11、魔術師と魔術師
アリアは勇気を出して控えの間から出ると、大広間に足を踏み入れた。瞬間、眩いシャンデリアの輝きと、バイオリンの優雅な演奏が、アリアを包み込んだ。
ーー緊張しちゃう……でも、落ち着かなきゃ。
深呼吸をして会場内を見渡す。アリアに注目している者はまだいない。
アリアは足音を潜めて移動するとテーブルの上からノンアルコールのカクテルを手に取った。それをを飲み干すと、乾いていた喉が潤う。少しだけ落ち着いた気がする。
「いい飲みっぷりですね。アリア・ヴィオレッタ様」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには、漆黒のマントを纏った少年が立っていた。アリアよりも年下の少年だ。だが、大人に負けない落ち着きと貫禄がある。少年は黒曜のような目で、アリアをじっと観察している。
「あの……申し訳ございません。前に、お会いしたことがありまして?」
「いいえ、初対面です。僕はあなたの親しい人物の、仕事仲間といったところでしょうね」
アリアはますます混乱する。アリアの親しい人物といえば、最近ではクロードだろうが、少年は政治に関わるにしては幼すぎる。もしかしたら、冗談だろうか。
「ところで、アリア・ヴィオレッタ様。あなたはこの王国の王太子について、どう思っていますか」
「え……?」
「若き王太子として名声が高いですが、外交では厳しい態度を取ると有名ですよ。一部からは、冷酷な指導者と噂されていることは存知ですか」
アリアも聞いたことがある。
クロードは優秀な王太子であり、物事の判断もしっかりしている。だが忖度しない性格なので、プラトニア王国よりも歴史がある国に対しても毅然とした態度を取るらしい。その態度を冷酷と捉える者がいるのだろう。
アリアは首を横に振った。
「それは、誤解です」
「誤解、とは?」
「王太子様は……すごくやさしいです。魔力がない人間の少し変わった力を才能だと認めてくださって、そばに置いてくれて。研究に必要なものは何でも揃えてくださいますし、一緒に庭いじりをしてくださったこともあります。それに、公務でお忙しいのに時間を作って、顔を見せてくださいます!それにそれに、容姿だって美しすぎて、その、すごく……素敵な方ですわ」
「……なるほど」
大人しそうなアリアに言い返されて、少年は意外そうな顔をした。そして、ふっと目元を綻ばせる。
「そうですか。見た目だけが取り柄の少女ではないようだ」
「え……?」
「いいえ。それでは、また」
少年は漆黒のマントを翻すと、招待客たちに紛れてしまった。一体、あの少年は誰だったのだろう。首を傾げるアリアを、侍女頭が呼びにきた。アリアは控えの間に移動する。
「アリア、待たせたな。知っている顔はあったか?」
控えの間では、要人たちに挨拶を済ませたクロードが一足先に待機していた。
「それが……お顔を存じ上げている方はちらほらいらっしゃいましたが、挨拶する勇気は出なくて……でも、不思議な少年に話しかけられましたわ」
「不思議な少年?」
「ええ、漆黒のマントの少年です。王太子様のお知り合いですか」
クロードは扉を指差した。そこには、先ほど別れたばかりの少年が立っている。
「アリア、紹介しよう」
クロードは少年の隣に立った。少年が跪く。
「首席魔術師、ルシアン・レインだ」
「アリア・ヴィオレッタ様。ルシアンと申します。以後、お見知り置きを」
「え……?ええええっ」
アリアは驚きのあまり叫んでいた。首席魔術師は文字通り王国で一番の魔術師だ。しかしルシアンはどう見ても、アリアより年下の少年なのである。
「見ての通り、ルシアンはまだ十四歳だが、王立アカデミーを飛び級で卒業した天才だ」
「そ、そうなんですか……」
「アリア・ヴィオレッタ様」
ルシアンはアリアに向き直った。
「僕はまだ、あなたの力を信じているわけではありません。植物と対話できるというのも、古代魔術を再現できるというのも、まるで夢物語だ」
「おいルシアン、言っただろう。彼女の力は本物だ」
「ご心配なく、自身の考えと仕事の分別はついています。アリア様をお守りすることがクロード様の役目だというのなら、僕も手助けいたします。それが、仕事ですから」
ルシアンはそう言い残すと、その場から姿を消した。控えの間を出ていったわけではない。瞬間移動したのだ。アリアは固唾を飲んだ。
——すごい……。さすが、首席国家魔術師だわ……。
アリアはクロードを仰ぎ見た。
いくら王太子付きの魔術師という特別枠であっても、アリアには彼のような魔力はない。身近にこんなにも才能あふれた魔術師がいるのに、どうしてクロードは、アリアを選んでくれたのだろうか。
もっと、しっかり勉強しよう。
王太子付き魔術師としても、婚約者としても、クロードに恥をかかせたくない。
「どうした、アリア。ルシアンのことなら気にするな。そっけないやつだが、根はいいやつだ」
「いいえ。ルシアン様のご心配はもっともですわ。私、頑張りますね……」
決意を胸に秘めていると、侍女頭が二人を呼びにきた。いよいよ婚約披露の時間だ。
「さあ、行こう。アリア」
「……はい」
クロードにエスコートされて、舞台の袖に移動する。先にクロードがひとりで挨拶をして、それからアリアを紹介する予定だ。
舞台を覆っていたベルベットのカーテンが左右に引き上げられる。その瞬間、大広間の中はしんと静まり返った。
「皆様、今夜はお集まりいただき感謝する」
ざわめく招待客たちを前に、クロードはいつもと変わらない落ち着いた様子でアリアを促した。アリアが舞台に上がる。
「早速だが、私から紹介したい人がいる。さあ、こちらへ」
「はい……!」
アリアは顔を上げる。会場中の視線がアリアに集まった。
「アリア・ヴィオレッタ。私の婚約者だ」




