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第一話 俺が望んだ世界

すべてが、溶けていた。

光と闇が揺らぐ、混沌。

光が混ざると白になり、色が混ざると黒になるんだったか。

――死んだんだな。

――さようなら。

――左様であるならば......


『さて、始めるか』

――そうだろうな

『死後の旅へ御案内だ』



「……資料は?」

『やっぱり面白いなお前。神への第一声がそれか』

「神でも閻魔でも裁きには資料が要るだろう」

『神の逆鱗に触れないかと恐れおののく様子もない』

「恐れは真実から遠ざかる」

『【不届きものめ!】と消し去ることもできるぞ?』

「威圧を感じないからな。むしろ無用に物怖じすることが不敬だろう」

『お前には当然でも、普通の人間はそうじゃない』

「......」

『さっきもな、普通なら、サヨウナラは誰かの顔を連想する』

「......」

『お前は、語源』

「現に対話が始まったろう。なら備えだ。感傷に浸るのは後でも出来る」

『はいはい。資料だな、そらよ』


神前忍じんぜんしのぶ

享年三十五。日本人。公務員。独身。彼女なし。

警察官の父に、専業主婦の母。弟が一人。

馬鹿真面目 頑固一徹


『なかなか面白い人生だったぞ』

「人生の総括には雑すぎるな」

『履歴書なんてこんなもんだ』

「否定はせん」


しかしまぁ何と言うか

軽い神もいたものだ


『お前に合わせているんだよ』

「思考を読まれる対話は存外に不愉快だ」

『慣れろ』

「善処しよう」

『相手に合わせて己も変えるのが思いやりだろう?』

「同意だ」

『泣きわめく相手に寄り添うのは大変なんだぞ?』

「察して余りある」



『さて人生の総括に進むぞ、生活保護の勇者さんよ』

「心をえぐる二つ名を付けるな!」

『それ以外にないだろお前の人生』

「くっ......」


本業:社会福祉士、生活保護ケースワーカー

趣味:ゲーム、読書(思想哲学からライトノベルまで)

理念:先人の夢の保守管理人

信条:礎となることを厭わない

備考:

・世界人類の発展に尽くす英雄願望

・自己犠牲への賛美傾向

・歴史上の偉人に親近感を覚える

・ゲームや少年漫画に己を重ねる


『どうだ』

「恥ずかしいわ!」

『俺は気に入ってるよ。なにせ格好いい』

「お前に俺の何が分かる」

『全部さ』

......反射的に口にしたものの

......そうか、すべて、か。

すべてが見届けられていたのなら......

「うむ、十分に救われた。悔いはない。」


『その先走り方も全部な?(笑)』

「貴様......」


『悔いはあるだろ。恥を捨てて言ってみろ』

「結婚と子供だ!!!」

『孤独な勇者だったな』

「くっ」


【すべて人間は、健康で文化的な最低限度の生活をする権利を有する】

これは現代の夢物語だ。

そんな馬鹿げた夢を掲げた勇者が、実際にいた。

だから俺は、その勇者の遺志を継ぐことを選んだ。


『全く、とんでもない夢を見た奴もいたもんだ』


まぁ現実は控えめに言って地獄だ。

救った相手とは縁がきれ、

救えない相手との腐れ縁が増えていく。

良薬は毒にも薬にもなると言うが、

生活保護は猛毒にもなる劇薬だ。

【真に助けを必要としている人は、助けたくなる姿をしていない】

この格言は日本海溝よりも深い闇だ。


『嫌いなものは特権意識、っと…』

「精神から漂う腐敗臭は慣れるものではない」


俺は俺の意思で選んだ道だ。

しかし見合いや婚活で見知らぬ女性に付き合わせる気にもなれない。

次代の若者に受け継がせることも、果たして正義と言っていいものか。

遠からず限界を迎えるかもしれん、そう思いながら福祉に捧げた人生だった。


『そんで異世界トラック、っと』

「それは正式名称なのか?」

『面白い生き様だった。だから転生させてやる』

「正直ありがたいな。夢のある話だ」

『良い女と出会えるといいなぁ?』

「まったくだ」


『じゃぁ希望を言いな』

「どんな選択肢がある?」

『なんでも』

「雑だな」

『チートも悪役令嬢も貞操逆転も、よりどりみどりだ』

「展開を知っているテンプレは途中で飽きそうだ」

『ネタバレ厳禁だもんな』

「......未知のゲーム世界の英雄譚がいい」

『何を救う?』

「己の意思で立ち上がる者」

『自分自身は?』

「チートや特殊スキルはいらん」

『ほう』

「素質を公平に、努力がモノを言う世界にしてくれ」

『詳細は?』

「まかせる」

『雑だな』

「要するに、面白い生き様を見せればいいのだろう?」

『それなら、決まったな』

神が笑った。

俺も笑った。



「未知の英雄譚で、一般人だ」

『まかせな』






~12年後~



「どうだ、何が浮かんだ?」

「前世と...神との会話を少しね」

「転生前の記憶か、役立つものはあったか?」

「いいや」

「神の言葉は?」

「特に何も」

「だろうな」



この世界アメハシラに転生して12年、シノブは12歳となっていた。

シノブに対面しているのは育ての母である。名はイツキ。

シノブに特別なものは何もない。

転生者であることも珍しくない。



「資源流通が無いからな。大抵は役に立たん」

「磨製石器って凄いよね、設備が要らないもの」

「ともかく今のが【思い出す】の初歩だ」

「…地味な技だねぇ」

「0.1秒で行使できるよう励め」

「分かったよ、イツキ」



この世界では生活の術を育ての母から教わって育つ。

イツキからみてシノブは素直で聡明、将来有望な若者である。

あっさり死んでしまいがちな転生者の中で、特に見込みがある。



シノブからみてイツキは......

170センチの長身に、均整の取れた抜群のスタイル。

短く切り揃えた艶やかな黒髪に、凛々しく整った顔立ち。

目尻には皺が刻まれ始めており、力強い眼差しには深い慈愛が宿っている。

子供たちには分け隔てのない笑顔を向けてくれて、みんなその笑顔が大好きだ。

不思議なほどの包容力があり、傍にいるだけで安心できる女性である。

身に纏うのは、植物繊維を丁寧に編み上げた、肩や太ももを大きく露出した衣服。


――正確には、急所を守りながら関節の動きを妨げない軽装鎧だ。

腰には投石用のスリング。手に持つは長さ2メートルの磨製石槍。


そして、その装備を支える肉体。

太い首。広い肩。隆起した背筋。丸太のような腕と脚。

樹上を自在に駆けるしなやかさを保ちながら、鍛え抜かれた全身には無駄がない。

日に焼けた肌には幾筋もの古傷が走り、左頬には大きな傷痕が残る。


一切の無駄な脂肪がなく鍛え上げられた体重――80キロ。


英雄を讃えて彫り上げた彫像が、そのまま命を得たかのような肢体だった。




この世界では魔物の横行により1000年前に99.99%の人類が死滅した。

文明は絶え、人間の生存圏は平野部から山間へ。

スパルタにも劣らぬ過酷な社会で......



12歳のシノブは、42歳のイツキに初恋をしている。



挿絵(By みてみん)


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