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PSY-019《兄が推しでした》

「お兄ちゃん……」


「…………」


「サイボーグチャンネルなのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」


「…………はい」


 終わった。


 何が。


 色々。


 俺は飲み物を持ったまま、部屋の入口で固まっていた。


 愛莉はパソコン。


 俺。


 パソコン。


 俺。


 何度も交互に見ている。


「え?」


「うん」


「え?」


「だから」


「え?」


「何回やるの?」


「だって!」


 愛莉がモニターを指差した。


「これ!」


「はい」


「サイボーグチャンネル!」


「はい」


「お兄ちゃん!」


「はい」


「同じ人!?」


「さっきからそう言ってるだろ!」


「嘘ぉぉぉぉぉ!」


「なんで俺が嘘つくんだよ!」


 佳恋は。


 その横で静かに笑っていた。


「愛莉さん、落ち着いて」


「佳恋は落ち着いてられるの!?」


「私はファンではありませんから」


「そういう問題!?」


 愛莉が頭を抱えた。


「待って待って待って……」


 ぶつぶつ言いながら部屋を歩き回る。


「どうした?」


「整理してる!」


「何を?」


「今までの全部!」


「全部?」


 愛莉が急に止まった。


 俺を見る。


「私」


「うん」


「お兄ちゃんにサイボーグチャンネル勧めたよね?」


「勧められた」


「『めっちゃ面白い』って言ったよね?」


「言ってた」


「『今度一緒に見よう』って」


「言ってた」


「…………」


 愛莉の顔が赤くなっていく。


「全部本人に言ってたの!?」


「そうなるな」


「なんで言わないのよぉぉぉぉ!」


「言うタイミングなかったんだよ!」


「あるでしょ!」


「ストーカーにつけられてる時に言えるか!?」


「それは……!」


 一瞬。


 愛莉が止まった。


「…………」


「ほら」


「その後でも言えたでしょ!」


「忘れてた」


「忘れるな!」


 正論だった。


◆


「ちょっと待って」


 愛莉が椅子へ座った。


「じゃあ」


「うん」


「最初の動画も?」


「俺」


「チート疑惑の動画も?」


「俺」


「手元公開も?」


「俺」


「逮捕されたって言ってたのも?」


「俺」


「…………」


 愛莉が俺を見る。


「本当に逮捕されてたんだ……」


「そこ疑ってたの?」


「配信者のネタだと思ってた」


「ガチです」


「…………」


「牢屋にも入りました」


「聞きたくなかった!」


 佳恋が小さく笑う。


「高木さん、色々経験されているんですね」


「愛川さんまで他人事みたいに」


「他人ですから」


「確かに」


 愛莉がまたモニターを見る。


「じゃあ……」


 動画一覧。


 再生数。


 登録者数。


「これ全部、お兄ちゃんが作ってるの?」


「そう」


「編集も?」


「一応」


「サムネも?」


「俺」


「配信設定も?」


「俺」


「…………」


 愛莉が少しだけ感心した顔になる。


「へえ……」


「何?」


「ちゃんと頑張ってたんだ」


「『ちゃんと』って何だよ」


「いや、お兄ちゃんだから」


「どういう意味?」


「適当に始めて、適当に続けてると思ってた」


「酷いな!」


「でも」


 愛莉が画面を見る。


「すごいね」


「…………」


「本当にYouTuberになってる」


 なんとなく。


 その一言は。


 少し嬉しかった。


「まあな」


 ちょっとだけ胸を張る。


「登録者もかなりいるし」


「うん」


「目標五十万人」


「へえ」


「今それ目指してる」


 愛莉が。


 少し黙った。


「…………」


「何?」


「お兄ちゃん」


「はい」


「一個言っていい?」


「何?」


「このままだと、ちょっと伸び悩むかも」


「…………」


 胸を張った姿勢のまま固まった。


「え?」


◆


「いや」


 愛莉が慌てて手を振る。


「悪い意味じゃなくて!」


「十分悪い意味に聞こえたけど」


「違うって!」


「何が?」


「お兄ちゃんのFPS、すごいよ」


「うん」


「本当にすごい」


「うん」


「でも」


「…………」


「ずっとFPSだけじゃん」


「…………」


 言われた。


 最近。


 俺自身も少し思っていたことだった。


「やっぱり?」


「うん」


 愛莉がパソコンの前へ。


「最初はサイボーグの手も珍しかったし、プレイも異常に上手いし、それだけでみんな見ると思う」


「はい」


「でも」


 動画一覧をスクロールする。


「FPS」


「はい」


「FPS」


「はい」


「FPS」


「…………はい」


「FPS」


「もういい!」


 確かに。


 ほぼ同じだ。


「だったら何やればいいの?」


 愛莉の目が輝いた。


「色々あるじゃん!」


「例えば?」


「別のゲーム!」


「別の?」


「ホラーとか!」


「ホラー?」


「格ゲーとか!」


「格ゲー」


「レース!」


「レース」


「あとコラボ!」


「誰と?」


「他のYouTuber!」


「知らない人と?」


「そういうものでしょ!」


「…………」


 YouTuber。


 思っていたより難しい。


 ゲームが上手ければいいと思っていた。


「企画動画とかもいいと思う」


「企画?」


「サイボーグなら何ができるか、とか」


「…………」


「お兄ちゃん自身、身体のことよく分かってないでしょ?」


「分かってない」


「それ動画にしたら?」


「俺の身体を?」


「そう!」


「…………」


 なるほど。


 自分で知らないものを。


 視聴者と一緒に知っていく。


「それは面白いかも」


「でしょ?」


 愛莉が嬉しそうに笑う。


 さすが。


 ずっとサイボーグチャンネルを見ていた人間。


 視聴者として。


 俺より分かっている部分がある。


「愛莉」


「何?」


「今後、相談乗って」


「いいよ!」


 即答だった。


「推しだから!」


「…………」


 二人とも止まった。


「…………」


「…………」


 愛莉の顔が。


 また赤くなる。


「いや!」


「推しなんだ」


「違う!」


「さっきまで大ファンって」


「中の人がお兄ちゃんだと思ってなかったの!」


「推しは推しでしょ?」


「うるさい!」


 佳恋が笑っている。


「仲がいいですね」


「愛川さん、それ今日二回目!」


◆


 少しして。


 愛莉は完全に開き直っていた。


「じゃあ今度、配信見ながら改善点言うね」


「厳しくない?」


「伸ばしたいんでしょ?」


「五十万人行きたい」


「じゃあ頑張る」


「俺が?」


「お兄ちゃんが」


「愛莉も手伝ってよ」


「手伝うけど、やるのはお兄ちゃんでしょ」


「……はい」


 戦闘なら。


 努力なんてほとんど必要ない。


 サイボーグの身体が勝手にやってくれる。


 でも。


 YouTubeは違うらしい。


 強ければ伸びる。


 それだけではない。


「…………」


 これは。


 ちょっと面白いかもしれない。


 自分で考えて。


 失敗して。


 勉強して。


 少しずつ伸ばす。


「五十万人」


 俺は画面を見る。


「絶対行くか」


「その意気!」


 愛莉が笑った。


◆


 その間。


 佳恋は。


 ほとんど口を挟まず、俺を見ていた。


「…………」


「愛川さん?」


「はい?」


「さっきから俺のこと見てない?」


「見ています」


「即答」


「興味があるので」


「…………」


 ドキッ。


 いや。


 待て。


 そういう意味とは限らない。


 でも。


 可愛い女の子から、


『興味があります』


 と言われる。


 普通に緊張する。


「な、何に?」


 佳恋の目が。


 俺の右手へ。


「色々です」


「色々?」


「はい」


 柔らかく微笑む。


「高木さんは、面白い方ですね」


「そう?」


「ええ」


「…………」


 また。


 顔が熱くなる。


 愛莉がじっと俺を見る。


「お兄ちゃん」


「何?」


「分かりやす」


「何が!?」


「別にー」


「言えよ!」


 佳恋はまた小さく笑った。


◆


「そういえば」


 愛莉が聞いた。


「お兄ちゃん、秋葉原で何してたの?」


「ああ」


「佳恋助けた時」


「マウス探してた」


「マウス?」


「うん」


「わざわざ秋葉原まで?」


「どうしても欲しいのがあって」


「どんな?」


「前の偽案件で使ったやつ」


「偽案件?」


 愛莉がまた眉をひそめる。


「その話も聞いてない」


「黒鴉会に騙されて」


「…………」


 愛莉が止まった。


「何?」


「今、なんて言った?」


「黒鴉会」


「何それ?」


「あ」


 そういえば。


 愛莉にはまだ話していなかった。


「この前、お前につきまとってた男いたろ?」


「……うん」


「あいつの後ろにいた犯罪組織」


「え?」


 愛莉の表情が変わる。


「ただのストーカーじゃなかったの?」


「違ったらしい」


「聞いてない!」


「心配させると思って」


「今の方が心配するんだけど!」


「ですよね」


 愛莉が頭を抱えた。


「で、その黒……なんとかって?」


「黒鴉会」


「そう、それ」


 愛莉は当然のように知らない。


 だが。


 その隣。


 佳恋だけは静かにこちらを見ていた。


「結構ヤバい組織らしい」


「ヤバいって?」


「色んな犯罪やってて、いくつものグループに分かれてる」


「…………」


「俺も最近知った」


「なんでお兄ちゃん、そんな組織と関わってるの?」


「向こうから来るんだよ!」


「そんな言い訳ある!?」


「本当なんだって!」


 佳恋が小さく笑った。


「高木さん、本当に色々なことに巻き込まれるんですね」


「俺も困ってます」


「それで?」


 愛莉が聞く。


「その犯罪組織とマウスに何の関係があるの?」


「ああ」


 俺は説明する。


「偽の企業案件を送ってきたのが黒鴉会だったんだよ」


「は?」


「俺の能力を調べたかったらしくて」


「…………」


「暗闇にされたり」


「うん」


「物飛ばされたり」


「うん」


「箱持たされたり」


「待って」


「照明落とされたり」


「待ってって!」


 愛莉が両手を上げる。


「それ案件じゃない!」


「だから偽案件だって」


「そういう問題じゃない!」


「でも」


 俺は真面目に続けた。


「あの時使ったマウスがめちゃくちゃ良かった」


「そこに戻るの!?」


「大事だから」


「お兄ちゃんの優先順位どうなってんの!?」


 佳恋は黙って聞いている。


 ただ。


『あの時使ったマウス』


 その言葉にだけ。


 ほんのわずかに反応した。


「メーカーは?」


 愛莉が聞く。


「分からない」


「製品名は?」


「分からない」


「売ってる場所は?」


「分からない」


「じゃあ何が分かるの?」


「黒鴉会が持ってた」


「…………」


 愛莉はしばらく俺を見つめた。


「だから」


 俺は続ける。


「黒鴉会に潜入したら手に入らないかなって」


「絶対やめて!」


「やっぱり?」


「マウスのために犯罪組織へ潜入する人いる!?」


「ここに」


「威張るな!」


 その時。


 俺は気づかなかった。


 佳恋が。


 わずかに目を細めたことに。


 黒鴉会。


 そして。


 あのマウス。


 彼女にとっては。


 どちらも知っている言葉だった。


 だが。


 佳恋は何も言わなかった。


◆


 夕方。


「じゃあね、お兄ちゃん」


「おう」


「今度チャンネルの改善会議するから」


「本当に会議するの?」


「五十万人行きたいんでしょ?」


「行きたい」


「ならやる!」


「はい」


「佳恋、行こ」


「はい」


 玄関。


 佳恋が俺へ頭を下げた。


「今日はありがとうございました」


「こっちこそ」


「楽しかったです」


「また来てください」


「はい」


 佳恋が少し笑う。


「また、お会いしたいです」


「…………」


「お兄ちゃん?」


「な、何?」


「顔」


「何!?」


 愛莉がニヤニヤしている。


「じゃあねー!」


「おう!」


 二人が帰る。


 扉が閉まった。


「…………」


 俺は玄関に一人。


「可愛かったな……」


 口から出た。


「…………」


 誰も聞いてないよな?


◆


 外。


 愛莉と佳恋は並んで歩いていた。


「今日はびっくりした……」


 愛莉が呟く。


「まさかお兄ちゃんがサイボーグチャンネルだったなんて」


「驚きました?」


「人生で一番驚いたかも」


「ふふ」


 少し歩いて。


 愛莉がため息をつく。


「それに黒鴉会だっけ?」


「…………」


「佳恋?」


「はい」


「何か知ってる?」


「どうしてです?」


「いや、なんか反応した気がして」


「気のせいですよ」


「そう?」


「はい」


 佳恋はいつもの柔らかな笑顔を見せる。


「私も初めて聞きました」


「そっか」


 愛莉はそれ以上気にしなかった。


「でもさ」


「はい」


「お兄ちゃんって、変でしょ?」


「…………」


 佳恋は少し考えた。


 黒鴉会が集めた情報。


 危険人物。


 異常な身体能力。


 複数の黒鴉を退けた男。


 警察。


 白峰組。


 そして。


 実際に会った高木航。


 妹とくだらないことで言い合って。


 YouTubeの登録者を増やしたくて。


 犯罪組織へ潜入する理由が――マウス。


「そうですね」


 佳恋は静かに答えた。


「とても変な方です」


「でしょ?」


「でも」


 ほんの少し。


 口元が緩む。


「嫌いではありません」


「え?」


「何でもありません」


「今なんか言った?」


「いいえ」


 二人はそのまま歩いていった。


 佳恋の頭の中には。


 一つだけ。


 強く残っているものがあった。


 高木航が探している。


 あのマウス。


「…………」


 もちろん。


 佳恋は知っている。


 そのマウスが何なのか。


 そして。


 どこにあるのかも。

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