第15話 理想の王子
何かある、と言っているようなものだけれど、親しくもないアレクにはこれ以上踏み込めない。
言及を諦め、講評の終了を宣言する。今日の食事当番だったアレクが食器を洗っていると、相方のバージルが話しかけてきた。
「殿下、確実に何か隠してますよね」
直球過ぎる言い方に、アレクは苦笑してしまう。
「そうだね。嘘が吐けないお方のようだ。でも、無理に聞き出す訳にもいかないし」
「甘すぎやしません? 大体、あいつら全員、当事者意識が低すぎます。アレク様に頼りすぎ。それなのに、アレク様がやっているのがどれだけ大変で、すごいことなのか、全然分かってない。当たり前みたいに享受されるの、すごく腹が立つ」
アレクは濡れた手を拭ってから、忌々しそうに吐き捨てる弟分の背中を軽く叩いた。
自分はこの場限りだけれど、バージルはダンジョンを出た後もユージンらとの付き合いが続く。彼に憎しみを募らせて欲しくない。
「バージル。ありがとう。あなたからすれば歯痒いばかりだと思うけど、もう少しだけ待ってあげて。皆、優秀な子達だから、きっとすぐに追い付くよ」
「……だといいんですけど」
綺麗になった皿を二人で拭いていく。残りが半分ほどになったところで、アレクはバージルに訊いてみた。
「そういえば、学院での殿下って、どんな様子?」
好奇心からではなく、問題解決の糸口が見つかるかもしれないと期待しての質問である。
バージルは少し考えた後、話し始めた。
「今とあまり変わりませんよ。成績は常に上位。性格は公正で、弱者に優しい。今の学院がだいぶクソなので、困りごとが多いんですけど、殿下が解決してくれることが多いので、学生からは物凄く慕われてます」
「ええ……学院、そんなに酷い状態なの……?」
「やばいですよ。中等学院も同じような感じらしいので、今のままなら、エリアス様のご入学はお勧めしないですね」
エリアスはクラウスの長男で、数年後に王立中等学院へ進学する予定でいる。アレクは従兄によく調査するよう進言しようと決めた。
(能力があって、人望もある。まさに理想の王族だ。でも、殿下だってまだ学生なのに、学生全員を背負う羽目になっているのか。可哀そうだな……)
学生の本分は勉学と、健全な交友だ。けれどもバージルの話を聞く限り、ユージンに青春を謳歌する余裕はないだろう。
王族に生まれた以上、頼られるのは仕方がない。しかし度を超えているように思える。ユージンの周りの大人達は、彼がまだ子供なのを忘れてしまったのだろうか。王子には、一生に一度しかない学生生活を満喫する権利もないというのか。
頼りにならない保護者や教師に腹を立てていると、「そうだ」とバージルが言った。
「殿下って、学生の人気は高いですけど、大人からの評判は普通、むしろ低めなんです。殿下、教師に対しては距離があるというか、冷たいくらいに線引きしてます」
「ふぅん。質の悪い教師だけじゃなくて、全員に?」
バージルは頷き、最後の一枚に手を伸ばす。
「全員ですね。大人が嫌いなのかも? ああでも、近衛とは仲良さそうに話してたっけ」
「そうなんだ……」
アレクは相槌を打ちながら考えた。
(確かに、俺個人が嫌い、という感じじゃないもんな。大人嫌いなら頷ける。でも、変えようのない属性のせいで反発されてるとなると、打つ手がないな……。結局、少しずつ信頼を勝ち取るしかないか)
「――はい、終わりっと。アレク様、俺達も少し休みましょう」
懐中時計を確認すると、行動開始予定まであと三〇分弱ある。アレクはバージルに礼を言い、僅かでも仮眠を取るべく天幕へと足を向けた。
午後の戦闘訓練は、午前中よりは進歩していた。
形になっているかはともかくとして、皆、指摘された内容を改善しようとしている様子が伺える。踏み出しかけては足を止めるユージンを見て、アレクは拍手したくなった。
(うんうん、いいぞ。やっぱり皆、できる子達だ)
二回戦ったところで、アレクは息も絶え絶えの子供達に声をかける。
「今日はここまでにしておきましょう。お疲れ様で――……」
ばりん! と、硝子を砕いたような音がした。
瞬きの間の後、少し先の曲がり角から、腐臭と共に成人男性と同じくらいの大きさの爛れ犬が現れる。魔物除けの結界が破られたのだ。
「戦闘準備! 近付くと操られます、距離を取って遠隔攻撃のみで! 私が足止めするので、合図をしたら横を抜けて、女神の小庭まで退避!」
犬から最も遠い位置にいたアレクは、皆の前に出るべく走りながら叫ぶ。
腐れ犬は動きが素早い上に精神干渉の魔法を使う、厄介な相手だ。加護を得たアレクには効かないはずだが、子供達が支配されたら大変な事になる。
ティナとローゼマリーが後退し、バージルは最後尾で警戒姿勢に入った。コンラッドも数歩下がる。
ユージンは――あろうことか、一歩前へ出た。
「殿下!! 下がって!!」
あっという間に接近した獣が、臭い涎をまき散らしながら吠える。悪しき魔力が形となり、鎖のようにユージンに絡み付いた。
「ジーン!!」
コンラッドが名を呼ぶが、応えはない。
黒い光が、すう、と逞しい体に吸い込まれる。一拍の後、顔を上げたユージンは、彼ではありえない邪悪な笑みを浮かべていた。




