 電話を切る。


 インターホンへ戻る。


「すみません。警察に知らないヤクザについて行くなって言われたんで」


『…………』


「帰ってください」


『……少々お待ちください』


「何を?」


 黒い高級車。


 後部座席のドアが開いた。


 一人の男が降りてきた。


「…………」


 目立つ。


 かなり目立つ。


 年齢は三十代後半くらい。


 褐色の肌。


 髪は後ろへ流しつつ、上方向へ鋭く固めている。


 オールバックとツンツン頭の中間みたいな髪型。


 黒いサングラス。


 黒いスーツ。


 きっちりと身体に合っている。


 ただ。


 普通のスーツとは何か違う。


 立ち方に窮屈さがない。


 いざとなれば、そのまま走ったり殴ったりできそうな雰囲気がある。


 男は玄関前まで歩いてきた。


 インターホン越しに俺を見る。


『高木航』


「はい」


『俺は白峰竜司』


「…………」


『白峰組の若頭をやってる』


「若頭が直接来るんですか?」


『お前に会ってみたかった』


「嫌な理由だなあ」


 男――白峰竜司の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


『少しだけ話せねえか』


「ここで?」


『構わねえ』


「外暑いですよ」


『…………』


 白峰が空を見る。


 サングラスへ指をかけた。


『日ぃ苦手なんだよ』


「え?」


『眩しいのが駄目でな』


「サングラス、ファッションじゃないんだ」


『半分はな』


「半分はファッションなんだ」


『悪いか』


「いや別に」


 なんか。


 思っていたヤクザと違う。


「……近くの店なら」


『いいのか』


「人がいるところなら」


『賢明だな』


「警察に言われたんで」


『それも賢明だ』


 普通に肯定された。


◆


 近所の喫茶店。


 俺と白峰は向かい合って座っていた。


 白峰組の男たちは外。


「部下は入れないんです?」


「話すだけだからな」


 白峰は窓から一番遠い席を選んでいた。


 サングラスは外さない。


「本当に日光苦手なんですね」


「ああ」


「病気?」


「体質みてえなもんだ。光に過敏でな」


「大変ですね」


「慣れた」


 店員が来る。


「コーヒー。ブラックで」


「俺、アイスコーヒー」


 注文。


 沈黙。


「…………」


「…………」


「で」


 俺から聞いた。


「何の用です?」


「黒鴉会」


 やっぱりか。


「昨日、うちに来ました」


「聞いてる」


「六人」


「それも聞いてる」


「全員警察行きました」


「それもな」


「情報早くない?」


「こっちも商売なんでな」


「何の商売?」


「細けえこと聞くな」


 やっぱりヤクザだった。


 白峰がテーブルの上で指を組む。


「昨日来た連中」


「はい」


「黒鴉の中じゃ末端だ」


「佐久間さんにも似たようなこと言われました」


「警察もそこまでは掴んでるか」


「一羽潰しても群れは消えないって」


「……ふっ」


 白峰が小さく笑った。


「上手いこと言うじゃねえか」


「俺は鴉だけに?って言ったら怒られました」


「そりゃ怒られる」


「白峰さんまで?」


「茶化すところじゃねえからな」


 正論だった。


 コーヒーが運ばれてくる。


 白峰はカップの位置を少しだけ直した。


 取っ手を綺麗に右へ向ける。


「…………」


「何だ」


「いや」


 几帳面だな。


「黒鴉会って、そんなにヤバいんです?」


「ヤバい」


 即答。


 白峰の声から軽さが消えた。


「お前の妹を狙った奴」


「はい」


「あいつ一人が腐ってたわけじゃねえ」


「…………」


「女を騙す。攫う。薬を使う。金にする」


 俺の指が止まった。


「逆らったら?」


「殴る。脅す。家族を使う」


「…………」


「連中にとって、人間は商品か道具だ」


 白峰はブラックコーヒーを一口飲んだ。


「俺たちを善人だと思うなよ」


「思ってません」


「…………」


「ヤクザですよね?」


「ああ」


「じゃあ善人ではないでしょ」


「即答するな」


「違うんです?」


「いや、合ってる」


 白峰が少しだけ口元を緩める。


「だがな」


 声が低くなる。


「俺たちにも、やらねえことはある」


「例えば?」


「女やガキを薬漬けにして売る」


「…………」


「そういう真似をする奴を、俺は極道とは呼ばねえ」


「じゃあ?」


 白峰が短く言った。


「外道だ」


「…………」


 俺は少しだけ。


 この男を見る目が変わった。


 怖い。


 どう見ても怖い。


 でも。


 言っていることには筋がある。


「黒鴉会とは敵対してる?」


「仲良くする理由がねえ」


「縄張り?」


「それもある」


 白峰がカップを置く。


「ただ、それだけじゃねえ」


「?」


「あいつらは境目がねえ」


「境目?」


「昔ながらの組なら、良くも悪くも顔がある。組があって、人がいて、場所がある」


「はい」


「黒鴉は違う」


 白峰が人差し指を立てる。


「一羽捕まる」


 二本目。


「別の一羽が動く」


 三本目。


「そいつを潰しても、別の場所からまた出てくる」


「…………」


「同じ名前を使ってる奴同士でも、互いの顔を知らねえことすらある」


「面倒だな」


「そういうことだ」


「何人いるんです?」


「知らん」


「日本中?」


「それだけなら、まだマシだ」


「…………」


「海の向こうにもいるって話だ」


 俺はストローから口を離した。


「世界規模?」


「噂も混じってる。全部を鵜呑みにするな」


「でも、いる可能性はある」


「ああ」


「めんどくさ……」


「同感だ」


 ヤクザと意見が一致した。


◆


「で」


 俺は聞いた。


「なんで、それを俺に教えるんです?」


「一つは」


 白峰が俺を見る。


「妹を守りたいんだろ」


「当然」


「なら敵のことを知らねえよりはマシだ」


「…………」


「もう一つ」


「はい」


「お前に興味がある」


「嫌だなあ」


「変な意味じゃねえ」


「分かってます」


「黒鴉を六人まとめて押さえた」


「押しただけです」


「拘置施設じゃ武装した連中を一人で片づけたって話もある」


「どこから聞いたんです?」


「裏じゃ噂になってる」


「嫌な噂だ」


「銃弾が効かねえってのも?」


「服には効きます」


「……何?」


「穴開くんですよ」


「そこ気にしてんのか」


「お気に入りだったんで」


 白峰は数秒黙った。


「……聞いてた通り、変な奴だな」


「誰から何聞いてるんです?」


「色々だ」


「その色々が怖い」


「安心しろ」


「何を?」


「今のところ、お前と敵対する気はねえ」


「今のところ?」


「言葉尻拾うな」


 白峰が少しだけ身を乗り出す。


「ただし高木」


「はい」


「妹から目ぇ離すな」


 空気が変わった。


「……まだ来ます?」


「可能性はある」


「昨日六人捕まったのに?」


「だから言ってんだ」


「一羽落ちても」


「群れは消えねえ」


「…………」


 俺は黙った。


「黒鴉にとっちゃ、お前はもう邪魔な存在だ」


「俺から何もしてないのに」


「向こうはそう思わねえ」


「理不尽だな」


「裏の世界なんざそんなもんだ」


「俺、裏の世界に入りたくないんですけど」


「もう片足入ってる」


「誰のせいで?」


「黒鴉だろ」


「そうだった」


◆


 白峰が立ち上がった。


「話はそれだけだ」


「え?」


「何だ」


「俺、てっきり白峰組に入れとか言われるのかと」


「言わねえよ」


「良かった」


「そんな露骨に安心するな」


「だってYouTubeあるんで」


「そこかよ」


 白峰が内ポケットから名刺を出す。


 テーブルへ置いた。


『白峰組 若頭 白峰竜司』


 電話番号。


「黒鴉のことで何かあったら連絡しろ」


「警察じゃなくて?」


「警察にも連絡しろ」


「両方?」


「ああ」


「仲悪くない?」


「悪い」


「ですよね」


「だが」


 白峰は少しだけ振り返る。


「警察が知ってることと、俺たちが知ってることは違う」


「なるほど」


「使える方を使え」


「ヤクザ本人が言うんだ」


「お前も使えるもんは何でも使え」


「じゃあ困ったら白峰さん使います」


「……言い方考えろ」


◆


 店を出る。


 外は快晴。


 白峰は眉を寄せた。


「眩し……」


「大丈夫です?」


「ああ」


 サングラスを少し直す。


 黒い車へ向かう。


 俺は気になっていたことを聞いた。


「白峰さん」


「何だ」


「そのスーツ」


「あ?」


「動きやすそうですね」


 一瞬。


 白峰が俺を見る。


「分かるのか」


「なんとなく」


「特注だ」


「やっぱり」


「見た目は崩したくねえ。だが動けねえ服も嫌いなんでな」


「戦うんです?」


「必要なら」


「強い?」


 白峰の口元が、少しだけ上がった。


「試すか?」


「遠慮します」


「即答かよ」


「服破れたら嫌なんで」


「お前、本当にそこ気にするな」


 白峰が車へ乗る。


 ドアが閉まる前。


「高木」


「はい?」


「一個聞いていいか」


「どうぞ」


「お前、本当に堅気か?」


「YouTuberです」


「…………」


「何です?」


「職業の話じゃねえ」


 ドアが閉まった。


 黒い車が走り去っていく。


「…………」


 俺は手元の名刺を見る。


 警察。


 佐久間。


 水野。


 ヤクザ。


 白峰。


 黒鴉会。


 YouTube。


「…………」


 どうしてこうなった。


◆


 その日の夕方。


 佐久間へ電話した。


『高木か』


「白峰竜司に会いました」


『お前ぇぇぇぇ!!』


「人がいる店で!」


『会うなって言っただろ!』


「でも結構いい人でしたよ」


『ヤクザ相手にその感想やめろ!』


「黒鴉会のこと教えてくれました」


『何を』


 説明した。


 複数のグループ。


 末端同士すら全体を知らないこと。


 海外にも存在する可能性。


 愛莉がまだ狙われる可能性。


 しばらく。


 佐久間は黙っていた。


『……水野』


 電話の向こう。


『はい』


『高木の担当、代わるか?』


『嫌です』


「聞こえてますよ!」


『俺だって嫌だ!』


「二人とも酷くない!?」


 水野の声。


『でも先輩』


『なんだ』


『昨日は黒鴉会』


『ああ』


『今日は白峰組』


『ああ』


『明日は何ですかね』


「縁起でもないこと言わないでください!」


『高木さんなら宇宙人くらい来そうですよね』


「来るわけないでしょ!」


『……そういうこと言うと、本当に来るぞ』


 佐久間が言った。


「いやいや」


 俺は笑った。


「さすがに宇宙人はないですって」


 この時の俺は。


 本気でそう思っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。