13、宴の後で
婚約披露パーティーは無事にお開きとなった。
王太子の婚約が公表されたことで、王宮内はどことなく慌ただしい雰囲気だ。クロードはアリアを、静かに過ごすことができる研究室へ誘った。
「王太子様。お茶をどうぞ」
アリアは温室で育てた薬草を煎じて、クロードに差し出した。カップに注がれたそれは、好き通った薄紫色をしている。見たことがない茶だ。クロードは躊躇なくそれを飲み込んだ。
「変わった味だな。スッとする」
「モダリナという辺境の地の花です。ミントのような成分の他に、気分が落ち着く成分が入っていると、その花に教えてもらいました。古代の人は鎮痛剤としても使っていたそうですよ」
「なるほど。これも古代魔術のレシピか」
クロードは感心して溜息をついた。アリアはただ単に珍しいお茶を淹れただけのような態度だが、またひとつ、新たな魔法薬が誕生したのだ。気休めではなく、本当に高揚した気分が静まってきた。効果は確かのようだ。
「しかし、先ほどのきみの言葉……気になる」
「え?私、何かおかしなことを言いましたか」
「レオン・アシュフォード男爵に向かって、幸せになると宣言しただろう。今はまだ、幸せとは思えないのか?」
アリアの生活が、突然変わったのは事実である。婚約披露パーティーを終えて、正式にクロードと婚約したわけだが、まだ気持ちが現実に伴っていないのかもしれない。
「俺との婚約に、不満があるのかと……」
「え……?」
クロードは顔を押さえる。つい、情けない発言をした。
アリアの気持ちは少しずつ成長してくれればいい。そう思っていたはずなのに、婚約を宣言して欲が出たようだ。
「いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」
「ち、違います!」
アリアが珍しく大きな声を出した。これにはクロードも驚いてしまう。
「あれは、言葉のあやというか……『私はもうすごく幸せですけど、あなたもお幸せに』と言うのは、その、あんまりだと思ったんです。つまり、私はもう、すごく幸せなんです。信じてくださ……ああっ!」
前のめりになったアリアをクロードは片手で受け止めた。潤んだ紫色の目を見てクロードは胸を撫で下ろす。一方的な想いだと不安になったのは、杞憂だったのかもしれない。
アリアと出会ってからの日々は、幸福に満ちている。忙しい公務の合間を縫って彼女と会話をする時間が、どれほど癒されるものなのか、アリアはきっと気がついていない。
アリア・ヴィオレッタは特別な少女だ。彼女の存在は、いずれ魔術の常識を変える。だがそれ以上に、クロードの世界を変えてしまうに違いなかった。
「……うん、わかったよ」
クロードは甘く囁くとアリアの髪に手を添えた。アリアは驚いて目を見開く。
「驚いても、以前のように萎縮しなくなったな。随分成長したじゃないか」
「お、王太子様」
「だが、俺以外にこんなことをされたら突き飛ばすんだぞ。きみに触れていいのは俺だけだ」
クロードは微笑むとアリアの髪に口付けた。アリアは逞しい腕の中で目を閉じる。
——まるで、夢みたいだわ……。
レオンから一方的に婚約破棄をされた時は、こんな未来が待っているなんて想像できなかった。
ああ、でも……。
もしかしたら、予感はあったのかもしれない。
実家の中庭の植物たちは、アリアが婚約破棄されたことを、嘆く必要はないと慰めてくれた。そうだ、年老いた赤薔薇は言った。『新たな人生の始まりよ』。
アリアが視線を上げると、青い瞳がアリアの顔を覗き込んでいた。
「そうだ、大事なことを忘れていたな」
「大事なこと?」
「俺たちは正式に婚約したわけだから、今夜から一緒のベッドで眠れるわけだが……どうする?」
「え、ええ……っ」
アリアは両手で顔を覆うと首を横に振った。それはまだ早い。アリアの心臓が壊れてしまう。クロードはそんなアリアの気持ちをわかっていながらも、可愛い婚約者を揶揄うのだった。
「照れているのか。顔を見せてくれ、アリア」
「い、いやです〜〜〜」
アリアは逃げようとしたが、クロードに阻まれてそれは叶わなかった。仕方なく、クロードのマントの影に逃げ込んだのだった。




