第9話:白銀聖騎士団と暗黒の騎士
「本当に魔族が現れるのか?」
「さあ......?」
厚い扉の向こうから漏れ聞こえる話し声で、大輝は目を覚ました。
キルギス国王の号令通り、王都の国民たちはこの堅牢な城内に避難してきているようだった。
身支度を整えて部屋を出ると、避難民で込み合う廊下の喧騒の中に佇む誠の姿を見つけた。
「おはよー。凄い人の数だな…。騎士団は間に合ったのか?」
「はい。明け方、無事に本国へ到着したそうですよ」
誠に促されて知覚の小窓から外を見下ろすと、白一色に統一された隊服に身を包んだ剣を携えた騎士たちが、城壁を取り囲むように陣を敷いていた。その数、ざっと三百。
「僕たちも向かいましょう」
誠の呼びかけに頷き、二人は螺旋階段を駆け下りて、騎士団が列を成す城門へと向かった。
間近で見る彼らの純白の隊服はよりその輝きが引き立って見え、両肩の装甲にはナイトネアの国章である交差した剣の紋様が刻まれているのが分かった。
すると、大輝たちの接近に気づいた精鋭らしき数名が、隊列から離れてこちれへ近づいてきた。
「君が、大輝くん?」
「あ、ああ…」
真っ先に気さくな声をかけてきたのは、背の高い、ショートボブの銀髪に新緑の瞳が印象的な女性だった。しかし、その華奢な容姿とは裏腹に、背には熊程度なら軽く両断できそうな大剣を背負っている。到底、一般的な女性が振り回せる代物ではない。
「私はノエル。よろしくね~。それからこちらは魔法使いのウィズとライア、それに副団長のバイス」
「よろしくぅー」
「よろしくッ!」
「バイス=リードだ。よろしく」
ノエルに続いて声を上げたのは、白いショートヘアに水色の瞳を持つ少女ウィズ。そして同じく、白いツインテールに水色の瞳を輝かせる少女ライアだった。瓜二つの容姿からして、双子の姉妹なのだろう。
彼女らに次いで名乗りを上げたのは、副団長の肩書を持つ「瞬足の騎士」バイス=リード。
灰色の短髪と炎のように赤く煌めく瞳をもつ、いかにも騎士といったクールな出で立ちの男だ。
彼の腰には形状の異なる二本の剣が携えられており、一本はいわゆる洋剣。そして白銀の鞘に納めらたもう一本は、剣というよりは「刀」に近い形状だった。
騎士団の幹部たちと挨拶を交わし、その後ろに控える他の団員達を何気なく眺めていると、大輝はふと、視線を止めた。全員が白を基調とした隊服を着用している中で、一人だけ異質な格好の人物が目に入ったのだ。それは何も「色が」というわけではなく、彼女の装いは明らかに和服だった。周囲と比べて「浮いている」その奇妙な存在感が、どうにも気にかかる。
「なあ、ノエルさん。あの子も団員なのか?一人だけ、雰囲気が違うというか……」
「ああ、あの子は___」
ノエルが彼女の名を口にしようとした、まさにその時だった。
「…来たぞ」
バイスの警告と同時に、周囲の団員達が一斉に抜刀し、鋭い金属音を響かせた。
霧の立ち込める彼方から、こちらへ肉薄してくる黒いシルエットが見えた。
それは、大輝が危惧していた、黯神紗亡でも、白スーツの男でもない。
全身に禍々しい漆黒の鎧を纏った、腰に大刀を帯びた騎士のような出で立ちの怪異である。
その影は城門の手前で急制動をかけるように立ち止まると、音もなく鞘から刀を引き抜いた。
纏った鎧と同じ、闇を整形したような漆黒の刀身が、降りかかる陽光を弾く。
危険をいち早く察知したウィズとライアは即座に魔法陣を前面に展開したが、
「待って!二人の魔法じゃ防ぎ切れない!」
ノエルの警告が響くよりも早く、暗黒騎士の姿が掻き消えた。
先ほどまで数メートル先にいたはずの奴は、一瞬で双子の目の前に現れた。突き出された凶剣が、展開された魔法陣をガラス細工のように粉砕する。
光の破片が飛び散る中、奴はすぐさまニ撃目を繰り出そうと振りかぶっていた。
二人は死を覚悟し、咄嗟に目を瞑る。
____キィィィィィンッ!!!
鼓膜を引き裂くような、激しい金属の衝突音が炸裂する。
間一髪、肉眼では捕捉できない速度で割り込んだバイスの洋剣が、その黒光りする刃を正面から受け止めていた。
「厄災ではない……が、かなりのやり手だな」
バイスと火花を散らしていた暗黒騎士はすぐさま距離を取り、再度剣を構えた。
漆黒の兜の隙間から覗く血のような赤眼が、冷酷に彼を睨みつけている。
あの重装甲でありながら、一瞬で距離を詰めるその速度は異常だった。
だが、それはバイスも同様である。彼もまた、一瞬にして双子の前方に飛び出して一撃を防ぎ、そして今、いつの間にか大輝たちのすぐ傍らへと音もなく戻ってきている。
その俊敏さこそが、彼が「瞬足の騎士」と呼ばれる所以。
バイスに代わり前線に立ったのは、ノエル=シルバード。
暗黒騎士は迎え撃つべく、黒刀を上段から大きく振りかぶり彼女に襲い掛かる。
しかし、ノエルは放たれる猛攻を大剣で、バイスにも引けを取らない剣さばきでいなしていく。
「あんな重そうな剣を、あの速度で振り回せるのか…」
「すごぃーでしょー。うちの団長ー」
「…だな」
誇らしげに胸を張るウィズと共にノエルの技量に驚嘆していると、二人の足元に硬質な破片が飛んできた。それは暗黒騎士が持っていた漆黒の刀身の一部だった。
視線を刀身の飛んできた方角へ移す、ノエルの大剣は奴の刀を叩き折り、その余波のまま胴体を直撃していた。
轟音と共に暗黒騎士の身体は大きく吹き飛んだが、驚くことに、奴の鎧には傷一つ付いていなかった。
「……嘘、なんで!?ノエル団長の斬撃はどんな魔族にも通用するはずのに…!」
ライアが信じられないといった様子で声を上げる。
そう、彼女の持つ大剣『シルバード』は対象の魔力量を感知し、魔族のみを斬る剣であった。
即座に違和感を察知したノエルは、大剣を構え直し鋭く声を張り上げた。
「バイス!こいつ、魔族じゃない!」
暗黒騎士が彼女に向き直ろうとした瞬間、奴の漆黒の鎧は何の前触れもなく真っ二つに両断され、上体が地面へと滑り落ちた。
「____そのようだな」
切り落とされた黒い残骸の傍らには、刀を抜いたバイスが静然と立っていた。
雪のように白い刀身には、黒い煤のようなモヤがこびりついている。
「……流石は瞬足の騎士ですね」
「瞬足…どうりで見えねぇわけだ」
大輝と誠がその神業に驚きを共有していると、横から甲高い声が割り込んできた。
「でしょ!さっすがは副団長!」
気づけば大輝のすぐ隣には、白色の団服を着こなした、橙色の瞳を爛々と輝かせるポニーテールの少女がが腕を組んで立っていた。
「……えーっと、どちら様?」
「はぁ!?アタシを知らないの!?アタシは白銀聖騎士団の中でも生粋の実力者にして、スチュワート剣術学校の優等生!その名も『クルス・タレント』___バイス=リードの一番弟子よ!」
_____本当の実力者は自分で自分を実力者とは言わないもんだけどな……。
「ひとまず解決したみたいだね」
自称実力者のクルスの言葉を適当に聞き流していると、今回の戦闘の立役者であるノエルとバイスがこちらへ戻ってきた。
恐らく他の団員が相手では、あの漆黒の騎士の速度と硬度の前に苦戦を強いられていただろう。
剣術ど素人の大輝が見ても分かるほどに、奴は強かった。ただ、目の前の二人がそれを完全に凌駕していたのだ。
副団長の話によれば、切断された奴の肉体は、血を流すこともなく一瞬で黒い塵となって消滅したらしい。
「いや~、大輝君のおかげで危機は免れたよ。本当にありがと___」
ノエルが大輝に感謝の言葉を述べている真っ最中、大輝の心臓は不吉な音を立て、辺りの空気が一気に重くなった。
息が詰まるほどのプレッシャーの中、周囲に聞きなじみのある声が響き渡る。
「____随分と、丁重な歓迎だな」
声を聴くや否や、先ほどまで圧倒的な強さを見せていたノエルやバイスを含め、聖騎士団全員の顔から血の気が引き、上空へと剣を構えた。
大輝は、その声を何度聞いたことか。
どこまでも落ち着いていながら、聞き手を芯から震え上がらせるような声色。
天を仰いだ大輝の視界に、白いスーツを微塵の乱れもなく着こなした、金髪碧眼の魔族の姿が映り込む。
「お前……っ!」
大輝は顔をこわばらせる。
それは、大輝にとってその男が何度も自分を死に追いやった存在であるという本能的恐怖からくるものだった。
しかし、周囲の動揺はそれ以上のものだった。
白銀聖騎士団の精鋭たち、そして桧垣誠までもが、その男が何者であるかを認知していた。知っているが故に、彼らには戦慄が走っていた。
殆どの団員たちが、圧倒的なプレッシャーを前に震える手で剣を落とさぬよう保っているのがやっとの中、副団長バイス=リードは額に汗を浮かべ、喉を鳴らして彼の名を吐き出した。
「……何の用だ_____『戦慄の魔人』ネメシス=アークライシス……!!」




