第七話 初めての未来ファッション★
違法市民IDのデータ書き込みが無事に完了したことを告げる、電子的なチャイムが室内に響き渡った。
ステラがホログラムキーボードからパンッと両手を離し、椅子の背もたれに大きく身体を預ける。
「よしっ、これでシステム上はルナもこの都市の合法的な住民だよ! 隔離エリアの事故で行方不明になっていた、登録だけの幽霊市民の波形を完全に上書きしたの。これで外に出ても、中央AIの末端センサーに一瞬で捕獲されるような最悪の事態は防げるわ」
「本当? ありがとう、ステラ。本当に何から何まで頼りっぱなしね……」
私はベッドの上から彼女に感謝の言葉を述べた。
偽造IDなんて二十一世紀の日本で生まれ育った飛鳥の常識からすれば完全な犯罪。
しかし、法制度が未熟で民度の低い異世界ユトラントでの生活から時には綺麗事を言ってられない状況があることも理解している。
そして、今がまさにその状況。
この時代のディストピア的な超管理社会を生き抜くためには手段を選んでいられない。
「いいってこと、私たちはもう等価交換の契約を結んだビジネスパートナーなんだから! ……あ、でもね、データ上は完璧でも、外見がそのままだと一発で不審者扱いだよ。そのボロボロの黒い魔導ローブじゃ目立ちすぎるし、何よりその、最高に綺麗で神秘的な尖った耳! これを見られたら、街中の人間が二度見して、すぐに違法スキャンを仕掛けてくるわ。だから、まずは外に出るための準備をしなくちゃ!」
ステラは組んでいた真っ赤なタイツを履いた脚をほどくと、部屋の隅にあるカプセル状の大型装置を指差した。
「まずは、身体を綺麗にしよう! 特製ソニック・クレンジングシャワーだよ! 水を使わずに、特定の超音波と無害なナノ粒子を全身に浴びせるだけで、皮膚の古い角質も、衣服に付着した微細な塵も、一瞬で分子レベルで分解して洗浄してくれるの!」
「えっ、水が出ないシャワー……!?」
私は驚きながらも、促されるままにガラス張りのカプセル装置の中へと足を踏み入れた。ステラが外のコンソールを操作し、カウントダウンが始まる。カプセルの天井にあるピンク色のリングが怪しく発光し、微かな振動が私の身体を包み込んだ。
本当に不思議な感覚だった。水に濡れる冷たさも不快感もないのに、衣服の上からでも、まるで全身の細胞が個別に優しくブラッシングされているかのように、驚くほど急速に身体が軽くなっていく。
異世界の過酷な研究室で染み付いたインクや薬草の匂い、そして転移直後の路地裏の煤煙の感覚が、文字通り綺麗さっぱりと霧散していくのが分かった。
「ぷはっ……! 凄い、本当に一瞬でサラサラになったわ……」
カプセルの扉が開き、外へ出た私は、自分の腕の肌を撫でて感嘆の声を上げた。エルフの透き通るような白い肌が、さらに一段と輝きを増したように見える。
だが、感動している私に、ステラはさらに次の「未来の洗礼」を仕掛けてきた。
「じゃあ次は、お待ちかねのお着替えタイムだよ! ルナに似合いそうな、この都市の最新ストリートファッションをいくつか見繕っておいたからね!」
ステラが部屋のクローゼットから取り出してきた衣服の山を見て、私の魂の奥底にいる男子高校生・飛鳥の意識が、猛烈な勢いで異議を申し立て始めた。
「ちょ、ちょっと待って、ステラ……っ! これ、何、これ……衣服なの!?」
「そうだよ? 今一番ホットなサイバー・モードのストリートウェアだよ! かっこいいでしょ?」
そう言ってステラが誇らしげに掲げたのは、光沢のある黒い人工皮革でできた、極端に丈の短いトップスと、タイトなプリーツミニスカートだった。
トップスは胸元が大胆にカッティングされており、お腹のラインが完全に露出する仕様になっている。さらにその下には、銀色にキラキラと輝くラメ加工が施された、白いタイツが添えられていた。
「無理無理無理! こんなの露出度が高すぎるわよ! お腹も胸元もほとんど丸出しじゃない! こんな格好で外を歩くなんて、恥ずかしくて死んじゃうわ!」
私は思わず自分の胸を両手で隠すようにして、ベッドの上へ後ずさった。異世界の魔導ローブは全身を完全に覆い隠す引きずるようなデザインだったし、前世の飛鳥の男目線の感覚からしても、こんなギャル系サイバーパンクのような格好は刺激が強すぎる。
しかし、ステラはニシシと悪戯っぽく笑いながら、私をベッドの上の鏡の前へと引きずり出した。
「大丈夫だって! ルナはスタイルが抜群なんだから、これくらい攻めた格好の方が絶対に映えるよ!ほらほら、観念して着てみて!」
「ひゃうっ!? ちょっと、引っ張らないで……っ!」
至近距離でステラに迫られ、私はされるがままにその未来の衣服へと身体を通していくことになった。
着替えている最中も、心臓がバクバクと嫌なほど大きな音を立てる。
ステラの細い指先が、服のフィッティングを調整するために私のウエストや肩に触れるたび、エルフの敏感な肌が粟立ち、顔がカッと熱くなるのが分かった。中身が男だという意識があるからこそ、美少女にこんな露出の高い服を着せられているシチュエーションそのものが、限界突破の恥ずかしさだった。
「うわぁ……。思った通り、完璧すぎるよ、ルナ……っ!」
着替えを終えた私を見て、ステラが両手を頬に当ててうっとりとした声を上げた。
鏡の中に映っていたのは、これまでの神秘的な大魔術師の面影をベースにしながらも、完全に未来の世界線へと適応した、一人のサイバーエルフの少女の姿だった。
黒いタイトなトップスとミニスカートが、私の銀糸のような長い髪と鮮やかなコントラストを描いている。
そして、銀色に輝く白いタイツに包まれた両脚は、どこか現実離れした美しさを放っていた。お腹の露出がとにかくスースーして落ち着かないが、ステラが仕上げに、私の頭に大きなサイバーヘッドホンをカチリと装着した。
「よし! この特殊なヘッドホンで、ルナのエルフの尖った耳を自然にカバーするの。耳の先端が飛び出るけれど、ただの派手なオーディオガジェットにしか見えないわ。これで外見の偽装も完璧だよ!」
「う、うう……。本当にお腹が寒いのだけれど……」
恥ずかしさのあまり両手でへそのあたりを隠そうとする私を見て、ステラはケラケラと楽しそうに笑いながら、私の背中をポンと叩いた。
「さあ、お着替え&外出準備編はこれにて終了! ルナ、記念すべき西暦五千年の地球の初デート……じゃなくて、初探索に出発進行だよ!」
ステラが部屋のハッチを威勢よく開け放つ。その向こうには、鉄と硝子の摩天楼が放つ、青と紫の眩いネオンの海が広がっていた。
私は恥ずかしさに身を震わせながらも、隣でしっかりと手を握ってくれる少女の温もりに導かれ、ついに新しい世界の第一歩を踏み出したのだった。
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