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帰還したら西暦5000年でした ~TSエルフ大魔導師、歴史オタクの天才ハッカー少女とジャンク屋を営みながら文明遺産を発掘します~  作者: 白黒鯛
第二章 エルフとハッカーの等価交換

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第八話 ジャンクの山のモニュメント

 セーフハウスのハッチが重々しい駆動音を立てて横にスライドした瞬間、私の網膜を焼き尽くさんばかりの、圧倒的な光の洪水が押し寄せてきた。

 思わず細い両手で顔を覆い、眩しさに目を細める。


「うわあ……っ、何、これ……っ!」


 私の唇から、加工されていない素の驚嘆が零れ落ちる。

 そこは、地上から何百メートルあるかも分からない、天空を網の目のように縫う「空中回廊」のプラットホームだった。


 見上げる空には、もはや星の輝きなど一滴も残されていない。代わりに、数百階建ての超高層ビル群が鉄と硝子の巨神のようにそびえ立ち、その壁面という壁面を、目がチカチカするほど鮮烈な三次元ホログラムの広告が埋め尽くしていた。


 空飛ぶ巨大な魚のような形状の広告が悠々とビルとビルの隙間を泳ぎ、その隣では、見たこともないデザインの衣服を纏ったモデルの立体映像が、私を見下ろして妖艶に微笑んでいる。


「ふふん、驚いた? これが私たちの街、環境管理都市『ネオ・エデン』の第八下層セクターだよ!」


 隣でステラが、自慢げに私の手をぎゅっと握り締めた。彼女のトレードマークである真っ赤なタイツが、街を満たす青や紫、ピンクのネオンの光を反射して怪しく、けれど鮮やかに明滅している。


 私はといえば、ステラに着せられた黒い人工皮革のミニスカートとお腹が丸出しのトップス、そして銀色に輝くタイツというサイバーパンク・ファッションのせいで、外気(といっても、完全に空調管理された無機質な風だが)が肌に直接触れて、とにかく気恥ずかしくて仕方がなかった。


 耳元を覆う大きなサイバーヘッドホンが、エルフの尖った耳をイヤーパッドについた飾りのように偽装してくれていることだけが、唯一の救いだった。


「ルナ、あんまりキョロキョロしてると、お上りさんだと思って違法スカンク(恐喝業者)に目を付けられちゃうよ。ほら、私の隣をしっかり歩いて」


「え、ええ……分かったわ」


 私は中身の「五十鈴飛鳥」としての少年のピュアな動揺を必死に抑え込み、大魔術師としての優雅な足取りを意識しながら、ステラに引かれるままに空中回廊を歩き出した。


 回廊を行き交う人々は、誰もが身体の一部に金属のパーツを埋め込んでいたり、人工の皮膚を発光させていたりと、サイバーウェアを完全に身体の一部として馴染ませている。私のような銀髪の少女など、この多様性と混沌が極まった未来都市では、一つの個性ファッションとして完全にネオンの海に溶け込んでいるようだった。


 どれほどの時間を歩いただろうか。近代的な高層ビル群の華やかさから少し外れ、空中回廊が古びた金属のトラス構造へと変化していくエリアへと差し掛かった。ステラの表の顔であるジャンクパーツ屋が近いせいか、周囲のホログラムの輝きもどこか色褪せ、ネオンが不規則にパチパチと瞬いている。


 その時だった。私のエルフとしての並外れた視覚が、路地裏のジャンクの山に囲まれた、奇妙な「鉄の箱」を捉えた。


「――っ、あれは……!?」


 私はステラの手を引いて、思わずその場所へと駆け寄ってしまった。

 それは、周囲の未来的なサイバーガジェットの残骸とは、明らかに一線を画す異質な存在だった。全体が激しく錆び付き、プラスチック製のパネルは熱で歪み、半分化石のようになってジャンクの山をかき分けるようにして鎮座している。


 私にはそれが分かった。その四角い形状、中央に並んだいくつかのボタンの跡、そして下部にある大きな取り出し口の形状。


「ルナ? どうしたの、急に立ち止まって。……ああ、これ? これはただの『超古代の記念構造物モニュメント』だよ。このエリアが再開発される前からずっとここにある、正体不明の鉄の塊。数千年前のものらしいけれど、何のために使われていたのか、歴史学のアーカイブでも諸説あるロスト・テクノロジーの一つなの……」


 そう説明してくれたステラが不思議そうに首をかしげる。

 私はその錆び付いた鉄の塊の前にしゃがみ込み、細い指先でそっとその表面に触れた。塗装はほとんど剥げ落ちていたが、微かに、かつてそこが「赤色」だった名残と、白くかすれた「Coca」という文字の断片が見えた。


「……自動販売機、だわ」


「ジドハンバイキ……? 何それ?」


 ステラが目を丸くして、手首のホログラム端末を起動させた。私の口から飛び出した「未知の単語」に、彼女の歴史オタクとしてのセンサーが過敏に反応したのだ。


「二十一世紀の地球……私のいた日本にはね、街の至る所にこの『自動販売機』があったのよ。開発されたのは二十世紀半ば頃らしいけれど……。お金を、この小さな穴に入れて、自分が飲みたい冷たいジュースや、温かいコーヒーのボタンを押すの。そうするとね、ゴトコン、って大きな音がして、この下の取り出し口に、冷え冷えの缶やペットボトルが落ちてくるのよ」


 私は鉄の箱の、今は潰れてしまっているコイン投入口を指差しながら、愛おしさを込めて語りかけた。


「お金を入れるだけで、お店の人を通さずに、二十四時間いつでも飲み物が買えるシステムだったの。夜遅く、塾の帰りに喉が渇いたとき、この自動販売機が放つ温かい蛍光灯の光を見つけると、それだけでなんだかホッとしたものだわ……。コインを入れて、緑色に光る『つめたい』ってボタンを押すの。あの瞬間のワクワク感は、何物にも代えがたかった」


 エルフの美しい声で、三千年前の少年時代のありふれた日常を熱っぽく語る私。

 隣を見ると、ステラは言葉を失ったように硬直していた。彼女の手首のディスプレイには、私の日本語を解析したデータが凄まじい速度でメモとして記録されている。


「……信じられない……っ! 中央アーカイブの仮説では、これは古代人が神に捧げる『宗教的モニュメント』だって言われていたのよ!? だから、貴重な古代遺物として大切に保存されてきたんだけど……。それが、市民が喉を潤すためだけに街中に放置していた自律型の無人商業端末だったなんて……っ! しかも、二十四時間いつでも機能していたの!? 管理AIもナノマシン認証もなしに!?」


「ええ。お札を入れると、たまにクシャクシャで戻ってきちゃうお茶目なところもあったけれどね」


 私がクスリと笑うと、ステラは興奮のあまり私の両肩をガシッと掴み、顔を限界まで近づけてきた。ネオンの青い光の中で、彼女の瞳がキラキラと輝いている。


「ルナ、あなたやっぱり最高よ! 本物の三千年前の記憶を持っているなんて、私にとっては宇宙の真理が詰まった宝箱と同じ!ねえ、もっと教えて!その『缶』の中には、どんな味の液体が入っていたの!? さっき言っていた『コーラ』って、どんな分子構造の飲み物だったの!?」


「ひゃうっ!? ち、近いってば、ステラ!」


 距離感ゼロで迫ってくる未来の少女に、中身の飛鳥が猛烈にドギマギする。けれど、三千年の時を経てなお、私の知っていたあの平凡な世界の証拠が、こうして化石となって残っていたこと。そして、それを誰よりも熱心に、愛おしそうに聞いてくれる少女が隣にいること。


 ネオンの海、ジャンクの山の中で朽ち果ててもなおその場に鎮座している自動販売機の前で。

 私は切ないほどの愛しさと、未来への確かな希望を、その胸に深く刻み込んでいた。

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