PSY-002《サイボーグチャンネル》
――ユーチューバーでもやるか。
昨日、そんなことを思いついた俺は。
翌朝。
本当にYouTubeのチャンネル作成画面を開いていた。
「えーっと……まずチャンネル名か」
入力欄の前で指が止まる。
こういうのは大事だ。
覚えやすくて。
検索しやすくて。
一度聞いたら忘れないような名前。
できれば格好いいやつ。
「…………」
俺は自分の右手を見た。
銀色の指。
むき出しの関節。
どう見ても人間の手ではない。
そして入力した。
『サイボーグチャンネル』
「…………」
安直だ。
あまりにも安直すぎる。
サイボーグだからサイボーグチャンネル。
小学生でももう少し考えるんじゃないだろうか。
「まあ、なんでもいいか」
決定。
こうして。
世界を救った元勇者にして現役サイボーグのYouTubeチャンネルは、わずか十秒ほどで命名された。
◇
「さて……何を投稿するか」
と言っても、答えは決まっている。
FPSだ。
昨日の時点で、この身体とFPSの相性が異常にいいことは分かっている。
人間だった頃とは比較にならない反応速度。
動体視力。
指先の精密動作。
さらには、どういう仕組みなのか知らないが、視界の中に敵までの距離まで表示される。
異世界では、
『敵との距離、二十七・四メートル』
なんて表示されても、
「だから何だよ」
くらいにしか思っていなかった。
でもFPSでは話が違う。
「完全にチートじゃん……」
もちろんゲームのチートツールではない。
俺自身がチートなのである。
規約的にどうなんだろう。
いや。
身体能力が高いだけだから問題ないはずだ。
たぶん。
「顔出しは……なしだな」
これは即決だった。
顔まで完全な機械というわけではない。
見た目だけなら、一応まだ人間に見える。
だが首から下はほぼアウトだ。
うっかり服の隙間から金属部分が見えたら、ゲームどころではなくなる。
『新人ゲーム実況者、実はサイボーグだった!』
とかニュースになりかねない。
それは困る。
まずは普通のゲーム実況者として活動する。
サイボーグであることは秘密。
「よし」
俺は録画ソフトを起動した。
マイクも確認。
ゲーム起動。
昨日遊んだFPSだ。
そして録画ボタンを押す。
「えー……どうも」
…………。
「…………」
なんだこれ。
死ぬほど恥ずかしい。
誰もいない部屋で一人、パソコンに向かって挨拶している。
魔王の前に立った時より緊張するんだが。
「サ、サイボーグチャンネルです」
自分で名乗ってから思う。
ダサい。
いやもう作ってしまったから仕方ない。
「今日からFPSの実況をやっていこうと思います。よろしくお願いします」
よし。
言えた。
あとは普通にプレイするだけだ。
マッチング開始。
数十秒後。
試合が始まった。
「じゃあ、行きます」
敵が建物の陰から飛び出してくる。
――見えた。
いや。
見えすぎる。
敵がこちらへ照準を合わせる。
その動作が、妙に遅く感じた。
俺の右手が動く。
パンッ!
ヘッドショット。
「お」
別方向。
敵。
パンッ!
ヘッドショット。
「おお」
背後から足音。
振り向く。
パンッ!
ヘッドショット。
「…………」
三人。
数秒で終わった。
「まあ……偶然です」
実況らしく誤魔化してみる。
その直後。
四人目。
パンッ!
ヘッドショット。
五人目。
パンッ!
ヘッドショット。
六人目。
パンッ!
ヘッドショット。
「…………」
さすがに自分でも気まずくなってきた。
「えー……調子がいいですね」
調子がいいとかいうレベルではない。
敵が出てくる。
撃つ。
倒す。
敵が物陰から頭を出す。
撃つ。
倒す。
遠距離。
撃つ。
倒す。
走りながら。
撃つ。
倒す。
結果。
試合終了。
キル数。
四十三。
デス。
ゼロ。
「…………」
俺は戦績画面を見つめた。
「これ投稿して大丈夫か?」
絶対に疑われる。
でも、わざと下手にプレイするというのも難しい。
俺からすれば敵が全部ゆっくり見えているのだ。
例えるなら、小学生相手に本気を出すプロスポーツ選手みたいなものだ。
「まあ……いいか」
とりあえず一本目だ。
誰も見ない可能性の方が高い。
動画タイトルを入力。
『FPS初心者がランクマッチやってみた』
初心者ではない。
だがYouTube投稿は初心者なので、ギリギリ嘘ではない。
「サムネ……」
よく分からないので、戦績画面に大きな文字を入れた。
『初投稿!』
完成。
アップロード。
公開。
「……終わった」
思ったよりあっさりだった。
世界を救うより簡単だ。
俺はしばらく画面を眺めた。
再生数。
ゼロ。
「まあ、そうだよな」
数分後。
一。
「お!」
誰かが見た。
ちょっと嬉しい。
さらに数分。
二。
三。
「三人も見てくれたのか」
意外と悪くない。
チャンネル登録者。
ゼロ。
「まあ最初なんてこんなもんだろ」
動画を一本投稿しただけで人生が変わるわけもない。
俺はそのまま別のゲームを始めた。
◇
数時間後。
「ん?」
動画を確認する。
再生数。
三百二十七。
「……増えてる」
コメントもついていた。
『うま』
『初投稿でこれ?』
『エイムやばすぎ』
「おお……!」
褒められている。
なんだこれ。
ちょっと嬉しいぞ。
俺はコメントを眺めながらニヤニヤした。
さらに一時間。
再生数。
二千。
「は?」
また一時間。
一万。
「ちょっと待て」
俺は画面を更新する。
数字は変わらない。
本当に一万だ。
チャンネル登録者も千人を超えていた。
「なんで!?」
コメント欄を開く。
さっきとは雰囲気が変わっていた。
『これ人間の反応速度じゃなくね?』
『二分十三秒の振り向き撃ちおかしいだろ』
『ウォールハックじゃね?』
『いや位置把握どうなってんだよ』
『チーターで草』
『検証勢頼む』
「…………」
嫌な流れになっている。
動画を見返す。
確かに。
敵が画面にほとんど映る前から照準が動いている。
壁の向こうの敵に反応しているように見える場面まであった。
「いや、それは足音が聞こえたから……」
いや。
違う。
俺の聴覚センサーが拾ったからだ。
普通の人間には聞こえない距離の音まで拾っていた可能性がある。
「まずいな」
更新。
三万再生。
コメント。
『BANまだ?』
『これ大会出たら無双できるだろ』
『本当にチートじゃないなら手元動画出して』
『マウス映してプレイしてくれ』
『手元カメラ希望』
「手元?」
俺はコメントを読み返す。
なるほど。
ゲーム画面だけでは、外部ツールを使っていない証明にはならない。
だからマウスとキーボードを操作している手を映せということか。
「それなら簡単――」
俺は右手を見る。
銀色。
「…………」
左手を見る。
銀色。
「いや一番映しちゃダメなところじゃねえか!!」
思わず立ち上がった。
手元動画。
無理。
絶対無理。
こんなの映した瞬間、
『チート使ってません!』
どころではない。
『人間ですか?』
という別の疑惑が始まる。
「どうする……」
その間にも再生数は伸び続ける。
五万。
七万。
九万。
「待て待て待て待て!」
止まらない。
そして。
十万。
「…………」
初投稿。
一日目。
十万再生。
チャンネル登録者。
一万三千人。
本来なら喜ぶところなのだろう。
だがコメント欄の半分近くが、
『手元見せて』
だった。
「……なんでこうなるんだよ」
俺は椅子にもたれかかった。
異世界では強すぎて魔王を四日で倒した。
現代では強すぎてFPSを一日で炎上させた。
この身体。
強ければ何でもいいというものではないらしい。
しばらく考える。
「手袋……」
いや。
指の形が微妙におかしい。
関節部分も人間より滑らかに動きすぎる。
「長袖と手袋なら……」
怪しい。
逆に怪しい。
「義手……?」
そこで止まる。
もう一度、自分の右腕を見る。
見た目だけなら、ものすごく高性能な義手と言えなくもない。
最近の義手がどこまで進化しているのか知らないが。
「……義手ってことにすれば、いけるか?」
俺は机の引き出しから、昔買ったまま放置していた小型カメラを取り出した。
電源を入れる。
机へ置く。
角度を調整。
マウスを握る右手が画面に映った。
銀色の機械の手。
「…………」
どう見てもサイボーグだ。
だが。
チート疑惑を放置していたら、ゲーム実況者として活動するどころではない。
なら。
やるしかない。
俺は録画ボタンに機械の指を伸ばした。
「……よし」
次の動画。
タイトルは――。
『チート疑惑について。手元を公開します』
俺は一度だけ深呼吸した。
そして。
録画ボタンを押した。




