PSY-016《能力測定》
「……試させてもらうぞ」
そんなことを。
別室で誰かが言っているとは知らず。
俺は新しいゲーミングマウスを触っていた。
「これ、本当に使いやすいな」
軽い。
クリック感も悪くない。
さっきから何度かヘッドショットを決めているが、普段使っている物と比べても違和感がない。
「これ、商品名なんでしたっけ?」
「…………」
後ろの男に聞く。
「あの?」
「失礼しました」
男が答える。
「まだ試作品ですので、正式名称は決まっておりません」
「試作品?」
「はい」
「へえ」
ますます案件っぽい。
「じゃあ俺が最初に使ってる?」
「そうなります」
「おお……」
ちょっと嬉しい。
いや。
待て。
これは偽案件の可能性が高いんだった。
「…………」
「どうされました?」
「いや」
危ない。
完全に楽しんでいた。
「続けます」
「お願いします」
俺は再びゲームへ戻った。
敵。
パンッ。
ヘッドショット。
その瞬間。
――バツン。
「ん?」
部屋の照明が消えた。
真っ暗。
「停電?」
パソコンは動いている。
モニターも。
どうやら照明だけらしい。
「大丈夫ですか?」
後ろを見る。
男がいない。
「…………」
いつの間に?
◆
「視認に問題なし」
別室。
モニターには、暗闇の中の高木航が映っている。
「照明消失後も動揺はほぼなし」
「暗所への適応は?」
「異常に早い」
「記録」
「了解」
別の男がキーボードを操作する。
「次」
「聴覚」
◆
カチ。
「…………」
音。
かなり小さい。
右。
壁の向こう。
「何か動いた?」
立ち上がる。
耳を澄ませる。
カチ。
今度は左。
「…………」
何これ。
撮影?
マウスの性能確認?
「絶対違うよな」
俺は小さく呟いた。
佐久間さん。
やっぱり正しかった。
残念。
俺の初案件。
本当に偽物らしい。
「……商品は本物なのにな」
そこが一番惜しい。
◆
「音源位置を即座に特定」
「距離は?」
「反応を見る限り、かなり正確だ」
「人間の聴覚じゃない」
「次」
「反応速度」
◆
――シュッ!
「?」
何かが飛んできた。
俺は顔を横へずらす。
小さなボール。
壁に当たり。
コロコロと床を転がった。
「…………」
拾う。
ゴム製。
「何これ」
次。
シュッ!
避ける。
また。
シュッ!
手で取った。
「…………」
黒いゴムボール。
俺は周囲を見る。
「撮影スタッフさーん」
返事なし。
「こういう企画なら先に言ってくださいよ」
また飛んできた。
パシッ。
掴む。
「ゲーム関係なくなってるじゃん」
◆
「三発」
「全部対応」
「最後は掴んだ」
「速度を上げろ」
「警察が周囲にいる。派手にやるな」
「分かってる」
「次」
「筋力」
◆
部屋の奥。
ガコン。
「…………」
何かが落ちた。
大きな箱。
「今度は何?」
箱には取っ手。
そして。
『こちらを持ち上げてください』
画面に文字が表示された。
「…………」
もう隠す気ないじゃん。
「マウスの案件ですよね?」
返事はない。
『持ち上げてください』
「…………」
俺は箱を見る。
怪しい。
かなり怪しい。
でも。
佐久間さんたちは外にいる。
それに。
「持ち上げるだけなら」
取っ手を握る。
「よいしょ」
持ち上げた。
「軽いじゃん」
片手。
普通に上がる。
箱を数回上下させる。
「これ何キロ?」
表示。
『そのままお待ちください』
「答えろよ」
◆
別室。
「…………」
「重量は?」
「二百キロ」
「片手だぞ」
「ああ」
「しかも」
モニター。
高木が箱を上下させている。
『これ本当に重いの?』
「…………」
「さらに上げるか?」
「やめろ」
「なぜ」
「設備が持たん」
「…………」
「次へ行く」
◆
箱を下ろす。
「なんなんだ、この案件」
ゲーム。
暗闇。
音。
ゴムボール。
重量物。
「…………」
俺はカメラを見る。
「見てるんですよね?」
赤いランプ。
「まあいいけど」
佐久間さんには。
『相手が何をしようとしているか確認しろ』
と言われている。
今のところ。
俺を殺そうとしている感じではない。
「性能測ってる?」
口に出す。
「俺の?」
なんとなく分かってきた。
俺が何者なのか。
何ができるのか。
それを知りたい。
「黒鴉会か」
返事なし。
「聞こえてるんでしょ?」
沈黙。
「…………」
「まあいいや」
俺は椅子へ戻った。
「で、次何するんです?」
◆
別室。
男たちが黙る。
「……気づいてる」
「最初からか?」
「分からん」
「警察と組んでるなら、当然か」
「どうする」
「予定通り」
「次が最後だ」
「耐久性?」
「ああ」
「どこまでやる」
「殺すな」
「殺せるのか?」
「…………」
誰も答えなかった。
◆
俺はゲーム画面へ戻った。
「マウスは返さなくていいのかな」
まだそこを気にしている。
その時。
カチ。
「ん?」
天井。
何か外れる音。
見上げる。
「…………」
大きな照明機材。
落ちてきた。
「危なっ」
ガシャァァァン!
俺の真上。
金属フレームが頭と肩に直撃した。
そのまま床へ。
大きな音。
埃。
破片。
「…………」
しばらく。
静かになる。
◆
別室。
「命中」
「…………」
「高木は?」
「見えない」
「カメラ切り替え」
映像。
落下した機材。
その下。
動きなし。
「……やりすぎたんじゃないか?」
「重量は?」
「人間ならただじゃ済まない」
「馬鹿!」
「耐えられるって話だっただろ!」
「確認するぞ!」
男が立ち上がった。
その瞬間。
モニターから声。
『あのー』
「…………」
全員止まる。
◆
「これ」
俺は機材の下から顔を出した。
「事故ですか?」
返事なし。
「…………」
機材を持ち上げる。
よいしょ。
横へ置く。
服についた埃を払う。
「また服汚れた」
頭を触る。
傷なし。
「…………」
カメラを見る。
「今の、わざと?」
◆
「…………」
「…………」
別室。
「無傷」
「頭部直撃だぞ」
「映像見れば分かる」
「……人間じゃねえ」
「記録」
「全部保存しろ」
男が立ち上がった。
「ここまでだ」
「高木は?」
「放置しろ」
「警察は?」
「撤収する」
「今から?」
「ああ」
「データは?」
小さな端末を取り外す。
「持っていく」
「急げ」
◆
「……逃げる気だな」
足音。
壁の向こう。
複数。
さっきまで聞こえなかった足音が、一斉に動き始めた。
俺はスマホを取り出す。
佐久間へ電話。
「もしもし」
『高木、どうした』
「多分逃げます」
『誰が!?』
「黒鴉会」
『確定したのか!?』
「たぶん」
『たぶん!?』
「俺の性能測ってました」
『何された!』
「暗くされたり」
『ああ』
「ボール飛んできたり」
『……ああ』
「箱持たされたり」
『何やってんだお前!?』
「言われたんで」
『素直にやるな!』
「最後、照明落とされました」
沈黙。
『……怪我は』
「ないです」
『だと思ったよ!』
「あと」
『まだあるのか!?』
「マウス結構良かったです」
『今それどうでもいい!』
◆
外。
佐久間たちが動いた。
建物を囲んでいた警察官たち。
裏口。
側面。
車。
「動くぞ!」
水野が走る。
「裏から二人!」
「押さえろ!」
男たちが飛び出してくる。
「警察だ! 止まれ!」
「くそっ!」
一人。
二人。
確保。
別方向。
車が急発進。
「止まれ!」
走り去る。
「先輩!」
「ナンバー!」
「確認しました!」
「追わせろ!」
◆
俺は建物の中。
「…………」
誰もいなくなった。
机。
パソコン。
カメラ。
「終わり?」
ゲーミングマウスを見る。
キーボード。
「…………」
持って帰ったら駄目だよな。
当たり前か。
「欲しかったな……」
◆
一時間後。
「つまり」
佐久間が言った。
「お前を呼び出した目的は、能力の確認だった」
「たぶん」
俺たちは現場に残っていた。
水野が押収物を確認している。
「暗所での反応」
「はい」
「音への反応」
「はい」
「飛来物」
「はい」
「筋力」
「はい」
「耐久性」
「はい」
佐久間が俺を見る。
「全部素直にやったのか」
「案件だったんで」
「偽物だって知ってただろ!」
「もしかしたら途中から本物になるかなって」
「なるか!」
水野がこちらへ来る。
「先輩」
「どうした」
「撮影データ、一部消されてます」
「復元できそうか?」
「やってみないと」
「逃げた奴が持ち出した可能性は?」
「あります」
俺は聞く。
「つまり」
「はい」
「俺のデータ、向こうに渡った?」
「可能性は高いですね」
「…………」
佐久間の顔が険しい。
「高木」
「はい」
「これからは、今まで以上に気をつけろ」
「なんで?」
「お前がどんな奴か」
佐久間が散乱した機材を見る。
「少なくとも今日までよりは、向こうに知られた」
「…………」
「次に来る奴は、昨日までと同じとは限らない」
そう言われても。
「でも」
「なんだ」
「結局、初案件じゃなかったんですよね」
「まだ言ってんのか!」
「結構楽しみにしてたんですよ!」
「命狙われてたんだぞ!」
「今回は測られただけです!」
「それも十分ヤバい!」
水野が笑いを堪えている。
「水野さん」
「はい?」
「何です?」
「いや」
水野がゲーミングマウスを見る。
「これ、結局どうするんでしょうね」
「…………」
俺も見る。
「貰えないかな」
「証拠品だ!」
◆
その頃。
走り去った車。
後部座席。
一人の男が小さな端末を握っていた。
画面には。
今日収集したデータ。
反応。
聴覚。
筋力。
耐久性。
そして。
照明機材の下から無傷で出てくる高木航。
「…………」
隣の男が聞く。
「どうだった」
「噂以上だ」
「どの程度?」
「少なくとも」
男は画面を見る。
「普通の人間として考えるのはやめた方がいい」
「日本の鴉に共有する?」
「ああ」
「上にも?」
少し。
沈黙。
「まだだ」
「何で」
「八咫烏を動かすほどじゃない」
「…………」
「だが」
高木航。
その名前。
「要警戒から、一段上げろ」
◆
その夜。
「はぁ……」
自宅。
俺はパソコンの前に座っていた。
初案件。
偽物。
黒鴉会。
能力測定。
警察。
逃げた奴。
「…………」
色々あった。
でも。
今日、一番心に残っているのは。
「マウス……」
あれ。
本当に使いやすかった。
「どこのメーカーだったんだろ」
存在しない会社だった。
「…………」
俺はYouTubeの管理画面を開く。
登録者。
少し増えている。
「まあいいか」
いつか。
本物の案件が来る。
多分。
「五十万人行ったら来るかな」
俺はまだ知らない。
俺を調べるために集められたデータが。
黒鴉会の中で。
少しずつ。
次の「鴉」へ渡り始めていることを。




