黒龍様の贄にされましたが、冤罪を証明されて家に帰されました
この国には生贄制度がある。他国の人間には、なんてことをするのかと言われることもある。けれど、この国は黒龍の力で栄えてきた。綺麗事ばかりでは生きていけないのだ。
黒龍の好む『魂の穢れた者』を毎月数人捧げるだけで、不毛の大地であったこの国でも食料自給率を上げることができたのだ。
罪人なんて何もせずとも毎月幾人も見つかるので生贄探しにも困らない。特に、公には裁けないが罪を重ねたワケあり貴族の断罪に用いられることが多い。
一応、表向きには国の為に身を捧げた尊い命とされるので残された者たちにとってはむしろ名誉となる。残された者たちに金銭の報酬もある。アフターケアもばっちりだ。王族や貴族は生贄制度の真実を知っているから、陰では色々言われるが。
しかも、冤罪だった場合黒龍の好む『魂の穢れた者』判定から外れるので食べられない。むしろ身の潔白を証明して生還できる。
「キール、貴様家の金に手をつけたな!!!」
「父上、誓って俺はそんなことはしていません!」
「うるさい!貴様は廃嫡する!爵位は次男に継がせて、婚約者は次男にはまだ決まっていないからお前の婚約者をそのまま宛てがう!」
「待ってください、そんな…!」
「手続きはもう済んでいる!そして貴様は黒龍様の贄とする!」
全く見に覚えのないことだった。
父の隣を見れば、母が「どうしてこんな子になってしまったの」と泣いていた。
弟は薄ら笑いを浮かべている。
ああそうか、そういうことか。
弟は俺の婚約者にやけに執着していた、婚約者を作らないほど。
「………ルーク。そこまでか。それほどか」
「なんのことです?兄上。心配しなくとも婚約者は僕が幸せにします」
「……その言葉、違えるなよ」
「ええ、もちろん」
「ならいい」
少なくとも、彼女の無事と幸せが約束されているのなら。
隣に立つのが俺じゃなくても、いい。
俺は元々魂が穢れている。
今回のことが冤罪にせよ、黒龍様は俺を食べるだろう。
だって俺は…婚約者を傷つけた極悪人なんだから。
「貴方はムーンリットを傷つけた」
「ああ、そうだな」
「貴方があの時、きちんと気をつけていればムーンリットの足は動かなくなることはなかった」
「…その通りだ」
「報いを受ける時ですよ、兄上」
ムーンリットは事故で足の自由を失った。
その時俺は彼女と一緒にいた。
一緒にいたのに、守れなかった。
その後悔が、罪の意識が…きっと俺の穢れとなっているだろう。
ムーンリットだって、守ってくれなかった俺と結婚するより弟の方がいいに決まっている。
「さようなら、兄上」
「…ムーンリットを、頼む」
「言われなくても」
忌々しげに俺を睨む弟。
泣き続ける母、こちらに目線も寄越さない父。
俺はそのまま、黒龍様の元へ連れて行かれた。
屈強な男衆に無理矢理連行され、贄の控え室に入れられる。
教会の連中は逃げ出そうとしない俺を見て、太々しい態度だなと言いつつも拘束は解いてくれた。
だが、それでなんになる。
どうせ俺は、食べられるんだ。
ムーンリットの足を奪った、その贖罪に。
「黒龍様、今日の贄です」
「あー、パス」
俺は黒龍様の御前に出されたが、黒龍様は嫌そうな顔をしてパスと仰った。
「え、パスとは」
「たまにあるんだ、つまりは冤罪だ」
「そゆことー」
たしかに今回の件は冤罪だが、俺の魂は十分に穢れているはずなのに。
「そいつ魂に穢れがそんなにないから美味しそうじゃないしいらない」
この黒龍は何を言っている?
「は、俺が穢れがそんなにない?さすがは悪食龍だな、そんなに穢れが好きか」
「お、お前!」
黒龍様のお世話係が俺に食ってかかろうとする。
だがそれを黒龍様は止めた。
「あー、いいよいいよ。悪食なのは本当だし。ただ、残念ながら死にたがりの君はまた死に損なった。これからどうするの?」
「…わからない」
黒龍様は知っているんだ。
死にたがりだと、また死に損なったと俺に言った。
ムーンリットの足の自由を奪った罪悪感で、何度も自殺未遂をしたのをこの龍は知っている。
「ならさ、俺の鱗をあげる」
「は?」
「一枚だけね、特別だよ」
最近抜けたばかりの貴重な鱗。
黒龍様の鱗は、特別なものだと話で聞いたことがある。
「君はおそらく、無実を証明したからと聖人扱いされるだろう」
「は?」
「魂に穢れがそんなにないと証明されたんだから。仕方がないだろう」
「まじか…」
そんなことは俺は望んでないのだが。
「だから、君は今までと違ってまわりからチヤホヤされるだろうし聖人扱いされる」
黒龍様の言葉に、俺はどうしたらいいのかわからなくなる。
「ならどうしたらいい」
「好きに振る舞えばいいさ。聖人扱いに応えるのもいい、君を貶めた者へ復讐するもいい。その鱗は、復讐するにしろしないにしろ君を助けてくれるだろう」
「復讐…」
「僕の抜けたばかりの貴重な鱗だ。それは真実を曝け出してくれる。それを使って〝嘘〟を暴くだけで、復讐になるはずだよ。それをしないとしても、聖人扱いされる君には使い勝手のいいものだ」
「………そうか、ありがたく頂く」
太々しい態度はどこへやら。
俺は恭しく鱗を受け取り、教会から出ていった。
お世話係のうちの一人が無実の証明書と共に俺を実家へ送り届ける。
「無罪、だった?お前が?」
「はい、父上」
「そんな、じゃあ家のお金に手をつけたのは誰なの?」
父も母も、俺の無実と無事を喜ぶより先に困惑する。
「…なんでアンタが、無罪放免なんだ」
「ルーク」
「ムーンリットの足を奪ったのはアンタなのに!」
その言葉に、俺の握っていた黒龍様の鱗が光り輝く。
「え」
「なんだ?」
「それは、嘘の証明です」
俺を送り届けてくれた黒龍様のお世話係が言う。
「黒龍様の鱗は、真実を曝け出す。つまり、そのムーンリットという少女はキール様に足を奪われてなどおりません」
「それは、でも…間接的には……」
「間接的にも、です。そもそも、そのムーンリットという少女が足が不自由になったと言うのも疑った方がいい」
「え」
「今すぐムーンリットという少女をここに呼びなさい。俺には黒龍様のお世話係として、キール様の行く末を見届ける義務がある」
そして、ムーンリットは我が屋敷に呼ばれた。
ご両親と共に車椅子で現れたムーンリットは俺を見て涙を流した。
「ああ、キール様!やはりキール様は無実でしたのね!?よかった、本当によかった…!」
その彼女の言葉には、嘘はなかった。
それに少し、安堵する。
だが。
「ムーンリット、一つ頼みたい」
「なんですか?」
「私の足は不自由だと、言葉に出して言ってくれ」
ムーンリットはきょとんとする。
ムーンリットのご両親は、怒り狂って俺の胸ぐらを掴む。
「貴方のせいなのに、娘にそんなことを言わせるの!?」
「お待ちください、俺は黒龍様のお世話係です。俺がキール様にそれを頼みました」
「こ、黒龍様のお世話係が何故…」
「彼の行く末を見届ける義務があるからです」
そして、黒龍様のお世話係は言った。
「さあ、お嬢さん。言葉にして言ってください」
「…私の足は、不自由です」
その瞬間、俺の握っていた黒龍様の鱗が光り輝く。
「え」
「なんだ?」
「それは、嘘の証明です」
俺を送り届けてくれた黒龍様のお世話係が言う。
「黒龍様の鱗は、真実を曝け出す。つまり、そのムーンリットという少女は足が不自由ではありません」
「…は?」
「動かないふりをしているのでしょう?お嬢さん」
「…!」
ムーンリットが怯えた顔をする。
だがやがて、笑い出した。
不気味なほど、高笑いする。
「ええ、そうよ?私は嘘をついた。足は動くわ。どこも不自由じゃない」
「…」
「…」
「え」
「な」
ムーンリットのご両親は絶句。
うちの両親は一言しか紡げない。
ルークは…呆然としていた。
「その方がキール様を縛れると思って、そう振る舞っていただけよ」
「な、なんてこと…ムーンリット、貴女はなんてことを…!ああ、キールくん…今まで散々罵倒して、娘に縛り付けていた貴方が全く悪くなかったなんてどう償えばいいのか…!」
「なんということだ…キールくん、申し訳ない…!」
「キール、そのなんだ…今まで婚約者も守れない軟弱者などと言って悪かった…」
「キール、わたくし…母親として失格だわ……貴方を信じられなかった…」
黒龍様のお世話係が混乱する皆を諌めるように、パンッと手を叩いた。
「ムーンリット嬢、貴女は無実の人間の人生を狂わせた。よって、黒龍様の元へ連行します」
「………まあ、そうなるでしょうね。でもそれはそれで、キール様の心の傷になれるからいいわ」
「ムーンリット、どうしてそこまで…いやその前に、キールくんに謝れ!」
「いやよ、謝らない方がキール様の心に残るでしょう?」
「ムーンリット…どうしてそんな子になってしまったの!」
教会からいつのまにやら屈強な男衆が呼び出されて、ムーンリットを連れて行く。
黒龍様のお世話係が、ルークに向き直った。
「そして、ルーク殿」
「…!」
「家のお金に手をつけていないと言いなさい」
「僕は、家のお金に手をつけていない」
鱗は光らなかった。
「ああ、じゃあルークじゃないのね!?よかった!」
「ではルーク殿。家のお金を別の場所に移したと言いなさい」
「…っ、それは」
「言えないのですか?つまり、兄君を陥れるためにそんなことをしたのですね?」
「そんなことはない!…あ」
鱗が光り輝く。
つまり。
「そんなことはあったわけですか」
「ルーク、そんな…」
「なんということだ…」
「この者も黒龍様の元へ連れて行きます。よいですね?」
父と母は泣いた。
泣いたが無意味で、屈強な男衆に連れられてルークは黒龍様の元へ消えていった。
「では、お役目は果たしたので俺はこれで」
黒龍様のお世話係も颯爽と帰って行く。
黒龍様は今頃、美味しい食事を楽しみにルンルン気分だろうか。
「る、ルーク」
「俺は廃嫡されているので出ていきますね」
「で、でも」
「一度廃嫡した者を元に戻すのは難しい。手続き上も、世間体的にも。父上と母上は、遠縁の親戚に優秀な子がいるらしいと仰っていたでしょう?その子を迎えればいい」
「だがお前はどうする」
俺は…。
覚悟を決めて、父と母を見据えた。
「俺は、家を出て平民として暮らします。俺には魔力も魔術の才能もスキルもあるから、いくらでもやっていける」
「それは…」
「むしろ全力で魔術師として働けば、成金にもなれるでしょう」
「むぅ…」
「さようなら、父上、母上。俺もルークのように、お二人に愛されてみたかったです」
俺の最後の言葉に、父と母は呆然として俺を見送るしかなかったようだ。
その後俺は、平民の魔術師として大活躍した。
結界を張ったり、病魔を祓ったり、魔道具を作ったり、やれるだけのことを全部してお金を稼いだ。
今では、平民にしてはかなり金持ちな成金だ。
若くして才能があり金がある俺にはたくさんの女性が言い寄ってくるが、ムーンリットの件があってどうしても一歩踏み出せない。
だが、気になる女の子が一人いる。
「あの、キール様。いつも魔獣避けの結界ありがとうございます!これ、報酬とは別にいつものお礼に!」
「ああ、ありがとう」
控えめで、優しくて、気遣い上手な彼女はリーシェ。
俺が滞在する村の村長の娘だ。
「キール様が来てから村は安全になりました!本当にありがとうございます」
「こちらこそ、いつもありがとう」
俺は正直、彼女に惹かれている。
彼女も俺に好意的で、たまに村の男衆から揶揄われるくらいには両片想いの状態。
だが、お互いに奥手なのでこの恋が実るにはまだ時間がかかりそうだ。




