2、温室の番人
プラトニア王国は、花と緑に覆われた美しい国だ。古代より魔術が発展しており、その中でも薬草学に力を入れている。王宮から支給される研究資金も潤沢のようで、アルヴェールの研究室は設備が整っていた。高級な実験器具や機材、珍しい植物、その他にも魔法薬の材料になる薬品などが保存されている。
「ここで魔術を研究しているのね」
アリアはフラスコや試験管を物珍しく眺めた。王立アカデミーにいけば、このような道具を普段から使うことになるのだろうか。ヴィオレッタ家の一族が代々卒業している魔法学校の最高峰・王立アカデミーはアリアを受け入れてくれなかった。だから、このような実験道具を目にするのは初めてだ。
——やっぱり、私は落ちこぼれよね……。
アリアはため息をつく。だが、落ち込んでいる場合ではない。アリアは気を取り直して、アルヴェールに向き合った。
「温室では、どんな植物を栽培しているのかしら」
「フフフ、自分の目で確かめてごらん」
アルヴェールが不気味な笑い声を上げた。もしかして、毒キノコの栽培でもしているのだろうか。どきまきしながら温室へ急ぐ。温室に入ったアリアは目を見開いた。
「まあ……!」
まるで植物園だ。温室の中には、想像以上に多くの植物が生い茂っていた。ヴィオレッタ家の中庭で育てていた馴染みの花や木もあれば、見たことがない薬草もある。アリアは目を輝かせた。
「叔父様、すごいわ!初めて見る植物が、こんなにいっぱい……!」
「温室の番人が必要な理由もわかるだろう。いつの間にか、こんなに大規模になってしまってね。それというのも、クロード様のおかげだろうな」
「クロード様……王太子様のことですか?」
クロード・サンクレール。プラトニア王国の若き王太子だ。
アリアは直接対面したことはないが、遠巻きにその姿を見たことはある。銀髪に碧眼の美貌もさることながら、政治の才能に恵まれた優秀な王太子だ。
「クロード様が、アカデミーの卒業生だということは知っているだろう。王太子になってからも魔術への情熱は失っていないようだね。資金やら何やら、援助してくれているんだ」
「まあ……」
アリアは感心して溜息をついた。
文武両道・才色兼備な王太子はどこまで完璧なのか。アリアとは縁のない人物だ。きっと一生、言葉を交わすこともないだろう。
「それよりも、見てごらん。アリアが来ただけで、植物たちが嬉しそうだ」
アルヴェールが不思議そうに言う。アリアは足元の黄色い花たちに向かって、こんにちはと心の中で語りかけた。
ーーこんにちは、アリア。
ーーあなたに会えて、嬉しいわ。
黄色い花たちが語りかけてくる。アリアはほっと胸を撫で下ろした。どうやら、突然やってきたアリアを、植物たちは歓迎してくれているらしい。ここにいれば、大好きな庭いじりを存分に楽しむことができそうだ。それに、落ちこぼれの自分でも、魔術発展の役に立てるのかもしれない。
「そうだ、アリア。その囲いの中の花は観賞用なんだ」
「研究室に飾っていらっしゃるの?」
「いいや、王宮の応接間だ。この温室の評判を聞きつけた使用人に頼まれてな。悪いが毎朝、花を届けてもらえないか」
アリアは青ざめた。王宮には、王族や貴族はもちろんのこと、国家魔術師たちも出入りしている。国家魔術師たちに、ヴィオレッタ家の落ちこぼれの姿を見られてしまったら……。
「それは、無理かもです……」
「なに、怖がることはないよ。花を届けに行くのは早朝だ。王宮の中を歩いているのは、使用人だけさ」
「ええ、それなら……」
アリアが頷くと、アルヴェールはニカっと笑った。
「それでは、私は研究に戻るよ。お前の部屋は研究室の隣に用意した。少し狭いが、困ったことがあれば何でも言ってくれ」
アルヴェールはそう言い残すと、慌ただしく研究室へ戻ってしまった。
「叔父様ったら。本当に、研究がお好きなんだから」
温室を見渡して、アリアは深呼吸をする。
この温室の世話をすることが、叔父の研究に役立つ。ひいては魔術研究に貢献し、国力を上げることになるのだ。
私、頑張ります!




