10、婚約披露パーティー
クロードの公務が少し落ち着いたある日、アリアはクロードとともに温室にいた。
「婚約披露パーティーの日程が決まったんだ」
以前から予定していた婚約披露パーティーが、ついに開催される。二人が婚約していることは、まだ公表していない。王太子の婚約は王国の一大事なので、それなりの場で披露する必要がある。だから、披露パーティーを開くことは珍しいことではない。
「婚約披露パーティー……ですか」
「ああ、そうだ。きみが王太子の花嫁になる……つまり、次期王妃となることを発表する大事な場だ」
「お、王妃……」
アリアは目眩がした。クロードと婚約した時点で覚悟を決めてはいるが、改めて言葉にすると衝撃が大きい。
それに、パーティーというのが、また気が重い。アリアは長年、魔力がないという引け目のせいで、屋敷に引き篭もりがちだった。だから、華やかな場所が苦手だ。パーティーは、その最たるものと言えるだろう。
アリアが表情を曇らせると、クロードは困ったように尋ねた。
「もしかして、パーティーは苦手か」
「うう……すみません」
「いや、いいんだ。だが……ここは俺のために、頑張ってほしい。嫌か?」
それに、とクロードは微笑んだ。
「俺がそばにいる。それでも、不安か?」
「いいえ、そんな……」
クロードに真っ直ぐ見つめられて、アリアはたじろいた。クロードの笑顔には、有無を言わせない圧がある。それに、常に自信に満ち溢れ、堂々としているクロードがそばにいてくれると思えば、アリアも頑張れそうだ。
ーーそれに……実は、ちょっと楽しみもあるもの。
アリアは美貌の王太子を見つめた。
婚約披露パーティーでは、クロードは王太子として正装をするだろう。王族の証である緋色のマントを纏ったクロードは、想像するだけでも見惚れてしまう。
アリアははっとして、首を横に振った。
ーー私ってば、どうかしている。クロード様の晴れ姿を想像して、ぼんやりするなんて……!
アリアが両手で頬を押さえると、クロードは驚いた。
「おい、熱でもあるのか。顔が真っ赤だ」
「ひ……日焼けですわ。ほら、温室で庭いじりをしていますので、日光で肌が焼けてしまっているんです」
「温室の中にいるのに日焼けするものなのか?」
クロードは訝しみながらも、アリアに麦わら帽子を被せてくれた。
「庭いじりもいいが、せっかくの白い肌が勿体無いぞ。日焼けしないように、これを被るのを忘れずに」
「王太子様……」
アリアは深呼吸を繰り返して、どうにか気持ちを落ち着かせた。クロードの勇姿を想像して、見惚れていたなんて、言えるわけがない。
「パーティーのために、新しいドレスを作らないとな」
「そんな……手持ちのドレスで問題ありません」
「何を言っているんだ。婚約披露パーティーだぞ。着飾らなくてどうする」
クロードはアリアの肩に手を置いた。
「アリアに一番似合う色を選んでやる。絶対、かわいい」
青い瞳にアリアの姿が映る。アリアは一瞬言葉を失い、すぐさま後ずさりした。
「え?あ……あの……っ、えっと」
「……すまない、妙なことを言ったな」
クロードは気恥ずかしいのか、横を向いてしまった。アリアも真っ赤である。
まだまだお互いに、照れてしまう二人なのだった。
ーーー
「どうしよう……やっぱり、無理だわ……」
婚約披露パーティー当日。
控えの間で、アリアはぶるぶると震えていた。
先ほど大広間を覗きにいったら、百名近い招待客が集まっていた。名だたる貴族たちに、政治の要人たち。引き篭もりがちなアリアでも見知った顔がいくつもあった。
「アリア、入るぞ」
「は、はい……」
クロードが控えの間に入ってきた。そして、アリアの姿を見て言葉を失う。アリアはカーテンにしがみついて、顔を顰めた。
「や、やっぱり……この格好、おかしいですよね……」
アリアが纏っているのは、クロードが選んでくれた薄紫色のドレスだ。上質な絹でできているそれは、レースとリボンがふんだんにあしらわれ、裾には花の刺繍とスパンコールがきらめいている。アリアの栗色の髪は上品に纏められ、白薔薇の髪飾りが気高さを醸し出している。名家ヴィオレッタ家の名に恥じない、完璧な令嬢の姿だ。
「……想像以上だ」
「え……?」
「いや、なんでもない。少しもおかしくないよ。ほら、こちらへおいで」
クロードに促されてカーテンから手を離す。
クロードの隣に立つと、彼は恭しく、アリアの手の甲にキスをした。
「綺麗だよ、アリア。すごくかわいい」
クロードが顔を上げる。王太子の正装である、緋色のマントをつけたクロードは、それこそアリアの想像以上に凛々しかった。
「ところでアリア。すまないが、壇上で婚約発表をする時間まで、会場内で時間を潰してくれないか」
「え……?」
「最初から俺と連れ立っていると、無駄に注目を浴びるだろう。これ以上緊張しないように、甘いものでも食べてリラックスしていてくれ。俺はその間に、要人たちへ軽く挨拶をしてくる」
どうやら、クロードなりの気遣いのようだった。確かにそうかもしれない。目立たないうちに、会場の空気に慣れておけば、婚約発表の時間には気持ちが落ち着いているはずだ。
「わかりました。また後ほど、お会いしましょう」
アリアはドレスの裾を持ち上げて、会釈したのだった。




