5、植物は魔術を記憶する
「薔薇が教えてくれた?」
クロードは訝しむように眉根を寄せた。アリアの言葉の意味が、理解できない。
「きみは薔薇と話ができるのか」
「はい。薔薇だけではなく、他の花や木や、薬草とも。………その、昔から植物と話ができるんです」
アリアの隣でアルヴェールが頷いた。
「やはり、そうだったんだな!実はずっとそんな気がしていたよ」
「叔父様、黙っていて申し訳ございません。こんな奇妙なこと、お話しても信じてもらえないと思って……」
「奇妙?結構じゃないか。凄い才能だよ、アリア」
アルヴェールはアリアと固い握手を交わす。クロードは咳払いした。
「それで?」
「温室で指先を怪我した時に、白薔薇が空間に文字を映し出しました。魔法薬のレシピのようだったので、叔父様の研究室で調合してみたんです」
「もしかして、この小瓶か」
アルヴェールはテーブルの上に置かれている小瓶を手に取った。クロードはそれをすかさず奪う。瓶の中には、まだ魔法薬が残っていた。まるでジェルのような、粘度が高い液体だ。見たことがない色をしている。一体、何を材料にしているのか見当がつかない。
「これは……現代の魔法薬ではなさそうだ」
「さすがクロード様。一目見ただけでわかるとは」
「アルヴェール博士もそう思いますか」
「はい、間違いありません。これは、古代魔法ですよ」
クロードは頷いた。
歴史書で読んだことがある。プラトニア王国の建国前、辺境の土地には古代魔術が存在していた。それらは失われ、現代は存在していない。
ところが、失われたはずの魔術が、アリアの手によって現代で再現された。アリアはその方法を薔薇ーー植物から聞いたという。
仮説を立てる。
植物は、古代の魔術を記憶している。無論その当時の植物が、何百年も生き残っているわけではない。草は萎れ、花は枯れる。だが種を残すことで、命を繋いでいる。植物が同じ種の記憶を代々受け継いでいるのだとしたら、辻褄が合う。
「この魔法薬を使って、聖剣を修復したんだな」
クロードはアリアに確認した。
「ええ、最初は指先の怪我を治しました。それが成功したので、聖剣も直せるのではないかと思って……」
「魔法薬のレシピを見せてくれ」
アリアは頷くと、羊皮紙に書き起こしたレシピをクロードに渡した。
クロードは目を擦る。
「これは、古代文字じゃないか」
「薔薇が教えてくれたものを、そのまま書き起こしましたが……それが何か?」
「きみは、古代文字を理解しているのか」
「は、はい……その、私には魔力がないでしょう?それを心配した両親が、幼い頃から本を山程与えてくれたんです。それらを繰り返し、読んでいましたから」
古代文字は建国前の文字であり、地域によって十数種類もある。それらを全て読み解くことは、言語学者でも難しいと言われている。しかしアリアは、それを独学で習得したらしい。信じられない才能だ。
「よし、まずは聖剣の修復を再現してくれ。アルヴェール博士、何か壊れているものはありませんか」
「これはどうですか。折れた万年筆、国家魔術師の資格を取った時の記念品だった気が」
クロードとアリアは顔を見合わせる。そんな大事なものを壊れたまま所持していたというのか。
それはともかく、アリアは小瓶を手にすると、魔法薬を一滴垂らした。瞬く間に、万年筆が修復され、新品のようになる。
「凄い……」
クロードは言葉を失った。
「凄いとしか言いようがない。まるで新品だ」
「ふむ。修復というよりも、時を戻す魔術のようですね」
「ああ、それに……やはり、魔術の痕跡がない。これはとんでもない事だぞ」
アリアは首を傾げた。
「あの……魔術の痕跡がないというのは、そんなにすごいことなんですか」
「魔族との戦いにおいては、間違いなく有効だ」
クロードはアリアをもう一度見た。
ヴィオレッタ家の令嬢。魔力がないこの少女に、これほど特殊な力があるなんて、まだ信じられない。奇跡を前にしているような気持ちだ。
この少女の才能をもっと伸ばしてやりたい。そばにいて、その奇跡を共に見たい。ずっと、そばにいることができたら……。
クロードははっとした。
「王太子様?」
「アリア。きみ、年はいくつだ」
「十六になりました」
「……そうか、それならちょうどいいな」
クロードは頷くとアリアに向き直った。
「アリア、王太子付きの魔術師にならないか」




