第九話 ジャンク屋ルナリアの初仕事
眩いネオンの海と、三千年前の、化石となった自動販売機との奇妙な邂逅を果たした初めての都市探索を終え、私とステラは彼女の表の顔である『ジャンクパーツ屋』へと戻ってきた。
そこは、セーフハウスの居住スペースの真下に位置する、油と金属の匂いが濃密に漂う広大な作業場だった。天井からは無数のマニピュレーターやホログラムの測定器が文字通りクモの巣のように垂れ下がり、床には解体された未来のドローンや、人型アンドロイドの四肢、明滅する未知の回路基盤が山のように積み上げられている。
「さあ、ルナ! ここが私の城であり、あなたのこれからの仕事場でもある『ステラ・ジャンク・リカバリー』だよ!」
ステラはショートパンツのポケットに両手を突っ込み、真っ赤なタイツの目立つ脚でゴチャゴチャとした床を器用に跨ぎながら、作業場の中央にある巨大な作業台へと向かった。
私はといえば、相変わらずお腹のスースーするギャル系サイバーファッションという気恥ずかしさ満点の格好のまま、大きなサイバーヘッドホンを気にしつつ彼女の後を追った。
衣服のナノ洗浄シャワーのおかげで身体はサラサラだが、この未来のジャンクの山を前にすると、一体どこから手をつければいいのか皆目見当がつかない。
「ルナとの等価交換の契約通り、まずは表のお仕事の手伝いからお願いしてもいいかな? ちょうど昨日、隔離エリアのゴミ捨て場から、旧型だけど貴重な『多目的自立作業用ドローン』のコア基盤を回収してきたの。これを修理して闇市場に流せば、ルナのこれからの生活費や、私の非合法サルベージの活動資金が一気に稼げるんだから!」
「コア、基盤……。修理、ね。私、飛鳥だった頃は、自分のパソコンのメモリを挿し替えるくらいしか機械はいじったことがないのだけれど……」
私は作業台の上にドンと置かれた、人間の頭部ほどの大きさがある金属製の立方体を見つめた。
その立方体からは、半透明の光ファイバーのような触手が何百本も伸びており、内部では青い液体と超微細なナノマシン回路が、まるで生き物の内臓のように不気味に蠢いている。二十一世紀の電子基盤とは完全に次元の違う、有機物と無機物が融合した超科学の産物。
ステラが手首の端末を操作すると、空中にその基盤の内部構造を示すホログラムの設計図が拡大表示された。三次元で複雑に入り組んだ回路のデータは、見ているだけで目が回りそうだ。
「うーん、回路のどこかで量子信号が完全にショートして、ナノマシンの自己修復プログラムが無限ループでバグを起こしてるみたいなんだよね。でも、どこがバグの起点なのか、私の最新のスキャナーでも特定できなくて……。ルナ、とりあえずこの、何万本もある微細な光触手の色と明滅のパターンを、こっちのデータと照合して仕分ける作業から始めてもらえる?」
「ええ、分かったわ。やってみる」
私はステラから手渡された、未来のピンセットのようなレーザー・ピン型ガジェットを手に、作業台の前に座った。
しかし、いざ作業を始めてみると、これが絶望的なまでに難解だった。触手はミリ単位よりも細く、その中を流れる光の明滅は一秒間に何千回という速度で変化している。エルフの優れた視覚をもってしても、これらをただの「データ」として目視で判別し、仕分けるのはあまりにも効率が悪すぎた。
「はぁ……。これ、ただ目で見て仕分けるだけじゃ、何日かかるか分からないわね……」
私は思わずため息をつき、レーザー・ピンを置いて、自分の細い両手の指先を見つめた。
機械としての構造は、私には到底理解できない。けれど、この有機的に連動する回路の「歪み」の感覚には、どこか奇妙な既視感があった。
そうだ。私はこの世界に還ってくる前、異世界ユトラントで千年間、大魔術師として生きていたのだ。
ユトラントでの私は、魔法の研究をする傍ら、莫大な研究費や生活費を稼ぐために、冒険者ギルドに登録して「遺跡荒らし」――もとい、古代遺物のサルベージ稼業をしていた。
その際、未知の呪いや罠が仕掛けられた古代の魔導具の構造を解き明かし、安全に起動させるために、毎日のように使っていた得意な魔法があった。
無意識のうちに、私の身体が、千年の間に染み付いた大魔術師としてのルーティンを開始していた。
「――世界の理を紡ぐマナよ、我が問いに応え、万物の内なる構造を白日の下に晒せ」
すっかり女性のものとなった鈴を転がすような美声で、私は小さく、けれど完璧な発音で異世界の詠唱を紡いだ。
その瞬間、私の細い指先から、淡い、神秘的な淡い琥珀色の光(魔力)が、じわりと溢れ出した。
私が発動させたのは、ユトラントにおける構造解析魔術――『物質解析』。
「えっ……!? ルナ、今、何をしたの……っ!?」
背後でステラが驚愕の声を上げる。彼女の持つ未来のスキャナーが、熱力学を無視した未知のエネルギー粒子の発生を検知して、ピーピーと激しい警告音を鳴らし始めた。
しかし、今の私にはその音すら遠く感じられた。私の指先から放たれた琥珀色の魔力は、生き物のように作業台の上の超科学基盤へと染み込んでいき、その内部のすべてを、私の脳内へとダイレクトに投影し始めたのだ。
不思議な感覚だった。未来の超技術で作られたナノマシン回路。その仕組み自体は、二十一世紀の飛鳥の知識でも、異世界の魔法理論でも全く説明がつかない。
けれど、魔法の光を通した私の目には、それが一つの「流れる川」のように見えた。青い量子信号が美しく流れるべき川の途中に、一箇所だけ、ドロドロとした黒い澱みのような「エネルギーの不協和音」を奏でている場所がある。
魔法の視点から見れば、それは回路のショートではなく、魔導具の「術式の暴走」や「呪いの汚染」と全く同じ状態だった。
「――見つけたわ。ここよ」
私は無意識のうちに右手の指先を伸ばし、立方体基盤の左下、光触手が最も密に密集しているセクターの、わずか数ミクロンほどの微細な一点を、ピンポイントでトントンと叩いた。
「ステラ、この部分よ。この奥にある、三番目の量子結節点のナノマシンが、外からの衝撃のせいで物理的に歪んで、信号を隣の回路に漏らしちゃってるわ。だから全体がバグを起こして動かなくなっているの」
「え……っ!? う、嘘でしょ……!?」
ステラは弾かれたように作業台へ飛び込んでくると、拡大ホログラムディスプレイを私の指し示した座標へと超高速でズームさせた。
何千倍にもズームされた画面の奥の奥。そこには、ステラの最新型スキャナーの自動プログラミングでも「正常」と判断されていた、極微小なパーツが、確かに肉眼では判別不可能なレベルで、わずかコンマ数ナノメートルだけ「物理的にひしゃげて」隣の線に接触している姿が映し出されていた。
「……信じられない……。私の最高級量子スキャナーでも、全体の信号エラーとしか検出できなかったのに……。ルナは、ただ手をかざしただけで、ナノレベルの物理的破損を一瞬で見抜いちゃったっていうの……っ!?」
ステラは完全に言葉を失い、画面と私の顔を何度も往復させた。その瞳には、これまでにないほどの、恐怖すら孕んだ圧倒的な「驚愕」と、それを遥かに凌駕する狂気的な「興奮」が満ち満ちていた。
彼女の膝が、驚きのあまりガクガクと小刻みに震えている。
「ルナ……あなた、本当に何者なの……。三千年前の地球の記憶を持った、別次元から来た種族ってだけでも宇宙の奇跡なのに、科学の限界を軽々と超越する『魔法』の力まで持っているなんて……。あは、あははは! 等価交換の約束なんてレベルじゃないよ! 私、とんでもない生きた神様を拾っちゃったかもしれない!」
「か、神様なんて大げさよ。ただの物質解析の魔法だもの。異世界じゃ、これくらい使えないと、遺跡の罠にかかって一瞬で消し炭にされちゃうんだから」
私は恥ずかしくなって、大きなサイバーヘッドホンをきゅっと直しながら顔を伏せた。
外見は完璧な美少女、中身も女性でありながら、少年の五十鈴飛鳥でもある。その両方の意識が、ステラの熱すぎる視線にドギマギと照れ臭さを爆発させていた。
けれど、私の持つ異世界の力が、この科学の極致のような未来世界でも、確かに彼女の役に立ったのだ。
未来のジャンク屋の片隅で、魔法と科学が美しく融合した初めての共同作業。
私たちの新しい十七歳の時間は、今、最高に刺激的な駆動音を立てて、確かに動き始めていた。




