PSY-015《初案件が来た!!》
昼過ぎ。
「…………」
俺はパソコンの前で固まっていた。
メール。
何度読み返しても。
内容は変わらない。
『サイボーグチャンネル様へ弊社ゲーミングデバイスのPR動画制作について、ご相談させていただきたく――』
「…………」
もう一度読む。
『PR動画制作』
さらに読む。
『報酬』
「…………」
俺は立ち上がった。
「案件だ!!!!!」
誰もいない部屋で叫んだ。
ついに。
ついに来た。
企業案件。
YouTuberっぽいやつ。
ゲームして。
動画作って。
登録者増やして。
そして企業から、
『うちの商品紹介してください』
と言われる。
「俺、YouTuberじゃん!」
いや。
もうYouTuberなんだけど。
なんというか。
急に実感が湧いてきた。
メールを読む。
紹介してほしいのは、ゲーミングマウスとキーボード。
「めちゃくちゃ俺向きじゃん」
FPS。
毎日のようにやっている。
しかも。
『撮影設備はこちらでご用意いたします』
「スタジオまで!?」
すごい。
企業案件ってこんな感じなのか。
『当日は弊社指定の撮影施設までお越しください』
住所も書いてある。
「…………」
報酬。
もう一度見る。
「結構もらえるな……」
ゲーム用品を紹介する。
金ももらえる。
動画にもなる。
登録者が増えるかもしれない。
「最高じゃん」
俺はすぐ返信しようとして。
止まった。
「…………」
最近。
知らない相手から連絡が来る。
その後。
大体ろくなことになっていない。
警察。
黒鴉会。
白峰組。
殺害予告。
「…………」
メールを見る。
企業案件。
普通。
すごく普通。
「いや」
だからこそ怖い。
「一応……聞いとくか」
スマホを取った。
◆
『案件?』
「はい」
『俺に聞くことか?』
「だって最近、知らない人についていくなって佐久間さん言ってたじゃないですか」
『小学生みたいな理由で電話してくるな』
「俺もそう思います」
『なら切るぞ』
「待って!」
俺はメールの内容を説明した。
企業からPR依頼。
ゲーミングデバイス。
撮影場所指定。
報酬。
「初案件なんですよ!」
『それは良かったな』
「もうちょっと喜んでくださいよ」
『俺はお前のマネージャーじゃねえ』
後ろから水野の声。
『高木さん、案件来たんですか?』
「来ました!」
『おお! すごいじゃないですか』
「ほら! これですよ!」
『水野、甘やかすな』
『別に甘やかしてないですよ』
俺は少し満足した。
「で、一応その会社が本当にあるか見てもらえません?」
『自分で調べろ』
「調べたけど、よく分かんなくて」
『会社名は』
答える。
少し沈黙。
『住所』
答える。
『メールアドレス』
答える。
「どうです?」
『待て』
「はい」
しばらく。
電話の向こうでキーボードを叩く音。
水野の声も聞こえる。
『先輩、これ――』
『ああ』
「何?」
嫌な予感。
『高木』
「はい」
『その会社』
「はい」
『存在しない』
「…………」
「え?」
『少なくとも確認できる会社情報がない』
「…………」
『住所もおかしい』
「おかしい?」
『会社の撮影スタジオがあるような場所じゃない』
「…………」
俺はメールを見る。
報酬。
撮影。
案件。
「俺の初案件……」
『そこか!?』
「偽物?」
『可能性が高い』
「…………」
『高木?』
「ちょっと今、心の整理してるんで」
『命狙われてる可能性あるんだぞ!』
「初案件だと思ったのに……」
『そっちのショックが勝つな!』
水野の声。
『高木さん、元気出してください』
「水野さん……」
『本物の案件もそのうち来ますよ』
「ありがとうございます」
『お前ら何の電話してるんだ!』
◆
一時間後。
佐久間と水野が俺の家に来た。
「で」
佐久間がパソコン画面を見る。
「これか」
「はい」
「返信した?」
「まだ」
「それは偉い」
「褒められた」
「そこ喜ぶな」
水野がメールを読む。
「文章は結構それっぽいですね」
「でしょ?」
「ゲーミングマウスにキーボード……」
「完全に俺向け」
「だからこそでしょうね」
「……やっぱり?」
水野が頷く。
「高木さんが食いつきそうな内容です」
「食いつきました」
「でしょうね」
「即答やめて」
佐久間が指定された住所を確認する。
「場所も妙だ」
「どんなところ?」
「人通りが少ない」
「撮影には静かで良さそう」
「そういう問題じゃない」
「はい」
「それと」
佐久間が俺を見る。
「お前の最近の状況を考えろ」
「黒鴉会?」
「ああ」
「でも」
俺はメールを指差す。
「こんなことします?」
「知らん」
「昨日まで殺害予告だったのに」
「だから調べる必要がある」
水野が腕を組む。
「先輩」
「なんだ」
「これ、逆に使えません?」
「…………」
「何を?」
俺が聞く。
水野はメールを見る。
「相手は、高木さんが来ると思ってる」
「はい」
「なら」
佐久間が水野を見る。
「囮か」
「はい」
「…………」
俺は二人を見る。
「囮?」
佐久間は少し考えてから俺に向き直った。
「断っていい」
「何を?」
「この案件だ」
「偽物なんですよね?」
「そうじゃない」
「?」
「指定された場所へ行くことだ」
「…………」
佐久間の表情が真剣になる。
「周囲はこっちで固める」
「はい」
「相手が黒鴉会なら、出てきたところを押さえる」
「はい」
「ただし危険はある」
「俺に?」
「普通ならな」
「…………」
「…………」
「佐久間さん」
「なんだ」
「今、一瞬忘れてました?」
「……ちょっとだけ」
「俺、銃とか効きませんよ」
「それは警察側でも把握してる」
「じゃあ」
俺はパソコンを見る。
「行きます」
「即答か」
「黒鴉会なら捕まえられるし」
「それだけか?」
「…………」
「高木」
「はい」
「他にもあるだろ」
「…………」
俺はメールをもう一度見る。
「万が一本物の案件だったら」
「まだ諦めてなかったのか!」
◆
返信した。
『ぜひ参加させていただきます』
すぐに返事が来た。
『ありがとうございます。当日は指定時刻にお越しください』
「早いな」
水野が言った。
「企業ってこんな早く返信します?」
「知らないです」
俺も企業案件は初めてだ。
「必要な持ち物なし」
佐久間が読む。
「撮影機材は全て向こうが用意」
「楽でいいですね」
「罠じゃなければな」
「まだ案件の可能性は?」
「捨てろ」
「はい」
佐久間が立ち上がる。
「当日まで勝手なことするな」
「分かってます」
「場所の下見に行くなよ」
「行きません」
「白峰にも言うな」
「なんで白峰さん出てきたの?」
「お前なら言いそうだからだ!」
「まだ連絡してないです」
「まだって言うな!」
水野が横で笑っている。
◆
指定された日。
俺は目的地へ向かっていた。
服装。
普段着。
スマホ。
財布。
それだけ。
佐久間たちは周囲にいる。
らしい。
どこにいるかは教えてもらっていない。
「……本当に企業案件だったらどうしよう」
警察が周り固めてる状態で撮影。
嫌すぎる。
住所へ到着。
「…………」
建物を見る。
倉庫?
スタジオ?
どちらとも言いにくい。
外観は一応整えてある。
入口には、メールに書いてあった会社名のプレート。
「ちゃんとあるじゃん」
いや。
今日だけ置いた可能性もあるか。
最近。
少しだけ疑うことを覚えた。
「失礼します」
中へ入る。
◆
その様子を。
別室。
複数のモニターが映していた。
「来た」
一人の男が言う。
画面。
高木航。
入口。
廊下。
部屋。
複数の監視カメラで追われている。
「本当に来やがった」
「警察は?」
「周囲に何人かいる」
「やっぱり囮か」
「高木本人は?」
「普通に入ってきた」
「警戒してる?」
「……微妙だな」
モニターの中。
高木が壁を見ている。
『結構ちゃんとしてるな』
「…………」
「こいつ」
「何だ」
「本当に案件だと思ってないか?」
「そんな馬鹿な」
画面の高木。
『すみませーん』
返事なし。
『撮影で来た高木ですけどー』
「…………」
「…………」
「馬鹿なのか?」
「いや」
別の男がモニターを見る。
「分かってて来てるはずだ」
「なら何でこんな普通なんだ」
「知らん」
高木は部屋に置かれた机を見る。
その上には。
ゲーミングマウス。
キーボード。
『おお』
目が輝いた。
「…………」
「…………」
『本当に商品あるじゃん』
「……用意しといて正解だったな」
◆
「おお……」
ちゃんとある。
ゲーミングマウス。
キーボード。
新品。
「これ貰えるのかな」
いや。
偽案件。
忘れるな。
佐久間さんに怒られる。
「…………」
でも。
ちょっと欲しい。
「高木航様ですね」
声。
振り向く。
男が一人。
スーツ。
「はい」
「本日はありがとうございます」
「どうも」
普通だ。
めちゃくちゃ普通。
「こちらの商品を使用したゲームプレイを撮影させていただきます」
「はい」
「まず簡単な説明を」
普通。
完全に企業案件。
「…………」
「どうされました?」
「いや」
俺は男を見る。
「これ、本当に案件?」
「はい?」
「いや、なんでもないです」
もしかして。
本当に案件なのでは?
佐久間さんの勘違い?
「ではこちらへ」
「はい」
案内される。
撮影用パソコン。
モニター。
ゲーム。
かなり本格的。
「すご……」
「普段通りプレイしていただければ」
「いいんですか?」
「はい」
俺は椅子へ座る。
「じゃあ」
マウスを握る。
電源。
ゲーム起動。
◆
別室。
「始めた」
「記録しろ」
「反応速度」
「視線」
「右手の動き」
「全部だ」
複数のカメラ。
高木の顔。
右腕。
手。
身体。
ゲーム画面。
「まず通常時のデータを取る」
「その後は?」
男がモニターを見る。
「試す」
「何を」
「高木航が」
画面の中。
ヘッドショット。
「どこまで人間じゃないのか」
◆
「……これ」
俺はマウスを動かした。
「結構いいな」
軽い。
反応も悪くない。
「普通に欲しい」
後ろに立つ男へ聞く。
「これ撮影終わったら貰えます?」
「……確認します」
「お願いします」
ゲーム開始。
敵。
パンッ。
ヘッドショット。
次。
パンッ。
ヘッドショット。
「うん」
使いやすい。
「これ案件動画だったら普通に褒められるな」
男が少し黙る。
「……高木さん」
「はい?」
「少しテスト内容を変更します」
「変更?」
「はい」
「何するんです?」
男が答えた。
「より詳細な性能確認を」
「マウスの?」
「…………」
「?」
「ええ」
なんか。
今の間。
嫌だな。
俺は周囲を見た。
カメラ。
一台。
二台。
三台。
「…………」
多くない?
まあ。
撮影だからこんなものか。
「では始めます」
「はい」
別室。
男がスイッチに手を置いた。
「警察には気づかれるな」
「了解」
「記録開始」
「開始」
「高木航」
モニターの中。
俺がまだ呑気にマウスを触っている。
「……試させてもらうぞ」




