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帰還したら西暦5000年でした ~TSエルフ大魔導師、歴史オタクの天才ハッカー少女とジャンク屋を営みながら文明遺産を発掘します~  作者: 白黒鯛
第二章 エルフとハッカーの等価交換

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8/21

第六話 再び動き出す十七歳の時★

 ステラが未来の超科学を駆使して再現してくれた『醤油ラーメン』。

 その温かさと、奇跡のようにもたらされた思い出の味は、私の冷え切っていたエルフの身体だけでなく、孤独に震えていた魂の芯までを完璧に温め尽くしてくれた。

 泣きじゃくる私を優しく抱きしめてくれたステラの体温が、まだ私の両肩に残っているような気がする。


「ふぅ……」


 私は一度、深く息を吐き出し、ベッドの上で乱れた銀色の長い髪を細い指先で丁寧に整えた。


 すっかりお腹も満たされ、体内の魔力も周囲の大気から自然と供給されるマナによって、最低限の循環を取り戻している。エルフの肉体というのは、長命種らしく一度回復の軌道に乗れば恐ろしいほどの自己治癒力を発揮するものだ。

 

 先ほどまでの、消えてしまいたいほどの絶望は嘘のように引き、私の脳細胞は「大魔導師ルナリア」としての、そして「五十鈴飛鳥」としての冷静な思考を完全に取り戻していた。


 ベッドの脇では、空になった未来の白い器を片付けたステラが、ホログラムディスプレイの前に座っている。彼女は端末の画面を操作しながらも、時折、私の方をチラチラと盗み見ては、嬉しそうに唇を綻ばせていた。

 言葉が通じるようになった今、私たちの間には、どこか気恥ずかしくも心地よい、特別な空気が流れている。


「さて、と……。ルナ、お腹もいっぱいになったことだし、これからについて、ちょっと真面目な話をしてもいいかな?」


 ステラがディスプレイの表示をいくつかの幾何学的なコード画面へと切り替えながら、真剣な眼差しをこちらに向けてきた。私はベッドの上で居住まいを正し、彼女に向き直る。


「ええ、もちろん。私はステラに命を救ってもらった身だもの。何でも言って」


 私のその優雅なエルフとしての返答に、ステラは一瞬だけ顔を赤らめたが、すぐにコホンと咳払いをして、手元にある空中ディスプレイの一つを私の目の前まで滑らせてきた。そこには、複雑に明滅する光の紋章と、未知の言語で書かれた個人情報らしきデータが並んでいる。


「ルナがこの『西暦五千年の地球』で暮らしていくためには、どうしても越えなきゃいけない現実的な壁があるの。それが、これ。――『市民ID』だよ」


「市民、ID……。二十一世紀で言う、マイナンバーカードみたいなものかしら?」


 私は自分の知識と記憶の中から類似したものを考えた。やっぱりマイナンバーカードが一番近そうだ。ちなみに千年を過ごしたユトラントの国々にも教会簿という、江戸時代の寺請制度的なものがあった。


「よく分からないけれど、二十一世紀にも市民ID的な制度があったのね?きっと同じような概念だと思う。でも、多分古代よりも今の時代のIDはもっと絶対的なものかな。都市を管理する中央治安維持AIは、すべての市民の脳内ナノマシン、あるいは網膜や遺伝子の固有波形を二十四時間、完全に監視・管理しているわ。これがない存在は、この世界では『存在していないゴミ』か『不法侵入した異物』とみなされて、見つかった瞬間に治安維持ドローンに強制排除されるか、収容施設行きになっちゃう」


 ステラの言葉に、私は自分の尖った耳の先がピクリと跳ねるのを感じた。二十一世紀の管理社会など生温いと感じるほどの、完璧なディストピア的超管理社会。それが三千年後の故郷の姿なのだ。


「当然、別次元から突然降臨したルナには、この世界のIDなんてあるはずがない。遺伝子データも登録されてないし、脳内ナノマシンだって保有率ゼロだもんね。だから……」


 ステラはそこでニヤリと、悪戯っぽい不敵な笑みを浮かべた。


「私が、ルナの『市民ID』を偽造してあげる。都市の戸籍データベースの底にハッキングを仕掛けて、隔離エリアの事故でナノマシン接続が切れた行方不明の市民のデータを改ざんして、ルナの生体波形を上書きするの。幸い、私のセーフハウスの機材なら、中央AIの網の目を潜り抜けるだけの精巧な偽造コードが作れるわ」


「えっ……!? だ、大丈夫なの、そんな犯罪みたいなことして……。ステラまで捕まっちゃうんじゃ」


 飛鳥としての小市民的な倫理観が慌てて声を上げる。この倫理観は法制度や遵法意識の低いユトラントの人々の民度向上にささやかながら貢献したと自負している。

 しかし、ステラは呆れたように肩をすくめて見せた。


「何をいまさら。私、趣味が『非合法サルベージ』だよ? 中央AIの目を盗んで古代データを盗み出すなんて、日常茶飯事なんだから。これくらいのリスク、ルナっていう生きた神話を保護できる対価に比べたら、タダみたいなものよ」


 彼女のその、恐れを知らない圧倒的な自信と、私を何が何でも守るという強い意志が、私の胸を激しく打つ。

 けれど、ただ守られるだけで何も返さないなんて、千年の歳月を誇り高く生きてきた大魔導師ルナリアのプライドが許さなかった。


「ステラ。そこまでリスクを背負って私を助けてくれるなら、私にも、君に何かを返させて。私に出来ることなら、何でもするわ。魔法で誰かを倒せばいい? それとも、何か新しい術式でも開発する?」


 私の言葉に、ステラはぶんぶんと激しく首を横に振った。


「滅相もない! ルナの超チートな魔法をそんな物騒なことに使わせないよ! 私がルナに頼みたいのはね……一種の『等価交換の契約』。私の仕事の、手伝いをしてほしいの」


「仕事の手伝い……?」


「うん。私ね、これでも表の顔は、この廃棄エリアで『ジャンクパーツ屋』を営んでるの。壊れた機械やロボットを回収して、修理して売る仕事。ルナには、その店番やパーツの仕分けを手伝ってほしいな。それから……私の本業であり趣味でもある、非合法サルベージのブレイン(頭脳)になってほしいの!」


 ステラはディスプレイの画面を一枚、私のすぐ目の前に固定した。そこには、真っ白な、何も書かれていない巨大なデータベースの枠組みが表示されていた。


「あとね、あなたの頭の中にある『三千年前の地球の知識』、当時のリアルな文化や失われた言語……。もっと昔の時代のアーカイブデータ。そして、あなたが千年を過ごした『別次元の世界ユトラントの知識と魔法の構築理論』。そのすべてを、私と一緒にこのプライベートデータベースにアーカイブ化(記録)させてほしいの! 二つの世界の生きた知識……これこそが、私にとって、どんな金銀財宝やロスト・テクノロジーよりも価値がある、最高の報酬なのよ!」


 ステラは目を輝かせ、祈るように両手を胸の前で合わせた。

 彼女が求めたのは、武力でも、奴隷のような労働でもなかった。ただ、私が私として歩んできた、あの孤独な千年間と、前世の記憶そのものを「価値あるもの」として共有させてほしいという、あまりにも純粋な知的好奇心とリクエストだった。

 私の歩んできた道が、そのまま彼女の役に立つ。そのことが、どれほど救いになるか、彼女は分かっているのだろうか。


「……ふふ、そんなことでいいの? お安い御用よ、ステラ」


 私はベッドからふわりと足を下ろし、ステラの目の前まで歩み寄った。そして、エルフの優雅な礼に倣って、胸に手を当てて綺麗に一礼してみせる。


「大魔導師ルナリアの名において、その契約、快く承諾するわ。私の知る過去の地球のことも、異世界の魔法のことも、あなたが飽きるまで全部教えてあげる」


「やったぁぁぁ!」


 ステラはその場から飛び上がり、またしても私の身体に思いっきり抱きついてきた。至近距離から香る彼女の髪の匂いに、中身の飛鳥が再び赤面して硬直するが、不思議と嫌な気分はしなかった。


「あ、そうだ。これから一緒に仕事をするんだし、お互いのことをもっと知りたいな。ねえ、ステラ。君は……一体いくつなの? なんだか、すごくしっかりしているけれど」


 ハッキングをこなし、一人でジャンク屋を営む彼女の年齢が、ふと気になった。

 ステラは私の胸から顔を離すと、自慢げに胸を張ってみせた。


「私? 私はね、これでももう十七歳だよ! このエリアじゃ、十七歳になれば立派な大人として一人前扱いで店を持てるんだから!」


「え……」


 十七歳。

 その響きに、私の胸の奥で、カチリと古い時計の歯車が噛み合うような音がした。


「十七、歳……。そう、なんだ……」


「ルナ? どうしたの、急に暗い顔をして」


 ステラが心配そうに私の顔を覗き込む。私は微かに苦笑しながら、消え去った過去の境界線に想いを馳せていた。


「ううん、なんでもないの。ただね……私が三千年前に、地球で『五十鈴飛鳥』としての命を落としたのも……ちょうど、十七歳の時だったな、と思って」


 高校二年生の時だ。これから先の未来がいくらでも広がっていると信じて疑わなかった、あの多感な季節。突然の事故によって私の地球での時間は十七歳で止まり、そこから異世界での孤独な千年間が始まった。

 そして今、悠久の時を超えて還ってきた未来の地球で、私は再び、あの頃の自分と同じ年齢である十七歳の少女に救われ、新しい契約を結ぼうとしている。


「そっか……。飛鳥は、十七歳で止まっちゃってたんだね」


 ステラは私の銀髪にそっと触れ、今度は抱きつくのではなく、包み込むように優しく私の手を握った。


「じゃあ、止まった時間は、これから私と一緒に動かしていこう? ルナが生きられなかった十七歳の続きも、その先の未来も、全部私が隣にいるから」


「……ええ。よろしくね、ステラ」


 三千年前の十七歳と、西暦五千年の十七歳。

 私とステラ、二人の少女の細い手が、白い部屋の中で、固く、未来へ向けて結ばれた。


挿絵(By みてみん)

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