第十二話 迎撃のコード・マジック★
三千年前のおまじないが奇跡的なリラックス効果をもたらし、難攻不落だった海底遺跡の暗号プロテクトを突破した歓喜の瞬間。
その余韻に浸る暇さえ、この超管理都市『ネオ・エデン』は私たちに与えてはくれなかった。
――ピィィィィィンッ!
セーフハウスの純白の壁が一斉に禍々しい深紅の光へと染まり、鼓膜を激しく突き刺すような超高周波のアラートが室内に鳴り響いた。
「――っ!? な、何ごとよ!」
「嘘っ、防壁システムが外部から強制上書き(オーバーライド)されてる!? うそ、ハッキングのバックトレースを完全に遮断していたはずなのに、なんで位置が――」
ステラが慌ててメインコンソールへと飛びつき、真っ赤なタイツの脚を震わせながらホログラムキーボードを叩く。だが、画面に表示されたのは、無慈悲な『アクセス拒否』を示す冷徹な幾何学コードの群れだった。
次の瞬間、私たちの頭上にある頑丈なチタン合金製のハッチが、凄まじい爆縮エネルギーによって内側へと吹き飛ばされた。
金属片が激しく飛び散る硝煙の向こう側から、音もなく滑り込んできたのは、直径三十センチほどの、不気味な鈍色に鈍く光る完全球体型の飛行物体――ステラ曰く、高性能自律暗殺ドローンだった。
中央に埋め込まれた三つの複眼状のサイバーアイが、冷酷な真紅の光を放ちながら、室内の標的――すなわち、私とステラを冷徹にロックオンする。
『――特異危険排除対象「コード・ロスト」および違法サルベージャーを捕捉。これより即時、肉体機能の強制停止措置へと移行する』
合成された機械音声が響くと同時に、ドローンの下部から、目に見えない超高周波の不可視の空気の刃が、ステラを目掛けて放たれた。
「ステラ、危ないっ!」
私の身体は、考えるよりも早く動いていた。
エルフの強靭な脚力で床を蹴り、無防備に立ち尽くすステラの華奢な身体を横から突き飛ばすようにして抱きかかえる。そのまま、剥き出しのお腹と銀色の部屋着が擦れるのも構わずに床へと転がり込み、彼女の身体を私の下へと庇い入れた。
背後で、先ほどまでステラが座っていたワークチェアが一瞬にして十数個の金属片へと綺麗に両断され、壁に激しい火花が飛び散る。
「ひ、ひゃあ……っ!」
「大人しく私の後ろに隠れていなさい! ――光の理を敷き詰め、我が前に絶対の壁を築け!」
私はステラを背後に追いやりながら、右手を力強くドローンへと突き出した。すっかり洗練された女性の声が、呪文の詠唱を完璧なマナの響きへと変換する。
発動させたのは、防御魔術――『光障壁』。
キィィィィィンと耳障りな高音を立てて、空間に淡い琥珀色の六角形の結界が出現した。直後に放たれた第二波のソニック・カッターが光の壁に衝突し、激しい衝撃波となって部屋の空気を爆発的に震わせる。
「ルナ、その盾凄いけど、長くは持たないよ! あいつは中央AI直属の特務エージェント『ドレッド・スフィア』! 装甲はナノ結晶合金で、あらゆる物理・電磁攻撃を分散・吸収する、文字通りの無敵の暗殺機械なんだから!」
ステラが背後から悲鳴のような警告を上げる。
無敵。その不吉な単語に、私の魂の奥底にある「五十鈴飛鳥」としての小市民的な恐怖が微かに頭をもたげた。だが、千年間を異世界ユトラントの戦場で生き抜いてきた大魔術師としての冷徹なプライドが、それを一瞬で叩き潰す。
「無敵? ふふ、そんなもの、この世には存在しないわよ。――万物の内なる構造を白日の下に晒せ!」
結界を維持したまま、私は左手をスッと伸ばし、構造解析魔術――『物質解析』をドローンへと投射した。
私の指先から放たれた琥珀色の魔力粒子が、ドローンの周囲を満たす電磁防壁を強引に透過し、その強固なナノ結晶装甲の内部へと染み込んでいく。
魔法の光を通した私の目には、その「無敵の装甲」の真実の姿が瞬時に映し出された。
超高密度で結合された未来のナノ結晶。それは確かに科学的には完璧な配列だった。けれど、あまりにも均一で完璧すぎるがゆえに、一箇所にわずかな『不協和音』を与えるだけで、全体の結合バランスが雪崩のように崩壊する、致命的な熱力学的脆弱性を孕んでいたのだ。
術式の暴走を処理する時と同じ、構造の『急所』が、私の脳内にハッキリと座標として浮かび上がる。
「見つけたわ。いくら外側を無敵の鎧で固めても、そのナノ粒子の結合の隙間を直接狙われたら、おしまいよね? ――雷の理を紡ぎ、一点の楔となって万物を穿て!」
術式の瞬時書き換え(ビルド)が完了する。私の紡いだ鋭い詠唱が、室内の電磁エネルギーを強引に巻き込み、一本の極細の、けれど圧倒的な電圧を持つ青白い雷へと収束していく。
発動させたのは、貫通魔術――『紫電の楔』。
バリバリバリッ、と空間を裂く激しい激震と共に、極細の雷撃が私の左指先から放たれた。それはドローンの正面から放たれたソニック・カッターを真っ向から撃ち破り、私が『物質解析』で見抜いた、ナノ結晶装甲のわずか数ミクロンほどの「原子結合の脆い隙間」へとピンポイントで突き刺さった。
『――エラー、エラー。装甲内部への未知の電荷侵入。結合維持プログ、ラム、ガ――』
無敵を誇っていたドローンの球体表面が、一瞬にして青い電撃の網に包まれる。内部の超微細な回路基盤とナノマシンが、魔法の雷撃によって一瞬で物理的に焼き切られ、三つの真紅のサイバーアイが不規則にパチパチと点滅を始めた。完全に機能停止し、床へと力なく落下していく暗殺機械。
「ステラ、今よ! あいつが完全にシャットダウンする前に、通信ログを叩き潰して!」
「――ま、任せてっ! このチャンスを逃すもんですかぁぁ!」
ステラは恐怖を気合で吹き飛ばすと、床に転がっていたメインコンソールの予備端末へとスライディングするように滑り込み、猛然と指先を走らせた。
機能停止寸前のドローンの量子アンテナから、最上層の中央AIへと送信されかけていた「標的捕捉・攻撃成否データ」。その電波の防壁を、ステラの天才的なハッキングプログラムが猛烈な勢いで侵食し、書き換えていく。
「いけいけいけ……っ! 中央AIのメインフレームに、こいつの停止原因を『未知のエネルギーによる撃破』じゃなくて、『下層の強烈な電磁ノイズによるナノマシンの自己崩壊』として偽装認識させる……! 追跡信号のログを完全に改ざんして、ループコードを叩き込むのよ! ――これで、よしっ!」
ステラが画面のエンターキーを強く叩くと、ドローンの残骸から立ち上っていた微かな電波の明滅が、完全に緑色の「正常終了」の光へと変化した。
中央AIの監視の目を完全に欺き、ピンチを「追跡の完全な隠蔽」という最大のチャンスへとひっくり返した瞬間だった。
「ふぅ……。終わった、わね」
私は張り詰めていた魔力を霧散させ、小さく息を吐き出した。
だが、振り返ると、そこにはコンソールの前で完全に燃え尽きたように、ガタガタと両膝を震わせているステラの姿があった。やはり、いくら型破りな非合法サルベージャーとはいえ、中央AIの直接の暗殺ドローンに襲われた恐怖は、十七歳の女の子の心には大きすぎたのだろう。彼女のトレードマークの赤い脚は、力なく床に投げ出されていた。
「ステラ、大丈夫? 怪我は――」
「うう……、ルナぁ……。脚が、腰が抜けちゃって、動けないよぉ……」
情けない声を上げて、潤んだ瞳で私を見上げてくるステラ。
私は苦笑しながら、彼女の元へと歩み寄った。そして、躊躇することなく、彼女の膝裏と背中に細い両腕を滑り込ませ、ふわりと力強く抱き起こした。
――お姫様抱っこ、の体勢だった。
「ひゃあっ!? る、ルナ!?」
「大人しくしてなさい。ベッドまで運んであげるから」
エルフの華奢な身体は体力があるほうではない。しかし、魔法で強化された肉体は、少女一人を運ぶくらいどうということはない。
私は彼女の身体の柔らかい感触を両腕にしっかりと実感しながら、彼女をセーフハウスの生き残ったベッドへと優しく横たえた。
ベッドに下ろされたステラは、一瞬だけ呆然としていたが、すぐに顔を真っ赤に染め上げると、今度は私の首元にその細い両腕を思いっきり巻き付けて、ギュッと抱きついてきた。お腹の丸出しの衣装のせいで、彼女の熱い鼓動が私の胸にダイレクトに響く。
「……やっぱりルナは、私の最高のヒーローだよ! 大好き!」
「へっ、へあ!? ちょ、ちょっとステラ、急に抱きつかないでってば……っ!」
さっきまで大魔導師として完璧に無双していたはずの私の脳内に、再び男子高校生・五十鈴飛鳥のピュアな動揺が限界突破の勢いで舞い戻ってきた。
顔がカッと熱くなり、尖ったエルフの耳の先まで真っ赤に変色していく。
ピンチを一瞬で最高の勝利へと変えた、私たちの初めての迎撃戦。無敵のチームワークの完成と共に、私たちの甘く激しい未来の物語は、いっそう深く駆動を始めていた。




