第十三話 看板娘の技術革新★
突如として襲来した中央AI直属の高性能自律暗殺ドローン『ドレッド・スフィア』との激闘から明けた翌朝。
私とステラの秘密のセーフハウスは、昨夜の緊迫感が嘘のように、穏やかな電子の光に包まれていた。吹き飛ばされたチタン合金製の天井ハッチは、ステラが徹夜で予備の装甲板を溶接して応急処置を施し、ドローンの残骸は彼女の手によって完全に解体され、新たな電子回路の原材料として仕分けられていた。中央AIへの通信ログ偽装も完璧に機能しており、今のところ私たちの居場所が再探知される兆候はない。
「よしっ! それじゃあルナ、私は昨夜のドローンの残骸から引っこ抜いた『ナノ結晶装甲の変質コア』を闇市場に卸して、ついでに潜水艇の強化パーツを買い出してくるわ!」
ステラは大きな工具バッグを肩に担ぎ、昨日手に入れた十万クレジットのチップを数枚ポケットに忍ばせて、フットワーク軽く歩行回廊へと飛び出していった。
「留守中の店のほう、お願いね! 基本は持ち込まれたジャンクの型番をスキャンして、買い取り価格のデータベース通りに電子マネーを振り込むだけだから! 怪しいゴロツキが来たら、裏口の電子ロックを閉めてセーフハウスに逃げ込むのよ!」
「ええ、気をつけていってらっしゃい、ステラ」
私は彼女の栗色の髪がネオンの霧の向こうへ消えていくのを見送り、一人、表の店舗である『ステラ・ジャンク・リカバリー』のカウンターの奥に腰掛けた。
ここは第八下層セクターの片隅に位置する、お世辞にも綺麗とは言えないジャンクパーツ屋だ。壁一面の棚には、出所不明のサーボモーターや、泥に塗れた人工眼球、錆びついた油圧シリンダーが乱雑に積み上げられている。
私はステラに用意された、丈の短い黒のサイバーレザートップスとミニスカートという、相変わらずお腹のあたりがスースーとする前衛的なストリートファッションのまま、店番を開始した。
耳元にはエルフの長い尖り耳を隠すための大きなサイバーヘッドホンをきっちりと装着している。
周囲を行き交う人々にとって、私は「少し変わったコスプレじみたヘッドホンを頭につけた、銀色の髪の少女」にしか見えないはずだ。この地球の未来世界において『エルフ』という架空の幻想種族は誰も知らず、私をただの生身の人間として認識している。
(店番、か。なんだか少し懐かしいわね……)
私はカウンターのタッチパネルを操作しながら、前世である「五十鈴飛鳥」としての記憶を思い返していた。
二十一世紀の日本に生きていた頃、私は高校一年生の夏休みから、高校二年生の冬に不慮の事故で亡くなるまでの約一年半の間、自宅の近くにある大手チェーンのコンビニエンスストアでアルバイトをしていた。お小遣い稼ぎと、両親から「少しは社会勉強をしてきなさい」と言われたのがきっかけだった。
あの頃は、毎日のようにやってくる理不尽なクレーマーの対応に追われたり、深夜の検品作業で睡魔と戦ったり、マニュアル通りの丁寧な接客お辞儀を店長から厳しく叩き込まれたりしたものだ。
(あの時のアルバイト経験が、まさか三千年後の未来の地球で役に立つなんて、人生(二周目だけど)何が起こるか分からないわね)
私が一人で小さく苦笑していると、店舗のセンサーが反応し、プシューという排気音と共に錆びついた自動ドアが開いた。
足を踏み入れてきたのは、この下層セクターを根城にしている、いかにも気性の荒そうな二人のジャンク乗りだった。一人は右腕が丸ごと無骨な金属製の掘削用ドリルになっており、もう一人は顔面の半分に不気味な複眼のサイバーアイを明滅させている。彼らはカウンターの奥にいる私を見るなり、その足をピタリと止めた。
「あァ? なんだあ、ステラの小娘は留守か? 見ねえ顔のガキが座ってやがるな」
「おいおい、なんだその上等な銀髪の嬢ちゃんは。ステラのやつ、どこからこんな極上の娘を囲い込んできやがった」
二人は下卑た笑い声を上げながら、ドスドスと無骨な金属足音を立ててカウンターへと近づき、油まみれの大きな金属の塊をドスンと机の上に置いた。それは、下層の重機ドローンから力技で引き抜いてきたとおぼしき、完全に沈黙した『高出力アクチュエーター基盤』だった。
「おい、パーツ屋の臨時の姉ちゃん。この基盤、内部の量子回線が焼き切れてやがる。ステラの小娘なら、買い取りはせいぜい二百クレジットって言うだろうが、今日のところは姉ちゃんの可愛い顔に免じて、三百クレジットで引き取ってもらおうじゃねえか。なぁ?」
ドリル腕の男が、脅すようにガリガリと机をドリルで引っ掻く。データベースの適正価格を見れば、完全に破損したこの基盤の価値は五十クレジットにも満たない。明らかな買い取り価格の吊り上げ、いわゆる下層のゴロツキによる軽い恐喝だった。
普通の少女であれば、彼らの威圧的な改造肉体と荒々しい口調に怯えて、言われるがままに電子マネーを振り込んでしまうかもしれない。
だが、彼らは致命的なまでに相手を間違えていた。
私の中身は、理不尽なコンビニクレーマーの無理難題を笑顔で受け流し続けた元アルバイト店員であり、同時に、異世界ユトラントにおいて、一癖も二癖もある傲慢な王侯貴族や、一国の命運を握る気難しい宮廷魔導師たちを相手に、高度な政治的駆け引き(社交)を繰り広げてきた大魔導師ルナリアなのだ。
「――いらっしゃいませ。ステラ・ジャンク・リカバリーへようこそお越しくださいました。本日は店主のステラが不在のため、臨時で店番を仰せつかっております、ルナリアと申します」
私はスッと椅子から立ち上がると、二十一世紀の日本のコンビニで徹底的に叩き込まれた、完璧な角度(三十度)の美しいお辞儀を披露した。流れるような所作。そして、ユトラントの宮廷夜会で数多の貴族や騎士たちを魅了した、凛とした気品あふれる極上の笑みを浮かべて、二人のジャンク乗りを真っ正面から見つめ返した。
「な……ッ!?」
男たちの下卑た笑いが、一瞬にして凍りついた。
この第八下層セクターは、暴力と罵声が日常茶飯事の、泥と鉄錆に塗れた混沌のストリートだ。そんな場所に、まるで最上層の特権階級の高級サロンからそのまま迷い込んできたかのような、洗練された「美」と、非の打ち所がない「丁寧な接客」を持つ少女が突如として現れたのだ。その圧倒的なギャップと、私のエルフとしての神秘的なオーラに、男たちは本能的に気圧されてしまったようだった。
「お持ち込みいただきましたのは、第六世代型の重機用アクチュエーター基盤ですね。お目が高い。非常に頑強で優れたパーツです。……ですが、おっしゃる通り、内部の第一から第三量子伝達経路が、過度な負荷によって完全に融解し、沈黙してしまっているようです」
「あ、あァ……? 分かってるなら話が早い。どうせ直せねえゴミだからよ――」
「いいえ、滅相もございません。お客様が大切に使われていた貴重な資材です。私どもジャンク屋の手で、再び息を吹き込ませていただきます。……ほんの少々、お時間をよろしいでしょうか?」
私はそう言うと、カウンターの上に置かれた油まみれの基盤に、そっと細い右指先を触れさせた。
彼らには、私がただパーツの状態を手動で検査しているように見えただろう。だが、私の脳内では、構造解析魔術――『物質解析』の高度な術式が、コンマ数秒の速度で展開されていた。
未来世界のエレクトロニクス回路。けれど、その本質は「電気信号の通り道を、いかに効率よく配置するか」という物理的なパズルに過ぎない。魔術文字の回路を最適化する日々に比べれば、この程度の破損など、子供の砂遊びのようなものだった。
(第一経路の結節点に、微かなマテリアルの歪み。第二経路は完全に断線しているわね。……よし、『魔力置換・構造再結合』を並列実行)
私の指先から、目に見えない琥珀色の魔力粒子が基盤の内部へと染み込んでいく。魔法の力は、焼き切れていたナノ金属の結合を原子レベルで瞬時に再結合させ、歪んでいた量子伝達回路を、メーカーの初期出荷状態以上の完璧な配列へと強制的に書き換えていく。
わずか三秒の後。
完全に沈黙していたはずの金属の塊が、プツン、という小さな駆動音と共に、極めて美しく均質な、鮮やかな青い量子光を放って完全に再起動した。
「ひ、ひえっ……!? おい、今、基盤のインジケーターが緑(正常)に点灯したぞ!?」
「バカなっ!? スキャナーも、は、ハッキング端末も使ってねえのに、触っただけで一瞬で直りやがった……っ!?」
二人のジャンク乗りが、驚愕のあまりサイバーアイを狂ったように点滅させ、ドリルの腕をガタガタと震わせた。彼らの科学的な常識では、目の前で起こった「一瞬での完全修理」という現象を処理しきれなかったのだ。
「お待たせいたしました。内部の伝達エラーをすべて修正し、出力効率を従来比で百十五パーセントまで引き上げておきました。これほどの極上品を当店にお持ち込みいただいたのです。通常であれば五十クレジットのところを……お客様のその素晴らしい目利きに敬意を表し、特別に『八百クレジット』で買い取らせていただきたく存じます。いかがでしょうか?」
私は完璧な微笑みを崩さず、カウンターのタッチパネルを操作して、提示された買い取り価格を表示した。
直るはずのないゴミが一瞬で最高級の修理パーツへと生まれ変わり、さらに予想を遥かに超える高額の電子マネーが提示されたのだ。
「は、八百クレジット……っ!? おい、これがあれば今夜は合成酒じゃなくて、本物の本物の肉が食えるぞ!」
「おうっ! 交渉成立だ、成立! いや、ありがてえ! おい、ルナリアの嬢ちゃん、あんた最高のジャンクマスターだ! いや、女神様だ!」
さっきまでの威圧的な態度はどこへやら、二人の男たちは子供のように大喜びしながら電子マネーの入金を確認すると、「またいい獲物を拾ったら真っ先にここに持ってくるからな!」と言い残し、何度も深々とお辞儀をしながら店を飛び出していった。彼らの心は、ルナリアの完璧な接客と、圧倒的な技術の前に、完全に虜にされていた。
――そして、これが、第八下層セクターに吹き荒れる『ジャンク屋の奇跡』の、ほんの始まりに過ぎなかった。
あの二人のジャンク乗りがストリートの酒場で「ステラの店に、触るだけでどんなゴミでも一瞬で直す、最高に綺麗で丁寧な銀髪の女神様がいる」と言い触らした結果、その噂は瞬く間に下層セクター全体へと爆発的な勢いで拡散していった。
昼を過ぎる頃には、『ステラ・ジャンク・リカバリー』の店舗の前には、壊れたサイバーウェアやドローンのパーツを抱えたジャンク乗りやストリートの住人たちが、信じられないほどの長い大行列を作っていた。
「おい、ルナリアの嬢ちゃん! 俺のこの自慢のドリル腕、油圧のバランスが狂ってガタついてるんだが、見てくれねえか!」
「いらっしゃいませ、お客様。掘削用の油圧アクチュエーターですね。長年の過酷な労働に耐えてきた、素晴らしい相棒とお見受けします。少々拝見しますね。……はい、内部のシリンダーの歪みを修正し、圧力を最適化いたしました」
「うおおっ!? 軽い、軽いぞ! 新品の時より滑らかに回りやがる! ありがとう、嬢ちゃん!」
「お役に立てて光栄です。またのご来店を、心よりお待ちしております」
私は日本のコンビニ仕込みの、どんなに忙しくても絶対に切らさない迅速な手際(マルチタスク作業)で、次々と持ち込まれるジャンクパーツの山を捌いていった。来店する客は、私の耳元のヘッドホンを見て「きっと最上層の最新ハッキングツールを仕込んでいる凄腕のエンジニアなんだろう」と勝手に納得し、エルフの魔法であることには微塵も気づいていない。
さらに、時折列に混ざる、下層セクターを実質的に支配している気難しい裏社会の幹部や、大物の闇ディーラーたちが、試すような態度で無茶な要求をしてきても、私はユトラント世界の数多の国々の王侯貴族を相手にしてきた外交経験を存分に発揮した。
相手のプライドを完璧に満たしつつ、こちらの利益を確実に確保する、優雅で隙のない対話術。それに魅了された大物たちは、誰もが顔を赤らめ、最後には財布の紐を緩めて「これをご祝儀として受け取ってくれ」と、チップを上乗せして置いていく始末だった。
夕方になり、ネオンの霧が再び紫色の濃さを増す頃。
工具バッグを抱えたステラが、ようやく買い出しから戻ってきた。彼女は自分の店舗の前にできている、見たこともないような大行列と、店から溢れんばかりに鳴り響く「ルナリア様!」「女神様!」という下層の男たちの歓声を見て、完全に開いた口が塞がらない様子で立ち尽くした。
「え、ええええええええええっっっ!? な、何これぇぇぇ!? 私の店が、下層のメガモールみたいになってるんだけど!?」
ステラは人混みをかき分け、大急ぎでカウンターの奥へと滑り込んできた。
カウンターの上の売上金データバンクを見た瞬間、彼女の琥珀色の瞳はこれ以上ないほど丸くなった。画面に表示されていたのは、一日だけのジャンク屋の売り上げとしては、ネオ・エデンの歴史を塗り替えるレベルの、莫大なクレジットの数値だった。
「う、嘘……っ、本日の純利益、三万五千クレジット……!? ルナ、あなた、一体何をやらかしたのよぉ!」
「ふふ、ただステラに言われた通り、店番をして、持ち込まれたガラクタを少し綺麗にしてあげただけよ」
私は最後のお客様を丁寧なお辞儀で見送ると、パチリとタッチパネルを閉じて、少し疲れたようにふぅと息を吐き出した。
慌てふためくステラの横顔を見つめながら、私は今度は、一人の少女としてのいたずらっぽい笑みを浮かべてみせた。元男子高校生としての小市民的な達成感と、大切な少女の「家」であるこの店を大繁盛させられたという誇らしさが、胸の奥を心地よい温かさで満たしていく。
二人の無敵の等価交換契約は、超科学の世界の日常すらも、驚異的な速度で革新し始めていた。




