4、王太子の憂鬱
クロード・サンクレールは二十歳と若くして、プラトニア王国の執政を行う王太子である。
病気がちな国王に代わって、クロードが事実上、国のトップについたのが十八歳の時。王立アカデミーを卒業して、間もなくのことだった。
クロードは幼い頃から魔力に恵まれて、精鋭揃いのアカデミーを次席で卒業している。その魔術は王太子となった今も、国外で行われる魔物討伐の際に発揮されていた。また政治の才覚にも恵まれ、国の平和を維持しながら、外交にも奔走している。
そんな才能溢れる王太子は美貌の青年でもあるため、最近の社交界の話題は、誰がその心を射止めるのかということだった。
「クロード様、早くお着替えを。舞踏会に間に合いませんよ」
「舞踏会は夜からだろう。まだ昼間だぞ」
魔物討伐から王宮へと戻ったばかりなのに、侍女たちはクロードを急かしてくる。
今夜は王宮で舞踏会が開かれる。名目上は、貴族たちの交流を図るため。しかし、その真の目的が、王太子の花嫁探しだということは、暗黙の了解であった。
周囲は盛り上がっているが、クロードだけは冷めた気持ちでいる。
——結婚、か。まだ当分、先の話だと思っていたが……。
クロードは若くして、国のリーダーという重責を負っている。しばらくは家庭よりも政治に集中したいというのが本音だ。
舞踏会まで少し時間がある。客人たちの手前、さぼるわけにはいかないが、せめてどこかで静かに気持ちを整えたい。クロードは侍女の目を盗んで自室を抜け出したのだった。
「ク……クロード様!?お、お帰りでしたか」
大広間の前を通りかかると、使用人が顔色を変えた。クロードは顔を顰める。
「どうした。何かあったのか」
「いえ、その……」
使用人が両手で隠しているのは、ガラスケースだ。普段は折れた聖剣が収められていて、今夜の舞踏会に合わせて、久しぶりに披露される予定だった。
「まさか、聖剣が盗まれたのか?」
クロードは咄嗟に使用人を払い除ける。
「……っ、これは……」
「も、申し訳ございません。少し目を離した隙に、こんなことに……」
どういうことだ。
伝承によると、聖剣は特殊な方法で作られている。今まで何人もの優秀な魔術師が修復に挑んだが、結局、元通りにはならなかった。それなのに——目の前の聖剣は、完全に修復されていた。
それに、不可解なことがもうひとつある。魔術を使えば必ず残るはずの痕跡が、何もないのだ。
「誰が修復したんだ?」
「それが、不明でございまして……」
「大広間に出入りした者は調べたのか。その中に、聖剣を修復した人物がいるはずだ」
「使用人が数人です。いずれも魔術の心得はありません」
つまり、魔術による修復ではないのかーー。いや、しかし、魔術以外にどんな手段で修復をした?
クロードが考え込んでいると、使用人が手を叩いた。
「そういえば、もうひとりおりました。アルヴェール博士の研究室で助手のようなことをしている少女が、花を飾りに大広間に入ったはずです」
「アルヴェール博士?」
アルヴェールは、国家魔術師を多数輩出している名家・ヴィオレッタ家の出身だ。その博士の助手となれば、相当な魔力を持っているに違いない。
クロードは素早くその場を後にした。向かうのは、アルヴェールの研究室だ。
クロードは目的の研究室に辿り着くと、勢いよくそのドアを開けた。
「アルヴェール博士!」
フラスコを傾けていたアルヴェールは手を止めた。途端に薬物が爆発し、研究室内が白い煙に包まれる。
「……くっ、博士、大丈夫ですか」
「いやはや、失敗してしまいましたな。クロード様、いつ王宮にお戻りで?」
「昨夜戻りました。それよりもアルヴェール博士、あなたおひとりですか。助手の少女というのは……」
クロードは白い煙に包まれた研究室を見渡す。やがて煙が消えると、壁際で青ざめる少女の姿が浮かび上がった。しかし、博士の助手にしては格好がおかしい。白衣を着ていないどころか、農家のような作業着に身を包み、麦わら帽子まで被っている。
アルヴェールは咳払いをすると、少女の隣に立った。
「そうだ、紹介しましょう。温室の世話をしてもらっている、姪のアリア・ヴィオレッタです」
クロードは固唾を呑んだ。
少女はやはり、ヴィオレッタ家の令嬢のようだ。クロードはアリアの肩を掴んだ。
「きみが聖剣を修復したのか」
「きゃあっ!」
アリアはびくりと震えて、麦わら帽子を深く被ってしまった。クロードは慌てて手を引っ込める。アルヴェールが申し訳なさそうに、二人の間に立った。
「クロード様、申し訳ございません。姪は最近、ちょっぴり男性不信でしてね」
「……男性不信?」
「いやあ、色々あったものだから。そりゃあ、男性不信になるなる」
「叔父様〜〜」
そういえば、噂を耳に挟んだことがある。
ヴィオレッタ家の跡取り娘には婚約者がいたが、破談になり、相手の男は別の公爵令嬢と結婚した。
クロードは状況を理解した。アリアは婚約破棄されて嫁ぎ先を失い、叔父の手伝いをしていたのだろう。
「アリアと言ったな。もう一度聞く。きみが聖剣を修復したのか」
クロードは再度尋ねた。
アリアはしばらく硬直していたが、やがてヘナヘナとその場に蹲った。
「す、すみません。私、勝手なことを……。その、成功するなんて思わなかったんです……」
「やはり、きみか。いや、謝る必要はない。むしろ感謝している。歴代の首席魔術師でさえも、聖剣を修復することはできなかったんだ」
「で、ですが……」
「私はクロード・サンクレール。この国の王太子だ。アリア、顔を見せてくれないか」
アリアは麦わら帽子を脱いで、ようやく顔を見せてくれた。
スミレのような紫色の目に、栗色の巻き毛。肌は白く、頬はほんのり染まっている。どれほど熟練の魔術師かと思えば、まだ少女だ。あどけなささえ残っている。それなのに、聖剣を修復するほどの魔力を持っているとは。
「きみは天才魔術師だ」
「あ、あの……それは誤解のような……」
戸惑うアリアの横でアルヴェールは首を傾げた。
「おやおや、おかしいね。話を聞いていれば、アリアはいつから魔術を使えるようになったんだい?」
「アルヴェール博士、どういうことだ?」
「アリアには、魔力がないんですよ。そりゃあもう、全くね」
クロードは目を見張る。
アリアは「今も魔力はありません」と伝えた上で、言ったのだった。
「薔薇が、修復方法を教えてくれたんです」




