6、王太子付き魔術師
「…………ええっ!?」
アリアは叫び声を上げた。
クロードの申し出は、信じられないものだった。
王太子付き魔術師。首席魔術師に次ぐ地位で、常任ではなく、歴代の王太子が必要に応じて任命する特別職だ。当然、国家魔術師の中でも特別優秀な人物が選ばれる。
「でも私、王立アカデミーには入学も断られたんです……」
「特別職だからそれは問題ない」
「無理、です……。私は……ヴィオレッタ家の落ちこぼれですから」
ヴィオレッタ家は歴代魔術師の家系だ。アリアにもその血は流れているはずなのに、魔力がない。いくら植物と話ができても、不思議なレシピで聖剣を修復できても、その事実は変わらない。
クロードは黙ったままでいる。一瞬血迷ったのかもしれないが、目を覚ましたに違いない。
ところが彼はくっと小さく笑った。
「何を恥じる必要があるんだ?魔法薬の調合も、立派な魔術だろう」
クロードは小瓶を掲げて目を細めた。
「私が証人になろう。きみの才能は本物だ」
「でも、国家魔術師は出現魔法や浮遊術、攻撃魔法にも優れていますし……っ!魔法薬の調合ができたくらいで、そんな……」
「きみは植物と会話ができる。それに、古代文字も理解している」
「それは……そうですけれど……」
クロードは肩をすくめた。
そしてアリアの肩に手を添えると、正面から覗き込んできた。
透き通った青い目にアリアの姿が映る。まるで心の中を覗かれているかのようだ。
「きみは自分を卑下しすぎる。なんでも型に嵌めて考えることが正解じゃない。魔術なんてものは、存在そのものが謎めいているんだ。そう……きみの力のように、ね」
「王太子様……」
「我が王国が危機に直面していることは知っているだろう」
アリアは頷いた。
プラトニア王国は植物が生い茂る無法地帯に囲まれていて、そこには得体の知れない魔物たちが多く存在している。国境の警備を行うことでそれらの侵入を防いではいるが、時折、国境に近づいてくる魔物を討伐する必要がある。王太子は国家魔術師と兵士を連れて、それらに取り組んでいる。
さらには貿易で発展したこの国を狙う他国も多く、外交と国防も重要であり、そのためには武力強化に加えて、魔術のさらなる発展が望まれている。
「だからこそ、きみが必要なんだ。わかるだろう」
クロードがやさしく囁く。アリアは困った顔をしたまま固まってしまった。すると、黙って様子を伺っていたアルヴェールが、二人の間に割り込んできた。
「ちょいと、お待ちください。クロード様の提案には、少し問題がありますよ?」
「問題とは何ですか、アルヴェール博士」
「ほら、首席魔術師様です。あの方が、アリアのような変わり種を王太子付き魔術師として認めますかな?」
クロードは顔を顰めた。アリアは首を傾げる。当代の首席魔術師は歴代で一番と名高い天才だと聞く。確かに、説き伏せるのは難しそうだ。
「それに、クロード様。あなたは近々、花嫁を迎えるでしょう。新婚の男性に未婚の姪を預けるわけにはいきません。そこは叔父として、譲れませんな」
アルヴェールが珍しく真剣な表情になった。この叔父から常識的な言葉が出てくることは、極めて珍しい。それほどアリアの身を案じているのだ。
「確かに、その通りだ」
クロードはため息をついた。アリアの才能に興奮して、一瞬、立場を忘れていた。クロードは国民のためにも、早々に花嫁を迎えなければならない。現国王の病が長引いて、国民がどれほど王太子の結婚を切望しているか、理解しているつもりだ。
——だが、この少女の才能を手放したくない……!
クロードはアリアに視線を移した。アリアは突然の申し出に、紫の瞳を潤ませている。彼女は困惑しながらも、期待しているのだ。王太子付き魔術師として、新しい世界に飛び込むことを期待している。
クロードの心臓が、手に負えない魔物を前にした時のように、早鐘を打った。
「アリア・ヴィオレッタ」
クロードはアリアに向き直った。
「な、なんでしょうか……」
「私は近いうちに結婚する。だが、才能ある少女を、王太子付き魔術師にすることも諦めたくない。そしてこの二つを同時に実現する方法がひとつある」
クロードはアリアの手を取るとその場に跪いた。アリアはどきりとする。これではまるで、求婚の儀式だ。
「俺と結婚してくれ」
アリアは一瞬、言葉を失った。そしてすぐに真っ赤になる。
「…………え、ええええっ!」
「クロード様。これは意外な解決法ですが、本気ですか」
「こんな時に冗談を言うわけがないだろう」
アルヴェールはアリアに視線を移すと、問いかけた。
「アリア。お前は、どうなんだい?」
「私は……」
アリアは胸に手を当てる。心臓が早鐘を打っている。
「王太子付き魔術師とか、け、結婚とか……正直、自分でもよくわかりません。でも、王太子様が私を必要としてくれているなら……それはすごく、嬉しいです」
それが正直な気持ちだった。こんなにも誰かから、必要とされたことはなかった気がする。
クロードにしてみれば、もしかしたら気の迷いかもしれない。それでも、目が潤んでしまうほど嬉しい。
アルヴェールはアリアの気持ちを聞いて、それならば、と頷いた。話がまとまる。まとまって、しまった。
「ひとまず、今夜の舞踏会は開催中止ですな。そのかわりに、婚約披露パーティーを開かなければ!」
「お、叔父様……」
「お前の両親にも報告しないと。なに、心配はいらないよ。手放しで喜んでくれるに決まっているさ」
「叔父様あああ……」
アリアの手を取って踊り出すアルヴェールの横で、クロードも満足そうだ。
どうやら本当に、アリアは王太子付き国家魔術師兼婚約者になるらしい。
「でも、王太子様……本当に私でいいんですか」
「何度言わせたら気が済むんだ?……そうだな、言い方を変えようか」
クロードはアリアを抱き寄せると、耳元で囁いた。
「俺のものになれと言っている」
アリアはぱちくりと瞬きをして、今度こそ倒れたのだった。




