第二話 うさぎ
「明日は拠点移動を行う」
「石板を確認し、前回との差異を報告しろ」
夕暮れ時を前に、イツキの指示を受けて全体が動く。
拠点の中心となる大樹の根元に、その石板はある。
石板は、表面が鏡のように平らな、奇妙な石だ。
他の石で割ろうとしても、割れない。
ならば他の石を割るのに良いと思っても、動かすことが出来ない。
その外見はシノブの感覚だと、学校の校是が刻まれたあれ。
まぁ神が設置したシステム装置だろう。
石板に触れると鏡面に
「いきろ」
▶おつげをきく
の二行が浮かぶ。
【おつげをきく】に触れれば、ステータスだ。
シノブ 位階1 レベル8
ちから 1-18(+0
かしこさ 1-28(+1
せいしん 1-55(+0
たいりょく 1-18(+1
みのこなし 1-25(+0
うんのよさ 1-9(+0
かんかく 1-14 (+0
つぎの位階まで 2743
つぎのレベルまで 34
以上だ。
役職や職業はない。
実に親切なUIである。
明日の目的地は別の石板がある拠点、山間移動で8kmである。
道なき山を進む8kmは過酷だが
完歩だけなら6歳でもできる。
シノブは母集団を離れた哨戒行動班だ。
哨戒行動班の移動距離は倍の16km。
呼吸、健脚、気配察知のムスヒを同時行使しながら進んでいく。
もうすぐ太陽が中天に差し掛かり、行程の8割を消化した頃に――
森の中で、うさぎさんに、出会った。
そう、ふわふわした可愛い外見のあれだ。
素晴らしい肌さわりのモフモフとした毛皮を持ち、
すばやく走り回る、寂しがりな動物。
撫でたら心地が良い、あいつで間違いない。
互いの存在に気付いたのは、ほぼ同時。
その距離40メートル。
目と目で通じ合うシノブとうさぎ。
1秒の後に、うさぎはシノブに向かって駆け寄ってきた。
前世の恋人に巡り合ったかのような、迷いのない足取り。
後脚で地を蹴るごとに、ふわふわの身体が加速していく。
そんなに逢いたかったか......嬉しいぞ、俺も同じ気持ちだ。
木々を縫うように迫るうさぎ。
その体重は目算で4kg。
うさぎは鋭い前歯と硬質な頭蓋を持っており、
その突撃を不意打ちで受ければ、ただでは済まない。
しかし、既に視認され、速度で劣る以上は、逃げる術はない。
呼吸と健脚のムスヒを筋力と反射に移動させ、身構える。
うさぎは残り5メートルの距離で大きく横にスライドし、
最大速度80kmで突っ込んできた。
シノブはその軌道を見切って躱し、軌道に合わせた石のナイフで腹を裂く。
うさぎを狩るためのチャンスは、この一度のみ。
果敢に必殺の頭突きを繰り出してくるが、初撃を失敗すると逃走を図るのだ。
「慣れてきたな」
「まだまださ」
今回、気付いたのはうさぎが先だった。
シノブは気付かれたことに気付いた側だ。
突撃の軌道も、こちらが誘導を試みたうちの3番目でしか...
「その慣れが危ない。空だ」
「え!?......トビか」
「俺の睨みがなきゃ、死んでたかもな」
「助かった、ありがとう」
「なに、まだ子供だからな」
「幼体こそ獲物として手ごろ、だろう?」
「そういうことだ」
「処理を始めるよ」
「やってみな。血は少し飲んでおこう」
「あぁ」
確か前世のドイツでは豚肉からソーセージを作る際に
【血の一滴まで活かす】
という合言葉があったな…
そんな雑念も浮かべつつ、手際よく解体を進めるシノブ。
もちろん周囲の索敵に気を配ることも並行処理だ。
毛皮一枚と、肉2kg。
「応急なめしと防腐のムスヒ処理まで完了した」
「まずまずだな、よし行くぞ」
「了解」
兎の突進を初めて受けたのは8歳の頃だ。
全く、あの時は本当に死ぬかと思った。




