悪役令嬢は、黒龍様の贄になりたい
我が国には生贄制度がある。他国の人間には、なんてことをするのかと言う人もいる。けれど、我が国はその生贄制度で栄えてきた。そのおかげでみんな飢えずに済むのだ。
黒龍様の好む『魂の穢れた者』を毎月数人捧げるだけで、黒龍様のお力で不毛の大地であったこの国でも沢山の農作物が実るようになった。
罪人なんて国中探せば毎月幾人も見つかるので生贄探しにも困らない。特に、公には裁けないが罪を重ねたワケあり貴族の断罪にはぴったりだ。
一応、表向きには国の為に身を捧げた尊い命とされるので残された者たちにとってはむしろ名誉となる。残された者たちに金銭の報酬もある。アフターケアもばっちりだ。王族や貴族は生贄制度の真実を知っているから、影では色々言われるが。
しかも、冤罪だった場合黒龍様の好む『魂の穢れた者』判定から外れるので食べられない。むしろ身の潔白を証明して生還できる。
「だから私、わがままな悪役になろうと思うの」
「お嬢様…」
「だってそうすれば、死ぬのは確定でしょう?そうすれば、婚約者は私から自由に成れる。婚約者であるシャルル様は理由はわからないけれど私がお嫌いだから、きっと喜ばれるわ。シャルル様の幸せが私の幸せ。だから私、頑張るわ」
「ですがそれは…」
「いいの、いいのよ。これが私の望みなのだから」
私は幼くして悪役になると決めたその日以降、ずっとわがままだった。
父親が病気で治療費と実家の生活費が必要だと娼館に行くことすら考えていた健気なメイドには、気に入らないからと理由をつけて金貨のたくさん入った袋を投げつけて「これを持って出て行け!」と言い追い出した。
足を戦場で痛めて歴戦の猛者だったのに王国騎士団を引退せざるをえなかったという我が家の執事見習いには、「アンタみたいな使えないやつ、要らないのよ!」と特級ポーションを飲ませて足を治し王国騎士団に戻らせた。
いつもため息ばかりでしんどそうな乳母には、「病んでるんじゃないの!?一度病院で見て貰え!」と叫んで更年期障害だと判明、それを口実にたんまりと退職金を渡して解雇した。
暇な時に行った慰問先の孤児院で一人馴染めず浮いた様子の同じ年頃の少年には「気に入らないわね、自分が一番不幸だとでも思ってるの?他の子達だって十分苦しんでるのに。いいわ、ならその根性叩き直してあげる。これからは貴方は私の侍従よ!」と言って引き取って侍従にした。
そして、望んだ断罪の日が来た。
貴族学院での卒業式でのことだ。
晴れの舞台で最後の挨拶のため、優等生だったシャルル様が何故か他国の聖女であるエレノア様を連れて壇上に上がる。
そして、私を突然断罪し始めた。
「シンシア!貴様との婚約は破棄させて貰う!今までよくもわがまま放題してくれたものだ!だがそれもこれで終わりだ!貴様の悪事は暴かれた!留学してきた他国の聖女であるエレノア様を害そうとしたのだ、もう言い逃れは出来ないぞ!」
「シャルル様ぁ…怖かったですぅ…」
「エレノア様、もう大丈夫だ。アレを黒龍様へ捧げた後、父上や母上にもエレノア様との婚約を認めてもらおう。僕は次男で家は兄が継ぐから、聖女である貴女の婿として嫁げる」
「嬉しいですぅ!」
茶番だなぁとは思う。
だって私がエレノア様を虐めたなんて事実はないのだ。
でも、それでいい。
優しくて正義感を持つ、可愛いシャルル様がそれで幸せになるなら…私は身を引こう。
だって、今までの人生全部、シャルル様のためのものだったもの。
ここまで舞台を整えたのは、全てこんな日が来ることを願ってだったもの。
ー…そう思い、偽りの罪状を全て呑み込もうとしたその時だった。
「あの!シンシア様はそんなことしないと思います!」
私の取り巻きAが叫んだ。
庇わないで、いいの。
これでいいの。
「シンシア様は!私の兄が病で倒れた時、黒龍様に会いに行って頭を下げて兄に祝福を与えてくださいました!余命半年だった兄は、今でも元気です!」
「わ、私の父が投資に失敗して貧乏になった時には、シンシア様がご自分のお父様にお願いしてくださって庇護をしばらく受けさせてくださいました!今では当家はまた安定した収入を得てシンシア様のお父様にお金も返せるようになりました!」
取り巻きBも叫ぶ。
やめて、違うの。
そんなつもりじゃないの。
「わ、私もシンシア様に助けられました!私がこの貴族学院に特待生として入った唯一の平民だからと虐められていた時、シンシア様が庇ってくださったのです!平民では知らない色々なことを教えてもくださいました!」
取り巻きCが挙手する。
やめて。
みんな本当にやめて。
せっかくの悪役ムーブが台無しになっちゃうから!
その後も次々と声が上がる。
シンシア様に助けられた。
シンシア様は優しい方だ。
シンシア様が虐めなんてするはずがない。
シャルル様は私を庇うみんなの声を止めようした。
でも止まらない。
そして今度は私にまでダメージが来た。
「そもそもシンシア様は意外と短気だから、裏でコソコソ虐めなんてせず直談判に行くと思います!」
「シンシア様は意外と可愛い物好きで、野犬の子犬と戯れて微笑む可愛いところがあるから、そんな暇があったら野良犬を手懐けてついでにお風呂で綺麗にして予防接種やらなんやらを受けさせる方に時間を割くと思います!」
「ていうかエレノア様は他国の聖女候補なのに、聖女の修行そっちのけでシャルルとイチャイチャしていて祖国から問題視されているほどですよ!そんな人は虐めなくてもそのうち自滅するってシンシア様だって分かりますよ!」
…なんか、私悪役ムーブに失敗してた?
わーわーと騒ぎがどんどん大きくなる中、いるはずのない方が現れた。
「皆、静粛に」
教皇猊下である。
さすがにみんな黙って頭を下げた。
私もそうだ。
「今回私が直接来たのは、この貴族学院の晴れの舞台で問題が起こるのを知ってしまったからだ。私が来たからどうこうできるものでもないが、少しは話もまとまるだろう」
「「「「「………」」」」」
「皆の言う通り、そのご令嬢の素行にほとんど問題はなさそうだった。むしろ無理して悪ぶっているようにしか見えない」
バレてるー!?
「だがそのシャルルという者から教会へ、シンシア嬢を捧げると申し出があったのでとりあえずはシンシア嬢を黒龍様の御前に連れて行く。だが多分、冤罪ということで無罪放免になるだろう。大丈夫だ」
周りがみんなホッとした雰囲気になる。
いやあの、私は黒龍様に食べていただきたいんですけど。
そして私は、神官様方と共に黒龍様の元へ行った。
「黒龍様、今日の贄です」
「あー、その子は食べたくないからいいや」
私は黒龍様の御前に出されたが、黒龍様は嫌そうな顔をして食べたくないと仰った。
「え、でも私わがまま放題で…」
「それ演技でしょ。魂が穢れてない」
「そ、そんな…」
たしかに今回の件は冤罪だけれど、私の魂は十分に穢れていると思っていたのに。
あんなに頑張ってわがまま言ってたのに。
「な、なんとか食べてもらえませんか」
「ちょ、君何を言ってるんだ!」
神官様は私の言葉に慌てる。
だが黒龍様は優しげに微笑んだだけだ。
「あー、そうだね。君はそういう子だ。一途で優しくて、そして少し頑固だ。ただ、残念ながら君は無罪放免で死に損なった。これからどうするの?」
「…そんなこと、言われても」
どうするかなんて、知らない。
いつか、黒龍様に食べられると思って生きてきたから。
「ならさ、周りに目を向けてみなよ」
「え?」
「今日だって、みんな庇ってくれたでしょ」
「それは、はい」
「君は君が思うのと正反対に、みんなに好かれている。君を想う人だって、近くにいるよ」
その言葉にぎくりと身体が反応した。
気付いていた。
私を想ってくれる人に。
でも私は贄になるから、その気持ちに応えられないと思っていた。
シャルル様に、幸せになって欲しかったから。
「本当は、言われなくてもわかっていたんだろう?ならあとは、応えてあげればいい」
「…シャルル様は、どうなりますか」
「彼の処遇は君に任せるよ。俺の贄に捧げるか、見逃すか。俺のお世話係たちにも、君の好きにさせるよう言っておくから」
「…」
「君たち、わかってくれるね?」
「「「はい、黒龍様」」」
そして私は、教会から出ていった。
お世話係のうちの一人が無実の証明書と共に私を卒業式の会場へ送り届ける。
私が戻った時には、修羅場はおさまっていたようだった。
シャルル様のお父様がシャルル様をボコボコにした後のようで、シャルル様の顔は腫れあがりシャルル様のお母様は泣いていた。
エレノア様はその光景に愕然としていた、
教皇猊下はどうも静観していたらしい。
私の両親は、静かにシャルル様との婚約破棄の準備を進めていた。
「ということで、シンシア嬢は無罪放免となりました」
「「「「「よかったー!!!」」」」」
卒業式の会場が沸き立つ。
シャルル様は呆然としていた。
エレノア様はまずいことになったと青ざめる。
「では、シンシア様。シャルル様とエレノア様の処遇はどう致しますか?」
「…まず、エレノア様は他国の聖女ですから手を出しません。無罪放免でいいです」
「国の今後を考えて、ですか」
「はい。そしてシャルル様も無罪放免でいいです。その代わり、私とは婚約破棄をして慰謝料を払っていただきます。そして、エレノア様と婚約を強制的に結んでください」
「…甘いのではないか?」
教皇猊下はそう口にして、でも私の表情を見て痛ましそうな顔をした。
「幸せになって欲しい、その一心で今までそばにいましたから」
「…わかった。ではそのように取り計らおう」
「ありがとうございます」
「やった!シャルル様、私たち婚約できますよ!」
「…エレノア様、一つ聞かせてくれ。シンシアに虐められていたというのは、虚偽だったのだろう。何故そんなことをした」
「え…」
シャルル様の言葉に、エレノア様は固まる。
「そんなことをする人とは思わなかった…失望した」
「え、えっと」
「だが、僕はシンシアに冤罪をかけた罰として強制的に君と婚約することになる。僕はどこで間違えたのだろう」
苦しそうなシャルル様に、私は良かれと思って強制的な婚約をと言ったがそれを撤回しようとした。
しかし教皇猊下に視線で止められる。
それが相応しい罰だと、教皇猊下は譲る気はなさそうだ。
そして一連の流れを見届けた黒龍様のお世話係が教皇猊下と共に帰っていくと、シャルル様と私の婚約破棄がその場で叶った。
エレノア様はシャルル様の冷たい視線を浴びながら、シャルル様の新しい婚約者となった。
その後我が家には多額の慰謝料と賠償金が入った。
シャルル様はエレノア様の婿として他国に嫁いだ。
二人はとても、とても不幸せそうな様子だった。
シャルル様のご実家は、我が家へ払った多額のお金の工面と醜聞はあれどもまだなんとかやっていけそうだ。
…では、私は?
私は家に着くまで馬車の中で父と母に慰められて、屋敷に帰ると真っ直ぐに部屋に戻って…そしてようやく。
ようやく、全身から力を抜いてベッドに倒れ込んだ。
涙は、不思議と出ない。
孤児院から引き取った侍従、セラフィムが静かにベッドの隣に来て、疲れ切った私の手を握ってくれる。
いつからか、セラフィムは私を愛していてくれたのだ。
鈍い私にだって、そのくらいわかる。
そんな私に、セラフィムは語りかける。
「お嬢様。…旦那様はお嬢様に跡を継がせることを撤回されないそうです」
「お父様は、私に将来を期待してらっしゃるから」
「ええ。そして、お嬢様が当家をこのまま継ぐのなら、今度こそ献身的な夫を選ぶとおっしゃっています」
「…つまり貴方が新しい婚約者になるのね?セラフィム」
「私はお嬢様のお気に入りでもありますから」
父が決めたなら、それでお終い。
私の意思はそこにはない。
けれども、父が悩んだ末にそうしたのはわかる。
セラフィムの様な孤児を私の婿に迎えるとなると、それなりの家にセラフィムを養子にしてもらわないといけないから。
正直かなり面倒くさいことになるのにそうしたのは、私の幸せを願ってだろう。
「貴方はそれでいいの?」
「ずっと、有り得ないことだと知りながら望んでいたことでした。それが現実になって、むしろ嬉しいくらいです」
「そう」
あれだけ幸せを願っていたシャルル様は私のせいで不幸になった。
だと言うのに、気持ちは沈んでいるがそわそわした感情を持て余している自分もいる。
セラフィムなら…私を幸せにしてくれるだろうと。
その未来が見えて、そわそわした気分になるのだ。
「言っておくけど、多分わがままはもう癖になってるから治らないわよ」
「構いません。そんな貴女が好きなのです」
結局、私だけが幸せになってしまった。
せめて、セラフィムのことは幸せにしよう。
私は己にそう誓った。




