第5話:Aftermath of nightmare
振り返ってみると、大輝は嫌というほど冷静だった。理不尽に死亡した事実を受け入れられていたのかというと、決してそんなことはない。
残酷で唐突な人生の終幕に、憤慨したっていいはずだった。
だが、「虚空」と呼ばれるあの空間において、そういった感情が湧き上がることはなかった。
まるで、自身の意識が宇宙の遥か彼方へと消え去ってしまったかのように。
__ナイトネアで何が起こっていたのか。
___黒神紗亡や、自分を殺した白いスーツの男は何者なのか。
聞きたいことはいくらでもあった。しかし、数々の疑問を実際に口にすることは一切なく、まるで眠るように鎮座していた彼女に誘導されるがままに会話は進んでいった。
「さて…、本当に戻ってきたわけね」
大輝は、朝食を支度していたキッチンへと戻ってきた。
いの一番に星羅の部屋へと向かう。
普段大輝が起こしに行くよりは随分と早い時間だったが、ドアを開けた先に待っていたのは、あの時と寸分違わぬ光景だった。
白いシーツを鮮血で汚し、奇石野星羅は苦悶の表情を浮かべて横たわっていた。
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ナイトネア領に向かう道中で、黯神紗亡と遭遇することはなかった。
以前より一時間ほど早く家を出れたおかげだろう。
大輝は息を整えつつ、辺りを見回す。道行く人の半数以上が剣を携え、あちらこちらから鍛冶屋が鉄を叩く甲高い音が響いている。
あの時とは違い、確かな活気があった。
隣国といえど、生まれてこの方地元を離れたことのない大輝にとっては、見るものすべてが初めての土地だ。
ひとまず病院の場所を訪ねようと、目の前を通りかかった、銀色の髪を束ねた少女へ声をかけた。
「あ、君!ちょっと聞きたいことがあるんだけど__」
「どうしたの?」
白いスカーフを巻き、紺色のスカートを穿いた少女は、呼びかけに応じて振り返った。
大輝と同じくらいの年齢だろうか。整った顔立ちに、白い肌。おまけに青く輝くその瞳ときたら、雪女を連想させるような美しさだった。
「一番近い病院ってどこら辺にある?」
「ここからだと王都かな…。良かったら案内するよ?」
「まじで!?助かる!」
大輝は彼女の優しさに甘え、病院まで連れて行ってもらうことにした。
道中は自己紹介がてら、ナイトネアに来た経緯と、星羅のことを少し説明することとなった。
「私は『冰谷 氷』 あなたは?」
「綺麗な名前だね。俺は奇石野大輝」
「ありがとう。大輝君はどうして病院に行きたいの?どこか具合が悪いとか…?」
「いや、実は妹が体調悪くて…」
そう言って、大輝は背中に目を向ける。
星羅はブランケットにくるまれ、大輝の背の上で支えられている。
ブランケットで包んだのは、大輝なりの配慮だった。
一つは、星羅の身を案じてのこと。
もう一つは、周囲の人々にその姿を見せないようにするためだ。
血みどろの彼女を見れば、それが「具合が悪い」で済まされるような状況ではないとすぐに露呈してしまうと考えたのだ。
「そっか…、良くなるといいね」
氷からナイトネアの話などを聞いているうちに、王都へ着いた。
なるほど、確かにさっきまでの街並みとは雰囲気が違う。
人の往来も激しく、白銀の鎧を纏った兵士たちが列を成し、見回りをしていた。
「あの建物が病院だよ。お大事にね」
「本当に助かったよ、ありがとう」
礼を言うと、彼女はやわらかく微笑んで去っていった。
その姿を見送り、大輝は病院へと急ぐ。
病院は幸いにも空いていた。急患だと必死に伝えたこともあってか、診察室に呼ばれるまでは数分程度で済んだ。
しかし、ここでも治療の術を知ることは叶わなかった。
「この症例は…私が今まで診察してきた中でも初めてのものです。原因が全くもって分かりません」
担当医は篝 遊馬という少し年配の、黒髪短髪の男性だった。彼は真摯に診療に臨んでくれたが、長時間の診察の末、出た結論は「原因不明」の四文字だった。
「恐らく、他の国へ行ったとしても星羅さんを治すことは難しいでしょう。なにせ、原因そのものが分からないものですから…。どんなに医療が進展していようと、現段階では対処のしようがありません。『石射 秋』、あの人なら、治せるかもしれませんが…」
「いしい…トキ?」
「はい、医師の間で伝説と語られる天才です。彼に治せない病はないとまで言われ、魔族の襲撃や戦争被害を被った都市に現れ、多くの人々を治療したそうです。彼の直近の目撃情報があったのが、ナイトネアなのです。父から聞いた話では、21年ほど前に剣叡の襲撃があった際、この地に現れたそうで…」
「今も、ナイトネアに居るんですか?」
「分かりません…。同じ医療界の人間ですら、彼の消息は掴めていない状態ですので。もし彼を探すのであれば、地道に聞き込みをするより、探偵に依頼したほうが良いかもしれません。当院を出て北西に進むと、『桧垣探偵事務所』という場所があります。もしかしたら、何か情報を持っているかもしれません」
「わかりました。一度、行ってみます」
遊馬は微笑んで、大輝を見送ってくれた。
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遊馬の言葉通り北西に進むと、10分ほどで看板が目に入ってきた。
病院で遊馬に止血剤を処方してもらったおかげか、星羅の激しかった吐血は一時的に収まっている。
だが、一刻も早く治療を受けなければならない事実に変わりはなく、大輝の胸中の焦りが消えることはなかった。
件の探偵事務所の外観は、事務所というよりは、ただの一軒家であった。
普通の賃貸住宅の外壁に探偵事務所を名乗る看板がぽつんと掲げられている。
これはどう見ても、
「自称探偵が探偵ごっこしてるようにしか見えねえな…」
などと毒づきながらも、大輝はインターホンに人差し指を乗せる。
___ピンポーン、と、よく知る軽快な音は鳴らなかった。
何度か押してみたものの沈黙を保ったままのそれは、どうやら壊れているようだった。
大輝はダメ元でドアノブに手をかけ、手前に引いてみる。
カギはかかっていないようだった。
カチャリ、と軽い音を立て、戸は静かに開いた。
「失礼しまーす…」
玄関へと足を踏み入れると、ちょうど階段から降りてきたところであろう少女とバッチリ目が合った。
薄い黄緑色の髪に、同じ色の瞳。白い長袖を着たその少女は大輝の姿を見るなり、先ほどまで自分が居たであろう二階へ向かって声を張り上げ、
「お兄ちゃん、お客さん!!!早く来ないと帰っちゃう!!」
「いや、別に帰らないけど…」
大輝がすぐに立ち去るような客ではないと察して安心したのか、彼女は大輝をリビングへと案内し、ソファに座らせてくれた。
玄関からリビングまでの道のりは、いたって一般的な家庭そのもので、事務所らしい雰囲気は一切なかった。
大輝が星羅を膝に抱えて座っていると、彼女は二人分の紅茶を注いで持ってきてくれた。
林檎風味のお茶が、焦燥しきった大輝の身体に染み渡っていく。ほんのり甘いが、決して嫌味のない上品な甘さだ。美味い。
「いやー、久しぶりにお客さんが来て嬉しいね!ここ数か月は暇してたからね…。
お兄ちゃんもすっかり萎えちゃって、引きこもってたしね…。あ、私は『桧垣 寧音』お兄ちゃんの助手って感じだね!」
「俺は__」
「あ!やっと来た~」
大輝が名乗ろうとしたその瞬間、ようやく「お兄ちゃん」が姿を現した。
寝ぐせだらけの頭で大きなあくびをしながら現れたパジャマ姿の「お兄ちゃん」は、寧音と同じ黄緑色の髪と瞳の持ち主だった。
妹がしっかり者なのも相まって、兄というよりはズボラな弟のような印象を受ける。
「どうも、お邪魔してます」
「え、まじですか…?」
ソファに座る大輝を見て目を丸くした「お兄ちゃん」は、しばらくの間、魂が抜けたかのようにその場に硬直した。
「本当に依頼者が居るのか!?てっきり寧々が僕を引きずり出すために、また嘘をついたのかと…」
彼は慌てて居間を飛び出していき、数分後、きっちりと整えられた白シャツと黒のズボンに着替えて戻って戻ってきた。
なんというか…騒がしい兄妹だ。
「大変失礼しました。ナイトネアで探偵業を営んでおります、『桧垣 誠』と申します」
恭しく差し出された名刺を受け取る。一応、本当に探偵業をやってはいるようだ。
その事実に一安心し、大輝が今度こそ自分の名を伝えようとした、その時だった。
__逃げろッ!
____邪魔だバカ野郎!
____早く退けッ!!!!
鼓膜を震わせる凄まじい爆音が響き渡った。
途端に外が騒がしくなり、人々の無数の足音、悲鳴、そして怒号が聞こえてくる。
誠が様子を見にすぐさま外へ飛び出したため、大輝も星羅をソファに寝かせ、彼の後を追った。
「__な、んだこれ…!?」
目を疑う光景だった。
道路を挟んだ向かい側の家に、別の家が突き刺さっている。
瓦礫の下敷きになったのであろう人が必死に藻掻いているのが見えた。
その一軒だけではない、視界に入る建造物の多くが不自然に欠損、倒壊し、建物と建物が物理的に衝突し合っている。
意味の分からない光景だった。
大輝たちが呆然と立ち尽くしている間にも、遠くから巨大な塔らしき建築物が飛んできて、逃げ惑う群衆へと突き刺さった。
たちまち、彼らは踏み潰される蟻のごとく、一瞬で圧殺された。
まさか、あの男か。
大輝と星羅をナイトネアで無慈悲に殺害した、白いスーツの男の姿が脳裏をよぎる。
そしてその予感は、的中していた。
「…やはり来ていたか。俺の見間違いではなかったようだ」
冷徹な声がした方向を振り返ろうとした瞬間、大輝の身体は宙を舞い、数メートル先へと容赦なく弾き飛ばされた。
咄嗟に受け身を取ったものの、背中に痛烈な衝撃が走り、肺から空気が吐き出される。
「馬鹿な…何故お前がここに…?戦慄の___」
声の主の正体を知った誠の顔から一気に血の気が引いていく。
白色のスーツを着た金髪碧眼の男。前回、大輝を死に追いやったあの男は、まるで今その存在に気が付いたかのように誠の方を視線を向けると、右手を静かに振り下ろした。
___直後、誠の姿は跡形もなく消え去り、そこには彼の代わりに、巨大な赤黒い血だまりだけが残されていた。
「___!?」
大輝は、自分がどのように殺されたのかをその目で見て、理解した。
それはあまりにも単純で、あまりにも奇怪。常識を覆す異能___大輝は目の前の男が魔族であると確信した。そして、その矛先は自分に向けられているということも。
魔族の男が、ゆっくりとことらへ近づいてくる。
…殺される
大輝は身構えたが、男はその真横を素通りしていった。
その足は、星羅が眠る事務所へと向かっていた。
男が何をしようとしているのか、大輝は瞬時に悟った。
切り離された星羅の生首が、脳裏に浮かぶ。
「やめろ…!」
大輝は必死で力を振り絞り男の後ろ姿へ向かって地を這った。
なんとか右手を伸ばし、白いスラックス越しに、男の左足首を掴む。
「星羅を殺させ、るか…よ…!」
「…死にたがりめ」
魔族の男は大輝の方を振り返り、ため息をつきながら右手を振りかざした。
__自分を、そして誠を一瞬で肉片に替えた死の挙動。
大輝は今度こそ死を確信し、強く目を瞑った。
・・・?
__だが、何も起こらなかった。あの凄まじい衝撃も、激痛も訪れない。
恐る恐る目を開けると、男は眉をひそめ、大輝を見下ろしている。
自身の力が不発に終わったことに困惑しているようだった。
男はかざしていた右手をズボンのポケットに突っ込み、代わりに左手を大輝の顔面の数センチ先へと突き出した。
刹那、その手の平に魔法陣が展開され、放たれた眩い閃光が大輝を襲った。
___咄嗟に目を閉じた大輝が、再びこの世界でその瞳を開くことはなかった。




