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Re*word ~奇石野大輝の英雄譚~  作者: 黒身魚
第ニ章「英雄欺人」
33/35

第28話:魔術王国


6:48

 

 プレッシィリゾートを後にして道なりに暫く進むと、仮設の関所のようなものが見えてきた。

 入国制限に伴い、急ごしらえで設置されたのだろう。

 よく見かける木製の柵や鉄製の門の代わりに、道幅いっぱいに防御魔法の一種と思われる、魔法陣が張られている。


 立っているのは男女二人組で、男の方は大輝たちの姿を見るなり目を見開き、慌てて視線を足元へ泳がせた。

 目のやり場に困っている、といった感じだ。

 無理もない、いきなり水着を着た連中が現れたら、誰でもそうなるだろう。

 本当は道中で着替えたかったところだが、道程は人の手が全く入ってない自然のど真ん中であり、野外で衣服を脱ぐことはさすがに憚られた。

 結局、水着のままここまで歩いてくる羽目になったというわけだ。



 「現在、魔獣・魔族による被害拡大防止のため、一時的に入国制限を行っております。政府の入国許可証はございますか?」

 


 使い物にならない男に代わって、女が事務的な声で問いかけてくる。

 彼女の視線もまた、こちらの格好を直視しないよう配慮しているのが分かる。


 すると、大輝と入れ替わるように司が一歩前へ出た。

 女の耳元に顔を寄せ、何かを囁いた。

 距離が近すぎて、大輝たちには唇の動きすら見えない。

 やがて司がゆっくりと顔を離すと、女の役員は、



 「どうぞ、お通りください」



 言うが早いか、魔法陣が光の粒となって解除された。



 「……なんて伝えたんだ?」



 関所を抜け、大輝が囁き声で問いかけると、司は髪を耳にかけながら、涼しい顔で答えた。



 「特に何も。顔パスみたいなものよ」



 あれのどこが顔パスなのか。

 明らかに何かしたに違いなかったが、入国するという目的は達成できたため、それ以上は追求しないことにした。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


 

 関所を抜け、その全貌が露わになったジギーベースは、実に魔術王国らしい雰囲気だった。


 魔女の帽子を思わせるような先の尖った屋根を持つ、赤レンガや石造りの建造物が通りの両側に肩を寄せ合うように並んでいる。

 軒先には模様の色あせた旗がぶら下がり、風が吹くたびに乾いた音を立てる。

 石畳は朝露を含んで黒く光り、大輝たちが足を踏み出すたびに靴底が湿った音を返した。

 通りの最奥、街を見下ろす高台には、十字架を掲げた古風な白がそびえ立っており、その左右には天を突く尖塔が見える。

 

 まだ朝方だからだろう、行き交う人の姿はまばらだ。

 それでも、何を売っているのかもよくわからない店から立ち上る白い煙や、露天に並ぶ怪しげな薬など、いかにも魔術王国らしい空気を感じる。


 だが、その街並みに気を取られているのはどうやら大輝だけらしく、



 「さっさと着替えたい……」



 紫苑を初め、女子たちは公衆の面前で水着姿を晒している羞恥心で頭がいっぱいのようだった。

 肩を縮め、両腕をクロスし、身体を隠すようにして歩く彼女たちの足取りは、見るからにぎこちない。

 


 『宿に案内しますね』


 

 誠の声かけに従い、一行は街の奥へと歩き出した。

 プレッシィリゾートとは違い、こっちでは無事に寝床が確保できたみたいで、少し安心する。



 「――――じゃあ、私はこれで」



 そんな彼らの後ろ姿に、司は別れを告げた。

 大輝が振り返ると、彼女は一行から半歩離れたところで立ち止まっていた。



 「……もう戻るのか?」


 「いいえ。せっかくだし、少し観光して帰ろうと思う」


 

 いくらなんでも、その格好でというのはないだろう。

 ここはイカれた法がある、あのリゾート地帯とは違う。

 水着姿で歩き回ろうものなら、いくら政府の役員といえど、お縄にかかるかもしれない。



 「じゃあ一緒に来いよ。そんな恰好じゃ風邪ひくぞ」


 「でも……」


 

 司は、大輝から視線を逸らそうとする。

 自身の立場を気にしているのか、その場から動こうとしない。

 躊躇する司の細い手首を、大輝はそっと掴んだ。

 冷えた肌の感触が、指先に伝わってくる。

 


 「誠の奴が間違えて一部屋多く予約しちまったみたいなんだ。だから、な?」


 

 もちろん、嘘である。

 プレッシィリゾートで司が、大輝と鷺に食糧を奢ってくれたことの仕返しのつもりだった。

 彼女もそれを分かってか、目を丸くして大輝を見上げ、ほんの僅かに口元をほころばせた。



 「……ありがとう」



 大輝に手を引かれながら、彼女は一行の後ろにつづいた。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


7:21



 『……というわけで、第一支部と落ち合う十二時までは、自由行動にします。何か不審な点があったら、僕に連絡してください』

 


 宿の一階に集まったところで、誠が告げた。

 当初予定していた合流時間よりだいぶ時間があるため、一行は約束の時間まで待機することになった。

 各々部屋で着替えを済ませると、紫苑と海夏、氷と鷺はそれぞれ王国を散策しに出て行った。

 宿に残ったのは大輝とベリーローゼン、それと司の三人だ。


 大輝は特にやりたいこともなかったので、しばらく自室の机に向かい、ミシアルで借りていた教科書を開いた。

 魔法の勉強をして、時間を潰すことにした。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


10:19


 鷺と氷は、王国を軽く巡った後、魔法商店に入ってみることにした。

 特にこれといった用事はなかったが、ナイトネア王国にはこの手の店が一軒もないため、純粋に興味が湧いたのだ。


 扉を押し開けると、乾いた紙とカビっぽい臭いが鼻をつく。

 店内は、外見にも劣らないほどに薄暗い雰囲気だった。

 電飾も今や主流となっているLEDではなく、ところどころに申し訳程度に置かれている蝋燭のみである。

 ひび割れた窓ガラスから吹き込む風で揺れる炎が、乱雑に並べられた魔法瓶の影を引き延ばしている。

 腐りかけた木製の本棚には、埃を被った魔導書がぎっしりと収納されていた。

 床板は一歩進むたびにきしみ、その音が静まり返った店内に響く。


 店の奥、ひと際大きな本棚の前に、見知った後ろ姿たちがあった。

 二人は一冊ずつ本を取り出しては、ぱらぱらとめくって棚に戻すのを繰り返している。

 

 邪魔をするのも悪いし、ここは話しかけないでおこう。

 そう判断した鷺だったのだが―――氷は、それを許してはくれなかった。



 「あれ、あの子たち……白銀聖騎士団の魔法使いさんじゃない?」

 

 「ああ、そうだな――っておい!」


 

 止める間もなかった。

 氷は見知った顔であると分かる否や、本棚の多くへと駆け寄っていき、二人に声をかけてしまったのだ。

 白銀聖騎士団の魔法使い―――ウィズとライアは氷のことなど認知しているはずもなく、突然話しかけられて困惑した様子だったが、後からやってくる鷺に気が付くと、そろって表情を明るくした。



 「あ、鷺だ~」


 「本当だ! どうしたの、こんなところで」



 ウィズが指差した方を振り向き、ライアがツインテールを揺らしながら駆け寄ってくる。



 「それはこっちの台詞だ……聖騎士団の仕事はどうした」


 「今日は久しぶりの休みだよ!」


 「だから、師匠の誕プレを買いに来た~」



 彼女たちの師匠――――イーロイ=ヘルド。

 英傑とも呼ばれる彼女は、確かこの国の出身だったか。

 二人とは良好な関係を築いているようで、剣聖とも親しい間柄のため、時折ナイトネアにも姿を見せる。

 そのため、鷺も多少なり、彼女のことは知っていた。



 「で、どうしたのさ? こんな可愛い子を連れて……デートってわけ?」



 ライアは、いやらしい目付きで鷺を見つめてくる。

 氷は「可愛い」と評されて、照れ臭そうに指先で毛先をいじっていた。



 「少しの間、待機命令が出てるんだ。デートと言われれば……まあ、そうなるのかもな」



 鷺が淡々と答えると、 三人揃ってピタリと動きを止め、目を丸くしていた。

 何かおかしなことを言っただろうか。

 ただ事実を述べただけなのだが。

 目線の先の氷は、さらに頬を紅潮させ、床を向いて視線を泳がせている。



 「ふぅ~ん、成長したねぇ……初めて会ったときはあんなに人に興味がなさそうだったのに」


 「せいちょー、えらいー」

 

 「そうだったか……?」



 いまいち、自覚がない。

 今まで生きてきて、成長を実感したことなど、剣技の上達くらいのものだ。

 すると、ライアの言葉に引っ張られたのか、氷が二人へ身を乗り出した。



 「ねぇ、二人とも。もしよかったら、この後少しお茶しない? 鷺くんの昔の話、聞かせてよ」


 「……別に面白いものでもないぞ」



 鷺が釘を指すのも効かず、ウィズとライアは二つ返事で快諾した。



 「いいよ! 私、ライア=アプレンティス。よろしくね、鷺の彼女さん」


 「わたしは、ウィズ=マギア。よろしく、およめさーん」


 「……変なことを言うな」

 


  冷やかす二人をたしなめる鷺の横で、氷は慌てて両手を振った。



 「わ、私は『冰谷 氷(こおりや ヒョウ)』。鷺くんとは、別に付き合ってるわけじゃないよ! 友達みたいな感じ?」


 「ん? ああ……そうだな」


 

 友達と表すのもなんとなく違う気がしたが、他に適切な言葉も見当たらず、鷺は小さく頷く。

 そんなどうでもいいことを考えていたせいで、鷺は、氷が俯きがちに漏らした小さな呟きには、気づくことができなかった。

 


* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


11:19


 商店街の角にある古風な喫茶店。

 そのテラス席で、四人は丸いテーブルを囲んで座っていた。

 通りを抜ける風が、カップから立ち上る湯気をさらっていく。

 氷は、ウィズとライアから聖騎士団でのかつての鷺の様子を一通り聞き終えると、

 


 「ふぅーん……」



 と呟き、マグカップのカフェラテに口をつけた。



 「だから言っただろ。別に面白いものではないと」


 「ううん? 面白かったよ」



 カップを置いた氷が、鷺に顔を向ける。

 上唇のあたりに、泡立ったミルクがついていた。 

 鷺がハンカチで彼女の口元をこすると、氷は耳を赤くして、



 「な、なに!?」


 「いや、泡ついてたから……」

 

 「あ、ありがとう……」



 鷺が手を退けた後も、彼女は手鏡を開いて顔回りをチェックしていた。

 その様子を見て、鷺は『何故、女は前髪を気にするのだろう』などと思っていた。



 「彼女さん、変り者だね」


 「ねー」


 

 未だに氷を『彼女』と呼び続けているウィズとライアは、揃ってストローに口を近づけた。

 こうして並んでいるところ見ると、本当の姉妹のようだ。



 「……そういえば、誕生日プレゼントは見つかったのか?」



 先ほどまで二人が一生懸命に本棚を漁っていたことを思い出し、問いかける。



 「いや、あの店にはなかった」


 「何の成果も、得られませんでしたー」


 「ウィズちゃんとライアちゃんの師匠って、英傑のヘルドさんなんだよね? そんな凄い人でも、まだ知らない魔法があるの?」



 氷の純粋な疑問に、二人は顔を見合わせる。

 鷺も、そのあたりの事情はよく知らなかった。

 バイスから風魔法は教わったが、自分に適性の無い魔法のことなど、一度たりとも触れたことがない。

 氷だってそうだろう。

 だから、魔導書を欲しがるのは単なるコレクターか、魔法の初学者くらいなものだと思っていた。



 「彼女さんはどこまで魔法に詳しいか分からないけど、魔法ってのは奥が深くて」


 

 ライアが、指を一本立てて切り出す。



「一般的な魔導書とか、初学者向けの本には、各属性の基礎魔法と攻撃魔法が載ってる。で、そこから基本、応用、上位、最上位って段階的に難易度が上がる仕組みなのね。でも、魔法使いたちはそれが出来て当たり前なの」


 「わたしも、最上位魔法以外は習得してるー」


 「魔法使いっていうのは、そこから魔法ごとの魔法陣の術式に自分で手を加えて、オリジナルの魔法を編み出せて、はじめて一人前。だから私たちは、まだ見習いってわけ」



 ライアはオレンジジュースを飲み干し、氷の鳴るグラスを置いて続けた。

 



 「私たちが探してたのは、そういったオリジナルの魔法――――魔法陣の構築術式が乗っている本。それも、攻撃魔法じゃない魔法の」


 「攻撃魔法じゃない、魔法?」



 氷は人差し指を顎に当て、首を傾げる。



 「うん。よく知られてるのだと、魔法を学ぶ人たちが一番初めに習得する『基礎魔法』とかだね」



 鷺が氷を海から抱え上げた時に使ったのも、風の基礎魔法だ。

 基礎魔法は、その属性のあらゆる魔法の基本となっている。

 ライアの話だと、初めて基礎魔法の術式を編んだ者は、魔法業界に多大なる貢献をしたということだ。

 

 

 「でも、最近はそういう本は殆どなくなってる。魔法は攻撃手段としての側面ばかりが強くなってるから。魔族と対立するようになってからは、余計にね」

 

 「ししょーは、そういう魔法が好きじゃない。魔法は、『人の心を傷つけるためにあるものじゃない』って、いつも言ってた」



 グラスを両手で掴んだまま、ウィズが後付けする。

 先ほどまでの間延びした調子が、少しだけ、遠く聞こえた。


 魔法の存在意義。

 そんなものは、考えたこともなかった。

 鷺にとって魔法は、あくまで最終手段として使われるべきものだからだ。

 誰かにそうしろと言われたわけではない。

 騎士たるもの、己の剣で戦うべきだ、というのが鷺の信条だった。



 「だから師匠は、あまり攻撃魔法について教えてくれないの。――――私は、いろんな魔法を駆使して戦う師匠に憧れたんだけどな……」


 「わたしは、闘ってないときのししょーの方が好き。自分の好きな魔法について話しているときの方が、ししょーも楽しそう」



 同じ師を持つ二人でも、憧れる方向が違うこともあるのだと、気づかされる。

 鷺と同じくバイスを師にしていた彼女――――クルスは、どうだったのだろう。

 そうそんなことを考え、何気なく腕時計に目を落とすと、第一支部との顔合わせの時間が迫っていた。


 返す言葉を探して黙り込んでいる様子の氷にその旨を告げ、鷺は一人、席を立った。



 「悪い。俺たちはもう行かなければならない。代金は払っておく。またな」


 「え、おごり!? 彼女の前だからってカッコつけんなよ~」


 「じゃあねー、鷺、氷ー」



 律儀に手を振り返す氷を背に会計を済ませ、二人は店を出た。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


11:46 

 

 「優しいね」


  

 店を出て間もなく、隣を歩く氷が、言った。



 「何がだ?」

 

 「払ってあげたじゃん」


 「アイツらが飲み終わるのを待っていたら遅れるからな」



 集合まで、あと十五分もない。

 早歩きで間に合うかどうか、といったところだ。

 鷺は歩幅を広げ、速度を増して石畳を踏む。



 「でも、いろんな話が聞けて面白かった! 鷺くんのこととか」



 そう言って、氷は横から顔を覗き込み、目を合わせてくる。

 人の過去を聞くことが、そんなに面白いことだろうか。



 「――――次は、冰谷の話も聞かせてくれ」



 何の気なしに放った一言だった。

 その言葉を彼女はどう受け取ったのか、足音にかき消されるくらいの小さな声で、氷は答えるのだった。



 「……うん」



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