黒龍様を信奉している貴族令嬢ですが、隣国の第三皇子殿下がうるさいです
この国には生贄制度がある。他国の人間には、なんてことをするのかと言われることもある。けれど、この国は黒龍の力で栄えてきた。綺麗事ばかりでは生きていけないのだ。
黒龍の好む『魂の穢れた者』を毎月数人捧げるだけで、不毛の大地であったこの国でも食料自給率を上げることができたのだ。
罪人なんて何もせずとも毎月幾人も見つかるので生贄探しにも困らない。特に、公には裁けないが罪を重ねたワケあり貴族の断罪に用いられることが多い。
一応、表向きには国の為に身を捧げた尊い命とされるので残された者たちにとってはむしろ名誉となる。残された者たちに金銭の報酬もある。アフターケアもばっちりだ。王族や貴族は生贄制度の真実を知っているから、陰では色々言われるが。
しかも、冤罪だった場合黒龍の好む『魂の穢れた者』判定から外れるので食べられない。むしろ身の潔白を証明して生還できる。
「他国には色々言われますが、黒龍様はこの国になくてはならない存在なのです」
「何故そう言い切れる」
「先程も申し上げた通り、この国は黒龍様の力で栄えてきたからです」
「だが我々人間には魔術がある。いくらでも他に方法はあるだろう」
隣国の第三皇子であるグレイ様は、我が国の【黒龍信仰】をよく思っていらっしゃらない。
なら何故我が国に留学してきたかといえば、嫁探しに難航しているためらしい。
グレイ様は一刻も早く皇位継承権を返上して臣籍降下し、公爵となって領地を治めたいらしい。
だがそれにはご両親である皇帝陛下と皇后陛下に一人前と認めてもらわねばならず、その条件の一つが婚姻。
しかしなかなか【理想の嫁】が見つからず、諸国を巡った末仕方なく我が国にも嫁探しに来た。
結果【黒龍信仰】の特に強い私に何故か一目惚れしてしまったらしく、色々な意味で私はグレイ様に絡まれることが多くなった。
「魔術を尽くしてなお不毛の土地だった我が国の唯一の希望が黒龍様だったのです」
「だがそのために人を贄に捧げるなど」
「贄に選ばれるのは罪深い者のみ。むしろ罪人の有効活用です」
「そうは言うが、その者の人権はどうなる」
「黒龍様に美味しそうと思われるほどの罪を犯す者に、そんなモノがあるとでも?」
黒龍様に食べられる人間は、魂の穢れたものだけ。
そんな人間、社会に必要とは思えないけれど。
それに野放しにしていれば、被害者は増える一方かもしれない。
それを思えば、やはり生贄制度は正しいものだ。
私がそう言えば、グレイ様は少し黙った。
「話は終わりですか?」
「いや、だが…」
「冤罪の場合は無実を証明して帰って来れますし、そうでなくても一応名誉の死となります。制度上アフターケアもばっちりです」
「それは聞いたが、だがそれでも…」
しつこいですね、グレイ様は。
それだけ他国では受け入れ難い価値観なのかもしれませんが。
「それに、立場やお金の問題で司法ではとても裁けないような大罪人を食べてくださるのです」
「それは司法の欠陥だろう。司法を見直せばよいのではないか」
「では貴方の国では貴族と平民を同じく裁くのですか?」
「それは…」
「我が国では、黒龍様が司法に変わってそれをしてくださいます」
グレイ様は複雑な表情になるが、こちらの知ったことではない。
「我が国には他国にある〝死刑〟も〝私刑〟もほぼないのです。それは黒龍様のお陰でしょう。その意味ではむしろ他国の方が野蛮です」
「司法で裁くより黒龍の贄とする方がマシだと言うのか…」
「なにより、冤罪が有り得ませんから」
「それは…うむ…」
「お話は終わりですね。では私はこれで」
席を立とうとする私に、グレイ様は待ったをかける。
「待ってくれ、エステル嬢。君ともっと話をしたい」
「何故?貴方の嫌いな【黒龍信仰】の信者である私と話してなにが良いのです?」
「自分と違う価値観の話を聞けるのは貴重だ。それに君と話していられるならそれだけで幸せだ」
私はため息を吐いてから、席に座り直す。
「このやり取り、もう何度目ですか」
「五度目だ」
「でも、黒龍信仰への反感は変わらないのでしょう?」
「…いや、そうでもない」
「え」
目を丸くする私に、グレイ様は苦笑した。
「一度目に話した時には、なんと野蛮なと思ったよ。君の目を覚まさせたいとさえ思った」
「ほらやっぱり」
「二度目に話したときは、その制度のおかげで助かった人々の話も聞かせてくれたな。冤罪だったが証拠をでっち上げられた者のこととか、あとはそうだな…冤罪だったのが判明した聖女様の話とか」
「そうですね」
「それを聞いて少し…印象が変わった」
ふむ、話をしていたのは無駄ではなかったと。
「それから三度目に話した時には、婚約者に裏切られた者たちの話をしてくれたな。その者たちは黒龍に救われたのだと」
「ええ」
「その…一生懸命に話してくれたのに申し訳ないが、さすがに浮気程度で極刑はどうかと思った」
「浮気〝程度〟?」
「い、いや、もちろん私は君と結婚できたら愛妾も側室も持たないと約束しよう。しかしだな、罪と罰のバランスが…うん」
それでも手酷い裏切り行為だから、黒龍様の好む魂の穢れた者になるのでしょうに。
でも確かに、罪と罰のバランスという考えはなかった。
魂が穢れているから食べられる、ただそれだけだと。
他国では、そんなことまで考えているのか。
…というか今普通に私を娶る前提で話をしていなかったか?
「罪と罰のバランス、という視点はなかったです。でも黒龍様のいない国なら、確かになんでもかんでも処刑するわけにはいかないですよね」
「そうだな、それに加害者の人権もあるし」
「加害者の人権…」
その視点も正直なかった。
魂が穢れた者のことなど、死んでも当然と思っていた。
だが先程から彼の言うところの【加害者の人権】。
これはもう少し我が国でも話し合われてもいいものかもしれない。
とはいえ、黒龍様への贄が減るのはまずいが。
黒龍様へ捧げない程度の軽犯罪についてとかなら、議論の余地はあるだろう。
「四度目に話した時は、今日と同じく制度についてのみ話したな。平行線で終わったが」
「私も貴方も、結論は変わりませんから」
「そうだな。私は黒龍信仰を野蛮だと言うし、君は黒龍信仰を大切にしている」
「そんなに価値観の違う私たちが、結婚なんてして大丈夫ですかね?」
「それなんだが」
彼は…グレイ様は、私を真っ直ぐ見つめて言った。
「価値観の違う者同士だからこそ、相性がいい可能性がある」
「ふむ?」
「お互いに、お互いがなかった考えを話し合える。私はいずれ公爵となって我が国の領地を治めたいんだ。その時に頭の固い私だけの考えでなく、柔軟な発想を持っている…あるいは、私と違う考えを持っている人が隣にいるのはとても有難い」
「私は頭は固いので柔軟な発想は無理ですが…違う価値観という意味でなら、確かにお役に立ちそうです」
「だからやはり、私は君を嫁に迎えたい」
真っ直ぐなプロポーズに、赤面する。
この人は狡い。
こんな私をこんなにも求めてくれる。
顔に生まれつき大きな痣があり婚約者すら未だに決まらない、貴族として利用価値がないと両親にすら蔑まれる私に。
「でも…黒龍信仰に関しては?」
「そもそも君を娶ったら国に帰るから、君が黒龍信仰の信者だろうがなんだろうが我が国では関係ない。色々言われはするだろうが、君を傷つける悪意からは俺が君を守る」
「…随分と男前な発言ですね」
「愛する人を守れずしてなにが男か」
「勇ましいですね、本当に」
痣のこと、黒龍信仰のこと。
この人に嫁いだら、苦労しそうだ。
この人が原因ではなく、この人の周りが原因で。
でも結婚したいなら、これを逃したら次のチャンスなどないだろう。
結婚などせず、自ら働いて生きていこうと思っていたが…この人となら、苦労してでも結婚するのは悪くない。
「…幸せにしてくれますか」
「もちろんだ」
「浮気しませんか」
「当たり前だ、元より私は君しか見えない」
「そこに貴方の幸せはありますか」
「ある」
断定される。
その言葉に、自信も確信も見て取れた。
だから。
「…絶対、ですよ?誓ってくれますか?」
「もちろんだ。君を幸せにするし、私もそれを幸せに思うだろう」
「なら…婚約、してあげます」
「…!」
彼は席を立ち、椅子に座る私を抱き上げる。
「わ!ちょっと!」
「嬉しい…!ありがとう、エステル!君は私の女神だ!」
抱き上げたままくるくる回る彼に、バカだなぁと思いながらも笑みが溢れる。
そして降ろされると、彼は私の前に傅いて私の左手をとって薬指に指輪を嵌めた。
なんとサイズはぴったり。
「愛してる。ずっと一緒にいよう」
「はい。もちろんです」
こうして私たちは、婚約する運びとなった。
両親は使えないと思っていた娘が隣国の第三皇子の婚約者となって狂喜乱舞。
私への態度が大分優しくなった。
グレイ様のご両親である皇帝陛下と皇后陛下は私を良いお嬢さんだと、結婚を認めてくれた。
そして。
「とまあそんなわけで、隣国に嫁ぎます。セシリア様」
「お友達が遠くに行ってしまうのは寂しいけれど、お手紙でも面会でもいつでも大歓迎だからね。お手紙は私からも送るし」
「はい」
「セシリアのお友達なんだから、幸せになるんだよ。幸いその男は良い奴みたいだし」
「はい、黒龍様」
黒龍様から良い奴認定されたなら間違いなく良い人だろう。
元々この婚約期間で知ってはいたけれど。
「でも、黒龍信仰を否定する彼を良い奴なんて言って良いのですか?」
「そりゃあまあ、他国からは悪食な断罪龍呼ばわりされてるのはもう知ってるし」
「そうですか…」
「ふふ、ダーリンはそんなこと気にしないから大丈夫よ」
「セシリア様は本当に黒龍様の良き理解者ですね」
私とグレイ様も、こんな風になれるだろうか。
なんとなく、成れると思う。
「じゃあ、隣国でも頑張ってね」
「ええ、セシリア様も黒龍様もお元気で」
「またいつでもおいで」
「はい、では失礼致します」
教会を出ると、グレイ様が待っていた。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
これから私は、本格的に国を出る。
この人のお嫁さんになるのだ。
「エステル。今、幸せかい?」
「ええ、とっても」
「私もすごく幸せだ」
こんなに幸せでいいんだろうか。
でも、目の前の人が微笑んでくれるから。
きっと、これからもこんなに幸せでいいんだろうかと思える毎日が続くんだろう。




