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理想のおうち ***まやかしのお家に満足かな?***  作者: Fos B


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3/7

3軒目:【理想のお菓子の家】

世間には、1つの都市伝説がある。「理想のおうちが手に入る」というものだ。

ただし、そこには厳格な条件がある。

そこにたどり着くためには、まず全財産を現金で集めなければならない。もしくは、スマホのインターネットバンキングですぐに入金できるよう、アプリを開いておくこと。

そして和紙に、自分の理想の家の間取り図、条件、好みのもの、欲しいものを全て書き込む。可能ならば具体的な絵や写真も添えて、和紙の封筒にそれらを全て入れ、手に持っていなければならない。

お金や自分が大切に思っているものをスーツケースに入れてもいい。だが、スーツケースの大きさは決まっていないが、色だけは「金色」か「銀色」と決められており、荷物の多い人は両方持ち込んでも良いとされている。

その場所は、ある山奥の中にある洞窟の前。

しかし、そこにたどり着く前に、麓の村からその山への入山ルートは普段完全に封鎖されている。厳格に守られた山であり、足を踏み入れることができるのは限られた者だけ。山道を整備するのも年に一度、決まった日に決まった人が入るような、それほど厳しい条件なのだ。

どうしても「理想のおうち」が欲しい者は、満月の夜、特定の条件が揃った日に指定の品を持ち、さらに「自分の命を差し出しても構わない」という覚悟を持ってその場所に立つ。すると、洞窟までの山道が不思議と開け、通れるようになるという。

満月の夜、洞窟の前に10歳くらいの女の子が立っている。

腕にはボロボロの古いクマのぬいぐるみ。もう片方の手はぎゅっと固く握りしめられていた。そのこぶしの中にあるのは、わずかばかりの小銭。こんな夜中に、この山にふさわしくない幼い少女。だが、彼女は自ら進んでこの場所にやってきたのだ。ここに来るまでも、彼女にとっては過酷な道のりだった。

彼女が洞窟の前に立ち、握りしめていた拳を開くと、手のひらには100円玉と10円玉、そして5円玉が数枚残っているだけだった。

次の瞬間、淡い光が差したかと思うと、手の上の小銭がスッと消えていった。それと同時に、目の前の洞窟の入り口に、クッキーでできた可愛らしい扉が現れた。

彼女はにっこりと微笑み、その扉にそっと手をかけた。

――彼女の母親は、いわゆる「毒親」だった。

父親は彼女が幼い頃に家を出ていき、物心ついた頃から母親と2人暮らしだった。小さい頃の彼女の前で、母親はいつも誰かと電話で大声で言い争っていた。そして最後には、彼女を見据えて必ずこう吐き捨てるのだ。

「あなたなんか産まなきゃよかった」

母親はよく、前触れもなく家からいなくなる。そのとき、テーブルの上には決まって1万円札が1枚置かれていた。1週間ほどで帰ってくることもあれば、1ヶ月以上戻らないこともあった。

幸い、電気や水道、家賃は母親のクレジットカードから自動引き落としになっていたため、ライフラインが止まることはなかった。食事も、平日ならば学校の給食がある。朝と夜は、近くの100円ショップや百円コンビニで買えるものでどうにか食いつないでいた。洋服や靴は、近所の人が引っ越すときに「よかったら使って」と譲ってくれたお下がりでしのいでいた。

たまに母親が帰ってきたときは、見知らぬ男(彼氏)を連れてくることが多かった。居場所のない彼女は、そんなときは決まって公園で時間を潰した。男が帰った頃を見計らって家に帰ると、すでに母親の姿はなく、生活費の現金だけが無機質に残されている――それが彼女の日常だった。

彼女は、夏休みや冬休みなどの長期休暇に備えて、ひそかにお金を貯めていた。休みに入ると給食がなくなってしまうからだ。

母親が家を空ける日数がだんだん増えていくにつれ、生活のやりくりは苦しくなっていった。しかし、彼女はもう大人のことを全く信用しなくなっていた。だから、学校の先生や近所の人に助けを求めることもしなかった。

彼女の唯一の楽しみは、学校の図書室で本を読むことだった。お気に入りは、美味しそうなお菓子のお家が出てくる物語。いつもお腹を空かせていた彼女にとって、それは単なる憧れというよりも、切実な救いに見えていたのかもしれない。

そんな家庭環境だったが、おとなしい彼女の周囲でいじめられることはなく、かといって深く踏み込んでくる友達もいなかった。服装は綺麗に自分で洗濯していたし、ちゃんとシャワーも浴びていたため、教師たちも「シングルマザーでお母さんは忙しく働いているんだな」「おとなしいけれど、特に問題のない子だ」と思い込んでいた。

学校から「お母さんと連絡が取れない場合は?」と聞かれたときも、母親から言われていた「シングルマザーで大変だから、何かあればSNSに連絡してください」という言葉をそのまま伝えていたため、担任の先生も家庭の崩壊に全く気づいていなかった。

転機は、ある夏休みのことだった。

学校の自由参加のプールで休憩時間に、高学年の女の子たちが「『理想のおうち』っていう都市伝説があるんだって」と面白そうに話しているのを、彼女は聞き耳を立てて聞いていた。

(詳しく調べなければ……)

そう思ったが、彼女の家にはスマホもパソコンもない。そこで彼女は担任の先生のところに行き、「夏休みの自由研究で調べたいことがあるので、学校のパソコンを使わせてもらえないか」と頼み込んだ。

「家にはパソコンがないので……お願いします」

そう頼む彼女に、先生は「都市伝説なんて面白いテーマを調べるのね。先生が横についていてあげるならいいわよ」と優しく許可してくれた。先生は親切に、検索した画面の資料をすべて印刷までしてくれた。

その資料を持って家に帰ると、ちょうど母親が帰ってきたところだった。母親は「これからまたすぐ出かけるから」と、いつもと同じ金額の現金をテーブルに置いて、慌ただしく出ていった。

(どうして、お母さんは私に興味がないんだろう……)

そう思うことすら、もう疲れてしまっていた。感情はすっかりすり減り、何も感じなくなっていた。

彼女は先生にもらった資料から「満月の夜」「特別な条件」「洞窟への行き方」を徹底的に調べ上げた。その資料によると、まさに「明日」がその条件が揃う夜だった。

翌日、彼女はわずかな財布と、幼い頃におばあちゃんにもらって以来ずっと大切に抱いて寝ているボロボロのクマのぬいぐるみ――一番の宝物をエコバッグにつめ込んだ。さらに、何本かのペットボトルに水を入れて、百均で買った和紙の便箋にリクエストを書き和紙の封筒に入れそれらを持ち家をそっと後にした。

駅員や、道すがらの親切そうな大人たちに道を尋ねながら、電車を乗り継ぎ、最後はバスに乗って、彼女は何とかその山の麓までやってきた。

朝早く始発電車に乗ったのに、1日がかりですでに日は暮れていた。ほとんど日が沈みかけた頃にたどり着いた山の麓は、不思議と人影がなかった。バスの中でも、子供が1人で乗っていることを不審がる人はいなかった。

山の麓に立ったとき、彼女の心に不思議と「怖い」という恐怖心はなかった。空が暗くなると同時に、まだ完全に満月が昇ってないものの、山の細い道がどこかから漏れるぼんやりとした光に照らされていた。

彼女は一度も振り返ることなく、迷わずに山道を歩いていった。そして、ついにあの洞窟の前にたどり着いたのだ。

お菓子の家の扉を開けると、中は思い描いた通りの「理想郷」だった。

リビングにはマシュマロのふわふわしたソファーがあり、チョコレートのレンガで作られた暖炉の中では、パチパチと温かい火が燃えていた。不思議とチョコレートが溶けることはない。

飴細工のテーブルの上には、湯気の立った手作りのごちそうが所狭しと並べられていた。

そして、テーブルの横にあるクッキーでできた椅子には、いつもニコニコと穏やかな笑顔を浮かべたお母さんと、優しいお父さんが座っていた。

(私のリクエストは……もうどこにも行かないで、お母さんと私を家族にしてくれる、優しいお父さん。そして、派手な格好じゃなくて、普通の服を着て、手作りのご飯をいつも作ってくれる優しいお母さん)

2人はいつも笑顔で、彼女のたわいない話をどんなときでも優しく聞いてくれる。頭をなでて、ぎゅっと抱きしめてくれる。そして夜には、3人で川の字になって眠るのだ。

――彼女の頭の中で、優しいお母さんが子守歌を口ずさみながら、彼女を優しく抱きしめてトントンと背中を叩いてくれる。その横では、お父さんが目を細めて幸せそうに微笑んでいる。

「これが……私の、理想のおうち」

彼女は心の底から満たされ、とびきりの笑顔を浮かべた。

とても、とても幸せだった。

数日後、街の小学校の職員室では、テレビのニュースがつけっぱなしになっていた。

学校の校門の前には、大勢の報道陣や野次馬が押し寄せ、ものものしい空気に包まれている。緊急で学校に呼び出された先生たちが、青い顔をしてテレビ画面を見守っていた。

画面の向こうで、アナウンサーが冷たい声を響かせる。

――「……ある少女の一家が行方不明となっております。元夫と少女の母親、そして10歳の少女が、数日前から忽然と姿を消しました。警察は、母親の交際相手の男を、重要参考人として現在事情を聴いており――」

職員室のテレビは、誰に消されることもなく、静かにそのニュースを報じ続けていた。

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