第三話 三つの世界が交わる部屋★
西暦五千年という数字の重みに押し潰されそうになりながらも、私はステラのまっすぐな瞳を見つめ返し、自分のすべてを打ち明けることにした。
外見はエルフの少女、ルナリア。けれど、その根底にあるのは二十一世紀前半の地球――日本で生きていた男子高校生、五十鈴飛鳥としての記憶。そして、異世界ユトラントで大魔術師として生きた千年の歳月。
私の日本語の翻訳を通して、そのあまりにも荒唐無稽な身の上話を語り終えると、部屋には静寂が訪れた。ステラは空中ディスプレイの操作を完全に止め、放心したように私を見つめている。
「……あ、あの、やっぱり信じられないわよね? 死んで別の世界でエルフの女性に生まれ変わって、そこで千年過ごして、魔法でまた地球へ戻ってきたなんて、頭がおかしくなったとしか――」
私が言いかけると、ステラは突然、私の両肩をガシッと掴んでベッドに押し通すような勢いで顔を近づけてきた。
「信じる! 大・信・じ・る・わ! っていうか、最高に興奮してきた!」
ステラの瞳は、まるで超新星爆発でも目撃したかのように爛々と輝いていた。そのあまりの熱量と物理的な距離の近さに、私の心の中にいる「飛鳥」が激しくドギマギと警報を鳴らす。
ステラは私の肩を掴んだまま、狂ったように言葉を捲し立てた。
「つまりあなたは、私の生きるこの時代から見て『三千年前の過去の地球』を生きた五十鈴飛鳥という少年であり、同時に、私たちの宇宙とは異なる『別次元の世界ユトラント』を生きた現地種族の女の子、ルナリアなのね!? 三千年前の地球の生きた知識と、もっと過去のアーカイブデータ、さらに別次元の知的生命体の生態情報と、それを駆動させる未知の自然エネルギー『魔法』の体系……! 二つの世界を持つあなたがこの三つ目の、今の地球と邂逅しているのよ!? こんなの、歴史学者としても、オタクとしても、興奮しないでいられるわけがないじゃない!」
あまりの熱弁に、私はただ「は、はい……」と頷くことしかできなかった。
ステラはベッドの横で何度も足を踏み鳴らし、宙に浮かぶホログラムの暗号化データを愛おしそうに眺めている。
「別次元の種族、エルフ……。私たちが観測すらできなかった次元の壁を、あなたは精神だけで超えて、あっちの世界で肉体を得て、今度はその肉体ごとこっちの次元に転移してきた。これって、私たちの世界で言う『最先端の技術』と理論的には同じなのよ」
「……同じ技術が、この世界にあるの?」
私の問いに、ステラは少し落ち着きを取り戻し、人差し指を立てて説明を始めた。
「ええ。今の地球では、超富裕層限定の技術だけどね。『クローン体への精神と記憶の完全転送技術』。肉体が寿命を迎える前に、自分の遺伝子から作った新しい身体へ、ナノマシンを介して脳の電気信号と量子記憶を丸ごとコピーするの。つまり、あなたが三千年前に経験した『転生』は、未知の自然の力――あなたの言うマナとか魔法とか呼ばれるシステムによって、次元の壁を超えて行われた精神転送の超現象ってこと! 科学がようやく追いつきかけた奇跡を、あなたは生身で体現しているのよ」
ステラの解説は、異世界の魔法を科学の言葉で解体していくようだった。
西暦二千年代の地球、千年暮らした異世界ユトラント、そして西暦五千年の地球。
三つの交わらないはずの世界の知識が、このサイバーでジャンク感溢れる部屋の中で不思議な調和を見せている。
しかし、興奮の絶頂にいたステラが、急に真剣な顔をして声を潜めた。
「……ただ、だからこそ、あなたの存在はヤバすぎるわ。もしこのことが、都市を管理する中央AIや、バイオ系大企業に知られたら、あなたは一瞬で『極上の生態サンプル』として確保される。間違いなく、生涯をどこか研究所のケースの中で過ごすことになるわ」
「サ、サンプルって……解剖されたりするの?」
エルフの身体が恐怖で小さく震える。千年間、最強の大魔術師として君臨していたプライドなど、この未知の超科学の世界では何の盾にもならない。
すると、ステラは私の手をぎゅっと握り締め、力強く微笑んだ。
「安心して。私があなたを絶対に守るから。この隠れ家は、あらゆる電磁波と量子スキャンを遮断する私のお手製セーフハウスよ。ここにいる限り、誰にも見つからないわ」
その温かい言葉に救われながらも、私は胸の奥につかえていた、もう一つの「割り切れない想い」を口にしてしまった。それは、異世界でも、そしてこの未来の世界でも、誰にも言えなかった、歪んだ自己嫌悪だった。
「ねえ、ステラ……。君は、私のことを気持ち悪いと思わない? 中身は三千年前の男なのに、こんな普通と少し違う見た目の女の身体になって、仕草も言葉遣いもすっかり女になって……。そんな歪な存在、不気味じゃない?」
ユトラントで暮らしていた時、飛鳥としての男の記憶が、ルナリアとしての女の肉体と言動を、どこかで拒絶し続けていた。千年間、一人で抱えてきたその問いに、ステラは拍子抜けするほどあっさりと首を横に振った。
「え? 別に? 何が気持ち悪いの?」
「え、だって……男の心があるのに、女の見た目で……」
困惑する私に、ステラは不思議そうに笑ってみせた。
「あのね、飛鳥――ううん、ルナリア。私の生きるこの時代ではね、ナノマシンによる肉体改造が当たり前なの。自分の容姿はおろか、性別だって、気分や社会的役割に合わせて遺伝子レベルで自由に変えられるわ。身体の性と、心の性が一致していないなんて、今じゃ全く珍しくないの。だから、あなたが元男だろうが、今が完璧な異種族の美少女だろうが、何の問題もないわ。私は、三つの世界をその身に宿した、最高に神秘的で可愛いあなたという存在そのものに、完全に恋しちゃいそうなだけなんだから!」
「へ、へあっ!?」
ステラが私の顔を覗き込み、形の良い唇をいたずらっぽく歪める。
女の身体なのに、男の記憶を持つ私。そんな私を、ステラは世界の誰よりも自然に、そして全面的に肯定してくれたのだ。
三千年前の過去、千年の異世界、そして二千年後の未来。
そのすべての時間と空間が、ステラの優しい笑顔の中で、確かに繋がり、溶け合っていくのを私は感じていた。
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