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帰還したら西暦5000年でした ~TSエルフ大魔導師、歴史オタクの天才ハッカー少女とジャンク屋を営みながら文明遺産を発掘します~  作者: 白黒鯛
第一章 千年の孤独、三千年の邂逅

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第四話 未来の味と古の味

 三千年の時を超えた身の上話をすべて受け入れてもらい、張り詰めていた緊張の糸が完全に解けたからだろうか。あるいは、次元の壁を穿つという大魔術によって、肉体と精神の双方が限界まで摩耗していたからかもしれない。

 ステラの優しい笑顔を見つめていた私の下腹部から、静かな部屋の空気を震わせるように、間の抜けた音が鳴り響いた。

 ――ぐぅぅぅ、と。


「あ……」


 思わず両手で身を隠すように自分のお腹を押さえ、顔を真っ赤にする。

 外見は千年を生きた大魔術師ルナリア。中身はルナリアであると同時に二十一世紀の男子高校生・五十鈴飛鳥でもある。

 そのどちらのプライドにとっても、この状況での腹の虫の合唱は耐え難い恥ずかしさだった。エルフの尖った耳が、熱を帯びて真っ赤に染まっていくのが自分でもよく分かった。

 しかし、ステラは嫌悪感を示すどころか、まるで至高の宝物を見つけたかのように、その両目をいっそう輝かせた。


「あはは! ルナ、お腹空いたんだね! そりゃそうだよね、別次元から地球まで越えてきたんだもん。エネルギーが枯渇して当然だよ!」


「ル、ルナ……?」


 突然短く縮められた自分の名前に戸惑う私を置き去りにして、ステラは赤いタイツを履いた脚で軽快に床を蹴り、壁際に設置された大型の金属製コンソールへと歩み寄った。


「私のことはステラって呼び捨てでいいよ。あなたのことはルナって呼ぶね! その方が相棒っぽくて可愛いし! 待ってて、今すぐ最高に栄養価の高い、私のとっておきのご飯を用意してあげるから!」


 ステラが空中に浮かぶ半透明のキーボードを鮮やかな手付きで叩くと、コンソールの中央が静かに開き、中から乳白色の滑らかなトレイがせり出してきた。

 その上には、半透明のガラス容器に入った、淡い緑色をした正体不明のゼリー状の物質と、隣には青く発光する液体が満たされたキューブ型の器が載っている。

 ステラはそれを嬉々としてベッドまで運び、私の前に差し出した。


「はい、どうぞ! 特製・多機能性合成栄養ゲルと、高濃度イオン電解飲料だよ! これ一食で、成人が一日に必要なすべてのビタミン、ミネラル、タンパク質、そして脳の活性化ナノマシンが効率よく摂取できるんだから。ルナの消耗した身体にも絶対に効くよ!」


「え……あ、ありがとう……?」


 差し出された「未来のご飯」を前にして、私は完全に困惑していた。

 異世界ユトラントでの千年間、エルフとしての私の主食は、木の実や瑞々しい果実、香ばしく焼いたジビエ、そして素朴な麦のパンだった。そして前世の飛鳥としての記憶にある食事は、温かい白米に、湯気を立てるお味噌汁、ジューシーな唐揚げといった、目と鼻と舌のすべてで楽しむ「料理」だった。

 しかし、目の前にあるのは、どう見ても工業製品の試供品か、あるいは魔法の実験で失敗したスライムの死骸にしか見えない。

 恐る恐る、備え付けられていた金属製のスプーンで緑色のゲルを掬い、口へと運ぶ。

 舌の上に載せた瞬間、脳がバグを起こしたような奇妙な感覚に襲われた。


「――っ!?」


「どう? 美味しいでしょ? 最新の味覚神経刺激パルスを配合してるから、脳が直接『満腹感』と『多幸感』を感じるはずだよ!」


 ステラは期待に胸を膨らませて顔を近づけてくる。しかし、私の感想は彼女のそれとは真逆だった。

 確かに、口に入れた瞬間、イチゴのような、あるいはステーキのような、相反する強烈な「記号としての味」が脳内に直接フラッシュバックした。だが、そこには肝心の「食感」も「温もり」も、食材が持つ本来の「深み」も一切存在しなかった。ただ無機質に、味覚のスイッチを無理やり押されているような、ひどく不自然で人工的な味。飲み込んだ後も、喉の奥に奇妙な金属質のパサつきが残る。


「……ごめんなさい、ステラ。これ、私にはちょっと……不自然すぎるわ」


 私はスプーンを置き、申し訳なさそうに眉を下げた。

「不自然? どうして? 完璧に計算された栄養と味覚刺激なのに」


 ステラは不思議そうにキューブ型の器を見つめる。どうやらこの時代の地球人にとっては、これが「食事」の当たり前の姿であり、味の概念そのものが完全に変わり果ててしまっているようだった。

 私は喉を潤すために青い液体を一口飲み、小さく息を吐いてから、私の魂が最も求めている「本物の食事」について語り始めた。


「ステラ、私の知っている地球の食事はね、こんな風に脳を刺激するだけのものじゃなかったの。例えば……そうね、『出汁ダシ』ってわかる?」


「ダシ……? ウマミ・コンポーネントのこと?」


「もっと奥深くて、温かいものよ。昆布や、乾燥させた魚の節、椎茸なんかをじっくりとお湯で煮出して、その素材が持つ微かな旨味と香りを極限まで抽出するの。それをベースに、大豆を発酵させて作った『味噌』や『醤油』を合わせるだけで、五臓六腑に染み渡るような、心が芯から安らぐスープができるのよ。脳のスイッチを押すんじゃなくて、身体全体がじんわりと満たされていくような感覚……」


 語るうちに、飛鳥としての記憶が鮮明に蘇り、口の中に唾液が溜まっていく。


「それに、私が前世で一番好きだった『ラーメン』っていう料理があるの。小麦粉を練って作った細い麺を、何時間もかけて豚の骨や鶏、野菜を煮込んで作った濃厚な黄金色のスープに沈めるの。その上に、じっくり炙って脂がとろけるチャーシューと、味の染みた半熟の卵を載せて、湯気が立ち上る出来立てを、思いっきりすするのよ……っ。あの温かさと、複雑に絡み合う味の暴力こそが、最高の食事だったわ」


 エルフの鈴を転がすような美声で、熱くラーメンの概念を捲し立てる私。

 ふと我に返り、恥ずかしくなってステラを見ると――彼女はまたしても、信じられないほどの熱量で硬直していた。その栗色の短い髪が、興奮のあまり心なしか逆立っているようにすら見える。


「……何それ……何その、狂気的なまでに贅沢なプロセスの料理……っ!」


 ステラはガタガタと椅子を鳴らして立ち上がると、私の両手を再び握り締めた。その赤いタイツの膝がベッドに乗り上げてくる。


「素材を煮出す!? 発酵!? 小麦を練る!? ルナ、それって国立アーカイブの『失われた古代農耕・調理文化セクター』に書かれていた、神話時代の再現不可能なロスト・テクノロジーじゃない! 今の地球じゃ、牛や豚なんて存在すらしないし、誰もそんな非効率な調理法を知らないわ! でも、あなたにはその『本物の味の記憶』が完璧に残っているのね!?」


「え、ええ……。昨日のことみたいに覚えてるわよ」


「決まり! 私の超古代料理再現魂(パッション)に完全に火がついたわ!」


 ステラは叫ぶと、部屋のコンソールに向かって猛然とハッキングを開始した。空中ディスプレイに、三千年前の有機分子構造のデータや、失われた食材のレシピが濁流のように流れ始める。


「私の技術で、その『ラーメン』の分子構造をこの合成機で極限まで再現してみせる! ルナ、あなたが満足するまで、私は何度でも古代の味を作ってみせるからね!」


 目を血走らせて画面に向かう未来の少女の背中を見つめながら、私は苦笑しつつも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

 三千年の断絶を越えた先で、私は確かに、私の言葉と記憶を共有できる、最高の相棒を見つけたのだ。

今後の展開に興味を持っていただけたら、下部から☆の評価とブックマークをぜひお願いします。

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