第10話:なんだおめー
ナイトネア王国郊外___。
騎士の王国と見事にミスマッチな黒色の和服に身を包んだ少女__黯神紗亡は、ナイトネアとは正反対の方角へと一人歩いていた。
「戦乱の世、単騎で数多の軍勢を葬り、恐れられたという武将『悪心影』…。いくら型落ち品といえど、王国に傷一つつけることができないとはぁ……。やはり、あの聖騎士団の前では無力でしたかぁ……。しかしぃ、おかしいですねぇ…?確かに彼らは遠征が予定されていたと聞いていたんですがぁ……。まぁーた作戦を練り直さなければいけませんねぇ…。『剣叡』の封印、一体どこに隠しているのやらぁ」
人気のない薄暗い森の中、紗亡の声だけが不気味な残響となって響き渡っていた。
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「戦慄の、魔人…」
大輝はバイスの言葉をなぞうるように、呟いた。
過去のループにおいて、大輝の命を無慈悲に刈り取り、絶望の象徴であり続けた金髪碧眼・白スーツの男。その怪物の素性が今、明らかにされた。
ネメシス=アークライシス__その名は、この世界の住人であれば誰もが知っているであろう厄災。
ヒトのみならず、獰猛な魔獣ですらも彼を前に恐怖し、平伏するその実力から「戦慄」の名を冠する魔人。
ネメシスはバイスの殺気に満ちた視線を冷ややかに受け流し、彼の問いに淡々と答える。
「この矮小な王国そのものに興味はない。単純なことだ___奇石野大輝を引き渡せ」
「___っ、やっぱり俺かよ.…..!」
「ほう?まるで過去に俺と会ったことがあるような言い草だな」
ネメシスの宣告を受け、周囲の団員たちは一斉に大輝のほうへと視線を向けた_____ネメシスを敵意むき出しの目で睨みつけ、臨戦態勢を崩さない団長と副団長を除いて。
大輝にとって、騎士たちが向けた視線の意味を理解するのは容易だった。
『お前一人を差し出せば、俺たちは死なずに済むんじゃないか』
大輝は心の中で彼らを薄情だとか、非人道的だとか責めるつもりは毛頭なかった。
生物が死を恐れ、免れたいと思うのは、本能故、当然のことだからだ。
もし自分に『救済』という呪恩がなく、彼らと同じ立場に居たのなら、間違いなく同じことを願っていただろう。
だが、現実は違う。大輝が一人が死のうが、この場にいる全員が殺されようが、行き着く先は別の世界線だ。その上、記憶を代償とすることが重なれば、いよいよ本当にループの出口を失うかもしれない。
その不安が、大輝の判断を惑わせていた。
必死に打開策を講じる大輝を前に、魔人の青く光る眼を冷然と睨み据えた団長ノエルは力強く言い放った。
「私たち白銀聖騎士団は、王国の皆を守るために剣を執っている!_____だがそれは、『より多くの人を天秤にかけて助けよう』なんて意味ではない!誰一人切り捨てることなく、全員を守り抜くという意味だ!」
団長の強い言葉に同調するように、バイスは団員たちに向かって吼えた。
「白銀聖騎士団!死にたくない奴は剣を捨て、今直ぐに逃げろ!私はそれを否定しない!だが____もし騎士としての誇りを胸に抱き、決死の覚悟で闘う意志がある者がいるならば、私と共に立ち向かってほしい!多数を救うのではなく、全員を守り切るために!」
静寂の後、逃げ出す者は、誰一人としていなかった。
団長と副団長の鼓舞を受け、立ち竦んでいた団員たちは再び剣を構え直した。
「……悪かったな、奇石野!一瞬でも迷った俺が馬鹿だった!」
「危うく騎士道を踏み外す所だったぜ…!」
「強者を前に逃げ出しているような奴に騎士を名乗る資格はない!」
団長たちの様子を見れば、自分たちがいくら束になったところで、ネメシスに勝てる見込みが皆無であることは、彼らにも分かり切っていただろう。
大輝自身、妹を守ろうと、何度も命を懸けてきた。だがそれは、「死んでもやり直せる」という異能があるからであり、何の力も持たない一般人が、たった数時間前に出会ったばかりの一人の男のために命を張って闘うなど、考えられないことだった。
騎士たちにとって、それがただの意地なのか、大層な誇りなのかは知る由もない。けれど、彼らが見せた覚悟に、大輝の心は激しく揺さぶられた。
「……それが答えか」
「__来るぞ!」
戦慄の魔人は、彼らに大輝を引き渡す意思がないと判断するや否や、魔法陣を展開した。
「___グリム=レイ」
ネメシスは詠唱すると同時に、無数の光り輝く魔法球を打ち放つ____が、それらは聖騎士団に着弾するよりも遥か手前、空中で陽炎のように霧散した。
まるで、何かに打ち消されたかのように。
「__おいおい。私の故郷で横暴な真似は控えてくれるかな?」
「まったくだにゃ」
煙が張れた視界の先、白銀聖騎士団の前に現れたのは、洒落た純白のドレスを上品に着こなした麗しい女性と、白い猫耳の魔法使いだった。彼女たちの足元には、水色に輝く精緻な魔法陣が浮かび上がっている。
二人の姿を視認したネメシスは、不快そうに眉をひそめた。
「『剣聖』ハイリン・スチュワートに、『英傑』イーロイ・ヘルド……これは面倒だな。大人しく撤退するとしよう」
「そうしてもらえると助かるよ」
剣聖は鋭い眼光でネメシスを射抜く。戦慄の魔人もまた、凍てつくような視線で彼女を睨み返した後、一瞬にして姿を消した。
「……助かりました、スチュワート様」
緊張の糸が切れ、ノエルが息を吐く。
「気にするな。商店の帰りにたまたま通りかかってね。運が良かった」
「商店?またヘルド様ですか…」
「さあ~?にゃんのことやら…」
ノエルはジト目でヘルドを睨みつける。先ほどまでの国家存続の危機が嘘のように、空気は一気に弛緩していた。
「ひとまず、一件落着ですね。星羅さんの状態も気になりますし、一度事務所に戻りましょう」
「ああ、そうだな」
誠の提案に同意し、騎士団を背に、二人は探偵事務所へと引き返した。
聖騎士団の戦闘中も誠は寧音と連絡をとってくれていたらしく、今のところ星羅の体調に不穏な変化はないとのことで、大輝は心の底から安堵の息を漏らした。
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「……遅い」
二人が事務所に戻ると、寧音と肩を並べてソファに座っていた星羅が、不満気な様子で顔を上げた。
しかし、普段大輝に文句を言ってくる時とは違い、その声には元気がなかった。
星羅自身、自分の身体にこれから何が起こるのか、不安で押しつぶされそうだったはずだ。それでも彼女は、兄の『何が何でも、助ける方法を見つけてみせる』という言葉を信じて、健気に待っていてくれたのだった。
「悪ぃ…。でも、騎士団のおかげで第一関門は突破できた。寧音も、星羅を見ててくれてありがとうな」
「気にすることないって!星羅ちゃんとお喋りしてたら意外とあっという間だったしね!」
寧音が無邪気に笑う。誠も寧音に礼を言った後、全員を見渡した。
「では星羅さんも一緒に、向かいましょうか。ついてきてください」
誠に促され、全員で事務所の玄関を出ると、そこには見覚えのある少女が壁に背を預けて立っていた。
「はよしろや。おまい達があのままあっちに残ってくれてたら、わざわざここまで来りゅ必要なかったのに…」
先ほど城門前で、正騎士団の列に紛れて立っていた、和服の少女だった。近くで見るに、それはt打の着物ではなく、巫女装束をベースにしたようなデザインである。大輝は彼女とのコミュニケーションも兼ね、率直に疑問をぶつけることにした。
「なぁ、その服は…コスプレか?」
「あん?何だおめー」
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「こんなところもあるんだな。なんか、雰囲気違うっていうか…」
「発展しているのは王都の周辺だけですよ。郊外に行くほど木々が茂っていて、人工物も人気もなくなるんです」
今までの石造りの街並みや、剣を携えた人々が活気よく行き交う大通りが嘘のように静まり返った、古びた街道。
奇石野兄妹は誠とコスプレ巫女に連れられて深い森の中を進んでいた。
巫女装束の少女の名前は卯月 桜良といった。桜を思わせる淡い桃色の髪や新緑の瞳といい、春を連想させるような彼女は、誠や石射秋の顔見知りらしく、大輝たちを安全に連れてくるように石射秋に頼まれたそうだ。
「この街道は、元々エルフの森があったとこおなんだ。そのえいきょーで時々まじゅーが居たりちゅるから、気おちゅけてな」
桜良はくちょうこそぶっきらぼうで生意気だが、星羅の歩幅や体調を気遣って歩みを遅らせるなど、根はかなり親切な性格のようだった。
__ただ、活舌が致命的なまでに悪いだけで。
一度や二度なら可愛いで済むこともあるだろうが、発言する度に見事なまでに噛みまくるせいで、時折何を言っているのか解読するのが難しい。
常人なら絶対に噛まないであろう平易な部分まで綺麗に噛む彼女の舌はどういう構造をしているのだろうか。
大輝は先ほど彼女の衣装をコスプレ呼ばわりして地雷を踏んだことにも懲りず、恐る恐る尋ねてみることにした。
「…もう一つ質問なんだけど、その活舌ってのはキャラ付けだったりしないよな?」
「は?ぶっとばすぞおま…」
そう言って彼女が拳を固めたときだった。
「ぶっ飛ばすってのはアタシの台詞よ!」
大輝たちの背後から、怒りを孕んだ鋭い声が響き渡る。
驚いて振り返ると、いつからそこに居たのだろうか、緑色の麻服を着た女が立っていた。
彼女の黄色がかった朱色の長髪は物理法則に逆らうかのように逆立ち、風もないのに揺れ動いている。その前髪の隙間から、黄色と緑色の美しいオッドアイと、先の尖った長い耳が覗いていた。
「エ、エルフ……!?」
「左だ!避けろ!」
大輝の咄嗟の叫び声に反応し、誠は地面を蹴って身を翻す。
先ほどまで誠が立っていた場所には、弾丸でも撃ち込まれたかのような、深い亀裂が刻み込まれてた。
「フン、アンタ達ごとき、私の相手にすらならないわ!」
彼女の髪は束となり、それらが鋭い槍のように何本もこちらに向いている。
先ほどの一撃は、彼女の髪による刺突だったのだ。
「おいおい、あれを全部避け切れる気がしねぇんだけど!?」
「のーぷろぶれむ」
大輝の焦りを余所に、桜良は誠を庇うように前線に立ち、エルフと対峙した。
『負ける気がしにゃい』などと自身満々に呟きながら右手を前に差し出すと、彼女の前に鮮烈な朱色の魔法陣が展開される。
「まさか受け止めるつもり?胴体に風穴空けてやるわ!」
エルフが言い放つと同時に、無数の髪の槍が猛スピードで桜良へと襲い掛かかった。
しかし、桜良が口を開いた瞬間、状況は一変した。
「____イグ二アス」
驚くべきことに、その詠唱だけは一文字の狂いもない完璧な発音だった。
詠唱の完了と同時に、魔法陣が発光し炎の魔法弾が撃ち放たれた。
魔法弾は迫り来る髪と真っ向から衝突し、引火。激しい爆炎となって、エルフの長髪へと一気に燃え広がっていった。
「うわあああっ!?」
エルフは自身の長髪を必死に振り回し、のたうち回りながら鎮火しようとしているが、火はさらに勢いを増していく。終いにはその場にへたり込んで、彼女は大号泣し始めた。
「これ以上危害を加えないなら、消ちてあげてもいーよ?」
「ごめんなさぁい!なんでも言うことから消してぇぇ!!」
「___イグナイト」
桜良が再び唱えると、炎はまるで最初から存在しなかったかのように、たちまち鎮火した。
艶のあったエルフの髪は煤まみれとなり、先端の方は無残にも完全に焦げてしまっている。
「……魔法って便利だな」
「おめー初めて見たのか?世間ちらずなやつだ」
そんなことを言われても、知らないものは知らないので仕方がない。
生まれてこの方、故郷を離れてこなかった大輝にとっては、ここ数日間の出来事は未知の連続であった。
それは隣に立っている星羅にとっても同じだったようで、先ほどまで不安で暗い表情をしていた彼女も、初めて見る炎の魔法に少しだけ目を輝かせていた。
「……あと、魔法使うときは噛まないんだな」
桜良は大輝を鋭く睨みつけた後、まだ足元ですすり泣いているエルフを見下ろした。
「それで?おめーどこからの手先だ?」
「……別に手先でも刺客でもないわ。ただ、貴方たちが森を焼き払った奴らの仲間かと思ったのよ」
恨めしそうに言いながら立つと、エルフは誠の方を指さした。
しかし今、彼が着ているのは白いシャツに黒いコートという、いたって普通の服装だった。
誠は全く心当たりがないといった様子で、首を傾げた。
「ぼ、僕ですか?」
「ええ。でも服装が似ていただけみたい…。勘違いしてごめんなさい」
頭を下げて謝るエルフに対し、桜良は懐から取り出した紙切れを片手に歩み寄っていく。
そして、彼女の胸元へそれを張り付けた。
エルフは途端に、全身の力が抜けたように膝から崩れ落ちる。
「!?な、何これ…!?」
「封印の術式が組み込まれた札。おめーにもついてきてもらう」
「正気ですか!?」
唐突な桜良の発言に、誠が即座に聞き返す。
しかし彼女は誠の質問など端から聞こえてないといった風に、床に転がるエルフに尋ねた。
「おめー名前は?」
「……スピリア=ベリーローゼン」
「よろしくにぇ」
「…よ、よろしく」
笑顔で挨拶する桜良に、引きつった顔でベリーローゼンは応じた。
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ベリーローゼンの強襲からさらに十五分ほど街道を歩き、大輝たちが行き着いたのは、鬱蒼とした森の奥にひっそりと佇む、古びた神社だった。
鳥居の先には境内が広がり、季節外れの美しい桜の木が幾本も植えられている。
「おい、まさか神様にお願いするとかじゃないよな…!?」
「……」
「何その沈黙!?」
桜良は大輝の言動を無視して拝殿へと近づくと、手際よく誠を呼び寄せた。
そして二人して拝殿に置かれた賽銭箱に手をかけ、力任せにそれを左にスライドさせ始めたのだ。
そのあまりにも罰当たりな光景を見て、大輝に抱えられたベリーローゼンが声を荒げた。
「ちょっと何してんのよあんた達!この罰当たり!」
「おいおい、あんま暴れないでくれよ。腕がきついんだわ」
「はぁー?重いって言いたいわけ!?仕方ないでしょ、自分じゃ動けないんだから!」
……何でこいつはこんなに偉そうなんだ?
大輝は小さくため息をついた。
賽銭箱を移動し終えた桜良の手招きに従い拝殿へ上ると、賽銭箱が置いてあった床板の下から、地下へと続くコンクリート製の階段が現れた。
「あ、地下室…」
「誰ぎゃ罰当たりだって?」
桜良はベリーローゼンを鼻で笑うと、階段を降りて行った。
後に続く誠に従い、大輝たちも暗い地下階段を下っていく。その最下層には、古風な神社にはおよそ似つかわしくない重厚な扉が大輝たちを待ち受けていた。
大輝たちが下りてきたのを確認した桜良が扉を開け放つと、その先にはまるで会議室のような、近代的な空間が広がっていた。暖色の間接照明がシックな室内を照らしており、中央にはウッドテーブル、壁面には大型モニターが並んでいる。
そして、中央の長机には黒いスーツを着た一人の男が静かに座っていた。
彼は大輝たちにに気が付くと、ゆっくりと振り返り、口を開いた。
「待っていたよ、奇石野兄妹___ようこそ『Final Rebel』へ」




