第13話 生還計画
「――結論から申し上げます。生還は可能です」
熱い茶が全員に行き渡ったのを確認してから、アレクはおもむろに口を開き、宣言した。
五人は焦燥をにおわせてはいるものの、誰一人として騒がず、急かさず、次の言葉を待っている。彼らはこんな時まで行儀が良い。
不安を煽らないよう、アレクは努めて落ち着いた声で語った。
「生還計画をお伝えする前に、皆さんに知っておいていただきたいことがあります。今から三……いや、もう四日前ですね。私は神託を受けました。神託機構の解析では、数日のうちにサウラで未曽有の災厄が起こり、世界中に広がる。そして絶望する人々を救うため、勇者が現れる、と」
「!」
驚きを露わにする子供達に、アレクは順を追って説明してゆく。
確証はないが、魔族の復活と宣戦布告が、予言された凶事であろうこと。勇者については不明であること。
ここは国内最難関ダンジョンの地下三十階で、救助、救援は望めないこと。
自力で脱出するしかないが、力不足であること。皆に強くなってもらうしかないこと。
「た、倒せるんですか……? 私達が、ここの、魔物を……?!」
大蚯蚓を思い出したのか、怯えるローゼマリーにアレクはやさしく言う。
「大丈夫です。始めのうちは一体ずつ誘いこんで、私がぎりぎりまで弱らせたのを、皆さんにとどめだけ刺してもらいます。慣れたらもう少し活きのいいものを用意しますから、徐々に難易度を上げていく感じで」
「……」
令嬢が沈黙したので、アレクは先を続けた。
迷宮の狂気による時間制限があるが、アレクは加護のおかげで影響を受けないこと。アレクが『旅』の秘術を使うことで、全員が数ヶ月は狂わずにいられること。
アレクは神託に従い、備えていたこと。そのおかげで物資は十分にあること――。
話し終えた頃には、茶はすっかり冷めていた。
アレクは喉を潤しながら、子供達の表情を観察する。
ユージンは厳しい面持ちで口を引き結び、コンラッドは渋面で額を抑えていた。ティナは眦に涙を溜め、ローゼマリーはただ呆然としている。ただ一人、バージルだけが平然としており、卓の中央に置いておいた焼き菓子に手を伸ばしていた。
信じられないといった顔をするコンラッドに、美青年は呆れを隠そうともせず言った。
「落ち込んだところで何か変わります? 今は安全地帯にいて、飢えも乾きも心配がない上に、帰還の筋道まで立ってるんですから、そこまで悲観しなくていいと思いますけど。とっとと切り替えて、これからの話に時間を割いた方が、よっぽど有意義なんじゃないですかね。ああ、その前に、神とアレク様に感謝を」
「ぐ……」
「――そうだな、ロウの言う通りだ」
反論できずにいる側近に代わり、王子が言う。
「リード司祭に、改めて感謝を。不自然なほどに備えていたのは、神託があったからなのですね」
「勿体ないお言葉です。学生の皆さんには口外禁止だったので、騙す形になってしまったこと、お詫び申し上げます」
頭を下げようとするアレクを手で制し、彼は続けた。
「状況は理解できました。生還計画も、骨子を聞いた限りでは、十分に実現可能だと思います。早急に詳細を決めましょう。その前に、いくつか質問しても?」
「ええ、勿論。気になることがあればいつでも、遠慮なく聞いてください。自分達の命に係わる話です、疑問は残さない方がいい」
他の四人がしっかりと、あるいはおずおずと頷いた後、ユージンが切り出す。
「まず、『旅』の秘術についてですが、本当に狂気に勝てるのですか? 学院の授業では、迷宮の狂気を退ける方法はないと教わりました。ここが覆ると、計画自体が成り立たなくなってしまう」
尤もな懸念である。アレクは即座に返した。
「ほぼ間違いないとは思いますが、現段階では推測です。ですので、検証を行います。バージル、協力してもらっても?」
名前を呼ぶと、察しのいい弟分は自らの冒険者証を差し出してくれる。
「どうぞ。好きに使ってください」
「ありがとう。……この話し合いの後、バージルにだけ術を掛けます。その後仮眠を取って、バージルの狂気の目盛りが増えていなければ、仮説が証明されたことになるでしょう。冒険者証に細工はできませんが、念のため、殿下にお預けします」
アレクは僅かに赤い線が見えている小さな金属板をユージンに手渡した。彼はそれを神妙な顔で受け取り、腰のポーチに納める。
次にコンラッドが尋ねた。
「秘術とやらに危険性はないのか? 秘されていたということは、存在を公にできない理由があるということだろう? 例えば術者に代償があったり、かけられる側に後遺症が残ったりは」
アレクは先程、聖告の名を伏せ、本来は秘匿されるべき術とだけ紹介している。精神に干渉する魔法だと分かれば、間違いなく警戒されるからだ。その判断は正しかったようである。
「特にないと聞いています。正直に申し上げると、私も受け継いだ際に短時間試しただけなので、断言はできません。ですが、もし悪い作用があるなら、そこも含めて伝えられるはずなので、危険はないかと」
「……なら、いい」
「――――あの!」
それまで黙っていたティナが口を開いた。
アレクは彼女の方を向き、しっかりと目を合わせて先を促す。
「どうぞ、マレイさん」
「…………司祭様の言う通りにすれば、私達は、本当に、家へ帰れるんですか? もし失敗したら、どうなりますか?」
少女の声も、指も、痛ましいほど震えていた。はちみつ色の瞳が涙で歪み、ぼろぼろと大粒の涙が零れる。頬を伝う雫を見て、アレクははっと息を呑んだ。
(そうか。この子は『普通』なんだ)
貴族の三人は、幼い頃から誘拐や暗殺といった、命の危険に瀕した際の訓練を受けている。バージルは平民だけれど、既に冒険者として場数を踏んでいた。
しかしティナは違う。身のこなしからして一般市民の少女に、他の四人と同じ水準を求める方が間違いだろう。アレクは己の配慮不足を悔いた。
「……マレイ、泣いても何も解決しないよ」
「っ、うるさいわね! 分かってるわよそんなこと!」
ハンカチを差し出しながら無神経な発言をするバージルに、ティナが怒鳴り返す。奪ったハンカチで目元を擦る彼女に、アレクはできる限りの誠実さで答えた。
「申し訳ありませんが、絶対に生還できる、と約束はできません。何が起こるか分からないのがダンジョンですから。時間はかかりますし、楽でもありません。ですが、皆さんならできると思っていますし、私も持てる全てを賭して、可能性を『絶対』に近付けます。どうか信じて……いただけるほどはお互いを知らないので、ひとまずは金級冒険者の判断として、信用してはいただけませんか」
少しの間の後、少女は小さく首を縦に振る。アレクは微笑み、殊更明るい調子で言った。
「他に質問は? なければ生還計画の、細かいところを詰めましょうか」
手が上がらなかったので、アレクは紙とペンを机の上に出す。
「まずはおおまかな予定を決めましょう。そうですね……秘術の発動時機、移動を開始する基準、ここをはっきりさせれば、後は自ずと決まってくるかと」
「リード司祭。計画自体に異論はありませんが、できる限り早急に戻れるよう、取り計らっていただきたい。レイモンドはきっと、私を死んだことにして、陛下の力を削ごうとする。一刻も早く無事を示し、兄と父に危険を知らせなければ」
その言葉を聞いた瞬間、アレクは無性に腹が立った。
アレクと他の子供達は、本来は無関係であるはずの、王家のお家騒動に巻き込まれている。
偶然あの場に居合わせたというだけで、家族を含めて口封じの危険がある、危険な立場に立たされてしまったのだ。アレクに至っては、故郷まで潰されている可能性すらある。
アレク達は、言うなれば被害者だ。なのに当事者のユージンはそのことに思い至りもせず、自分の都合ばかり主張する。面白くない。
(他の子だって、俺だって、早く帰れるのなら帰りたいさ!)
苛立ちを堪えるアレクを救ったのは、意外にもコンラッドだった。
「ユージン。俺はいいが、皆を王家の事情に巻き込んでいる件について、言うべきことがあるのでは? それに、外では恐らく、司祭殿とエンスの立場が危うくなっていると思う。レイモンドによって、お前を誘拐した犯人に仕立て上げられているかもしれない。逸る気持ちは分かるが、彼らの安全を保障した上で、協力を請うのが筋ではないか?」
「! すまな――」
「頭を下げるなよ。下げられた方が困るんだからな」
友に叱られ巨躯を縮めるユージンがおかしくて、アレクの唇から笑みが漏れる。他の子供達もくすくすと笑っていた。
王子はひとつ咳ばらいをしてから、ぐるりと皆を見回して言う。
「すまなかった。リード司祭、貴方とエンスに反意などないことを、責任をもって証言する。私の力の及ぶ限りで償いも。ノルバート侯爵令嬢、侯爵家には王宮から謝罪の使者を出そう。安全確保を理由に、あなたの身柄を王宮で保護する方向にもっていきたい。マレイ嬢、ロウ、二人と家族には、事態が収束するまで護衛を付ける。……全て、無事に帰れたら、の話だが。帰れるように、皆の力を貸してほしい」
「頭を! 下げるな!」
とうとう頭を垂れてしまったユージンに、コンラッドが怒鳴った。もう我慢できず、アレクは声を上げて笑う。
(うん。なんとかなりそうだ、この子達となら)
張りつめていた空気が和らいでゆく。打ち解け始めた若者達を眺めながら、アレクは心の中で神に語りかけた。
(『旅』よ。どうか彼らの道行きを照らしてください。そして――お許しください。かの術を使う私を――……)




