12、元婚約者との再会
クロードがアリアを紹介すると、招待客たちは一瞬ざわめき、大広間はすぐに割れんばかりの拍手に包まれた。
若き王太子が婚約したのだ。プラトニア王国の一大ニュースである。
「王太子様、おめでとうございます!」
「クロード様、アリア様、万歳!」
盛り上がる会場の中で、ただ一組、顔を顰めるカップルがいた。アリアの元婚約者、レオン・アシュフォード男爵と、その妻セリーナ・ベルモント公爵令嬢だ。
アリアは二人に気がついた瞬間、青ざめた。
「まさか……嘘でしょう……」
——こんなところで、元婚約者と再会するなんて。
レオンは男爵であり、セリーナは公爵令嬢だ。この場に招かれていても不思議ではない。だが、思いがけない再会だ。アリアにしてみれば、レオンとの一件は遠い昔の出来事だった。クロードと出会ってからの日々が目まぐるしくて、彼のことを思い出すことは一度たりともなかったのだ。
拍手が収まり二人が舞台袖に移動すると、アリアはその場にへなへなと蹲み込んだ。
「どうしたんだ、アリア。そんなに緊張したのか」
「あの……私の元婚約者と……その奥様が会場にいらっしゃいました」
「元婚約者のレオン・アシュフォード男爵か」
クロードは、アリアが一方的に婚約破棄をされた末、叔父の温室の世話をするようになった経緯を聞いている。
アリアは元婚約者との再会にショックを受けているようだが、実は、クロードはこうなることを予想していた。招待客のリストには目を通してある。
「アリア、一緒に来てくれるか。二人に挨拶をしよう」
「えっ、でも……」
「心配はいらない。俺が上手く話す」
クロードに促されて、アリアはおずおずと頷いた。クロードはレオンに向かって真っ直ぐ歩いていく。
「クロード様とアリア様、どちらへ向かうのかしら?」
「本当によくお似合いのお二人だわ……」
招待客たちは二人に道をあけて、遠巻きに様子を伺っている。アリアが俯きそうになると、クロードが肩に手を添えてくれた。
「堂々としていろ。きみは正式に俺の婚約者になったんだ」
「はい……」
「ちょうどいい機会だ。過去の出来事にも決着をつけよう」
二人がレオンに近づくと、レオンはアリアの姿を認め、口の端をひくつかせた。自分が一方的に婚約破棄した少女が、あろうことか王太子の婚約者になって再び目の前に現れたのだ。動揺するのも無理はない。
「これはこれは、王太子様。この度は、ご婚約おめでとうございます」
レオンは動揺を隠して一礼した。
「レオン・アシュフォード男爵。きみに言いたいことがある」
「は、はい……っ!」
レオンが萎縮して素っ頓狂な声を出した。過去のこととはいえども、王太子の婚約者を傷つけたのだ。もしかしたら、懲罰のひとつでも言い渡されるかもしれない。レオンの隣では、セリーナが心配そうに眉根を寄せている。
「きみには、感謝している」
「……はい?」
「きみがアリアを見逃してくれたおかげで、私は彼女と出会えた。礼を言うよ」
クロードはアリアの手を取って口付けた。アリアはひんっと声を出して真っ赤になる。
クロードがゆっくりと微笑むと、レオンは美貌の王太子の眼力に後退りした。
「ただ、ひとつアドバイスをしよう。そちらのご令嬢は心底きみに惚れているようだ。大事にしたまえ」
レオンの横でセリーナが深々と頭を下げていた。ドレスからのぞく細い肩が小刻みに震えている。結果的にレオンをアリアから奪った形になったが、彼女の思いは本物なのだろう。だからこそクロードは、彼女の前でレオンを貶めるような発言をしなかったのだ。
「アリア様、申し訳ございません。私……全部わかっていたのに」
「セリーナ様……」
セリーナの肩に手を添えてアリアは首を振る。アリアはもう、誰も恨んでいなかった。
「謝らないでください……私はもう、大丈夫ですから。どうぞ、お二人で仲良く過ごしてくださいね」
「……ありがとうございます。アリア様……」
クロードはレオンに向き直った。
「お互い、妻を大事にしよう。それが紳士というものだ。そうだろう?」
「は、はいっ!それは、もう……!」
「用件は以上だ。失礼する」
言いたいことを言い終わると、クロードはアリアを伴って、早々にその場を立ち去ろうとした。アリアが振り返ると、項垂れるレオンの肩に、セリーナが手を添えている。やさしい人だ。こんな形で知り合わなければ、友人になれたのかもしれない。
「あ、あの……っ!」
アリアは振り向きざまに、レオンとセリーナに笑顔を向けた。
「どうぞ、お幸せに。私も、幸せになりますから……!」
レオンは萎縮したままだったが、セリーナは控え目な笑顔を見せてくれた。それだけで、過去の辛い出来事が浄化されていくかのようだった。
隣を見ると、クロードが得意げに微笑んでいる。
「ほら、全部上手くいっただろう」
「はい、クロード様……!」
アリアは頷いて、クロードを見つめたのだった。




