第8話:ナイトネア城にて
「あとどのくらいだ…?」
「もう少しで着きますよ」
大輝と誠は、王都の中心に厳かにそびえ立つナイトネア城へと急ぎ足で向かっていた。
__話は、十五分前に遡る。
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「一先ずナイトネア城へ向かいましょう。国王様と直談判をします。…石射秋の話については、後ほど」
「いったい何を…?」
「聖騎士団を呼び戻してもらいます。明日に控える魔族の襲撃を、彼女たちなしで乗り越えるのは不可能でしょうから…」
「聖騎士団」という聞きなれない言葉に、大輝は首をかしげる。
そんな大輝の様子を察して、誠は言葉を足した。
「聖騎士団と言うのは、大剣国家ナイトネアが誇る最高戦力です。昨日から郊外の魔獣討伐のために遠征に向かったばかりで、暫く本国には戻らない予定だったんですがね…。襲撃のタイミングが重なっていることを考えると、その情報が漏れていたのかもしれません」
大輝は改めてこの事務所を訪ねて正解だったと感じた。
妹を救うための石射秋の情報だけでなく、魔族の襲撃を乗り越えるための具体的な手立てまで得られるとは思ってもいなかった。
「寧音は星羅さんと一緒に居てくれ。できれば発病する前の状態でトキさんに診てもらいたい。くれぐれも、彼女を寝かせないように。何かあったらすぐ僕に連絡して」
誠は二階で熟睡していた寧音を容赦なく叩き起こし、客間へと連れてきていた。
寧音は睡眠を邪魔されてあからさまに苛立っていたものの、事情が分かると快く引き受けてくれた。
「星羅ちゃんのことは私に任せて!絶対に大丈夫だからね!」
「…頼んだ」
去り際に大輝が振り返っても、星羅は相変わらず、下を向いて黙ったままだった。
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さらに三分ほど夜道を走ると、ようやくナイトネア城の全貌が視界に入ってきた。
月光に照らされた薄灰色の石レンガと、鮮やかな青色の屋根が特徴的な巨城だ。壁の至る所には、二振りの剣が交差した意匠の、青いエンブレムが掲げられている。
「こっちです」
誠に先導されて重厚な城門へと近づくと、門番と思われる男が二人、眠たそうに剣を携えて立っていた。
だが、彼らは大輝たちの姿を認識するや否や、鋭い声を張り上げて進路を塞ぎ、冷たい刃を突き付けてきた。
「止まれ!何者だ!?」
「待ってください、僕たちは怪しい者じゃありません。ほら」
誠は慌てる風もなく門番たちを宥めると、懐から一枚の名刺を取り出し、そのうちの一人に手渡した。
「桧垣探偵事務所代表…桧垣、誠?」
男は不審そうに名刺を読み上げてこちらを見ると、隣に立つもう一人の衛兵と何やら話し始めた。
話を終えた兵士たちは、もっともな疑問をこちらに投げかけてくる。
「……で、何の用だ?」
「国王様とお話がしたいんです」
「こんな時間にか…?」
誠の返答に、彼らはあからさまに訝しげな目を向けた。
時刻は既に二十五時を回っていた。
「緊急の要件なんです。明日になってからでは、手遅れになるかもしれません」
真剣な誠の眼光に気圧されたのか、衛兵たちは再び顔を見合わせた。
大輝もまた、頭を下げて懇願したものの、兵士たちは困り果てて眉をひそめるだけだった。
「そうは言われてもな…、国王様はもう__」
衛兵の一人がそう口を突いた時、
「騒がしいな…何事だ?」
城門が開き、深緑色のマントを纏った四十代ほどの男が現れた。
彼が姿を見せた瞬間、衛兵たちの態度は一変し、直立不動の姿勢で鋭く敬礼を捧げた。
「こ、国王様!お休みのところ、大変申し訳ございません!」
どうやら、この気品に満ちた男性こそが国王らしい。大輝と誠も衛兵たちに遅れて深くお辞儀する。
「…この者たちは?」
「はっ、実は…」
門番の一人が手短に事情の説明をしてくれた。
国王は静かに話を聞き終えると、大輝たちの方を真っすぐに向き直った。
「なるほど…、一先ず中へ入りなさい」
国王直々の先導により、大輝たちは城内へと足を踏み入れた。
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城の中も外見と同様に青を基調としており、非常に落ち着いた雰囲気だった。
廊下の壁には、やはり青地に剣が描かれた大旗が掲げられている。
「広いな…」
大輝の口から、思わず圧倒されたような感嘆の声が漏れる。
「そうでもないさ。他国に比べれば、まだまだ小さなものだよ」
国王は朗らかに笑って謙遜した。その言葉の端々から、彼の人柄の良さが伝わってくる。
月明かりが差し込む大廊下を渡り、大輝たちはひと際大きな長方形のテーブルが据えられた部屋へと案内された。扉の上部には「応接室」と洒落た細工文字が刻まれている。
「座りたまえ」
二人は国王に促され、見るからに高級そうな椅子を引き、腰を下ろした。
やわらかい青色のクッションが身体を優しく受け止め、極上の座り心地である。
誠も「この椅子、事務所のものとは比べ物にものにもなりませんね…」などと、心を打たれているようだった。
二人が着席したのを見届け、国王は口を開いた。
「自己紹介が遅れてすまない。私は大剣国家ナイトネアの国王__『キルギス・ナイトン』だ」
そう言って手を差し出してきたため、それぞれしっかりと握手を交わし、二人も名乗りを上げた。
「奇石野大輝だ」
「桧垣 誠と申します。西自治区で探偵業を営んでいます」
誠はここぞとばかりに、名刺を国王に手渡していた。
国王は両手で丁寧にそれを受け取ると、表情を引き締め、本題を切り出した。
「それで…緊急の事態というのは一体?」
大輝は横目に誠の顔を見ると、ちょうど視線が合った。
「説明は任せた」と言われたような気がしたため、大輝は今までのループで得た情報をありのままに説明することにした。
「信じてもらえるかは分からねぇが、俺は死んでも当時の記憶を持ったまま過去へ蘇ることが出来る。そして…俺が今まで繰り返した全ての世界線で、この国は明日、魔族による襲撃を受ける」
大輝の礼儀を欠いた言葉遣いを衛兵が注意したが、国王は気にせず話を続けるように促した。
「大輝さんが観測した全てのルートにおいて、王国は壊滅状態に陥ったそうです。これが何を意味するか、国王様ならお分かりですね?」
誠が言葉を添えると、キルギス国王は真剣な表情のまま、ゆっくりと深く頷く。
「現状の戦力での太刀打ちは不可能です。どうか今すぐにでも、遠征中の聖騎士団に帰還要請を出してください」
「…なるほど。だが…君たちが我々を陥れようと嘘をついている可能性もあるわけだ」
試すような、脅しともとれる重い言葉に、誠は即座に言葉を返した。
「ええ。ですので__もし何も起こらなければ、国王様のお好きなように。処刑していただいても構いません」
誠の真剣な眼光を見つめ、国王は納得したように頷き、すぐさま部屋の外に控えていた兵士たちへ命令した。
「騎士団に遠征を中止し、一刻も早く王国へ帰還するよう伝えてくれ」
「「はっ、直ちに!」」
「…あの、俺がこんなこと言うのも変だけど、信じるのか?」
大輝が困惑するのも無理はなかった。
あまりにも話が通り過ぎている。深夜に突如転がり込んできた、信憑性の欠片もない不審者の妄言ともいえるような話を、一国の王がここまで容易に信じるなど、普通はありえないことだ。
「ああ。明確な根拠はないが…わざわざこんな夜中に駆けつけて、ナイトネアの危機を伝えてくれたんだ。国を救おうと行動してくれた者を疑ったままでいるなど、あまりにも無礼ではないか」
「そういうもんか…?」
その返答に自分たちが信用された論理的理由はなかったが、大輝にはこの国王が、どれほど深く民を愛し、人情に篤い人物であるかが良く分かった。
「国王様!聖騎士団は遠征を中止し、現在本国へ帰国中です!到着までおよ六時間を予定しています!加えて、現在ナイトネア城内に控えている衛兵総員、武装を完了いたしました!」
命令を受けた兵士たちが、多くの衛兵を連れて戻ってきた。
各員が白く光る重厚な甲冑に身を包んでおり、片手には剣を携えている。
「総員に告ぐ!各員で手分けして、全国民へ緊急の避難勧告を発令せよ!避難場所は剣術学校校舎、当城の敷地、並びに秘匿要塞シークリアとする!国民全員の避難が完了し次第、報告せよ!」
「「はっ!!」」
国王の号令に衛兵たちは一糸乱れぬ敬礼で応じ、波のように部屋を出て行った。
彼らを見送った国王は大輝たちの方へ向き直ると、思いがけない提案をしてきた。
「君たちには城の空き部屋を貸すから、そこで身体を休めるといい」
「いやいや、俺たちにも手伝わせてくれ!国民全員を避難させるなんて、人手がいくらあっても足りねぇだろ!?」
「いいや、君たちに任せるわけにはいかない。自分の国くらい、自分たちの手で守らせてくれ。国を守るのも私の仕事だからね」
そう言われては何も言い返せないので、二人は国王の大きな度量に甘え、休ませてもらうことにした。
衛兵に案内された先では、贅沢なことに一人一部屋ずつ個室が用意されていた。
大輝は誠が部屋の扉を開ける直前、ずっと気にかかっていた疑問を投げかけた。
「なぁ__誠は俺のことをどこまで知ってんだ?」
「…全く知りませんよ。僕は奇石野大輝を名乗る者が現れたら、そう尋ねろとしか言われてないんですから」
誠はそれだけ言い残すと、部屋の中へと消えていった。
大輝もまた、部屋のドアを開けた。
高級そうな銀色のベッドフレームに、鮮やかな青色の羽毛布団が綺麗に整えられている。
今夜はよく眠れそうだ。




