PSY-018《推しの正体》
昼休み。
教室の窓際で、高木愛莉はスマートフォンをいじっていた。
「愛莉さん」
「ん?」
声をかけてきたのは、同じクラスの愛川佳恋だった。
整った顔立ちに、柔らかな雰囲気。
普段から目立つ方ではあるが、本人はそれをあまり気にしていない。
愛莉からすれば、普通に話すクラスメイトの一人だった。
「ちょっと聞いてほしいことがあるんです」
「何?」
「この前、秋葉原で少し困ったことがありまして」
「秋葉原?」
「はい。アルバイト中に、男の人たちに絡まれてしまって」
「えっ!?」
愛莉が顔を上げた。
「大丈夫だったの?」
「大丈夫ですよ」
佳恋はいつものように笑っている。
「助けてくださった方がいたので」
「へえー」
愛莉が身を乗り出す。
「男の人?」
「はい」
「イケメン?」
「……どうでしょう」
「何その間」
佳恋は少し考えた。
「でも、とても印象に残る方でした」
「どんな人?」
「手が綺麗でした」
「手?」
「はい」
佳恋は自分の右手を見ながら言った。
「銀色で」
「…………」
愛莉の動きが止まる。
「とても綺麗な、機械の手でした」
「…………銀色?」
「はい」
「両手?」
「少なくとも、私が見た手は」
愛莉の眉が動く。
「その人、名前なんて言ってた?」
「高木さん、と」
「…………」
今度こそ完全に固まった。
佳恋は、そんな愛莉の顔を見つめる。
「どうしました?」
「いや」
「?」
「ちょっと待って」
愛莉は指を一本立てた。
「銀色の機械の手」
「はい」
「名前、高木」
「はい」
「妙に強かった?」
佳恋が少しだけ目を細めた。
「ええ」
「…………」
愛莉は額を押さえた。
「お兄ちゃんじゃん」
「……お兄さん?」
「たぶん」
「愛莉さんのお兄さんなんですか?」
「たぶんっていうか、ほぼ確定」
佳恋は驚いたように目を丸くした。
「そうだったんですね」
「何してんの、お兄ちゃん……」
「助けていただきました」
「いや、そこは偉いんだけど」
愛莉はため息をつく。
「最近ほんと何やってんだろ」
「会ってみたいですね」
「え?」
「ちゃんとお礼を言いたいので」
「ああ」
愛莉は少し考える。
「じゃあ今度、一緒に行く?」
「いいんですか?」
「うん。お兄ちゃん一人暮らしだし」
佳恋は微笑んだ。
「ぜひ」
その表情は。
愛莉から見れば、ただ嬉しそうに見えた。
◆
数日後。
――ピンポーン。
「はい」
俺はインターホンを見る。
愛莉。
「何だ、愛莉か」
『何だとは何よ』
「いや、最近知らない奴が来るとろくなことないから」
『今日は私です』
「良かった」
『あと友達いる』
「友達?」
愛莉の横から。
一人の女の子が顔を出した。
『こんにちは』
「…………」
見覚えがある。
「あ!」
『覚えてます?』
「秋葉原のメイドさん!」
『はい』
「なんで愛莉と一緒にいるの!?」
『同じ学校なんです』
「…………」
世間。
狭すぎない?
◆
「お邪魔します」
「どうぞ」
愛莉と。
お友達。
二人を部屋へ通した。
「改めまして」
佳恋が頭を下げる。
「愛川佳恋です」
「高木航です」
「知ってます」
「え?」
「あ」
佳恋が柔らかく笑った。
「愛莉さんから聞きました」
「ああ」
そういうことか。
「この前は本当にありがとうございました」
「いやいや」
「助かりました」
「怪我なかったなら良かったです」
「はい」
「…………」
「…………」
妙に見られている。
佳恋が俺をじっと見ている。
「……何か付いてます?」
「いいえ」
「じゃあ何でそんな見るの?」
「少し気になって」
「何が?」
佳恋の視線が、俺の右手へ落ちる。
「やっぱり綺麗だなと思って」
「これ?」
銀色の手を上げる。
「はい」
「そうかな」
「私は好きですよ」
「…………」
何だ。
この子。
距離感が近い。
しかも。
改めて見ると。
かなり可愛い。
いや。
愛莉も可愛い。
妹だからそういう意味では見ないが。
愛川さんは。
普通に。
かなり可愛い。
「…………」
「お兄ちゃん」
「何?」
「顔赤くない?」
「赤くない!」
「分かりやす」
「うるさい!」
佳恋が小さく笑った。
「仲がいいんですね」
「どこが!」
「いいでしょ?」
愛莉が勝手に答えた。
◆
「うわぁぁぁ!」
愛莉が俺の部屋に入った瞬間。
目を輝かせた。
「何?」
「これ全部配信用!?」
「そうだけど」
「すご!」
ゲーミングPC。
マイク。
モニター。
手元撮影用のカメラ。
編集ソフト。
照明。
最近。
俺なりに少しずつ増やしてきた機材だ。
「お兄ちゃん、ちゃんとYouTuberしてるじゃん!」
「ちゃんとって何だよ」
「もっと適当にやってるのかと思ってた」
「失礼だな」
愛莉が机へ近づく。
「これマイク?」
「そう」
「こっちは?」
「手元カメラ」
「配信もここ?」
「ここ」
「うわぁ……」
完全にテンションが上がっている。
「愛莉さん、本当にゲーム好きなんですね」
佳恋が言う。
「好き!」
「知ってます」
「特にFPS!」
「それも知ってます」
「最近めっちゃ好きな配信者がいてさ!」
「…………」
俺の動きが止まった。
嫌な予感。
非常に嫌な予感。
「へえ」
佳恋が愛莉を見る。
「誰なんです?」
「サイボーグチャンネル!」
「…………」
佳恋が。
ちらりと俺を見る。
「…………」
何。
その視線。
「めちゃくちゃ上手いの!」
愛莉は気づかない。
「反応速度ヤバいし、エイムもヤバいし!」
「そうなんですね」
「しかも喋りが妙に面白いんだよ!」
「へえ」
佳恋。
また俺を見る。
「…………」
やめて。
何か気まずい。
「お兄ちゃんも見ればいいのに」
「前にも言われたな、それ」
「まだ見てないでしょ?」
「まあ……」
「絶対ハマるって!」
「そうかな」
「うん!」
本人に本人を勧めている。
愛莉は。
まだ気づいていない。
「そうだ」
俺は逃げるように立ち上がった。
「飲み物持ってくる」
「お願い」
「愛川さん何飲む?」
「何でも大丈夫です」
「分かった」
俺は部屋を出た。
◆
「すごいなあ……」
愛莉はまだ兄の配信部屋を見回していた。
「こういうの使って動画作ってるんだ」
「愛莉さん」
「ん?」
「触って大丈夫なんですか?」
「ちょっと見るだけ」
愛莉はモニターを見る。
スリープにはなっていない。
YouTubeの管理画面が開いたまま。
「……お兄ちゃん」
愛莉は少し笑った。
「ログインしっぱなしじゃん」
何気なく。
画面を見る。
チャンネル管理画面。
登録者。
動画一覧。
サムネイル。
「…………」
愛莉の笑顔が止まった。
「…………」
画面。
チャンネル名。
そこに。
見慣れた文字。
毎日のように見ている名前。
何度も動画を再生した。
ライブも見た。
更新通知が来れば喜んだ。
その名前が。
兄のPC画面に表示されている。
『サイボーグチャンネル』
「…………」
愛莉が瞬きをする。
もう一度。
見る。
『サイボーグチャンネル』
「…………」
動画一覧。
全部知っている。
全部見た。
その横には。
兄が使っている編集ソフト。
手元カメラ。
銀色の手。
「…………」
愛莉の顔が。
ゆっくり。
佳恋へ向いた。
「佳恋」
「はい?」
「これ」
「はい」
「…………」
佳恋は画面を見る。
そして。
ほんの少しだけ。
微笑んだ。
「なるほど」
「なるほどじゃない!」
愛莉は立ち上がった。
震える指で画面を指す。
「え?」
画面。
兄。
画面。
兄。
そこに兄はいない。
今は台所だ。
「え?」
理解が追いつかない。
でも。
答えは一つしかない。
「…………」
愛莉が息を吸った。
◆
俺は台所で飲み物を用意していた。
「愛莉はジュースでいいとして」
愛川さん。
何でもいいって言ってたな。
「お茶でいいか」
その時。
「お兄ちゃああああああああああああああああん!!!!!!」
「うわっ!?」
家が揺れたかと思った。
「何!?」
急いで部屋へ戻る。
「どうした!?」
愛莉が。
パソコンの前。
顔を真っ赤にして。
俺を指差している。
「お、お、お……」
「?」
「お兄ちゃん……」
「はい」
震える指が。
今度はモニターへ。
「これ……」
「…………」
画面。
YouTube管理画面。
サイボーグチャンネル。
「…………」
あ。
「お兄ちゃん……」
「…………」
「サイボーグチャンネルなのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」
「…………はい」
終わった。




