第14話 ユージン
「――――殿下!! 下がって!!」
怒鳴りながらも足を動かし、アレクは突出していたユージンと、彼に噛みつこうと大口を開いていた巨岩熊の間に身を滑り込ませた。
「はっ!」
気合いと共に愛用の杖を下から振り上げ、獣の顎を砕く。耳障りな悲鳴をあげ、巨体が大きくよろめいた。
聖句を唱えながら二度、三度と打ち据え、完成した呪文で手足の自由を奪う。アレクが奮闘している間、バージル以外の四人はというと――連携を取る素振りも見せなかった。
(ああもう! どうしてそうなる!)
ユージンは前に出過ぎて分断されそうだし、コンラッドは逆に下がり過ぎている。後衛を守ろうとしているのだろうが、彼は前衛だ。攻撃が届く距離にいてもらわないと意味がない。
ティナはまだ戦闘中だというのに、勝手に詠唱を止めてしまった。ローゼマリーはティナの後ろで、おろおろと辺りを見回している。何をしていいかも分からないらしい。
常に敵と仲間の位置を確認しろ。
互いの動線を塞ぐな。
絶命が確認できるまで気を緩めるな。
彼らはアレクが教えた心得を、何一つとして守れていない。
斥候の役割を理解し、周囲を警戒しながらいつでも加勢ができるよう身構えているバージル以外、はっきり言って落第点だ。
アレクは地面に転がった敵から視線を外さずに言う。
「殿下、グレンウィル伯爵令息、止めを!」
慌てて前衛の二人が武器を振り上げ、攻撃を始めた。まだまだ頼りない彼らの動きに、アレクはこっそりと嘆息したのだった。
アレク達がダンジョンに飛ばされてから、既に五日が経っている。
初日は生還計画の概要を説明したところで力尽きたので、二日目は前日の続きと物資の確認、ダンジョン攻略の基礎知識講座で一日を費やした。
喜ばしいことに、カイがバージルに用意した魔法鞄の中には、アレクの元パーティー『旅の導き』が攻略した全てのダンジョンの地図と、膨大な書き込みのある魔物図鑑が入っていた。おかげで移動に必要な時間が大幅に短縮され、安全性も高まった。アレクは心から彼に感謝した。
なお、迷宮の狂気に対し『聖告』が有効かどうかの実験は、見事に成功を収めている。アレクの冒険者証に付いている狂気の目盛りは、相変わらず〇のまま。
よって、生還計画は前提条件を満たしていると判断され、そのまま実行に移される運びとなった。
検証と準備を終え、実戦に入ったのは三日目からだ。
拠点近くの戦いやすい場所にアレクが敵を一体ずつ誘い込み、瀕死の状態にした上でだが、子供達は初めての討伐に成功した。
アレクの多大な労苦の上に成り立つ戦闘を何度か繰り返し、一撃で殺されない程度には身体能力が強化されたので、昨日からは少しずつ、子供達自身に判断をさせながら戦わせている。
誉れ高い王立高等学院の生徒だけあり、みな、筋はいい。練度の上がり具合だけを見れば順調だ。だが、どうにも危うい。
(バージル以外、あんまり指示が通らないんだよな……。皆、安直な自己判断ばかりする)
アレクは魔力回復薬の飲み過ぎと精神的な疲労で、絶えず吐き気を訴えている胃を摩った。
現在、パーティーのリーダーは暫定的にアレクが務めている。
誰も異論を口にしなかったのだが、どうやら認めてもらえてはいないらしい。あからさまな反抗はないものの、指令や指摘を素直に受け入れてもらえないことが多々あった。
特に顕著なのがユージンだ。逸る気持ちを抑え切れないのだろうが、彼は何度注意しても先走ってしまう。
結果、孤立して集中攻撃を受けたり、後衛への敵の接近を許したり、仲間の射線を遮ったりと、本人だけでなくパーティー全体を危険に晒す行動を繰り返していた。
(反省はしている様子だし、改善しようと努力しているのも分かる。でも、直らない。迷宮の狂気が焦りを増幅させてるんだろうけど、ここまで酷くなるものか? 他の原因……うーん、思い付かないな。そもそも、俺はこの子達のことを知らなさ過ぎる。とにかく、困ったな……)
アレクが己の指導力を嘆いていると、ようやく剣戟の音が止んだ。
「っ、戦闘、終了だ」
ユージンが息も切れ切れに言う。彼の足元で、巨岩熊は原型を留めないほどに潰れていた。素材は回収できそうにない。
(ああ、肝と皮……高く売れるのに……。いや、怪我なく倒せただけよしとしないと)
気持ちを切り替えるために、アレクは、ふう、と息を吐き、子供達を見回す。疲労の色が濃い。色々と言いたいことはあるのだが、まずは休憩が必要だろう。
「お疲れさまでした。少し早いですが、戻って昼食にしましょう」
皆が声もなく頷く。アレク達は協力して死体を片付けてから、拠点にしている地下三〇階の女神の小庭へと戻った。
「先程の戦いの、講評をさせていただきたいのですが」
昼食後、アレクは食休みに入ろうとしていた子供達に告げた。
「……はい」
「……」
「……は、はい……」
「……」
「お願いします。ひどいもんでしたもんね」
貴族組は表情管理を仕込まれているはずだが、疲れもあってか不満が滲み出ている。ティナなど露骨に嫌そうな顔をした。バージルの存在だけが救いである。
(俺だって、やらないで済むならやりたくないんだけどな!)
アレクは嘆きを微笑みで覆い隠した。
「まず、皆さん、回数を重ねるごとに動きが良くなってきています。確実に強くなっていますよ。ただ、繰り返しになってしまいますが、心得をもっと意識してください」
そこで一度言葉を切り、アレクはユージンを見据える。
「殿下、一人で前へ出過ぎです。敵との力量差がある場合、一対一になる状況を作ってはいけません。グレンウィル伯爵令息と位置を合わせて」
「……すまない。またやってしまった。分かってはいるんだが……」
ユージンは目を逸らしたものの、律儀に謝罪した。もはやコンラッドも止めるのを諦めたようだ。
アレクは残りの子供達を順番に見遣る。
「グレンウィル伯爵令息は、逆にもう少し前へ出てください。マレイさんは、戦闘が終わるまで支援を止めないで。ノルバート侯爵令嬢、どうしていいか分からない場合は、呪文を発動直前で溜めておいて、常に射線の通る位置を取るように」
「……承知した」
「……はい」
「……わ、分かり、ました……」
不服そうではあるが、きちんと返事をする辺り、彼らの真面目さが伺える。
だが、口先だけでは意味がない。きちんと受け止め、速やかに反映してもらわなければ駄目なのだ。そうでなければ死んでしまう。
(でもまあ、難しいよな。頭では理解していても、体に染み込むには時間がかかる。それを俺みたいな信用のない相手に、頭ごなしに言われたんじゃあ、受け入れ難いだろう)
アレクは冒険者ギルドで何度も講師を務めたし、それなりに後輩を育ててもきた。しかし、今回はどうにも上手くいかない。
教えるということの難しさを痛感していると、一人だけ名前を呼ばれなかったバージルが声を上げる。
「アレク様、俺は?」
アレクは今日も麗しい彼の顔を見つめ、忌憚ない評価を述べた。
「大変よい動きだったよ。位置取りもいい。あえて言うなら、あと一歩下がって、後方への警戒を強めてもいいかな」
「了解です。ありがとうございます」
褒められたバージル以外の表情は暗い。つられて滅入りそうになりながら、アレクはユージンに視線を戻す。
「殿下。失礼ながら、このままお一人での先行が続くと、取り返しの付かない事態になりかねません。帰還を急ぐご事情は承知しておりますが、他にも何か、気になっていることがおありですか? 解決は無理でも、落としどころを見つけることはできるかもしれないので、教えていただけるとありがたいのですが」
王族の内面になど踏み込みたくないが、全体の安全に関わる以上、放置はできない。
腹を括って尋ねたのに、ユージンは淡い金の髪をふるふると揺らした。
「早く…………いや、特には。今後、十分に気を付けます」




