第4話:虚空
ここは…天国か?
そう思うのも無理はなかった。
彼の周りに広がっていたのは、この世界のものとは思えないほど美しい空間だった。
薄紫色の大気と、同色に輝く地面。アメジストの結晶の様なものが舞っており、空は銀河のように壮大で儚い。
目線を下ろした先に玉座のようなものが見えた。
誰かが座っているようだったが、その姿は捉えきれない。
その両脇では白いローブを着た者たちが、二列応対で跪き、玉座の方を向いていた。
大輝は興味本位、玉座の方へと足を運んだ。
「神様でも座ってんのか…?」
などと馬鹿なことを言いつつ歩みを進めると、遠目に見ていたシルエットがあらわになってきた。
こちらもまたアメジストのような素材で出来た玉座だった。
座っていたのは紫色の髪と黒紫のローブを纏った少女だった。見る限り、大輝と同年代くらいか。その眼は美しい薄紫色のまつ毛で閉ざされている。
僅かに開いた口からは、寝息が漏れていた。
彼女の顔を覗き込むように見ていたところ、眠っているはずの少女が呼びかけてきた。
「__やっと死んだか」
「前言撤回。悪魔だったわ」
「は…?」
彼女は大輝の戯言に不快感を示してはいたが、会話は滞りなく続いた。
実は目を閉じているだけで、彼女は起きているんじゃないだろうか。
「これ、『実は起きてました!どっきり大成功~!』的なやつ?」
「見ればわかるだろう?眠っているではないか」
「…なんで眠ってるんだ?」
「まあ、あれだ。大人の事情というやつだ」
彼女の発言は明らかに自分をからかっているようにしか思えなかったが、一先ず話を合わせることにした。
「寝ながら会話できる人種っているんだな…。つーか、ここはどこなんだ?」
「__虚空。簡単に言えば、儂のための空間だ」
「なんて我儘なやつ…」
「黙れ。貴様がここに来たのは、死んだからだ。そう、お前は死んだ。そして___今から甦る」
「俺らにそんな特殊能力あったの!?」
死んでも蘇ると聞いて真っ先に思いつくのはゾンビやミイラなどのアンデッドだろう。だがそれは空想上の存在であり、まさか現実にそのような力を持つ者がいるとは。しかもそれが自分であるとは思いもしなかった。
大輝の驚きを他所に、彼女は淡々と説明を続ける。
「『英雄』イヴを知っているな?」
「昔、魔王を封印して魔族の支配から人間を救ったって言われている人だよね?」
「…それが今の常識というわけか」
彼女の言う通り、これは常識である。学校に通わなかった大輝や星羅でさえ知っていた
のだから。しかし、彼女の反応を見るに、実際のところはそうではないらしい。
「イヴの目的は魔王を殺すこと、ましてや魔族殲滅などという愚行ではなかった。奴の目的は__種族間の対立を終わらせ、あらゆる種族の共生社会を実現することだ。だが彼は志半ばでこの世を去った。今もなお人間と魔族をはじめ、あらゆる種族が隔離され生活している」
「そして奴亡き今、その継承者となったのが__奇石野大輝、お前だ」
「なんで俺が!?」
「大人の事情というやつだ」
「全部それで片付けられると思うなよ!?」
大輝は自分が継承者となった本当の理由を聞きだそうとしたのだが、彼女は大輝の問いかけを無視し説明を続けた。
「__故に継承者の貴様にはイヴの保持していた『加護』と『権能』が引き継がれている。呪恩の名は『救済』これこそが貴様の蘇りの真髄だ。儂が主権者であり、自身の死を発動条件とし、記憶を代償に過去へ戻ることができる。その際、貴様が死ぬまでに起きた出来事__過去へ蘇ることで消えた世界線に関する貴様の記憶は保持することが可能だ」
「なるほど、RPGゲームとかのセーブとロードみたいなものか…。セーブポイントや代償になる記憶ってのは自分で決めれるのか?」
「セーブポイントとは少し違うが…基本的には任意の時間軸に戻ることが可能だ。記憶は、貴様が死後にこの虚空を訪れた記憶は必ず消滅する。だが、死亡地点から回帰地点までの経過時間が長いほど、より多くの、より重要な記憶を失う必要がある。この記憶の選択は貴様に一任される」
「そうだな…ゲームの例に乗っ取るとSDカードみたいなものだ。SDカードの容量__記憶容量は各人により決まっている。貴様が死んだことで失われるはずだった記憶を、死ぬ以前のSDカードに書き込む仕組みと考えてみろ。容量を超えてしまうことから、元々持っていた/新たに保持する記憶の一部を捨てないといけない」
SDカードの例えを聞き、大輝はおおむね呪恩とやらの力について理解した。
なるほど、つまり俺がゲーム機になったみたいなもんか。
「権能はどんなのなんだ?」
「しらん。自分の目で確かめろ」
「そう言われましても…」
現状身体に何か変化が起きた感じはしない。
試しに両手を出してゲームに出てきそうな呪文を唱えてみたが、やはり何も起きなかった。
そんな様子を見ていた__いや、見えているわけなどないのだが、彼女はため息交じりに再度口を開き、
「さて、継承者となった貴様にはイヴの意志を引き継いでもらうこととなる」
「一応聞くけど、拒否権は…」
「ない」
予想通りの反応だった。
だが、拒否権があったとて、大輝は断るつもりなどなかった。「我が生涯、一片の悔いなし」と言えるのであればまだしも、大輝は唐突にして妹を失い、自身もまた、降りかかった厄災に飲まれ命を落とした。
こんな最期では、死のうにも死にきれない。
「…分かった。その使命、受けて立つぜ。まだやり残したこともあるからな」
大輝の言葉を聞き、玉座に跪いていた白ローブが一斉に立ち上がった。
初めてそれらの顔を見た大輝は、少しの恐怖を感じた。白いまつげに白い眼球、おまけに白い肌と、まるで精巧な人形のような顔立ち。きわめつけに、白ローブの顔はどの個体も全く同じだった。
白ローブは、またも一斉に口を開き、声を発した。
「「「これは盟約だ。『奇石野大輝、貴様は英雄の意志を継ぎ、数多の種族が共生する世界を実現せよ』」」」
白ローブが同時に言い終えると、大輝の足元に魔法陣のようなものが展開された。
黒神紗亡の領域とはまた違う文様だ。
「今回に限り、貴様の記憶は失われない。初回サービスとでも思っておいてくれ。では__」
全身が魔法陣から放たれた白い光に包まれ、大輝は虚空から姿を消した。
「「「健闘を祈る」」」




