第11話:ようこそ
「ファイナル、レベル…?」
いかにも厨二病を拗らせたみたいな名前を繰り返し、大輝は首をかしげた。
「これは失礼、自己紹介がまだだったね。私は『鬨 悕烏』___いや、ここでは『石射 秋』と名乗っておこうか」
石射秋は、一般的な医者のイメージカラーである白とは、あまりにも正反対の装いをしていた。
毛先が赤みがかった黒髪に、赤い瞳孔。さらに上から下まで黒一色のスーツを着こなしている。
「……あんたなら、星羅を助けられるのか?」
「いや、根本的解決には至らない。残念ながら私が施せるのは、延命措置のみだ」
悕烏は淡々と、残酷な現実を突きつける。
「君が病だと思い込んでいる、星羅の症状について少し話をしようか……。君は『終焉の邪神王_クトゥル』を知っているかい?」
「たしか、世界を滅ぼしかけたっていう大魔族だっけ?」
脳の隅の、微かな記憶を頼りに大輝は答える。
「ああ、概ね相違ない。恐らく彼女の症状は、クトゥルの権能によるものだろう」
「でも、クトゥルは封印されているんじゃないの?」
悕烏は、大輝に落とされ、床に転がっているベリーローゼンの方へと視線を向けた。
「ああ、確かに奴は魔王との激闘の末に封印された。だが、その魔力の強大さ故に、封印の効力は年々薄れてきている。その結果、奴の権能の効力が現れ始めたのだろう。以前にも似たようなことがあってね」
「星羅はどうなるんだ…?」
「権能の影響で眠り続けることになる。だが___命の保証はしよう。勿論、延命措置を受けるかどうかは本人の意思次第だがね」
大輝が隣に立つ星羅を見ると、彼女は小さな手をぎゅっと握りしめ、不安を隠しきれない様子で、大輝を見上げた。
「…...私は大丈夫だよ。ずっと寝たままなのは苦しいけど、このまま死ぬのはもっと嫌」
気丈に振る舞おうとする彼女の声は、かすかに震えていた。
「だから、待ってるね。お兄ちゃんが私を絶対に起こしてくれるって信じているから」
涙を堪えた痛々しい笑顔でそう告げた星羅は、自らゆっくりと悕烏の方へ歩いて行った。
「桜良、星羅を茜崎の所へ」
「りょーかい」
短い返事と共に桜良は星羅の手を優しく取り、部屋後方のドアへと消えていった。
その背中が見えなくなるのを見届けてから、大輝は拳を握りしめ、悕烏に向き直った。
「……絶対に、俺が助けてみせる」
「素晴らしい決意だ。もちろん治療費などといった無粋なものは取らないから気にしないでくれ。その代わりと言っては何だが、一つ提案をさせて貰おう」
悕烏は小さく咳ばらいをすると、大輝の目を真っすぐに見据えた。
「奇石野大輝君、『Final Rebel』に入団してくれないだろうか」
「えーと、まずどんな組織なのか教えて貰っても…?」
「これは失礼。元々この組織は魔族を殲滅を掲げる世界政府を破壊し、すべての種族が自由に共生できる世界を創るために、イヴが設立したものだ。しかし228年前__魔王と邪神王クトゥルの抗争によって生じた『闇』によって世界は分断されてしまった。我々はそれを『夜影壁』と呼んでいる。我々の理念を果たすには、まず夜影壁を破壊せねばならない。その為には膨大な量のマナが必要であり、厄災をはじめとした魔族との衝突も避けられないだろう。そこで、『継承者』である君の力を借りたいというわけだ」
「分かった」
大輝の返答に迷いはなかった。自分がイヴの継承者に選ばれた以上、この運命から逃れる術はないと理解していたからだ。
『英雄の意志を継ぎ、数多の種族が共生する世界を実現せよ』
それはあまりにも壮大な目的であり、大輝一人では無力に等しかった。同じ志を持つ協力者がいることは何よりも心強い。
すんなりと提案を受け入れた大輝に対し、悕烏は試すような視線を向けた。
「決定を疑うわけではないが、もう一度良く考えたほうが良い。……これを」
渡されたのは、明るい青を基調とした上質な紙切れだった。そこには、ナイトネア城で見かけたエンブレムと同じ紋章が刻まれている。
「祝典の招待状だ。王国を危機から救ってくれた君たちを讃えるものだから是非参加してほしい、と桜良がキルギスから受け取ってきた。明日の祝典が終わった後、またここに来てくれ。そこで返事を聞こう」
「分かった」
「それから、今日のところは誠の事務所に泊めてもらうと良い」
予想外のとばっちりに、誠は嫌悪の表情を浮かべた。
それを見た悕烏は、人畜無害そうな笑顔を浮かべる。
「おや、不服かな?」
「……いえ、大丈夫です」
「じゃあ、そういうことだから。今日はゆっくり休みたまえ。また明日会おう」
このまま解散、という空気になりかけたところに、動きを封じられたまま床に放り捨てられていたベリーローゼンが、慌てたように声を上げた。
「ちょっと待って。さっきから勝手に話が進んでるけど、私はどうすればいいの?」
「ああ、君は監獄へ送検されるか、ファイナルレベルに入団するか、好きなほうを選ぶといい」
「何事もない無事な帰還は無いの!?」
「君、『言雫魔』を持っているだろう?一刻も早く夜影壁を破壊したい我々としては、この機会を逃すわけにはいかないんだよ。だが、協力してくれるというのなら見逃そう。一人でも共闘してくれる仲間が欲しいからね」
「......分かったわよ!協力すればいいんでしょ!いきなり監獄送りなんて御免だわ!」
かなり理不尽な脅しのような気もしたが、ベリーローゼンは文句を言いながらも受け入れた。
「それは良かった。じゃあ君も、今日は誠の家に泊めてもらうと良い」
「えぇ…」
先ほど以上の無理難題に、誠は露骨に嫌な顔をした。
それを見た悕烏は、その様子を愉しむように再び笑みを浮かべる。
「不服かな?」
「……いえ、全く」
「じゃあ、今日はゆっくり休むと良い。また明日会おう」
「「はい」」
不満オーラ前回の誠を宥めながら、大輝たちはその場を後にし、事務所へと向かった。
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誰も居なくなった神社の地下で、声が木霊する。
「どうせ受け入れるんだから、明日まで待つ必要なかっただろ」
「未来は誰にも分からないものだ。私は彼の意志を尊重したい」
「いいや、間違いない。奇石野大輝は契約した」
「……彼一人を英雄にはさせない」
「もしその時が来たなら、嫌でもそうなるさ」
「お前は過去に囚われている。イヴがそんなことを望むと思うか?」
「……契約を忘れるなよ」
気配が消え去り、再び訪れた長い沈黙。
静まり返った地下室に独り残された悕烏の呟きだけが、冷たい空気の上に響いた。
「…殺させはしないさ」
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__ナイトネア城「大広間」
煌びやかなシャンデリアの光が降り注ぐ中、威厳のある声が響き渡る。
「この者たちが、王国を危機から救ってくれた英雄__奇石野大輝君と、桧垣誠君だ!」
国王キルギスの呼びかけに応じるように、大広間を埋め尽くした民衆から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
あまりこういう大舞台に慣れていない誠は顔が熱くなるのを必死にこらえ、ぶつぶつと独り言を言っていた。
「では、英雄たちを讃えて____乾杯!!」
『乾杯___!!』
軽快なグラスの音が幾重にも重なり合い、華やかな祝典が幕を開けた。
大輝と誠が近くのテーブル席に腰を下ろし、エスパーダ剣術学校の生徒による見事な剣舞を見ていると、聞き覚えのある賑やかな声が近づいてきた。
「あ!発見!」
「やあ大輝君、昨日ぶりだね~」
「おひさー」
現れたのはライアとノエル団長、そしてウィズだった。周囲に人が多い分、聖騎士団の真っ白な隊服がより目立っている。
「どうも」
大輝が軽く会釈すると、ノエルが距離を詰め、耳元で囁いてきた。
ほのかに甘い金木犀の香りがする。
「大輝君、昨日変な人と会って、怪しい勧誘とかされなかった?」
「あー……巫女のコスプレした妙にキャラの濃い奴とは会いました。勧誘っつうか提案は、受け入れるつもりです。あとベリーローゼンは先に入団したみたいですよ」
「あはは、桜良ちゃんか!確かにちょっと変わった子だけど、根は凄く良い子だから安心して。それで、ベリーローゼンっていうのは…?」
ノエルに聞かれて、大輝は言葉で説明する代わりに、他の人には目もくれずにビールサーバーに行儀悪く居座っている彼女を指差した。
「あの子か!いやぁ、良い飲みっぷりだね!」
「団長も大概ですけどね...」
ライアに呆れ顔で溜息をつかれ、ノエルは茶目っ気たっぷりに目を逸らす。
「私はこれからバイスと警備を交代しなきゃいけないから、またね!」
団長たちは手を振りながら去っていった。
大輝たちがベリーローゼンの下へ近づいていくと、案の定というか、すでに揉め事に発展していた。
聖騎士団の一人激しくと言い争っている。
「あのねぇ!周りの人に迷惑とか思わないの!?どこの誰だか知らないけど、いい加減にしないと会場から締め出すわよ!」
「はぁ〜?サーバーをこんなオープンな場所に置いたのはそっちでしょ?」
「いやいや、注いだら席に戻ってから飲みなさいよ!注いだそばから一気飲みしてまた注ぐなんて、わんこそばじゃあるまいし……!」
「ふん、オレンジジュースしか飲めないお子様は黙ってなさい!」
「なんですってぇ!?」
どうやら彼女とバチバチにやり合っている相手は、自称副団長の一番弟子であるクルスだった。
ベリーローゼンはこちらに気づくや否や、同情を求めてくる。
「あ、いいところに来たわね!ちょっと聞いてよ、このクソ___」
「誰がクソガキよ!……って、あんたたちのツレだったのね…。しっかり面倒見てあげなさいよ、このイヤイヤ期真っ盛りのお子様を!」
「はぁ!?____」
「いや本当にごめん」
大輝は今にもクルスに掴みかかりそうなベリーローゼンの口を慌てて押さえ、代わりに謝罪した。
当の本人は、まだジョッキ片手にクルスのことを睨みつけていたが。
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その後も、Linという世界的アーティストの歌唱や豪勢な食事といい、手厚いもてなしが続いた。
いつの間にか日も落ち始め、祝典の終わりが近づいていた。
大輝と誠は二人、喧騒を離れて大広間のテラスへ出て、夕陽を背に手すりに腰かけていた。
「いやぁ〜、あんな料理、生まれて初めて食べたわ」
「……本当にいいんですか?」
誠は大輝の呑気な感想を無視し、真剣な眼差しで問いかけてきた。
「何が?」
「ファイナルレベルに入団するということは、世界を敵に回すことを意味します。僕たちが真の意味で勝利するまで、かつてのような日常には二度と戻れないでしょう。大輝さんは死にはしませんが、かといって無敵なわけじゃありません。あの人は、大輝さんが提案を断ったからといって星羅さんを見捨てたりはしません。ですから、無理に____
「やるよ」
大輝は誠の言葉を遮り、その目を真っすぐに見つめて力強く答えた。
「いろいろ勝手に進んじまったけど、他でもない俺が、継承者に選ばれたんだ。だったらそれに応えねぇってのは野暮じゃねぇか?それに俺としても共闘してくれる仲間が欲しい。俺一人じゃ、この世界は知らないことだらけだしな」
大輝は遠く広がる夕焼け空を見つめ、言葉を紡ぐ。
「イヴが願ったような『すべての種族が共生する世界』が本当に理想的なもんなのかは分からない。勿論、どの種族も仲が良いに越したことはねぇだろうけど、それが果たして皆にとって幸せなのかもわからない。だから俺は世界と相対して、自分の目で確かめたい____何が正義で、何が真実なのか。そのために、お前たちの力が必要なんだ」
誠は驚いたように目を見開いた。
「心配してくれて、ありがとな」
大輝の固い決意を聞き届け、誠はそれをそっと受け止めるように、静かに頷いた。
「ねぇねぇ、もしかして今ファイナルレべルの話してた?」
突如、大輝たちの前に弾んだ声が響いた。
そこには、透き通るような水色の長髪を束ね、白いブラウスに紺のキュロットを履いた少女が立っていた。その綺麗な青色の瞳を輝かせ、大輝たちを凝視している。
「あ、私は『冰谷 氷』!よろしくね!」
笑顔で挨拶する彼女に、二人少し圧倒されながらも自己紹介を返した。
「奇石野大輝だ」
「桧垣誠です」
二人が名乗り終えると、彼女は『さっきファイナルレベルの話してたでしょ!』と身を乗り出して聞いてくる。
やけに食い気味だな、と思いながら大輝が頷くと、
「やっぱり!私、ずっと入団したかったの!でも、どうすれば良いのか全然分からなくて…。ネットにも載ってないし」
そう言いながら、彼女はスマホを取り出して画面を見せる。そこには”ファイナルレベルの検索結果0件”の文字が光っていた。
「それで、どうしてうちに入りたいんですか?」
誠が尋ねると、氷の表情が少し真剣味を増した。
「私、9歳の時に故郷が魔族に襲われて、逃げてきたの。ずっと故郷に帰りたかったんだけど...、魔力が増えたせいで夜影壁を通れなくなっちゃって。だから、貴方たちの手助けをする代わりに、故郷まで連れて行ってほしくて」
「……なるほど。概ね事情は分かりました。ちなみに、故郷というのは?」
「__フリージア」
氷の口から飛び出したその地名を聞いた瞬間、誠の眉が僅かにひそめられたが、誠は何食わぬ顔で言葉を紡いだ。
「では、祝典が終わったらまた合流しましょう」
「うん、ありがと!」
氷は再び満面の笑みを浮かべ、小走りで去っていった。
大輝は一瞬見せた誠の表情が気になったが、会場内で閉会式のアナウンスが流れたため、すぐに大広間へと戻った。
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盛大な閉会式をもって祝典は幕を閉じ、キルギス国王や白銀聖騎士団の面々に挨拶を済ませた大輝たちは、再び櫻神社の地下へと向かった。
氷は合流してからというもの、まるで遠足前の子供のようにテンションが高かった。
「凄いね!神社の地下にこんな秘密基地みたいな場所があるなんて!」
「……来たか。そちらの子は?」
悕烏がはしゃいだ様子の氷を見て声をかける。
「入団希望だそうです」
誠に紹介され、氷は「よろしくお願いします!」と元気よくお辞儀をした。
部屋の中に桜良の姿はなかったが、代わりにそこには、数時間前まで同じ空間にいた、よく知る顔があった。
「やあ大輝君!さっきぶり!」
「団長!?」
ノエル団長である。彼女の傍らには雪のように白い髪と、海のような青い瞳をもった、どこか目つきの悪い色白の少年が立っている。
「団長もメンバーだったんだな」
「私は団員っていうよりは、同志って感じだけどねー。あ、この子は『白銀 鷺』くん!君たちと同じ班になる予定だから、仲良くしてあげてね!」
ノエルに紹介され、鷺は「よろしく」と。短く挨拶した。
静寂が戻り、悕烏が大輝に呼びかける。
「____さて、聞かせてもらおうか。君の意志を」
大輝は一呼吸置き、己の決意を言葉に乗せた。
「協力するよ。俺の意志は、変わらない」
「...そうか」
悕烏は深く頷き、大輝に向かって黒い手袋に包まれた手を差し出した。
大輝はそれを、しっかりと握り返す。
「____歓迎するよ、奇石野大輝。ようこそ、Final Rebelへ」
「ああ、よろしく頼むぜ」
こうして、英雄イヴの意志を継ぐ者たちの長い旅が幕を開け、世界への最後の反逆が始まった。




