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理想のおうち ***まやかしのお家に満足かな?***  作者: Fos B


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5/7

5軒目:【理想の音楽室】

世間には、1つの都市伝説がある。「理想のおうちが手に入る」というものだ。

ただし、そこには厳格な条件がある。

そこにたどり着くためには、まず全財産を現金で集めなければならない。もしくは、スマホのインターネットバンキングですぐに入金できるよう、アプリを開いておくこと。

そして和紙に、自分の理想の家の間取り図、条件、好みのもの、欲しいものを全て書き込む。可能ならば具体的な絵や写真も添えて、和紙の封筒にそれらを全て入れ、手に持っていなければならない。

お金や自分が大切に思っているものをスーツケースに入れてもいい。だが、スーツケースの大きさは決まっていないが、色だけは「金色」か「銀色」と決められており、荷物の多い人は両方持ち込んでも良いとされている。

その場所は、ある山奥の中にある洞窟の前。

しかし、そこにたどり着く前に、麓の村からその山への入山ルートは普段完全に封鎖されている。厳格に守られた山であり、足を踏み入れることができるのは限られた者だけ。山道を整備するのも年に一度、決まった日に決まった人が入るような、それほど厳しい条件なのだ。

どうしても「理想のおうち」が欲しい者は、満月の夜、特定の条件が揃えた日に指定の品を持ち、さらに「自分の命を差し出しても構わない」という覚悟を持ってその場所に立つ。すると、洞窟までの山道が不思議と開け、通れるようになるという。

満月の夜。

月明かりが照らす洞窟の前には、1人の少女がたたずんでいた。両脇には金と銀の大きなスーツケース。彼女はここまで何とかそれらを引きずりながら、険しい山道を登ってきたのだ。

手元にはスマートフォンがあり、画面にはネットバンキングのアプリが開かれている。

彼女はうっとりとつぶやいた。

「あぁ、やっとここまで来れた。もうすぐだね……」

その顔に疲労の色はなく、どこか楽しげだった。もう片方の手には、和紙でできた分厚い封筒が握りしめられている。

次の瞬間、スマートフォンが激しく発光し、見慣れない文字が勝手に入力されていくと、口座の残高が一瞬でゼロになった。

その途端、目の前の洞窟の岩肌がぐにゃりと歪み、学校の教室の扉が現れた。扉の上には、懐かしいフォントで『音楽室』と書かれている。

「あぁ、懐かしい……これよ、これこれ」

彼女が嬉しそうに扉に手をかけ、少しだけ押し開けると、中から懐かしいピアノの音とギターの旋律が漏れ聞こえてきた。その音を聞いた瞬間、彼女は歪んだ笑みを浮かべ、そのまま喜び勇んで中へと飛び込んでいった。

――彼女がなぜ、こんな場所に行き着いたのか。

彼女は幼い頃からピアノを習っていた。最初はクラシックばかりだったが、やがてJ-Popが流行り出し、彼女自身も自分で作詞作曲をして楽しむようになっていた。

中学2年のとき、同じ学年の男子に声をかけられた。

「お前、作詞作曲やってるんだって? 俺たち仲間でバンドやろうぜって話してるんだけど、一緒にやらないか?」

それをきっかけに、彼女の青春が始まった。放課後、空いている音楽室に集まっては、彼らと夢中で音を鳴らした。彼女がピアノを弾き、声をかけてきた男子がギターを弾き、もう1人の男子がボーカル兼ギターを担当する。それぞれの作った曲を持ち寄り、「あぁでもない、こうでもない」と過ごす日々は最高に輝いていた。

文化祭のステージで自分たちが演奏し、学校中の生徒たちを夢中にさせたときの高揚感は、今でも忘れられない。

だが、やがて受験の足音が近づいてきた。

他の2人は「受験中もバンドを続けようぜ」と言ってくれたが、彼女の母親は厳格だった。

「受験の間は音楽なんてやめなさい。お母さんが許しません」

母親の言葉は絶対で、逆らうことなどできなかった。彼女は泣く泣く、受験が終わるまでバンドを抜けることになった。(今思えば、学校の昼休みだけでもこっそり参加すればよかったのに……)

受験期間中、他の2人は放課後は近くの貸しスタジオを使って練習を続けていた。昼休みに彼女は時々、学校の音楽室の前を通りかかり、2人が奏でるギターの音やボーカルの声を聞いては胸を締め付けられた。

(大丈夫、受験が終わればまた戻れる。みんなと一緒に音楽ができる)

それを唯一の心の支えにして、彼女は必死に机に向かった。

やがて受験が終わり、彼ら2人は同じ高校へ進学し、彼女だけ別の女子校へと進んだ。

春になり、彼女は「やっと受験が終わったよ! またバンド復活できるね!」と彼らに声をかけに行った。しかし、返ってきたのは残酷な言葉だった。

「……ごめん。もう、他にピアノ担当が入っちゃったんだよね。しかも、その子シンセサイザーとかキーボードも使えるから、音楽の幅がめっちゃ広がってさ。だから、俺たちはこのメンバーでやっていくんだ。お前は、お前で別のバンド組めばいいじゃん」

頭が真っ白になった。ショックを抱えたまま卒業式を迎え、彼女は孤独な女子校生になった。

そしてしばらくして、耳に入ってきたのは、彼ら2人と「新しいキーボードの女の子」の3人組が、いつの間にかメジャーデビューを果たし、世間で人気者になっているというニュースだった。

(ちょっと待って……! その席、もともとは私のものじゃん! なんであの女が私の場所にいるのよ! 私の場所を返してよ……!)

怒りと悔しさが胸の中で渦巻き、彼女は彼らに文句を言ってやろうと、事務所の前で連日待ち伏せをした。

なかなか会えなかったが、ある日、ついに彼らが乗った車が事務所の前に到着した。彼女は飛び出し、彼らに向かって叫んだ。

「ねえ! どうして自分たちだけでデビューしちゃったの!? 私だって仲間だったじゃない! なんで他の子と一緒にデビューしたのよ! だいたいあのデビュー曲だって、私たち3人で最初に一緒に作った曲じゃない! 私にだって権利があるわよ!」

しかし、彼らは彼女を一瞥すらしなかった。

すぐにマネージャーらしき男が飛び出してきて、彼女の腕を荒々しく掴んだ。

「おいおい、ちょっと売れるとこういう厄介な一般人が湧いて出るんだよな。ほんと迷惑なんだよ。警察呼ぶぞ! さっさと帰れ!」

彼女はすがるような目で彼らの方を見たが、彼らは顔をそむけたまま、すたすたと事務所の中に消えていっていった。

――なんで? どうして……?

悔しくて悔しくて、涙すら出なかった。

学校のクラスでも、いつも1人でポツンと過ごすようになったある日の昼休み。近くのグループの女子たちが、こんな話をヒソヒソとしているのが耳に入った。

「ねえ、知ってる? 『理想のおうち』っていう都市伝説があるんだって……」

彼女はその日の放課後、教室を飛び出して家に帰り、夢中でネットでその都市伝説を調べ上げた。

(これなら……あの音楽室に帰れるかもしれない。あの頃の、一番楽しかった場所に帰れるかもしれない……!)

そこからの彼女の行動は早かった。

今まで使わずに貯め込んでいたお年玉や小遣いを、すべてネットバンキングの口座にかき集めた。彼らとの思い出の品々と、自分が書き溜めた大切な楽譜をスーツケースに詰め込み、満月の夜、指定された山の麓へと向かった。

(お母さんなんてどうでもいい。あいつのせいで、私の人生はめちゃくちゃになったんだから。あんな奴、私の記憶から消してやる……!)

山の麓に立ったとき、スマートフォンの電波は立っていなかったが、彼女の心に迷いはなかった。スマホの奥から、かつて3人で夢中で合わせたバンドの音源を小さく流しながら、彼女は金と銀のスーツケースを引きずり、うっすらと光る山道を登っていっていった。不思議と足取りは軽く、疲れすら感じなかった。

そして、ついに目の前にあの「洞窟」が現れたのだった。

 * * *

音楽室の扉を開けると、そこにはあの中学校の音楽室がそのまま広がっていた。

部屋中には、かつて彼女たち3人で作ったあの懐かしいメロディが流れている。

彼女は満面の笑みを浮かべた。

ピアノの前に歩み寄り、席に腰を下ろす。その横には、中学生の頃のあどけない笑顔のままの、ギターとボーカルの2人が優しく微笑んでいた。

彼女は愛おしそうにピアノに手を置き、彼らに言った。

「さあ、始めるよ――!」

あの頃と変わらない、自分たちだけの最高の音楽を奏で始める。

あぁ、私は本当に幸せだ。

あなたたち2人も、そうよね? 永遠に3人でバンドが組めて、こうして大好きな音楽ができるんだものね。

ねえ、とっても幸せだよね……!

 * * *

数日後。

街のあちこちの家電量販店や、一般の家のリビングに置かれたテレビから、ワイドショーのニュースが流れていた。

画面のなかで、女性キャスターが青ざめた顔でこう告げている。

――「……さて、最近メジャーデビューを果たし、爆発的な人気を集めていた3人組バンドですが、都内のライブ会場から、メンバーのうち2人が大勢のファンや関係者がいる目の前で、文字通り『忽然と姿を消してしまった』ということです。一体、何が起きていたのでしょうか……」



【お知らせ】

『理想のおうち』シリーズ、5軒目までお読みいただきありがとうございます!

物語はここで一段落……ではなく、人間の欲望と執着が生み出す歪んだ都市伝説は、まだまだ終われません。

このあとも不定期で新しい「理想のおうち」の物語をどんどん投稿していきますので、次の物件と新たな犠牲者(あるいは満足者?)たちを、どうぞお楽しみに――!

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