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PSY-014《鴉は一羽じゃない》

 白峰竜司と会った翌日。


「…………」


 俺はパソコンの前で、サイボーグチャンネルの管理画面を眺めていた。


 登録者数。


 再生数。


 コメント。


 どれも、チャンネルを始めたばかりの頃から考えれば十分すぎる数字だ。


「五十万人……」


 なんとなく。


 次の目標として頭に浮かんでいる数字だった。


 登録者五十万人。


 言葉にすると簡単だが。


「どうやったら増えるんだ?」


 分からない。


 FPSなら敵を見つければいい。


 照準を合わせる。


 撃つ。


 大体それで終わる。


 魔王も似たようなものだった。


 見つける。


 殴る。


 終わり。


「…………」


 俺は自分の右拳を見る。


「こいつ、YouTubeでは役に立たないな」


 銀色の拳は何も答えなかった。


 当然だ。


 登録ボタンを殴ったところで、一人も増えない。


「まあ、いいか」


 始めたばかりだ。


 今すぐ何でも分かる必要はない。


 今日も普通に配信して。


 動画を出して。


 少しずつ増やしていけばいい。


「よし」


 俺は配信の準備を始めた。


 マイク。


 ゲーム。


 録画ソフト。


 いつものFPS。


 昨日は白峰組の若頭と喫茶店で話をしていた。


 その前は黒鴉会の連中が家まで来た。


 そのさらに前は、愛莉を狙っていた男を警察へ突き出した。


「今日は何もないだろ」


 さすがに。


 毎日何か起きるわけがない。


◆


 同じ頃。


 高木航の知らない場所。


 薄暗い一室に、数人の男が集まっていた。


 表札はない。


 看板もない。


 組織の名前を示すような物もほとんどない。


 ただ。


 机の上に置かれた灰皿。


 そこにだけ。


 翼を広げた黒い鴉が刻まれていた。


「昨日の六人」


 一人の男が口を開く。


「全員、警察に持っていかれた」


「ああ」


「最初の一人もだ」


「分かってる」


「分かってる?」


 男が机を指で叩く。


「だったら、なんで高木航はまだ普通に生活してる」


 誰も答えない。


 机の中央には、一枚の写真。


 高木航。


「六人だぞ」


「…………」


「一人相手に六人送った」


「…………」


「それが全員、大した怪我もなく警察待ちだ」


「話だけ聞けば笑えるな」


「笑えるか」


「じゃあどう説明する?」


 別の男がスマートフォンを操作する。


 動画。


『どうも、サイボーグチャンネルです』


「…………」


 画面の中では。


 高木航がFPSをしていた。


『あ、いた』


 パンッ。


 ヘッドショット。


「こいつだ」


「ああ」


「昨日うちの連中を潰して、今日はゲームか?」


「潰したって言っても、ほとんど怪我させてねえとはな」


「それが余計に気味悪いんだよ」


 六人相手に。


 殺さず。


 大怪我もさせず。


 逃げもせず。


 警察が来るまで座らせていた。


「白峰竜司も接触した」


 その名前で、何人かの顔色が変わった。


「白峰組か」


「ああ」


「何を話した」


「分からん」


「警察とも繋がってる」


「佐久間と水野とかいう刑事だろ」


「ああ」


 一人の男が写真を見る。


「警察」


「白峰組」


「それに、この訳の分からねえ身体」


「…………」


「高木航」


 煙草の煙がゆっくり上がる。


「何者だ、こいつ」


◆


「はい、どうも。サイボーグチャンネルです」


『待ってた』


『今日もFPS?』


『今日は何使う?』


「今日はこれ使います」


 ゲーム内で武器を選ぶ。


『また無双する気だ』


「普通にやります」


『普通とは』


『サイボーグ基準』


「サイボーグだからって何でもできるわけじゃないですよ」


『その手で言われても』


「…………」


 手元カメラ。


 銀色の右手。


 もう隠していない。


 視聴者には、かなり高性能な義手みたいなものだと思われている。


 俺が本当に身体の大半を機械化されていることまでは知らない。


「じゃあ始めます」


 マッチ開始。


 敵。


 パンッ。


 ヘッドショット。


『はい』


『知ってた』


『速い』


「今日は調子いいですね」


『毎回調子いい』


『調子悪い日ある?』


「ありますよ」


『いつ?』


「…………」


 思い出せない。


「そのうち」


『ないんじゃん』


 コメントが流れていく。


 しばらくプレイしていると。


『そういえば目標ある?』


「目標?」


『登録者』


『何万人目指してる?』


「ああ」


 ゲームを続けながら少し考える。


「とりあえず」


 パンッ。


 敵を一人倒す。


「五十万人ですかね」


『おお』


『でかい』


『いける』


『100万いこう』


「百万?」


 思わず笑った。


「それはさすがに遠いでしょ」


『弱気』


『まず50万だな』


『登録した』


「ありがとうございます」


 こういうコメントは。


 普通に嬉しい。


 魔王を倒した時も感謝された。


 でも。


 自分で始めたものを。


 自分の動画を。


 自分の配信を。


 楽しみにしてくれる人がいる。


 これは少し違う。


「よし」


『急にやる気出た』


「次の試合行きます!」


◆


 配信が終わったのは夜遅く。


「ふぅ……」


 椅子から立つ。


 今日もそこそこ登録者は増えた。


「五十万人か」


 遠い。


 でも。


 なんとなく目標があると楽しい。


「明日、動画も一本作るかな」


 何を作るかは決めていない。


 いつものFPSになる気がする。


 まあ。


 それは明日考えよう。


 俺はベッドへ入った。


◆


 翌朝。


 ――ピンポーン。


「…………」


 目を開けた。


「朝から?」


 時計を見る。


 まだ早い。


 インターホンの画面。


 誰もいない。


「……いたずら?」


 玄関へ。


 扉を開ける。


 誰もいない。


「?」


 足元。


 黒い封筒が一つ。


「…………」


 拾う。


 宛名。


 なし。


 差出人。


 なし。


「怪しすぎるだろ」


 普通なら。


 開けない方がいい。


 そう思った。


「でも俺の家の前だしな」


 開けた。


 中には一枚の紙。


 中央。


 黒い鴉。


 その下に。


 一行。


『黒鴉会に手を出したなら、死ぬ覚悟はできているんだよな?』


「…………」


 もう一度読む。


「嫌ですけど」


 死ぬ覚悟。


 そんなものはない。


 一回死んだ。


 トラックに轢かれて。


 十分である。


「もう死ぬ予定ないんだけどな」


 当然。


 紙は答えない。


「佐久間さんに電話するか」


 最近。


 何かあったら佐久間。


 俺の中でそんな流れが完成しつつある。


 電話。


『……高木か』


「おはようございます」


『朝からお前の電話ってだけで嫌な予感するんだが』


「酷くない?」


『何があった』


「黒鴉会から手紙来ました」


『はあ!?』


 眠そうだった声が一瞬で消えた。


「死ぬ覚悟あるんだよな?って」


『今どこだ!』


「家」


『誰かいるか!?』


「俺だけ」


『外に出るな!』


「はい」


『その手紙は!?』


「持ってます」


『触ったのか!』


「俺宛てだったんで」


『お前ぇぇぇ!!』


「何ですか!」


『そういう物を不用意に触るな!』


「先に言ってくださいよ!」


『届くと思ってねえよ!』


 向こうが急に慌ただしくなる。


『水野!』


『はい!』


『高木のところ行くぞ!』


『また高木さんですか?』


「聞こえてますよ!」


『あ、おはようございます』


「おはようございます」


『今度は何です?』


「殺害予告です」


『朝から重いですね』


「俺もそう思います」


『お前ら呑気に挨拶するな!』


 佐久間の声が響いた。


◆


 一時間ほどして。


 佐久間。


 水野。


 それから警察の人間が何人かやってきた。


 黒い封筒。


 紙。


 玄関周辺。


 調べている。


「高木」


「はい」


「これ以上、封筒には触るな」


「もう触りません」


「最初からそうしろ」


「知らなかったんだから仕方ないでしょ」


 水野が紙を見る。


「黒い鴉」


「はい」


「内容も直球ですね」


「でしょ?」


「水野」


「はい」


「感想は後にしろ」


「すみません」


 佐久間の表情は険しい。


「昨日の六人を捕まえたばっかりだぞ」


「黒鴉会って仲間意識強いんですよね?」


「ああ」


「白峰さんも言ってました」


「…………」


「何です?」


「お前、白峰と普通に連絡取りそうで嫌なんだよ」


「まだ取ってませんよ」


「まだ?」


「今のところ」


「その言い方やめろ」


 佐久間がため息をつく。


「黒鴉会の仲間意識ってのは、普通の意味とは少し違う」


「昨日聞いたやつ?」


「ああ」


 一人をやられれば。


 そいつ一人の問題ではない。


 黒鴉会そのものに手を出した。


 そう考える。


「だから」


 佐久間が紙を見る。


「昨日の連中を捕まえたから終わり、とはならない」


「面倒くさいな」


「今さら気づいたか」


「俺、ただ妹守っただけですよ?」


「向こうには関係ない」


「理不尽」


「犯罪者に道理を求めるな」


 正論だった。


「で」


 俺は聞く。


「どうすれば?」


「まず警戒」


「はい」


「知らない奴が来ても簡単に外へ出るな」


「昨日は六人出てきましたけど」


「その話してるんだ!」


「はい」


「それと」


 佐久間の声が少し低くなる。


「お前の住所はもう知られている」


「…………」


「実家も警戒した方がいい」


 俺の顔から笑いが消えた。


「愛莉も?」


「ああ」


「…………」


「こっちでも注意しておく」


「お願いします」


「高木」


「はい」


「勝手に動くな」


「分かってます」


「本当だな?」


「俺からは行きません」


「…………」


「何です?」


「その言い方が一番不安なんだよ」


◆


 同じ頃。


 日本国内。


 黒鴉会の別の場所。


「警告は送った」


「反応は?」


「警察に連絡した」


「やっぱりか」


「次はどうする」


 一人の男が高木航の写真を見ていた。


「妹か?」


「今は触るな」


「何でだ」


「一回妹を狙った」


「一人捕まった」


「その後、六人送った」


「全員捕まった」


「…………」


「同じことを繰り返す馬鹿がどこにいる」


「じゃあ?」


「高木航本人を調べる」


 机の上には。


 集められた情報。


「事故で死亡」


「数日後に本人を名乗る男が現れた」


「身体の一部に明らかな機械部分」


「警察と接触」


「白峰竜司とも接触」


「拘置施設の件にも関わっている」


「…………」


「妙な情報ばかりだな」


「ああ」


「日本の他の鴉にも回す?」


「回せ」


「どこまで?」


「まず国内全部だ」


◆


 その日。


 高木航という名前が。


 日本各地の黒鴉会へ流れた。


 東京。


 大阪。


 名古屋。


 福岡。


 北海道。


 それぞれが。


 同じ場所にいるわけではない。


 同じ仕事をしているわけでもない。


 互いに顔を知らない者すらいる。


 それでも。


 黒い鴉の名で。


 情報だけは飛んでいく。


『高木航』


『日本在住』


『YouTube:サイボーグチャンネル』


『機械式の義手と思われる部位を確認』


『身体能力が非常に高い』


『黒鴉会関係者複数名の逮捕に関与』


『警察及び白峰組との接触あり』


『要警戒』


 一羽から。


 別の一羽へ。


 さらに。


 別の一羽へ。


◆


 やがて。


 その情報は日本だけでは止まらなかった。


 海を越える。


 国を越える。


 世界各地。


 そこにも。


 黒鴉会につながる者たちはいる。


 ある国。


 一人の男が送られてきた情報を眺めた。


「日本?」


「ああ」


「高木航?」


「日本側の複数の鴉と揉めている」


「それだけでこっちまで?」


「情報共有だ」


 男は写真を見る。


「何者なんだ?」


「詳しくは分からん」


「なら日本の連中に任せろ」


「それでいい?」


「ああ」


 男は写真を机へ置いた。


「今はな」


◆


 そして。


 黒鴉会のさらに奥。


 そこには。


 八人の執行者が存在する。


 八咫烏。


 制裁。


 粛清。


 報復。


 重大任務。


 黒鴉会の意思を。


 現場で実行する者たち。


 だが。


 高木航という名前は。


 まだ。


 八咫烏が動くほどの存在とは見なされていなかった。


 今は。


◆


 その日の夜。


「…………」


 俺はパソコンの前。


 朝。


 殺害予告。


 昼。


 警察。


 実家の警戒。


 黒鴉会。


 色々あった。


「さて」


 YouTubeの管理画面を開く。


 登録者数。


 朝より少し増えている。


「次、何出そうかな」


 FPS。


 またFPS。


 その次もFPS。


「…………」


 俺、FPSしかやってないな。


 でも。


 今はそれしか思いつかない。


「まあいいか」


 とりあえず。


 次の配信を考える。


 その頃。


 俺の名前は。


 日本の黒鴉から。


 少しずつ世界の黒鴉へ飛び始めていた。


 そんなことを。


 俺は何も知らない。


 今の俺にとって大事なのは。


「五十万人……どうやったら行くかな」


 そっちだった。

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