第6話:二度あることは三度ある
二度目の死を経て、大輝は再び虚空へとやってきた。
だが、以前とは違い、眠っている紫色の少女の姿も、その玉座に平伏していた白ローブの集団の姿もそこにはなかった。
「随分と早いお帰りでしたね」
背後から大輝に声をかけたのは、蝋細工のように白い肌、白い目、白い髪___おまけに白いローブを纏った女だった。あの玉座で跪いていた白ローブたちの一人に違いない。
「前とは随分と雰囲気が違うな」
「ここは虚空における別回想__記憶の徴収を行う場です。以後は私が対応を務めますので」
「そっか。よろしくな___そういや、君の名前は?」
「私には名などありません。我々はただ、魔王様に盲従する藩神に過ぎませんから」
「いやいや、これから長い付き合いになるんだし呼び名くらいはあった方がいいだろ。そうだな…」
大輝はその白装束の女を足先から頭のてっぺんまでじっくりと見渡し、一つ、安直な名前を口にした。
「よし、シロコでいこう」
シロコと名付けられた彼女は、何の返答もよこさなかった。少しも表情を変えることはなく、相も変わらず、人形のようにすました態度を維持している。
「__代償とする記憶を選別してください」
「…せっかく名前をゲットしたんだぜ?なんかもっと、感想とかあるだろ?」
「__代償とする記憶を選別してください」
徹底して機械的な拒絶___どうやらシロコは大輝の言葉に耳を貸すつもりはないらしい。
完全に無反応な彼女の態度を少し残念に思いつつ、大輝は以前「救済」の説明受けた際に密かに閃いていた、システムの穴を彼女に突きつけることにした。
「代償にすんのは、『2周目の記憶』だ」
「…?それでは、また同じ結末を繰り返すだけですが」
シロコの指摘はもっともだった。本来、この「救済」の本質は、待ち受ける未来の破滅を知ることで運命を回避する点にある。未来の記憶を捧げてしまっては、ただ死の文字通りの意味を無効化するだけで、同じ運命を繰り返す永久機関に囚われるだけだ。
だが、当時の説明の通りであれば、そのシステムには記憶の代償を事実上踏み倒せる抜け穴が存在していた。それこそが___
「キャッシュ機能。代償として渡した記憶も、24時間は脳内に保持したままでいられるんだろ?ってことは、24時間以内に全てにカタをつければ、俺は何も失わずに未来のその先へ行ける」
大輝の発言に、シロコは眉一つ動かさなかった。しかし、その人形めいた無表情の奥で、微かに驚愕の色が走ったように見えた。
「…意外と、悪知恵が働くんですね」
「意外とは失礼だな」
大輝の反発をよそに、シロコはそっと手を突き出し、呪文のようなものを唱え始めた。その音は大輝のよく知っている言語であるに違いなかったが、決してその字面が脳裏に浮かぶことはなかった。
彼女の詠唱が終わると同時に、大輝の足元に魔法陣が侵食するように展開され、気づけば彼の意識は深淵へと消えていたのだった。
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目を開いた。
3度目の朝、3度目のキッチンだ。
大輝は即座にこれまでの顛末を整理することにした。
立ちはだかった絶対的な障壁は二人__黯神紗亡と白いスーツの魔族。
その二人に遭遇することなく、星羅の安全が保障されるまで生き延びなければならない。
特に厄介なのが、魔族の男だ。彼の不条理な異能を前に、今の大輝では成す術がない。
彼との接触は何としても避ける必要があった。
「…賭け、だな」
大輝は独りごちると、一つの決意を胸に、星羅の寝室へと足を向けた。
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あれから街の病院へ星羅を連れていき、止血剤を処方してもらった。
前回も、ナイトネアの病院で止血剤を貰う以上の処置は受けられなかった。ならば、これが現時点における最良の手立てのはずだ。
さらに大輝は、ナイトネアへの出発を夜まで遅らせることにした。
その目的は魔族との接触を避ける為であり、何より、星羅の寿命がどれほど持つのかを知る為であった。
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大輝は日が暮れるまで、星羅の容態を視つつ、伝説の医師をされる『石射秋』の情報を漁った。
しかし、どれだけ検索の網を広げても彼に関する情報は微塵も見当たらず、やはりあの探偵事務所に頼るしかなさそうだった。
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太陽が沈み切り、夜の静寂が辺りを支配し始めた頃。
大輝は星羅を背負い、冷たい夜家の中へと踏み出した。
朝方に投与した止血剤のおかげか、星羅の症状は一時的に抑えられていたが、その身体は確実に衰弱していっていた。
先を急ごうと、大輝が足を速めて間もなくだった。
「なにやらお急ぎのようですねぇ~、貴方様ぁ」
闇の奥から、鼓膜にへばりつくような悍ましい声がした。
聞き覚えのある、人を小馬鹿にしたような話し方。
振り返ると、そこに佇んでいたのは、古風な黒ローブに身を包んだ、薄汚れた白髪の少女だった。その手にはやはり、古びた本が握られている。
「黯神紗亡…!」
「おやぁ?当方のことをご存じでぇ?」
まさか、またも彼女と出くわすとは思ってもみなかった。これでは出発を夜に遅らせた意味がない。
以前に足止めを食らった「領域」を展開される前に、慎重に言葉を選ぶつもりだった。にもかかわらず、動揺のあまり、初手で彼女の名を口に出してしまった。
「ああ、まあな…」
「まさか貴方様ぁ___既に継承してますぅ?」
「_____っ!」
紗亡の口から飛び出した単語に、大輝の心臓が激しくはねた。
__まさかこの少女は、大輝がイヴの力を受け継ぐべき存在であることを知っているのか?
___ならば、彼女やあの白スーツの魔族が自分を殺しに来るのは、大輝がその継承者であるからこそなのか?
夥しい憶測の数々が、大輝の脳内を激しく巡った。
「こ~れはぁ、意外でしたねぇ…。まさか貴方様の方へ継承されるとはぁ…。ではぁ、とりあえずぅ___ここで大人しくしてて貰いますかねぇ」
紗亡邪悪な笑みを深め、手している古書の頁へ指をかけた。
再びあの断絶された空間に閉じ込められる___そう身構えた、次の瞬間だった。
凄まじい衝撃音とともに、紗亡の身体が突如視界から吹き飛びんだ。
大輝の左後方に位置していた木々が、不可視の砲弾に撃ち抜かれたかのように、次々と薙ぎ倒されていく。
そして、先ほどまで少女が立っていた場所に佇んでいたのは___彼女とは対照的な、白を基調としたスーツに身を包んだ男だ。
大輝を二度にわたって屠った、あの金髪碧眼の怪物だった。
「…俺を、殺しに来たのか」
「ああ。奇石野兄妹に引導を渡しに来た」
「俺たちが何したっていうんだ…!」
「何かを成す前に、芽は摘むんだとさ」
てっきり標的は継承者である自分一人だと思い込んでいたが、星羅の命までもが最初から狙いの中に含まれていたとは。
男の言い振りからして、その背後には___魔神なのか、魔王なのか、はたまた悪魔なのかは知る由もないが、それに類する何者かが命令を下しているに違いない。
よもやすると、星羅の病すらもその者の所業なのか。
「随分と臆病な理由だな。俺の力にビビってるってか?」
「お前の力…?確かに、今までどのようにして視界を掻い潜り、隠れていたのかは気になるところだが…、長話をするつもりもないのでな。何か言い残すことはあるか?」
魔族の男は、右手を高く突き上げた。
これまで何度も目にしたその動作は、骨はおろか内臓のすべてを圧殺する、あの絶望的な感覚を全身に呼び起こした。
大輝は、ここでまた死ぬ。
だが、今の彼にとって、その死が意味するのは終焉ではなく、新たな始まりだ。
故に、死を目前にした大輝の遺言は、その状況にはおよそ似つかわしくない一言だった。
「ぜってぇに、逃げ切ってやるよ…!」
男が腕を振り下ろすと同時に、大輝の肉体は、背中の星羅もろとも肉片へと還元された。




